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第170話 懸念

 予想通り、翌日からモンリーズ家には大量の求婚状が殺到した。花束やらプレゼントやらで、一部屋が埋まってしまう程だ。それを見ても、私の決意は変わらなかった。


「本当に、大丈夫なのか?」


 さすがの量に困惑するシヴァを見て、私はそっと彼の手を握る。


「大丈夫だよ。誰に何を言われたって、私は一人身でいるもん!」




「形だけでも婚約してみます? 男除けに」


 シヴァとの会話のわずか一時間後。我が家にやって来たヤコブは紅茶を片手に、冗談半分でそう言った。


「……ご遠慮します」


 背後のシヴァが殺気をまき散らしているのは容易に想像できた。彼のいるところで、そんなこと言わないで欲しい。


「そういうヤコブは、婚約とかしないんですか? 恋人とか」


「いえ、全く。だから、別にいくら偽装婚約したって構いませんよ」


 朗らかに笑いながら言う彼に裏はなさそうだ。紅茶をもう一口飲んで喉を潤しながら、彼は小さく呟いていた。




「僕には、妻だけですから」




 そうだ。彼は、前世の奥さんを大切にしている。

 この世界に来てから10年以上が経過しても、彼の奥さんを超えるような女性は現れなかったのだろう。そう考えると、少し同情してしまった。


「それで、今日来た本題は何ですか?」


 カップを机に置いて、私は改めて姿勢を正す。真面目な話をしたいのだと察し、ヤコブも姿勢を正した。

 ちらりと視線がシヴァに向く。今、この応接間には私とシヴァとヤコブしかいない。

 人払いをするために下がらせた方が良いかと、シヴァのいる後ろを振り向こうとして、ヤコブに制止された。どうやらシヴァがいても問題ないらしい。


「旧ソプレス王国の反乱の鎮圧、お疲れ様でした」


「ありがとう。でも、言われるほど大したことはしていませんわ」


「いえいえ、ちゃんと人心を掴んだリリアンナ嬢の勝利ですよ。裁判で様々なことも判明しましたしね」


 一体、今更あの裁判の話を持ち出して何がしたいのだろうか。その件なら、後はロミーナの証拠を使ってアマトリアン辺境伯夫妻も押さえられれば終わる話のはずだ。……まあ、そうなった場合のロミーナの立ち位置が心配だが。


「……それでですね、1つ心配な点がありまして」


「え?」


 そんな言い回しをされると言うことは、あのゲームについての情報だろうか。首を傾げる私に、ヤコブは冷静に言葉を続けた。


「まだ完全にそうとは言えませんが、反乱が起きる可能性が残されているのではないかと」


 そんなはずはない。元々、反乱はリヒハイム王国と旧ソプレス王国の不和によって起こったもののはずだ。それが解消された今、わざわざ反乱を起こす理由がない。

 それに、あそこにはヴォルフガングがいるのだ。仲良くなった彼が、それを見て見ぬふりするとは思えない。




「オスカー・ヴァルシュ」




 ヤコブの言葉に、シヴァがピクリと反応した。私には聞き覚えのない名前だ。


「旧ソプレス王国の魔導士団長だった男です。彼は、まだ生きている」


 そんな人がいたのか。私は本当に知らなかった。

 でも、騎士団長と旧知の仲だったシヴァのことだ。彼のことを知っているのだろう。


「彼は、リヒハイム王国を恨んでいるはずです。彼をなんとかしない限り、反乱の懸念は完全には消えないのではないでしょうか?」


 ヤコブの視線は、まっすぐシヴァに向けられていた。

 まるで、シヴァに何とかして欲しいと訴えかけるように。






***






 温かな日差しが降り注ぐ。そんな中を、一人の少女が歩いていた。

 色黒の肌にテラコッタの瞳。垂れ目がちな目元は愛らしく、瞬きと同時に長いまつ毛が揺れる。ライムグリーンの腰まである長い髪を、一部編み込みにしているのが異国情緒あふれている。

