第二二四話 始まりの終わり(黄巾決戦編最終話)
私は城壁の上で劉備に従軍している簡雍達と談笑しながら、ふと城壁の外を視界に入れると、
「ん……」
城壁の下を潜り抜けて、劉備と関羽が県城の外へと出ていく姿が見えた。
兄弟仲良く散歩でもしているのだろうか。
「お! 玄徳!」
簡雍が城壁から身を乗り出し、劉備に向かって手を振っていた。劉備と関羽は快く手を振り返す。その後、劉備は私に対して手招きをしていたので彼の下へと向かうことにした。
城壁から下りて城門を潜ると、土道の上に劉備と関羽が佇んでいた。
夜風が土道の両側に沿うように生えている草を靡かせ、ざわざわと音を立たせてる。また、道の横には篝火が等間隔に置かれており、火の熱で頬が熱くなる。
もう、この時代に転生してから一五年近くの月日が経つ。
過ぎてみれば時が経つのは早い。しかし、思い返してみれば、本当に濃密な日々だった。
私は地面に視線を向けながら歩いたあと、空を見上げる。
土を踏みしめる感覚は前世と変わりがない。前世と同じ星にいるんだという実感が沸く。
しかし、大気が澄んでいるので前世と違って夜空に散りばめられた星々が煌めいて見える。その違いで、古代と呼ばれる時代に来たんだなと思いしらされる。
前方にいる劉備、関羽と目が合う。
この時代の英雄と呼ばれる人物が目の前にいる。今でさえ目に映る風景は夢の中で見ているものではないのかと思ってしまう。歴史に名を残した男達と対等に話せる関係になれるなんて想像できるはずもないのだから。
劉備は口元を綻ばせながら私に向かって拳を突き出す。私は彼に応じて拳を突き合わせた。
「ようやく、戦いが終わったな」
「ええ、ですがこの戦いは全ての始まりでしかないです。時間が経てば黄巾賊の残党が活動を始めます。そして、地方にいる豪族達が反乱に対処するために武装化するでしょう」
「そうなってしまえば、もはや今の漢王朝では治世の世を築くのは厳しくなる……だが、そういった事態に備えるために余達は力を付けてきた。そうだろう?」
彼はさっきと打って変わって真剣な眼差しを向けていた。私は静かに頷く。
私達は資金、軍備、人脈、地盤、地位を築き上げてきた。これからの乱世に備えるために。
「田殿」
口を真一文字にしていた関羽が一歩踏み出してきた。
「関殿も此度の戦、お疲れさまでした」
「拙者より兵を指揮していた兄者や貴殿の方が疲れているであろう」
「関殿のような豪傑がいるからこそ、私達は戦果を挙げることができたんですよ。だから、疲れてるのはお互い様ですよ」
喋り終えたあと、私は関羽に向けて拳を突き出す。
「ふっ」
関羽は鼻で笑ったあと、拳を突き合わせてくれた。
「今回は田殿が拙者より多くの首級を挙げたが、次こそは拙者が多くの敵将を討ち取ってみせよう」
彼の瞳が爛々と燃え盛る。私に対して敬意を持ちながら対抗心を燃やしているようだった。
戦いの中で敵の指揮官と居合わせる場面が多かった。もし関羽が私が討ち取った者達と相対していたら、簡単に討ち取っていただろう。
多くの首級を挙げれたのは私の運が良かったともいえよう。
しかし、
「望むところです。次も負けませんよ」
私は関羽の対抗心に対して張り合うことにした。指揮官として劉備と肩を並べ、将兵や兵士として関羽と肩を並べたいと思ったのだ。
私の言葉を聞いた関羽は白い歯を覗かせ、満足そうだった。
「そういえば張飛はどこですか? いつも三人一緒なので、気なっていまして」
内心、気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば帰りが遅いな」
劉備は横にいる関羽に向かって喋る。
「思いのほか、量が多いのでは」
「かもしれんな」
量? 一体なんの話だ。
「余達は宴会の余興で蹴鞠(蹴鞠の中国語読み)をしていてな。皮鞠(皮で作った球体)を落としたものは近くの拠点で溜まった書簡と手紙と食料を届ける罰を受ける決まりになったわけだが、翼徳が皮鞠を蹴るときに力が強すぎて城壁の外に飛ばしてしまってな……彼は罰を受けている最中だ」
