2:早朝の百鬼夜行
一日の始まり。世界が新たに動き出す頃。
人が死のうが家が焼けようが、山が崩れようが嵐がこようが止まらないその始まりを、いやがおうにも止めんとする徒党が道を塞いでいた。
最前列の中央、黒の外套を纏う男が気だるげに言う。
「始めろ」
「っしゃあ! お前ら騒げ! 祭の時間だぁ!」
大通りを埋め尽くすのは、大鎌抱えた死神、唐傘ぶら提げた侍、金棒担いだ大男、大太刀引きずる落ち武者に紫煙燻らす九尾の女狐。
三者三様、十人十色、千変万化の魑魅魍魎。
薄暗い路地裏には腐った男たちが徘徊し、蜘蛛の女郎が糸を張り巡らす。
あちらこちらに朽ちた死体を運ぶ黒猫の群が駆け回り、しゃれこうべがケラケラと笑い転げている。
「ハハッ、こいつぁいいや。好都合」
そんな百鬼夜行と相対する警察や特殊部隊の様子が、これまた奇妙だった。怒号と悲鳴が入り混じらせながら、同士討ちを始めたのだ。
「散々こき使いやがって! このッ、ぶっ殺してやるぞこの糞野郎!」
「死ねッ! 死ね死ね死ね! お前ら全員死に晒せ、ゴミクズが!」
恨み言と共に銃弾が飛び交い、棒が皮膚を裂いて骨を砕いた。
百鬼夜行に勝るとも劣らない阿鼻叫喚の騒乱は、魔女の釜の底が如き地獄。それが各地でほぼ同時に巻き起こっていた。旋風のように。
「面白いことをしてるじゃないか、青年?」
渦を巻く地獄のなかで少年の声が響いた。
車の砕ける音や、罵詈雑言と阿鼻叫喚に満ちた空間の中でなお遮られない。
それは空からゆっくりと落ちて、青年の前に降り立った。
「そして悪魔は魑魅魍魎の箱庭に降臨したのでした、と」
「なんだ、あんたか。無礼皇」
「おや? ボクをご存知? まあボクも今ではこの地上で最も注目を集めている人間だろうから、当然かな!」
「人間……の振りをした化け物の間違いじゃないか?」
少年の輝く瞳と、青年の死んだ眼の視線が交差する。
次に言葉を発したのは、少年の傍らにいる色気のある女性。
「妖怪。いや、妖幻ですか」
「ん、知ってるの?」
「私達悪魔とは似て非なるものです。私たちは神の対に立つ魔であり、彼らは神秘や魔法そのものの擬人化。それが実在を奪われた成れの果てが妖幻。人の心に存在する念に巣食う者」
「まあ、彼らが何者であるかは追々じっくり知っていこう。そのための足がかりを掴むために、ボクはここに来たんだよ」
そう言うと少年……無礼皇は手を差し出した。
「ボクは無礼皇。アルクルスト・無礼皇・ブルーハート。キミと手を組むために来た」
「…………」
「ボクらとキミらが手を組めば、もうこの地上はボクたちのものになる! 考えただけでワクワクが止まらないだろう?」
「敵に回るかもしれない陣の中で、よくもそこまで大胆不敵になれるな」
あちらこちら、赤く光る目が無礼皇を見ていた。
路地の隙間からは死霊が今か今かと歩み出んとし、マンホールの隙間からは這い回る音が喝采のように響いている。
警察や特殊部隊を追いまわし、通勤途中の男女を構わず蹂躙する彼らでさえ、無礼皇に注意を払っている。
「そして、キミの背後にも、いざとなれば前に出ようと勇ましい懐刀がいるね?」
「……ッチ」
「キミらはボクらとは異なる力を持っているらしいが、見た感じ新品だよね? 敵勢に背を向けてボクに対応する余裕はおそらく無いだろうと見た!」
「ただのガキじゃないのは確かみたいだな」
「えっへへ、照れるなぁ」
無礼皇は髪をくしゃりと掻いて照れ笑いを浮かべた。
「だが、こっちはこっちの挨拶がまだ済んでない。しばらくすっこんでろ」
「っと! それもそうだったね。邪魔してごめん、どうぞ大将?」
大仰な動作で優雅に道を譲った無礼皇に一瞥もくれず、青年は横を通過する。
横転した軽トラックの上へと、跳躍一つで乗っかると、懐から拡声器を取り出す。
頭上にマスコミのヘリが飛んでいるのを確認してから、気だるそうに構えた。