 薄い布地を何層にも重ねたサリーのような衣装には、伝統的な刺繍が施されていた。そんな中で、腕まである長い手袋が少し異質だ。しかし、彼女の美しい外見を阻害する要因には決してならない。


 ここは、ライハラ連合国の首都に近い町。その端に位置する子爵の屋敷だ。

 その中庭を、彼女はゆったりと散歩していた。庭に咲く南国らしい大ぶりな花を愛でながら歩く彼女に、後ろから声をかける者がいた。


「ドミニカ嬢、失礼します」


「あら、こんにちは」


 ドミニカと呼ばれた女性は振り返る。声をかけた男は、彼女よりも少し年上の男のようだ。彼はさっと礼をすると、ドミニカの手を取った。


「今日も求婚しに来たのですが、御父上に断られてしまいました。この想いを、私はどうすればいいか……」


「お気持ちはありがたいですが、それはお父様が決めることですので。私には何とも」


 ドミニカは目を細めて困ったように笑う。そんな彼女を見て、男は彼女の手にキスを落とした。


「まだ私は諦めません! 貴女を手に入れるまでは!」


「その情熱は、いつかお父様を納得させられるかもしれませんわね」


 ふふっと笑う彼女に、男は完全にメロメロだった。彼女の手を離し、姿勢を正すと綺麗に礼をする。


「さっそく、交渉材料を探してきます! 私は絶対に貴女の良き夫になりますよ! 諦めません!」


 そう宣言すると、彼は一目散に出口に向かって走り出した。そんな彼を、ドミニカは柔らかな笑みで送り出す。

 くるりと反対方向に向けて歩き出しながら、彼女は手袋を外した。その手つきは嫌な物にでも触れるように、指先で摘まむような仕草になっている。

 すぐ近くの部屋に入ると、彼女はその手袋をゴミ箱に捨てた。彼女の瞳は、先程までの温和な笑みと違って冷たい。


「ねえ、タバサ。ごめんなさい」


 彼女は部屋から顔を出すと、すぐ近くを通りがかった女中に声をかけた。


「はいはい、お嬢様! どうなさいましたか?」


「手袋が汚れてしまったの。燃やしておいて下さらないかしら?」


 わざわざ名前まで呼ばれて嬉しかったのか、恰幅の良い女中は満面の笑みで近付く。そんな彼女に、ドミニカは手袋を捨てたゴミ箱を指し示した。


「燃やすなんて、なんだかもったいないですね。洗って使用人に下賜しても」


「ダメよ!」


 ドミニカは叫ぶと、タバサの手を取った。彼女の目は潤み、一瞬で相手を虜にしてしまいそうな庇護欲を感じさせる。そんな彼女に当てられて、タバサは息を飲んだ。


「毒虫が付いていたの。洗ったくらいじゃ落ちないかもしれないわ。下賜なんかしたら、触れた方の手が危ないわ」


「……そ、そうなんですね! 確かに、それじゃダメです。燃やしておきます!」


 慌ててゴミ箱を抱えたタバサが部屋を出ようとする。その際に、彼女はドミニカへ向き直った。


「そういえば、お嬢様は大丈夫なんですか?」


「ええ、なんともないわ。“こういう時のための”手袋だもの」


 含みのある言い方だが、タバサは気にしない。礼をしてそのまま去っていった。それを見送ると、すぐにドミニカは予備の手袋を用意して手にはめる。


「あー、気持ち悪かった。あんなの燃やして当然よ。……あの男、毎週来るけどいつ諦めるのかしら」


 冷たい表情に戻った彼女は、部屋の隅に置かれた手紙を手にした。中にはリヒハイム王国の学園の留学生を示す証明書が入っている。


「まあ、それももうすぐ終わりね……リヒハイム王国、ずっと行きたかったの」


 中の証明書を見ると、彼女は不敵に笑った。




「楽しみだわ」

ここまでお読みいただきありがとうございます!

第三章はここで終わり、次にキャラのまとめを乗せて、次々回からは第四章です。

恐らく最終章になると思います。

最後までお付き合い頂けたら嬉しいです!

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