私が首を傾げていると劉備が事情を説明してくれた。
この時代の蹴鞠は漢の宮廷や上流階級では教養や武芸として扱われている。また兵士の軍事訓練や鍛錬の手段としても用いられているので大概の人は蹴鞠を経験しているので宴会の余興としても行われやすい。
「城外に飛ばすなんて張飛らしいですね」
「田殿の仲間も皮鞠を落として罰を受けることになっていたぞ」
「え?」
関羽の言葉に思わず声を出してしまった。
「呼銀のやつが宙返りしながら、球を蹴ろうとしおってな、宙返りは見事なものだったが足に球を当たることなく落としておった」
「あらら……でも、北方異民族に球技をする文化はなさそうですからね。騎射や狩猟に優れている者達ですがこちらで行うような遊戯の経験はないかと」
でも身体能力は高いから呼銀ら南匈奴族はすぐに蹴鞠が上手くなりそうだ。
この国では将来、蹴鞠がもっと流行る。一〇〇〇年後には蹴鞠のプロチームができ、リーグ戦が行われるほどにもなる。いずれ、都市を運営する立場になったら、蹴鞠を興行として流行らせて、収入を得るのも悪くないのかもしれない。
立ち話もそろそろ終わらせようかと思ったとき、劉備と関羽の背後からゴロゴロと荷車を引く音が聞こえる。
前にいる二人が音につられて背後を振り向く。その視線の先には張飛と呼銀がおり、それぞれ数頭の馬で荷車を引いていた。さらに彼らの横には馬に乗っている呼雪がいた。
「あっ、田兄、やっほー」
呼雪が姿勢を傾けて、劉備らの背後にいる私に向かって手のひらを見せる。
「やっほ」
私も手のひらを見せて挨拶し返した。
「翼徳、ご苦労であった」
「関兄、思いの外、量が多くて大変だったぜ」
関羽が張飛を労ったあと、張飛は荷車を確認する。荷車には樽、麻袋、木箱など様々な入れ物があった。入れ物の中に手紙や書簡、食料が入っているのだろう。また、道を整備するためのつるはしや斧が剥き出しで置いてあった。
「田豫、県城に着いたら荷下ろし手伝ってくれよ」
呼銀は荷車に載っている荷物を見て気怠そうにしていた。
「え~そんな~全然いいですよ」
「一旦、嫌がる素振りする必要ないだろ」
彼は私の態度にツッコミながら苦笑いを隠せていなかった。
「そういや田豫宛てに手紙来てたぜ」
呼銀は荷車に置いてある麻袋を指さす。
「まさか…………麻袋丸々一つ私宛てですか?」
「そのまさかだ」
「一体なんだろう……地方の豪族達が私を自分の勢力に引き込むのに躍起になって仕官のお誘いの手紙を出しまくっているとか」
「ありえるな、よくあることだし」
呼銀と話しながら、荷車の上に乗って麻袋を取ったあと地面に向かって飛び降りた。
どんな手紙が入っているのやら。
私はワクワクしながら麻袋を開けて、手紙を適当に取り出し、文字を読むために篝火の近くに立つ。
まずは一通目。王氏という豪族からきた手紙らしい。
「ん?」
横には手紙を覗いてる呼雪がいた。
「セツも見ていい?」
「いいですよ、いくらでも見てください。見るだけならタダですからね、構いませんよ」
「なにそれ~そもそもお金取ろうとしないで」
呼雪は口元を緩めて可笑しそうに笑っていた。
手紙を読むと王氏は国内でも珍しくない名前なのだが、手紙を出した王氏は国内でも屈指の豪族であることが分かった。徐州の琅邪と呼ばれる地域出身の琅邪王氏と呼ばれる豪族だ。
私も前世から琅邪王氏を知っている。三国時代には目立たない存在だが、それは武官の家柄ではなく文官の家柄だからだ。しかし琅邪王氏は、三国時代が終わり、次の王朝になると眠れる獅子が目覚めたかのように活躍をし、王氏は政界の頂点の一角になったのだ。
王氏は私を私兵として雇いたいのだろうか?
手紙を読み進める私は思わず目を見開く。
『来年、私の娘が笄礼(女性の成人の儀式)を行います。その際、田殿に私の娘とのご縁組を賜りたく存じます』
「おお……!」
若い娘と私に婚約関係を結んで欲しいとの旨の手紙だった。
ついに夢に見た結婚が……できる!
