第12話 価格
「それじゃあ、フィールド出ようぜ」
武器も防具も貧弱だけど、初期のフィールドの敵なんて、どうやっても負けないように調整されてるだろう。きっと。
「いいけど、お前、筆だけで戦う気か?」
「もしかして、負けはしないけど勝てない、みたいな状況が起こるんですか、うさみん先生?」
双方ともに決め手を欠く泥仕合をするなら、ある程度は覚悟が必要だろう。
あ、泥仕合してる間にパーティのみんなが倒してくれるか。
「逃走しないと負ける、という状況は起こり得ると思うぞ、ソロなら」
「我らが眷属がいるので大丈夫ですよ、ナンコウさん!」
カーレイルが、力こぶを見せるようなポーズで俺を励ましてくれる。ありがとう。
……この女、どういう方向性の中二病なのか、まだわからない。
「じゃあ、最低限の火力だけは持っておこうかな。それこそ『切り札』だ」
意図を察してくれたらしいうさみんが、くるっと向きを変えてから振り返って、こう言った。
「高いぞ?」
セリフは普通なのに、金属鎧を着た金髪男がやると、妙に様になっているのが羨ましい。
* * *
うさみんの後ろを、カルガモの子どものように着いて歩いていくと、この「エットの街」のなかでもひときわごった返している場所に到着した。
「さあ、ここがNPCショップだ。プレイヤーの店が出てくるまでは、ここにお世話になることになるな」
人が多いことには多いが、無秩序に店になだれこんで何でもいいから商品をひっつかもうとしているわけでもなければ、店の中に順路ができていて、外まで長蛇の列が形成されているわけでもないようだ。
みんな、周りの人と談笑しながら、目の前を指で突っついている。
「こんなに我が使徒がいらっしゃるのに、どうして皆さんお店に入ろうとされないのですか?」
隣にいるカーレイルも、俺と同じことを疑問に思ったようだ。
というか、「我が使徒」なのに「いらっしゃる」のかよ。
「普通のゲームと違って、キャラクター同士が重なるわけにはいかないからな。ある程度の距離なら、マップからショップのメニューを呼び出せるようになってる」
うさみん先生さすがです。
開きっぱなしにしているマップの、ショップっぽいアイコンをタッチする。
「エットの街 雑貨店」と書かれたメニューが眼前に現れた。
ポーションとかも売っているけど、とりあえずは俺のメイン火力であるところの「呪符」の価格を確認する。
炎の呪符 Lv.1 1000エン
水の呪符 Lv.1 1000エン
以下、それぞれの属性が並んでいた。ちなみにLv.2は5000エンだった。
聞いてたけどさ、一応話には聞いていたけど、それにしても高いよ!
有り金全部吹っ飛ばしても1枚しか買えないじゃないか。
うーん、どうしよう。何枚買うか、という話ではなく、買うか買わないか、のレベルの話になってしまった。
なんとかして、お金を増やせないかと考える。最悪、うさみんに借りてもいいんだろうけど。
……あ、もしかして。
金策手段を思いついた俺は、売却の方に、画面の表示を切り替える。
さっきもらった課金装備、どうせ着られないし、売ったらいいお金になるんじゃないの?
アイテムポーチの枠を占める、にっくき女性向装備にカーソルを合わせ、出てきたボタンを押し込もうとして。
指を、売却を確定するボタンの直前で止めた。
やっぱり、ダメだ。
「あのさ、カーレイル。謝りたいことがあるんだ」
一度はやりかけたことだ。正直に話してしまったほうが、後々のためになる。
カーレイルが、こちらを向いて、数回まばたきをした。碧色の瞳が、とてもきれいだ。
「はい、なんでしょうか」
一呼吸置いて、口の中にたまった唾液をごっくんと飲み込んでから、口を開く。
「今、俺さ、カーレイルからさっきもらった装備を、売ろうとしたんだ」
後ろに控えるリリーさんから殺気が放出されたような気がするけど、あえて無視する。
興味がありそうにこちらを向いていたうさみんも、オチが見えた、という風に笑みを漏らしている。
「でも、売れなかった」
カーレイルが、首を大きく振る。
「ナンコウさん。一度お渡ししたものです。それに、私のミスで、ナンコウさんの性別とは合わないものだったのですから、志を同じくする者に継承するなり、電子の海の藻屑とするなり、お好きになさってください」
ちがう。
そうじゃないんだ。
俺が思いとどまった理由は、画面に表示された、この数字なんだ。
ルーキーのスコート 1エン
呪符の値段が高いことより、こっちの方がびっくりだよ。ちなみに、どのパーツの防具も1エンだった。チェーンのリサイクルショップをぶっちぎりで突き放す、業界最安値の買取価格だ。
真実を告げられたカーレイルは、しばらくの間、頬を真っ赤にして固まってしまった。
* * *
復活したカーレイルに、無言でポカポカ殴られたりもしつつ。
俺は、結局、ポーションとATKアップの薬を売り払い、呪符を2枚確保したのでした。




