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第141話 制圧

「ひっ」


 思わず声が漏れる。それはすぐに黒い皮手袋によって塞がれた。この手袋には見覚えがある。

 恐る恐る振り返ると、そこにはシヴァがいた。

 なんで、ここが分かったのかとか。助けに来てくれて嬉しいとかはどうでも良い。

 彼の顔を見た途端、全身の力が抜ける。転ばないように。必死に腕をシヴァの腰に回してしがみついた。


「シヴァ……!」


 小さく声を漏らすと、彼は慌てたように薄い唇に人差し指を押しあてた。静かにしろとの合図に、慌てて私は顔をぎゅっとシヴァの胸に埋める。

 手で塞ごうと思っても、力を込めてシヴァを掴んでしまっている手は引きはがせない。そのため、瞬発的に彼の胸を手の代わりとしたのだが、驚かせてしまったらしい。一瞬シヴァは動きを止めたが、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。温かい彼の体温に安心する。


 そうしていると、足音がすぐ後ろで止まった。


「いたっ!」


 私を見つけた男の声が聞こえたが、すぐにその声は聞こえなくなる。不思議に思って顔をあげると、目が合ったシヴァが空色の瞳を薄めて微笑んでいた。こんな状況なのに、不謹慎にも顔が赤くなってしまう。

 振り返ると、マントを付けた男の一人が地面に倒れ込んでいた。何をしたのかとシヴァを見るが、彼は答えてくれない。


「シルヴィア嬢、制圧完了しました」


 不意に声が掛けられる。気付けば二人の男性が、倒れていた男を縛り上げていた。


「シヴァ……本当に、一体何があったの?」


「それを聞きたいのは俺の方なんだが……」


 二人で顔を見合わせる。気の抜けたシヴァの返事に緊張が解けたのか、私は足の力が抜けるのを感じた。






 ***






「お嬢様……?」


 リリアンナがいないことに気付いたシヴァが教室まで小走りで移動していると、不意に腕が掴まれた。その手によって、彼は人気のない廊下へと引きずり込まれる。


「何をっ!」


「静かに」


 急なことに驚き声をあげると、相手は低い声で制止してきた。冷静に相手を見れば、学園の使用人の服を纏った騎士だった。モンリーズ家の使用人として過ごしている間に、彼とは何度か顔を合わせたことがある。相手が見知った存在であるという事実に、シヴァは一瞬安堵しため息をついた。


「……急になんです? 私は、お嬢様を探さないと」


「そのお嬢様のことです」


 小声で返事をすると、そう返されシヴァは真剣な表情に戻る。


「お嬢様は、今どこに?」


「素性不明の男達に攫われました。モンリーズ公爵様からの依頼で護衛をしていたため、行方は追えています」


「……それなら、貴方はここで何をしているのです? 早くお嬢様を助けないと」


「人数が足りません」


 シヴァは焦りと怒りをぶつけそうになったが、騎士の冷静な答えに頭が冷える。


「誘拐犯は三人。護衛は私以外にもう一人います。そいつは、今お嬢様の後を追っています。制圧ならばこの人数でも可能ですが、安全にお嬢様を救出するには人数が足りません」


 確かに、安全にリリアンナを救出しつつ、三人を無効化するには人数が足らない。相手はどんな武器や魔法を使えるのか分からないのだ。人を呼びに来たのは最善の手だろう。


(……だが、オレが増えたところで三対三。まだ心もとないな)


「アレクサンド殿下に至急連絡を入れて下さい。王族の護衛を借りるのです。会議室へ向かい、現在担当のレオナルド殿下と、ヴァイゲル公爵令嬢にも連絡を」


「は、はい!」


 シヴァの言葉に騎士は慌てて敬礼する。


「お嬢様はどこですか?」


「馬車留め横にある庭園の奥です!」


 騎士の返事を待たずに、シヴァは走り出した。そんな彼を制止しようと騎士は手を伸ばす。


「待ってください! シルヴィア嬢はどちらに……」


「決まっているでしょう」


 しかし、シヴァは無情にもその手を振り払った。怒りのこもった目で、騎士を睨み返す。




「お嬢様を、助けに行くんです」




 その声はいつもと違い低く暗く。騎士達がいつも見ていた、あの美しいメイドの姿には見合わない、男のような声だった。






 ***






 事件発生後。シヴァ達に助けられた私は会議室で治療を受けていた。元々行くはずだった教室の担当は、アレクサンドの指示で急遽別の人に代わってもらっている。


「手足に軽い火傷がありますね。治癒魔法をかければすぐに傷は塞がるでしょう」


 どうやら逃げるのに夢中で気付かなかったが、縄を解く際に火傷ができてしまっていたみたいだ。赤く水ぶくれができて痛んだが、アレクサンドが連れてきた校医の治癒魔法により、肌はあっという間に元の白さを取り戻した。

 治療を終えた校医は口止めをされた上で部屋を出ていく。残されたのは私とシヴァとアレクサンドとイザベラ。それから会議室で待機することになっていたレオナルドとマルグリータの5名だ。


「無事で良かったわ」


 イザベラは私の横に寄り添いながら涙目で抱き着いてくる。息苦しくはあるが、素直に嬉しい。


「いったい何があったんですか?」


 何も事情を知らないマルグリータが、アレクサンドに話しかけた。彼はマルグリータの横に控えたレオナルドに視線を向ける。レオナルドは珍しく真面目な顔で頷いていた。

 アレクサンドが合図をすると、影で控えている護衛の結界が張られる。どうやら防音に優れたものらしい。少し音が反響して聞こえる。


「さて、事情を知らないのはマルグリータ嬢とイザベラの二人だね。後々関わってくるだろう話だから、今の内に伝えておくよ。もちろん、口外は許されない。いいね?」


 真面目な顔をしているが、さらっとイザベラを呼び捨てにしている。そんな私の思考は横に置いておいて、アレクサンドは今回の件について話し始めた。

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