「せいっ!」
「あっ! 雪! 手紙を返して……って! ぎゃああああ! 破いてる! この子私の手紙破いてます!」
私宛ての手紙は呼雪の手によって真っ二つにされてしまった。
彼女は片頬を膨らませて可愛く怒りを露わにしていた。
「結婚駄目」
「なんでそんなに怒ってるんですか」
「だって、田兄が結婚するの……嫌だから」
呼雪はそっぽを向きながら気持ちを吐露していた。
……なんだこの愛おしい生き物は。
「俺様にもああいう手紙こないかな」
「張飛は劉備さんや田豫ほど名が売れてないからこないって」
「なんだと! 呼銀てめぇ!」
「痛てててっ」
張飛が呼銀の頭を脇に抱え込んで締め付けていた。未来風に言うとヘッドロックを仕掛けられていた呼銀だったが、彼は張飛の脇腹をくすぐって、相手を笑わせていた。
私と劉備の仲間は黄巾の乱を通して随分と仲良くなったもんだ、と思いながら麻袋にある手紙の封を次々と開ける。
「これも……! これも! これも! 全部、豪族からの縁談の手紙だ! なんてことだ、私は一体誰と結婚すればいいんだ……!」
モテ期が到来しちゃったよ。
「雪、そんな目で見ないでください」
「むむむ……」
呼雪は目を細めて私を見ていた。
「兄者、何故、田殿ばかり縁談の話がきているんだ?」
傍にいる関羽が劉備に話しかける声が聞こえた。
「恐らくだが、大きな戦功を挙げたことと年齢が原因だろう。戦乱の世では戦功を挙げたものが貴族や豪族と肩を並べることがある。そこで豪族は将来有望である田豫と娘を婚姻させることで、影響力を強めようとしているのだろう。全国に名が知れたうえに反乱鎮圧の英雄。豪族が取り込もうとするのも無理もないだろう。そのうえ、田豫は来年、一五になるから婚約を結んでいてもなんら不自然ではない」
「そうか、一五は男が成人の儀式を行う年齢だ。成人になって婚約を結んでもおかしくない年齢になった瞬間に田豫を他の豪族に取られないように取り込もうという腹か……狡猾な連中よ」
「豪族が生き残るにはそれぐらいの強かさが必要だ」
二人の会話を聞いて、やっぱり前世の価値観は多少、残っているわけだから、地位とか権力目当てじゃなくて愛のある結婚がいいかな……と思ったが、
「手紙を見る限り、三〇通以上ありますね……困ったな……これじゃ正妻一人と側室が二九人になってしまう、いやもっと多いか」
私は前世では経験したことのないモテっぷりに気が変わり、愛云々は置いとき、 私は手紙を人差し指と中指で挟んで、気取っていた。
「なんで全員と付き合えると思ってんだよ」
呼銀がごもっともなことを言う。
どの豪族も自分の娘を正妻に置きたいに決まってるので全員と付き合うなんて不可能だ。ちょっと気分が高揚してあらぬことを口走ってしまった。
「田豫、そなた、中山靖王(前漢の第六代皇帝の第七皇子)みたいに子を五〇人以上成すつもりか」
劉備が自身の先祖と思われる人物のことを持ち出す。
「ハハハッ、いや、そこまで考えてませんよ。ただ少し調子にのってみただけですよ」
劉備が先祖を使った冗談を言ってきたので思わず吹き出してしまった。
「これ全部破いていいかなっ?」
「待て待てえい!」
呼雪が手紙が入っている麻袋に手を突っ込んだので私は急いで彼女の両腕を掴んだ。
「返事を返さないと駄目ですから、せめて目を通さないと反感買いますよ」
「目を通してた後に破いていい?」
「破くな、って……ん?」
麻袋の中を覗くと、一つだけ絹製の紐で括られた手紙があった。私の視線の先にある手紙に気付いた呼銀は絹で括られた手紙を手に取る。
「田豫、絹で二つの手紙が括られてるな」
「へぇ……なんで二つあるんですかね、差出人は誰ですか?」
「確認してやるよ」
私は呼雪から手を離して呼銀に近づく。他の皆も彼に近づいていた。
「えっと差出人は…杏家と高家……」
「えっ!」
呼銀が発した家名に思わず反応してしまった。劉備も私に続いて口を開く。
「田豫、杏家と高家ってそなたと繋がりがある魚陽郡の豪族では?」
「きっとそうです、ちょっと中身を確認しますね」
呼銀から手紙を受け取り、文章を読む。
「……………………内容は他の手紙と概ね一緒です。杏家と高家の令嬢が来年、成人の儀を行うから自分が成人になる際に婚約してほしいと、ただ……」
私は歯切れが悪くなっていたが二の句を継ぐことにした。
「どちらを正妻と側室にするかは私が決定していいという旨が書いてあります」
杏家と高家の令嬢……もちろん、杏英と玲華のことだ。
「あそこの豪族って田ちゃんが掌握してるようなもんだからな。成長した田ちゃんを取り入れることでお互いに持ちつ持たれつつの関係になろうって算段なんじゃないの?」
「翼徳の言うことも一理ある。それに相手の娘はお前といい仲柄だ、無下に断ることはないと思っているのだろう」
豪族にしては愚直過ぎる反面、商才がある高家はともかく、軍備に重きを置き、野心家だった杏家はそう考えているのかもしれない。ただ、もう両家とも私に従属しているというのは言い過ぎかもしれないが、私の言うことならある程度なんでも聞いてくれる状態だ。
そんな両家が、娘を私に嫁がせる意図は……なんだ? 両家にとっては生存戦略において大事な一人娘だ。彼女らの父親が内心、娘を大事に思っている気持ちもあるとは思うが。私を見込んで、心中するつもりか?
