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第二十一話 静都崩壊 後編


押されていた、確実に。

数、再生、感染。敵の特性のどれもが戦場を侵食していく。

斬っても、砕いても、なかなか終わらない。


ゲブが踏みとどまる。

大剣が振るわれ、重い一撃が大熊型を叩き潰す。

だが崩れた肉は蠢き、戻り、再び形を成す。


「……まだか!」


唸った次の瞬間、別の個体が側面から迫る。

避けられないタイミングだった。

そこへ影が割り込んだ。


クロアの四脚が地を叩き、ストラクチャーゲルが流動する。

形を変え、収束し、構築される。


両腕に大口径のフルオート散弾銃。

そして肩部に二門の速射榴弾砲。


(……対再生戦術、適用)


引き金が迷いなく引かれ、爆音が木霊する。

散弾が放たれれば点ではなく、面で制圧が進む。

肉を削り取り、再生の余地を奪う。

さらに榴弾が炸裂し、肉片を吹き飛ばす。再構成は追いつかない。


大熊型の異形が形を失い崩れる。

今度は、再生しない。

ゲブがようやく息を吐く。


「……助かった」


だがクロアは止まらない。

前進しつつ撃つ。撃ち続ける。

散弾と榴弾の連射が霧を裂き、群れを削り、戦場を押し返していく。


その時だった。


「にゃっ――!」


ネフティスの足場が崩れる。

霧生成個体の根が足を絡め取り、動きが一瞬止まる。

そこへ溶解液が放たれた。到底回避できない。

その軌道に、またしても影が割り込む。


クロアがネフティスを庇ったのだ。

溶解液が直撃し、装甲が焼け、煙が上がる。

だがそれでは止まらない。そのまま至近距離で散弾を叩き込み、霧生成個体を粉砕する。

根が崩れ、霧が薄れる。


「……助かったにゃ」


珍しく静かな声だった。

クロアは答えず、既に次の目標を見ている。


(……殲滅効率、上昇。戦況、改善)


コンスが即座に理解する。


「……面制圧。再生を許さない攻撃ですか」


ゲブが笑う。


「単純だが……効くな」


クロアが短く言う。


「再生には質量が必要。削り切れば、終わる」


合理的に言えば、それだけの理屈だった。

だがその合理が、戦場を変える。


散弾が群れを削り、榴弾が面を吹き飛ばす。

フィジカル・デルタが初めて減り始める。

押されていた戦線が、押し返す。

だがクロアの視界に浮かぶ演算は止まらない。


(……未確認大型個体、接近)


霧の奥に聳えるさらに巨大な影。

それが徐々に近づいてくる。


この都市の本命は、まだ現れていない。



霧がわずかに沈んだ。


それだけで奥が見えるようになる。影が二つ見える。

一つは異様なほどに大きい。建物の輪郭を越え、膨張し、限界を超えてなお止まらない肉体。

骨格が悲鳴を上げる音すら聞こえる気がした。

四肢は太く地面にめり込み、呼吸一つで空気が震える。十メートル級。巨獣という言葉すら軽い。


クロアの識別が走る。


(……オーバーデルタ。質量特化・極大個体。再生能力、規格外)


そしてもう一つの影はよく見えない。だが確実にいる。

霧がわずかに裂け、その隙間を何かが走る。速くて視認が追いつかない。

次の瞬間、音が遅れて来た。鋭い何かが豪速で飛来して、何かを貫いた。


後方のオーク兵が崩れる。胸部に穴が穿たれていた。

クロアの演算が即座に補足する。


(……超高速射出体。弾道制御、高精度)


霧の中に、一瞬だけ人型が浮かび上がる。

細く長い、腕とも武器ともつかない銃身のような器官。

そこから再び鋭い暗器のような物体が射出され、空気が裂ける。


クロアが散弾で咄嗟に迎撃するが、完全には落としきれない。装甲に傷が走った。


(……コバートデルタ。高速機動・狙撃特化。自爆機構、保有可能性)


