第18話 手詰
ヘルプを細かく読んで、カーレイルたちが帰ってくるまで時間を潰す。
デスペナについては、ちゃんとヘルプに記載があった。
所持金の半分を落とすのと、アイテムからは、消費系のものをランダムでドロップするそうだ。アイテムについては、パーティメンバーが生存しているなら、回収も可能です、だとさ。
武器とか防具とかを落としたりしないのは、割と優しい仕様で助かるな。貸倉庫があるなら、絶対に落としたくないアイテムとか、お金とかは預けられるだろうし。
序盤、貸倉庫が使えるようになるまでが大変そうだな。死ぬたびに資金が半減だと、ただでさえ金欠なところにさらに負担がのしかかってくるわけだし。
タンクは死ににくそうだし、うさみん銀行を使うことも検討しよう。つーか、むしろ融資してくれねーかな。俺の将来性に投資してほしい。
* * *
「おーい、ナンコウ。戻ったぞ」
背中向けてるのに、よくわかったな。
あ、髪の毛の色か。黒髪ぜんぜんいないし。
「ナンコウさん! 最強のヴァルキリー・カーレイルがヴァルハラに帰還しましたよ!」
ヴァルハラってなんだっけ?
「ほらほら、いじけてないでこっち向けよ」
いじけてるんじゃないんだけどなあ。一応、手で腹を隠しつつ振り向く。
「どうした、お腹押さえて。お前幻痛残るタイプなの?」
幻痛っていうのは、VRで痛覚を与えられると、刺激が終わった後まで痛みや違和感が残ってしまう現象のことだ。たまに、これがひどい人がいて、そういう場合には痛覚の軽減率を90%とかに設定するらしい。
「いや、違うわ。見ろよこれ」
お手上げのポーズを取ると、服に開いた穴がばさっと広がる。
「は?」
あ、びっくりするような事態だったんだこれ。
「なあ、ナンコウ? 装備欄にもしかして『破損』か『大穴』って書いてあったりする?」
恐る恐る、という様子で、うさみんが確認してくる。
「『大穴』って出てる」
「マジかー」
そう言うと、頭を抱えてしまう。
「何か問題なの?」
「そもそも、最初のフィールドでこんな状態になったって話を俺は聞いたことがない」
なにそれ。
ともかく、うさみん先生の講義を聞く。なんでもこのゲーム、<火魔術>とか<水魔術>みたいなスキルのアクションによる攻撃は自分を含めた味方には当たらず、さすがに刃物みたいなやつを自分に刺すのは怖いしなかなか死ねないしで、自殺があんまり発生しないそうだ。
なんで俺の火球はダメージ食らったんだよ、とは思ったけど、アイテムによる攻撃だかららしい。
その上で、だ。
装備にまでダメージが及ぶ「破損」だったり「大穴」状態っていうのは、基本的には敵が攻撃魔法を使ってくるようになってから、もっと後になってからはじめて発生するのだという。
早い話が、自殺かつ装備に深刻なダメージってのは、ものすごいレアケースなんだって。
「何かペナルティあるのか、この「大穴」ってのは?」
そもそも見た目からして既にペナルティを背負ってる気もするけど。
「まあ、見た目通り防御力が落ちるってのがひとつ。後はな、その状態の防具だと街の外に出してもらえないんだ」
「え?」
何か今、聞き捨てならない内容が聞こえたような。
「だから、その状態だと門番に止められるの。危ないだのなんだの言われて」
最悪の可能性が頭をよぎる。
「えっと、修理の方法は?」
「初心者装備は……店売りもしてるから、武具屋に持っていけば直るとは思う」
こんな序盤に大穴開ける手段があることすら、たぶん初めての発見だぞ、と言い添えるうさみん。
初発見とかの名誉はどうでもよくてですね。
「お金は?」
「ああ、初心者装備なら1000エンもあれば」
「俺、一文無し」
新品の初心者装備を買うのも、もっとお金がかかるだろう。きっと。
「なるほどな。詰みってわけだ」
そう。詰んでいるのだ。
街の外に出られなければ、装備を買ったり、修理したりする資金を集めることもできない。
装備を解除した状態では、出歩くことすら不可能らしいし。
俺が取ることのできる、オプションはふたつ。
まず、ひとつめ。
「頼む! 立ち直るための資金を貸してくれ! トイチでいいから!」
懇願する。
この場合、頼れるのはうさみんしかいない。さすがにカーレイルにこれ以上何かを求めるのは申し訳なさすぎるし、リリーさんはそもそもお門違いだと思うし。
「貸したところですぐ溶かしそうだな、お前」
うさみんが、人の悪そうな笑みを浮かべて、俺に絶望を叩きつける。
「それに、面白いものが見られそうだから、貸してやらない」
こいつ、たぶん、感づいてやがる。
「ナンコウさん、私からお貸ししましょうか?」
やっぱり、カーレイルは根が優しい。
後でいじられるリスクと、彼女にかけてしまう迷惑を天秤にかける。
「いや、ダメだよカーレイル。こういう自業自得の人に手を差し伸べてたらキリがないし、何より当人が学習しないから」
すぐにうさみんが首を突っ込んできて、まあなんともきれいに希望をさっぱり断ち切ってくださった。
はあ。
こうなると、ふたつめのオプションを取るしか、選択肢がなくなる。
去年の文化祭でも賢斗にハメられて、終わった後、もうこんなことはしないって誓ったはずなんだけどな。
仕方がない。
これはアバターだからセーフ。
ね、いくら現実との違いが眼の色しかないとはいえ、あくまでもアバターだから。
社会通念上、問題ないから。そう、なんもおかしくない、きっと。
アバターで女装するのは、それがゲームシステム的に可能な以上、何の問題もないはず。
散々自分に言い聞かせた俺は、メニューを開き、「初心者」装備のところを「ルーキー」装備に変えて、OKボタンを押した。
そう。
万策尽きた俺は、アイテムポーチに眠る、女性向のルーキー装備を着用するしかなくなってしまったのだ。