というか杏英と玲華はこのことを承諾したのか。面映ゆい気持ちになってしまう。
「どうする田豫」
「…………」
劉備にどういう方針をとるのかと暗に聞かれたわけだが、思わず口を噤んでしまう。心の中ではどうするか決まっているが。
私はチラッと横目で呼雪を見る。
「婚約したければすればいいじゃん……その子達と仲良かったんでしょ」
彼女は片足を所在なさげにブラブラと振っており、いじけてた様子を見せていた。
「別に……その、雪のことを……ほっとくわけじゃないですよ、雪とも一緒にいたいなーなんて……」
私は思わず抽象的なことを口走る。
「それって……どういう意味?」
呼雪はさっきと打って変わって、嬉しそうに近寄ってきた。
「田兄、セツと……こ、婚約したいってこと?」
彼女は頬を染めながら、不安げな顔を見せていた。
「まあー、うん、そーかな」
「おいおいおい、田豫、言ってることが曖昧すぎるだろ」
「痛てっ」
呼銀が手刀で私の頭を軽く叩く。
「ハッキリ言えよ」
「いだっ!」
今度は張飛が手刀で横腹を小突いてきた。
「結局、そなたはどうするんだ」
流石の劉備も怪訝な目を向けており、私の取る方針を再確認してきた。
「杏家と高家以外の縁談を断る! そして、帰郷する際に杏家と高家に顔を出して縁談を組む!」
そのときに杏英と玲華の様子も確認したい。もしかしたら嫌々、私と縁談を組まされていることになっているのかもしれない。
……でも嫌だと思われたらかなり心に傷を負いそうだ。覚悟して顔を出しに行くか。
「俺の妹はどうするんだ」
「せ、雪も連れて行く!」
「……それは悪手すぎるだろ、恋愛事になると急に知能下がってないか」
呼銀は片手で頭を抱えていた。
「じゃあ、そういう方針を取るんで、今日のところはもう寝ます」
寝泊りしてるところに逃げるように帰ろっと。
「待って、田兄!」
「えっとなんですか……」
踵を返した私だが、呼雪に呼び止められて、背後を振り向く。
「誰を正妻にするの……? 豪族の子のどっちか? それとも……」
普段、元気な呼雪が顔を赤らめながら小さい声で喋っていた。
それを決め兼ねていたから、私は今すぐにこの場から逃げたかった。
「それは、まあ、いつか言うということで……では!」
「あっ! 逃げた! 田兄、最低! 最低!」
私はその場から駆け出した。
なんか後ろから色んな声が聞こえる。
「田ちゃんそれは優柔不断すぎるぜ……」
「こうなった雪を宥めるの俺の役なんだぜ……勘弁してくれよ大将……」
「やれやれ」
張飛、呼銀、劉備は呆れていた。
「英雄色を好むということか」
関羽は一人で勝手に納得していた。
「田兄の馬鹿!」
許せ呼雪。今はまだ答えは出せない。
「戦い事なら迅速な対応はできるけど、恋愛事には慣れてないんだ、すまん!」
私は一人でそんなことを言いながら県城へと向かって走る。
まさか戦いが終わった後にこんな波乱があるとは。正直、想像していなかった。
これも生きている証拠だろう。
生きている限り安穏も波乱も訪れるだろう。それは乱世でも治世でも一緒だと思う。きっとそれは人との繋がりから生まれている。
人は一人では生きれない。親、祖父母、兄弟、姉妹、幼馴染、学友、先生、戦友、上司、好敵手、恋人、配偶者、子、孫、長く生きれば生きるほど関わる人が自然と増える。
その繋がりが平穏や波乱をもたらすのだろう。だからこそ、人生に喜怒哀楽が生まれるのかもしれない。
それが良いことか悪いことなのかは分からないが何もないよりはいいのかもしれない。何もなければ、人々と分かち合う喜びすら生まれないのだから。
私は絵空事のような安穏な世界――誰も虐げられず人々が互いに助け合う仁の世を築くと決めたが、もうその夢は人との繋がりが増えたことで私一人のものではなくなっていた。関わる人が増えるたびに、大事にしたい人が増える。
命尽きる日まで刃を振るい続けると改めて誓おう。
私の知る全ての人が安穏に暮らせる世の中を築き、皆と喜びを分かち合う日々を送り続けるために。
これにて黄巾決戦編終了です。
次の編までに物語の質の向上と資料収集のために長めにお時間を頂きます。
いつも通り、なんの予告も無く、唐突に再開します。
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