ネフティスが低く唸る。


「にゃ……速すぎるにゃ」


バビが即座に狙撃位置を取るが、捉えきれない。

霧はまだ局所的に濃く視界が足りない。


同時に大地が揺れる。オーバーデルタが一歩踏み出した。

ただそれだけで衝撃波が走り、瓦礫が跳ねる。

その巨腕が振り下ろされる。遅いが、避けても意味がないほどの面で潰す範囲攻撃。


さらに霧の中から狙撃。今度は連続で暗器が飛来する。

ネフティスが身を翻して跳び、回避する。

だが執拗に次が来る。弾道が容易には読めないよう、地形を巧みに利用している。


「……狙撃と巨体の同時圧迫」


コンスが息を呑む。


「最悪の組み合わせです」


戦場が再び傾くようだった。

前には止められない質量。横からは見えない死。

押し返したはずの流れが、一瞬で崩れていく。

クロアの演算が極限まで加速する。


(……同時対処、困難。優先順位、再設定)


結論は即座に出た。


「役割分担」


機械音声が通る。


「大型個体は私が抑える。狙撃個体は索敵・排除に集中」


短い指揮、それで十分だった。

ゲブが笑う。


「いい判断だ」


ネフティスが舌を鳴らす。


「速い方は任せるにゃ」


バビが視界を研ぎ澄まし、コンスが即座に布陣を調整する。戦場が再び組み替わった。

オーバーデルタが吠え、霧が震える。

コバートデルタは完全に姿を消し、伏撃の構え。


この都市はまだ、底を見せていない。


クロアは競らず、正面から愚直に勝ちには行かない。

散弾と榴弾を斉射し、オーバーデルタの肉を削る。

尋常ならざる再生力によりダメージは相殺されてしまうが、それでいい。


(……注意、誘導完了)


巨体が顕著に反応する。

怒りという単純な衝動に駆られ、クロアを追って次々踏み出し、その度に地面が沈み、建物が揺れる。

クロアは撃ちながら引くことにより、巨体を誘導する。ルートは計算済みだった。

倒れても味方を巻き込まず、被害が最小になるようなより広い区画を目指す。


(……誘導完了)


クロアが立ち止まる。その瞬間、武装が更新されていく。

ストラクチャーゲルが収束し、伸び、形成されるのは一本の槍。

だがただの槍ではない。後部には推進機構が格納され、圧縮された力が唸り、前方にはレーザーの燐光が灯る。

単なる刃ではなく、突進して焼き切る熱の槍。


(……レーザーランス、生成完了)


クロアは右腕にマウントされたレーザーランスを構える。

目標は中心の構造核。そこを貫く。


オーバーデルタが悠然と迫り、巨腕が振り下ろされる。

その直前、クロアが背部ブースターを吹かして一気に踏み込んだ。

その加速に、レーザーランスの推進機構の推力も加わり、爆発的な増速を生む。


一瞬で距離が消えた。

衝突ではなく、ほぼ抵抗のない貫通だった。


レーザーが肉を焼き、ジェットが質量を押し切り、骨を裂き、内部を破断する。

貫いた勢いのまま、後方へ抜ける。


巨体が揺れ、いよいよ崩れる。

構造核を失って、再生は間に合わない。

構造そのものが細断され壊れていく。

オーバーデルタが沈んだ瞬間だった。


同時に、別の戦場でも速度が上がる。


「我が真力に並ぶものにゃし――【フェリカトゥス・プリベイル】」


ネフティスの声が走り、空気が変わった。五感が拡張され、世界が遅くなる。

コバートデルタが壁を、天井を、地面を、縫うように走る。

ネフティスが追うスピードは人型の異形と同じ領域にある。

鉄爪を振るうが、あと一歩で届かない。


正確な予測でバビの矢が飛び、コバートデルタの進路へ先回りして着弾していく。

その結果、異形の回避軌道が歪み、選択肢が削られ、動きが直線的になる。


「今にゃ!」


ネフティスが一瞬で踏み込む。

距離が消え、鉄爪が走る。脚部が強かに切断された。

コバートデルタが倒れ込むが、そこで異変が起きた。


急激に人型の異形の身体が膨張していく。


(……自爆機構、起動)


