第二二三話 討伐を祝って その五
県城内を散策し終えた私は城壁に上がった。爽やかな夜風が吹いており、城壁の下から焼けた肉とお酒の匂いが漂い、鼻孔をくすぐる。
私以外にも城壁の上にチラホラと人がいたので面白そうな話をしている一団に近づいた。
なんか皆笑っているな。楽しそうだ。
私は一団の輪にそれとなく混ざると相変わらず陽気そうな簡雍が喋っていた。
「そこで俺が言ったんだよ『食べるものなかったらどうするよ?』って、そしてたら田豫のやつ『私は土に酢をかけて食べます』って」
「ははははっ! 田豫のやつ、小英雄じゃなくて面白英雄の間違いだろ」
劉備の族弟(一族中の年下の男)である劉徳然が哄笑していた。
てか私の話かい! そういえばそんな冗談を言った記憶もあるような、ないような。
私が首を傾げていると、周囲の人々は私の存在に気付いて視線を向けてきた。
一団の中で簡雍は真っ先に口を開く。
「おお! 面白英雄じゃん!」
「誰が面白英雄だ、なんでこんなところで人の話をしてるんですか」
「いやどこもかしこも田豫の話で盛り上がってるはずだぜ、今や曹操や孫堅ってやつどころか、盧植や皇甫嵩のおっちゃん達より存在感あるだろ」
想像以上に注目の的になっているようだ。正直、悪い気はしない。
「本当に凄いことをしたんだな私は……」
戸惑っている私の様子を見た劉徳然が不思議そうな顔をしていた。
「注目浴びるの好きだろ? なんかこういうときって調子に乗りそうな印象あったけど、一体どうしたんだ?」
彼もまた劉備同様、私塾に通ってた時代からの付き合いがあるだけに私の性格を把握しているらしい。
「今回は凄いことをした実感が沸かないんですよ」
「へぇ……」
「もしかしたら全国民が毎晩、私の話で盛り上がり、各地域で銅像を建てられるぐらい凄いことをしたのかもしれませんが、くわえて各地の女子が婚姻を結んでくるかもしれません」
「こいつ、めっちゃ調子に乗ってたわ」
劉徳然は吹き出しそうになりながら、私を指差す。
「田豫らしいっちゃ田豫らしいけどな」
淡々とした口調で喋る劉備と同じぐらいの背丈の男がいた。
「おお! 劉亮殿! 黄巾の乱を乗り越えられたようで望外の喜びです」
「ふふ、大げさすぎだって、それに殿付けで呼ぶのは止めてくれよ。そこまで歳は変わらないでしょ」
私が劉亮と呼んだ男は半ば呆れていた。
彼はなんとあの劉備の弟だ。しかし歴史書である『三国志』には登場しない。彼の名が登場するのは野史と呼ばれる民間で編纂された歴史書だ。
大袈裟な言葉で彼の生存を喜んだが劉備の弟故に喜んでいた。
「劉亮殿や劉徳然、そしてこの場にはいないですが劉展が生き延びることは劉殿が将来、大きな勢力になったときに重要ですからね。もちろん友人として死んでほしくないとも思っていますよ」
劉展というのは劉備の従兄弟だ。彼も今回の戦いで劉備に従軍している。
「最後の言葉は分かるけど、僕達、一族が生き残るってそんなに重要で兄さんの助けになるの?」
劉亮は眉を寄せて、訝し気な顔をしていた。すると、ある男が口を開く。
「地縁や、血縁のいないよせ集め集団をまとめあげるのは大変だからね。殿の勢力が大きくなればなるほど、血縁者はいた方がいいよ。血縁者がいるといないとじゃ結束力が違うと思う」
持論を述べるのは孫乾だ。彼も私が劉備に早めの挙兵を促したことによって趙雲同様、本来の歴史よりも遥かに早く劉備と共に行動している。
「孫乾の言う通りですよ」
私は彼に同意した。
知っている歴史では曹操と孫堅は同郷の部下や兄弟、多くの親族に囲まれているが劉備には建国時に、兄弟はおらず、それどころか息子以外に親族はいなかった。何故なら、彼の親族はこの数年以内の戦いで死亡する。
私が思うに寄せ集め集団をまとめるために劉備は大義に頼ったかもしれない。すなわち、漢王朝を復活させる大義だ。
私は劉亮と劉徳然をチラッと見る。劉備の親族は劉備に付いていって挙兵したものの、この時期に全員戦死したのであろう。歴史書には劉備の親族についての記述がほとんどないのがいい証拠だ。
今の劉備は曹操と孫堅に肩を並べる勢いで名前が売れている。集まる人材も築き上げる勢力も知っている歴史とは全く違うものになるだろう。その影響で彼の親族が死なずに済むといいが。
「やぁ田豫、此度の活躍見事ですね」
孫乾は私に向けて微笑む。
「その活躍も劉殿が挙兵してくれたおかげですよ。彼が挙兵していなかったら私は戦うことすらできませんでしたからね」
「殿の方こそ感謝してたよ。田豫のおかげで賊と戦う力を得ることができて、民を守る責務を果たせたと、それに田豫の活躍で殿の名前も自然と売れるからね。田豫も殿も戦いが終わる度に村に行って自分の名前を売らなくてもいいよ」
そういやそんなことした時期もあったな。