「俺たちは百鬼夜行、俺はその首魁、洒落頭。てめぇら腐り切ったクズ共を、声も上げれんゴミ共に代わって俺たちが極刑を下してやる。ありがたく思え」
「大胆不敵はそっちも同じじゃないか」
それは極めて大規模な死刑宣告だった。
あまりに大雑把でワイルドな宣言に、無礼皇も楽しみつつ少し呆れた。
「唐傘」
「はっ、ここに」
「だるい。代わりに読め」
「御意」
ひらりと投げた紙を、背後から現れた傘帽子の女が受け取る。
素早く動くと着物に覆われた大きな乳房が豪勢に揺れる。
「極刑の対象となる罪状は以下の通りだ」
「ひとつ、集団で人を陥れ、死に至らしめた者すべて」
「ひとつ、人を欺き、財産を貢がせ、死に至らしめた者すべて」
「ひとつ、色恋沙汰において淫らを働き、不貞を犯した末、死に至らしめた者すべて」
「ひとつ、愛情を欠いた育児を行い、死に至らしめた者すべて」
「ひとつ、それらを見て見ぬ振りをし、看過した末、死に至らしめた者すべて。以上」
青年は拡声器を自分の口元へ戻す。
「ご苦労。この恨み晴らさでおくべきか。これは阿呆らしいカーストへの謀反と、悪逆を見過ごしたクズな大人共への制裁だ。敗北主義者は邪魔だから隅っこで平伏してろ」
死んだような眼に映るのは、逃げ惑う人々と追い立てる魑魅魍魎。妖幻宿す妖人。
「俺たち妖怪人間は、百鬼夜行を以って百夜の後に地を満ちよう。この夜明けこそがその第一夜だ。そして、その証をここに刻む……唐傘、やれ」
「御意」
すると傘帽子の女はトラックから飛び降り、無礼皇やその他の仲間さえも横切って、この都市で最も高い建造物の前に立った。
「唐傘一刀、いざ……」
それはまさに瞬く間に成された所業。太刀のように振るわれた唐傘の縦一閃、眼前の塔を左右に裂いた。
蕾が開いて花となるように、ギリギリと音を立てながら左右に別れて、弧の様にしなった。
謀反の狼煙を背にしながら、鬼怒はヘリに乗ったマスコミが構えるカメラの向こう側を睨んだ。
「見ているか、クズ共。次はお前がこうなる番だ」
「素晴らしいっ! キミたち最高じゃないか!」
一通りを終えて戻ってきた鬼怒を、無礼皇は大絶賛で出迎えた。
「特にあの唐傘って娘のおっぱい揺れすぎだよね! ぜひとも一緒に甘い夜を過ごしたい!」
「こいつやかましいな……」
「あの九尾の子も色気があっていいなぁ。猫の子は幼いけどそれはそれで……」
「おふざけはその辺りにしておけ。今日の予定はこれで終いだ、俺たちは帰る」
「あっ、待って! 冗談だから帰らないで! せめてボクらと手を組むって言ってから帰ってくれない!?」
百鬼夜行の人々は次々に路地裏の奥へと消えていく。
とても大人数が入れる場所ではないのにも関わらず、詰まることも溢れることもなく、吸い込まれるように。
一角は振り返って無礼皇に向き直る。
「あんたらは生かしておいてやる。邪魔さえしなけりゃな」
「えー釣れないなー」
「俺たちは俺たちのやりたいようにやる。あんたらも好きなようにやったらいい」
「んー……まあ、顔見知りになれただけでもヨシとしますか。これからよろしく! あー、キミの名はなんだったっけ?」
「……鬼怒だ。鬼怒一角」
「なるほど、いい名前だね」
横目で一瞥をくれてから、鬼怒は路地裏の闇へと消えていった。
無礼皇はそれを手を振って見送る。
「さて、ボクらも帰ろうか。同志に伝達しとかないとね」
「既に各悪魔に伝達済みです」
「さすがアルク! っと、そろそろボクらも帰ろうか。彼らに負けないようにしないとね?」
魔力が足元に魔法の陣を刻み、二人の姿は緑色の光に包まれる。
悪魔の力と異世界の力で軍団を率いる魔人少年、無礼皇。
妖幻の力と理不尽な力で徒党を組んだ妖怪人間、洒落頭。
それぞれの思惑と野望が邂逅し、僅かに重なり合った瞬間だった。




