第14話 初陣
さあ、初めての戦闘だ。
グリーンモンスター。
雑草が巨大化したもので、移動力はないが、放っておくと増殖して草原を埋め尽くすため、討伐が推奨されている。
うーん、目がついていないから、魔物感がないな。たまに報道される「おばけ○○」みたいな感じ。
「βの初期から、動かないからって試し切り要員になってたモンスターだ」
なるほど。俺でも戦えそうだ。
「じゃあ、俺ちょっと行っていい?」
さすがに、フルパーティで囲んで叩かなきゃいけないほどでもないだろう。ひとりで十分だ。
さて。
俺の攻撃手段は、右手に持った筆、アイテム欄に所持している呪符、あとは徒手空拳ってところか。
素手でもダメージ入るのかな? それとも<拳闘術>みたいなスキル持ってなきゃダメなのかな?
ひとまず、筆で叩いてみる。
軸の部分が当たった幅広の葉が、大きく揺れ動く。
それだけだ。相手の頭上に現れている黄色いバーにも、減った様子は見受けられない。
ふーむ。ダメかあ。
となれば、次の手段だ。
大きな葉を手でつかんで引っ張り、根元のあたりを、足でがしがしと踏み付ける。
今度は、ちゃんとHPが削れた。
ただし、敵のものではない。
視界の上の端にある、俺の、青いHPバーが、削れたのだ。残量は4分の3くらいか。
グリーンモンスターの黄色いバーは、一切減る様子を見せていない。
もっとダメじゃん。
俺の足技は攻撃として判定されず、つかんだりしたのが接触ダメージとして処理されたのだろう。
こうなったら、最終手段だ。
少し離れて、アイテムウィンドウを操作して、【炎の呪符 Lv.1】を取り出す。
……あれ? これ、使い方どうやるんだ?
呪符を持ったまま固まっていると、うさみんが声をかけてきた。
「色々試したあげく、結局呪符か」
うるせえ。トライ・アンド・エラーはゲームの基本だ。最近の若者はすぐAIに頼るって、おじいちゃんが愚痴ってた。
「コントロール難しいから、水の方から試した方がいいぞ。火の玉を自分にぶつけることになりかねない」
「え、そうなの」
それはキャラクター作る前に知りたかったかも。ともかく、助言に従って、水の呪符に持ち替えておく。
「とりあえず、持って念じれば魔法が出るし、さらに念じれば動かせる」
念を送ってみる。
水よ、来たれ!
使えた。
目の前に、直径50cmくらいの、水でできた球が浮かんでいる。思ったよりでかいぞ。
そう思った瞬間、球がゆっくりと落ち始めた。
もしかして、大きいから重い、みたいな思考が働いたのか? その考えに至ると、落下が止まる。
うっわ、これ難しいな。
とりあえず、自分たちに当たらないように上の方に持っていってから、前後左右に動かしてみる。うーん、考えてから球が動き始めるまで、微妙にタイムラグがあるのがもどかしい。
しばらく練習して、だいぶ動かし方がわかってきた。
よし。
グリーンモンスターよ、ここで会ったが百年目。
俺が1000エンと引き換えにした、必殺のウォーターバレットを食らうがよい!
脳内で語りかけつつ、球を何とか操作して、目の前のグリーンモンスターにぶつける。
水の弾が奴にぶつかって消えると同時に、手に持っていた呪符も、塵になって風に吹き飛ばされていく。
そして――敵の、黄色いHPバーが一瞬で砕け散った。
このゲームでの、初勝利だ。グリーンモンスターのいた場所から、キラキラとした光が生じて、天へ昇っていく。
ふー、よかった。1000エン払っておいて、一発で撃破できなかったらどうしようかと思ったよ。
ウィンドウがポップアップする。
<陰陽道>スキルがLv.2になったのと、あとはドロップアイテムの通知のようだ。
薬草が1つ手に入った。さっきは採取できなかっただけに、ちょっと嬉しい。
「さっさと呪符使っとけばよかったのに」
うさみんに文句を言われる。確かに、5分くらいは戦っていたような気がするな。
「一発1000エンのミサイル打つのは誰だって躊躇するでしょうよ」
「ほら、女性陣も待ちくたびれて戦いに行っちゃったぞ」
カーレイルとリリーさんを探す。
少し俺たちから離れて、それぞれ別のグリーンモンスターと戦い始めているようだ。
ううん、違うな。戦うというより、狩っている。
赤っぽい剣を下段に構えた彼女が、巨大な草の前で一回転すると、刃が通った部分の葉っぱが倒れ、グリーンモンスターのHPが半分くらいになった。
いや、むしろ刈っていると言うべきだな、あれは。
リリーさんもリリーさんで、グリーンモンスターをいたぶっている。
きれいな姿勢で弓を向けるその先には、既にたくさんの矢が突き立ち、HPが残り幾ばくもない草の魔物がいる。こいつ、矢が刺さるのか。それもびっくりだな。
あ、倒した。
リリーさんが、もともと魔物がいた位置に歩いていき、落ちている矢を拾っている。
「巻藁みたいに解釈されてるらしくて、矢が痛まないのも、弓持ちにとってはグリーンモンスターの魅力のひとつだ」
うさみんが解説してくれた。
「ほー」
適当に相槌を打ちつつ、伸びをすると、HPバーに目が行った。
そういえば、体力減ってたな。せっかくドロップしたんだし、薬草を食べてみよう。
実体化させると、茎と葉がある、至って普通の草が現れた。うーん、これ食べるのか。葉物野菜くらいしか、現代の人間は食べないからなあ……
あ、でも逆に、野菜だと思い込めばいけるか。
これはクレソン、これはクレソン。自分に言い聞かせて、口に入れる。
瞬間、口の中全体を満たす、強烈な苦味。
エスプレッソの中に緑茶のティーバッグを放り込んだら、これくらい苦くなるかもしれない。
吐き出したところで苦いという事実は変わらないので、無理やり飲み込む。うう。
喉の奥まで、食べたものが落ち込んでいく感触がしっかりと感じられた後、緑色のHPバーが少しだけ右方向に伸びた。満タンが81のはずだから、だいたい8分の1回復したことになる。
緊急事態以外では、ちょっとお世話になりたくない味だ。
きっと、回復の間もなく葬り去られることの方が多いから、お世話になることは少ないとは思うけどね。
そういえば、街を出る時に、このフィールドには2種類のモンスターが出る、と書いてあった。
「なあ、ナメクジはこの辺には出ないのか?」
「まだ街に近いからな。この辺は雑草だけだ」
腰に赤っぽい金属の剣を納めたカーレイルが、駆け寄ってくる。
「では、もう少し先に進みましょう! 私に出くわしたが最後、魔物なんて全部剣の錆にしてやります!」
言葉遣いは丁寧なのに、この中二病お嬢様、言っていることはかなり過激である。
さっきは止まっている敵だったから色々試せたけど、動いている敵だと呪符を叩き込むしかないかな。
うーん。
呪符以外の攻撃手段か、金策か、あるいは呪符を作るか、あとでしっかりと考える必要があるなあ。




