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第140話 襲撃者

 シヴァがリリアンナがいないと気付いたのは、そのすぐ後だった。2分で着替えを終えると素早く馬車の外に出て彼女の後を追う。彼女は焦っていつものように飛び出してしまったが、今回はヴォルフガングを襲ったという襲撃者がいるのだ。油断はできないと、シヴァはいつもよりも手早く着替えを済ませていた。

 前回は校舎前で追いつけていたはずだが、リリアンナの姿はない。


「お嬢様……?」


 もう教室まで行ってしまったのだろうかと、足を進める。彼の表情はいつも通り落ち着いていたが、内心は不安と焦燥感に駆られていた。

 リリアンナがいない。彼女に何かあったら、自分はどうすればいいのか。彼女の無事を祈りながら教室まで小走りで向かっていると、不意に腕が掴まれる。その手によって、シヴァは人気のない廊下へと引きずり込まれていった。






 ***






 ど、どうしよう……


「この後の脱出経路は?」


「商人の荷馬車が通るらしいから、そこに……」


 手足は縄で縛られ、口にも猿轡を嚙まされて身動きが取れない。今すぐ命を奪おうとしている様子はないが、それでも恐怖は変わらなかった。犯人達の会話からして、どうやら私は誘拐されてしまったらしい。

 マントを目深に被り、口布で顔を隠した人物が三人。その全員が背の高い、なかなかに屈強な男達だ。これからどうなるんだろうかという不安と、こんな男性たち相手だったら逃げるのは難しいかもしれないという諦めの気持ちが湧いてくる。大人しく助けが来るのを待っていた方が良いのだろうか。


 馬車を先に降りた際、一瞬制止しようとしていたシヴァを思い出す。

 彼は止めようとしてくれていたのに、どうせ数分だからと飛び出してしまった。過去の自分を殴ってやりたいところだ。シヴァは今、どうしているんだろうか。


「馬車が来るのは後何分だ?」


「予定まで20分と言ったところか。場所を移動しないと」


 今いる場所は、先程連れ去られた庭園の奥。学園祭で賑わう中、こんな馬車留めまでの途中にあるような、空いた土地を埋めるために作られた庭園になど誰も来ない。

 魔法を制限するような道具は持っていないようだし、火魔法とかで縄を焼けば脱出自体はできる……と思う。こうなってみると、魔力が多いリリアンナで本当に良かった。まだ何とかなる手は残っているのだ。大丈夫だと自分に必死に言い聞かせながら、私はなんとか彼らのしっぽを掴もうと様子を観察していた。

 三人は私に背を向けてひそひそと話をしていたが、不意に男の一人が振り返る。私が大人しくしているか様子を見るためだろう。その男と目が合った時、気付いてしまった。


 マントと口布から覗く褐色の肌に。


(ライハラ連合国の人……? 他国の人が、なんで)


 混乱するが、なんとか気持ちを抑える。睨みつけると、その男は一瞬怯んだ様子を見せた。案外気は小さいのかもしれない。

 怒っているふりをして、私も男から顔を背ける。せめて足の縄はいつでも切れるように後ろに隠しておかないと。何か逃げられる手段を残しておかないと、不安でどうにかなってしまう。


「隠れられるとしたらここか」


 どうやら話し合いは終わったようだ。私の方を振り向いた彼らの中で、一番背の高い男が私を担ぎ上げる。身じろぎするが、さすがにびくともしないのが悔しい。

 そのまま庭園の奥を移動し、馬車留めの方向にある建物の裏手へと進んだ。校舎と建物の間はただの抜け道のようになっており、手入れもされていないのか背の高い雑草が生い茂っている。そこを彼らは気にも留めずに進んでいった。


 着いたのは馬車留めの端。恐らく学園の食堂などに荷物を配給する倉庫だ。小さな小屋には窓がなく、室内は日中だというのに薄暗く、ひんやりとした湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。古い木箱や麻袋が天井近くまで乱雑に積み上げられ、隠れるにはうってつけだ。通りがかった程度では、一目でここに誰かがいるとは分からないだろう。

 彼らは倉庫の裏口の扉を使って、中に入ってきた。正面の入り口にドアはなく開け放たれている。彼らが油断した隙に入口へ行けば逃げられるかもしれない。




 コツン


 裏口の辺りで小さな音がする。それに気付いた男達は一斉に裏口の方を向いた。例の一番背の高い男が、顎で合図してライハラ連合国の男を差し向ける。彼らの間に緊張が走り、注意が裏口へと向く。

 その瞬間、私は自分と男達との間に大きな炎を燃え上がらせた。


「うわっ!」


「火が……!」


 一部は彼らに燃え移ってしまっただろうが、気にしている暇はない。大きな炎と同時に灯した小さな火で縄を焼き切り、私は自由になった手足で入口の方へと走って行く。


「待て!」


 待てと言われて待つわけないでしょうが!


 風魔法で積み上がっていた荷物を揺らすと、その一部が狭い通路へとなだれ落ちていく。それに足を取られ、先頭を走っていた背の高い男が体勢を崩す。それを見て、私は入り口から外へと飛び出した。

 明るい外にはたくさんの馬車が並んでおり、人は誰もいない。私が走って逃げたところで、人の多い所まで追いつかれずにいられる自信はない。足止めが成功している内に、せめてどこかに隠れないと!


 馬車の間を走り抜け、私は奥の方にある荷台の大きな馬車の裏に隠れた。正直、これ以上は何も考えていない。どうすればいいかなんて分からない。ただ時間が過ぎるのを待って、誰かが助けに来てくれるのを待つしかない。

 あれからどれくらい時間が経っただろうか。たぶん、30分も経ってはいないはずだ。シヴァは今頃、私を探していることだろう。せめて私を探しに馬車の方へ戻って来てくれたら、彼と合流できるかもしれない。


「お前は端から探せ! お前はそっちの建物だ!」


 さっそく男達が体勢を立て直したのか、私を探すために指示を飛ばしていく。あちこちに移動していく足音が聞こえる。


 しゃがみ込みながら、私は自分の手足が震えていることに気付いた。

 さっきまでは逃げることや男達の話を聞いて情報を得ることに夢中だった。それが今更になって、はっきりと恐怖が体にも伝わってきたのだろう。ぎゅっと手を握り締めると、震える指先は白く冷たくなっている。

 そうして震えていて、足音が間近に迫っていることに気付くのが遅れた。気付けば私の背後の馬車2、3台分程度の所にまで足音が迫っている。私はそちらの方へ振り向き、ゆっくりと立ち上がった。


 次はどんな魔法で逃げる?

 どうやったら足止めできる?


 そうやって思考を巡らせるが、体の震えは止まらない。

 男の足音がこちらへ向かってくる。もうすぐという所で、私は音もなく背後から現れた手に抱き留められた。

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