追撃を加えようと肉迫していたネフティスが目を見開く。

しかしその前に影が割り込んだ。


バビがネフティスを咄嗟に抱き寄せる。

同時に濃密な魔力を展開する。

ザガル氏族に伝わる古い防御術。

身体に刻まれた反射で、ザガルの防御が形を成す。


空間に正六角形の蒼い壁が生まれた直後、コバートデルタが爆発した。

光、衝撃、破片。そのすべてが叩きつけられる。だがバビは懸命に耐え、崩れない。


やがて静寂が戻り、爆煙が晴れる。

ネフティスが思い出したように息をする。

まだ生きていることを実感し、その目の前に、バビがいた。

膝をつきながらも、まだ生きている。


一瞬、言葉が出なかった。


「……ばかにゃ」


小さく呟く。だが、その声は震えていた。

バビが苦笑する。


「……無事で、よかった」


一拍置いて、二人の視線が交わる。

地獄のような戦場の中で、ほんのわずかに静かな時間が流れた。

その間に、二人の間に確かに何かが芽生える。言葉にはせずとも互いに分かっていた。


背後でクロアが振り返り、戦場を確認する。


(……主要脅威、排除。残敵掃討、順調)


だが都市はまだ沈黙している。終わっていないとでも言わんばかりに。

フィリアは、まだ何かを隠している。



クロアたちは襲い来る異形を撃破しつつ、都市の中央にまで到達していた。

霧が深い。濃度も重さも先ほどまでとは違う。まるで霧自体が意思を持っているかのようだった。


視界の中心に、巨大建造物がある。

交易センター。都市フィリアの心臓であった施設だ。


その前に、一人の男が立っていた。

微動だにせず、ただ泰然とそこにいる。


その名をジラーソという。

創世教団の狂信者であり、その異名は、酷虐なる者。


クロアの視界が収束する。


(……識別:統括個体。フィジカルデルタ発生源、関連濃厚)


ふと、男が顔を上げる。虚ろで、焦点は合っていない。

だが確かに見ていると感じさせた。


「やっときたかぁ」


声は軽く、気だるく、緊張がない。


「めんどくせぇからよぉ」


一歩、緩慢に踏み出す。


「暴れんなぁ」


歪んだ笑みを湛える。


「そうすりゃあ、すぐにお前らも嬲ってやれるぅ」


ネフティスが低く構え、バビが射線を取り、ゲブが大剣を構える。

コンスが状況を読み、クロアが前へ出る。ラテアがその隣に立つ。


そして、ジラーソが首を鳴らした。


「喉が枯れるまで、いい声で叫んでくれよなぁ」


静かに、だが確かに空気が変わる。

目には見えない圧、明確な上位存在の気配。

クロアの演算が警告を叩き出した。


(……危険度、極大)


ふと、ジラーソがぼんやりと空を見上げた。


「俺ぁ、神様ぁを信じちゃいるけどよぉ」


嗤う。しかしそこに心はない。


「それよりずっと――」


視線が落ちる。クロアたちへ。


「獲物の悲鳴を聴いてる時が、スカッとするぜぇ」


その瞬間、視界の端で何かが動いた。

ジラーソではない、霧の中だ。

濃霧が裂け、コバートデルタが三体同時に現れる。


バビが即座に反応し、矢を放つが躱される。

クロアが指示を出すより早く、さらに地面が蠢いた。

根が裂け、肉のような樹が急速に成長する。


食肉樹型フィジカルデルタ。


広がり、絡みつき、そして霧が爆発的に濃くなる。

視界が完全に途絶えた。


「――散れ」


ジラーソの声。

それだけで、戦場が分断された。


クロアの視界が途切れる。ラテアの姿が消える。

ネフティスが見えない。バビの気配が遠い。

ゲブの重さが感じられない。コンスの指示が届かない。


(……通信遮断。視界喪失。孤立)


クロアが一瞬停止し、冷静に全てを再計算する。

この状況、この敵、この都市、そして、この男。


ジラーソが霧の向こうで笑う。


「いいねぇ。バラバラの方が、よく鳴く」


霧が蠢き気配が近づく。四方から複数の殺意が。


逃げ場はない。

ここから先は、それぞれの戦いとなる。

孤独な殺し合いが幕を開け、フィリアは完全に、牙を剥いた。



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