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第16話 蛞蝓

 「Travail(仕事をする) Slugs(ナメクジ)」の謎が解け、すっきりとした気分で、土の道を歩いて行く。

 そういえば、地面に刻んだ文字、どれくらいまで残るんだろうな。現実準拠だと、まあ1日ってところか? もしかしたら、これゲームだし、永久に残ったりしてな。


 道の右側、少し遠くに、プレイヤーの姿が見える。

 その横には、大きくて肌色をした、棒状のモノがいらっしゃる。あれがナメクジだな。


「右側は先客がいるし、左の草むらに入るぞ」

 うさみんがそう言って、道から逸れていく。

 せっかくフィールドは()いているんだし、わざわざ狩場を被らせる必要もない。

 少し歩くと、すぐにナメクジがポップした。


 びっしりと、膝丈くらいの草が敷き詰められた地面を、巨大なナメクジが、こちらに向けて這ってくる。移動のスピードは、めちゃくちゃ遅い。人が普通に歩くより遅いんじゃないか? 上に突き出した2つの目が、俺たちの肩くらいの高さにある。これが、VRゲームでのナメクジの標準サイズだ。

 最初に見た時はデカいなあと感じたんだけど、これくらいじゃないと剣とかが当てにくいんだよね。リアルの体は非力で不器用で運動音痴な現代人に、アバターの精密な操作を最初から求めるのは酷だって、運営もわかってるんだろう。


 まあ、やばくなったら逃げればいいし、俺でもさすがに死ぬことはないだろう。

「じゃあ、また俺行ってくるわ」

「ご武運を!」

 カーレイルが励ましてくれた。がんばるよ、俺。


 とはいえ、なあ。

 さっき、グリーンモンスターに筆も蹴りも通らなかった時点で、攻撃手段がほぼないんだよなあ。

 あ、でも、草と違って揺れたりはしないから、多少はダメージが入るかもしれない。


 とりあえず、右手で筆の穂先の方を持って、ナメクジ(レッサースラッグ)に近付いてみる。

 表面のぬめりが太陽の光でテカって見えて、若干気持ちが悪い。

 「レッサー」、つまり下等なナメクジなんだし、攻撃手段は体当たり以外はないでしょ。というか、前のゲームで出てきたナメクジも、ただズルズルこっちに向かってくるだけだったし。

 というわけで、ナメクジの前後方向からずれて、ぐるっと回って横方向から近付いてみる。


 案の定、奴は目をこちらに向けるだけで、特にアクションは起こしてこない。自分の横への攻撃手段はないようだ。

 安全が確保できたところで、攻撃を始めよう。

 筆で、突いたり殴ったりしてみる。

 黄色いHPバーは、やはり削れる様子を見せない。こちらでは表面が凹んで、非力な人間の力程度は吸収されてしまうようだ。

 これは蹴りも無理そうだな。


 呪符を取り出す。今度は炎の呪符だ。

 えっと、炎よ、来たれ!


 やっぱり50cmくらいの火の玉が、目の前1mくらいのところに現れた。熱の放射が再現されているのか、顔が暖かくなる。

 ん?

 熱が再現されているということは、だ。


 ひょっとして、火球を作って、当たるか当たらないかのところで維持してれば、グリーンモンスターくらいは自然に水分飛んで火が点いたことになって、倒せてしまうんじゃないか?

 ナメクジも、あんまり熱いと干からびてくれそう。


 よし、やってみよう。呪符の操作の練習にもなるし。

 火球を、ゆっくりと、ずるずる動くナメクジの方に近付ける。ナメクジは弧を描いてどうにかこちらを向こうとしてくるので、真横の位置を維持したまま、火球も付かず離れずの位置に持っていく。


 10秒くらい経っただろうか。しばらくその位置をキープしていると、ナメクジの頭上の黄色いHPバーが、じわじわと動き始めた。どうやら、一応ダメージが入るようだ。

 球自体がナメクジに当たってしまうと、水の時みたいに弾けてしまうだろうから、当たらないようなギリギリの位置を保たなければいけないんだけど、これ、超難しい。歩きながら、レーシングゲームで、幅の狭い道路を疾走してるイメージ。


 視覚以外の感覚がおぼろげになり、ただ、火球とナメクジと自分の相対位置を保つことに集中する。

 敵のHPバーが、徐々に減っていく。4分の3になって、半分になって、そして。


「よっしゃー!」


 ついに、1000エンを使うことをなく、ナメクジを倒すことに、俺は成功したのだ。

 これを10回繰り返せば、1匹あたりのコストが100エンになる。もし100回繰り返せれば、10エンだ。これしかないんじゃね?


 集中の世界から戻ってくると、色々な感覚も復活して、草が風でこすれる音や、太陽の光の暖かさが感じられた。後ろからは、何かが(・ ・ ・)這いず(・ ・ ・)るような(・ ・ ・ ・)音が聞こえてくる。

 とりあえず、自分の1mくらい前に火球を戻してきて、と。


「おい、ナンコウ? 後ろ気付いてるか?」

 うさみんのやや焦ったような声に急かされるようにして、俺は後ろを振り向く。


 目と鼻の先に、さっき倒したのとは別のナメクジがいた。

 え!?

 ちょっと待ってやばいやばい近くで目があったら意外とキモいぞこいつしかも今俺近接戦闘力ないから対処あんまりできないしどうしようえっと後ろにいるナメクジを倒すためには今俺の前にある火球を後ろに当てればいいんだよね後ろ後ろ後ろに火球を動かせばいいのそうほら落ち着いてやればできるからちゃんと火の玉動かして


 次の瞬間、俺は死んだ。


 なんてことはない。自分で作った火の玉が、直撃したのだ。

 そりゃ、前から後ろに動かしたら、その途中で自分にぶち当たるわ。


 無料(タダ)でもらえる初心者装備なんて、1000エン(カネの力)の前では紙屑同然。

 こうして俺は、世にも珍しい、「はじまりの草原」で命を落としたプレイヤーのひとりとして名を連ねることになったのだった。

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