幹部が1人、いなくなった日!
「お主は随分と急ぐんじゃのう」
「待たせてる人達がいるので……」
暗い道を戻っていく。
早くクイーカさん、コルネットさんに合流したいので自然と早足になった。
道はごつごつとした大きな石が多い。
ぼくは何度か躓いてしまった。
「よっぽど大事な相手なのだな」
「そうですね」
ぼくの頭には2人の顔が思い浮かんだ。
「とても大事な人達です」
「そうかそうか」
ニャルティさんは嬉しそうに笑った。
「妾もお主の大事な存在になれればいいんじゃがな」
「すぐになれると思いますよ」
「カカカ。お主は案外、女っ気が多そうな性格をしてそうじゃのう」
「そんなことありませんよ」
そんなこんなでぼくが転がり落ちた崖っぽい道にたどり着く
やっぱり急斜面。1人じゃ登れそうにないぐらいに。
「お主はこんな道も歩けんのか」
いたずらっぽい笑み。
でも気品さは全くなくなってないのが不思議だ。
「お主は妾のご主人様じゃ。ちゃんと運んでやるぞ」
「運ぶって……わっ!」
ぼくは驚いて声を出した。
ニャルティさんがぼくを抱き上げる。
左手を膝の裏に、右手をリュックサックに。
いわゆるお姫様抱っこ。
ぼく+たくさんの荷物の重さなのにニャルティさんは重さを感じさせる表情ではない。
「何を顔を赤くしておる。恥ずかしいのか?」
「当たり前ですよっ!」
まさかこんな年齢でお姫様抱っこをされるとは思わなかった!
「それにあんまりじろじろって見ないでください……」
すごく近いところに顔があった。
しかもニャルティさんはじっとぼくの顔を見ている。
「しかしこうやって見るとお主は本当に女の子みたいな顔をしておるのう」
「してないですっ! 全然してないですっ!」
「せっかく可愛い顔をしてるんじゃから……」
「可愛くないですっ!」
どうしてみんなぼくのことを可愛いって言うのだろう。
男がそんな風に言われて嬉しいはずがないのにっ!
褒めてくれるなら素直に格好いいって言って欲しいって思った。
「そうかそうか。お主は可愛いて言われるのが好きじゃないのじゃな」
にんまりとした笑顔が見えた……。
「そういうところもたまらなく可愛いのうっ!」
「だから可愛いって……」
言わないでくださいっ!
って言おうとした。
でも上から……
「きなこさんの声ですっ!」
クイーカさんの声がした。
しばらくすると結界越しにこちらを見ているクイーカさんとコルネットさんの姿が見える。
「良かった無事で……ってえええええええええええええええええええええええええっ!」
叫び声が聞こえた。
横のコルネットさんも叫びはしないけれどとても驚いた顔をしている。
「だっ誰ですかぁ! そっその女の人っ! それにその格好って……!」
クイーカさんの顔が真っ赤になって全身がぷるぷると震えている。
「きなこさんを早く降ろしてくださいっ!」
「クイーカっ! トロールだわっ!」
「こんな時にっ!」
クイーカさんとコルネットさんの姿が見えなくなった!
トロールの出現。コルネットさんの魔力はない。
「いっ、急いで登ってくださいっ!」
急がないとって思った。
「トロールごときの大げさじゃのう」
ぐっとニャルティさんが少し足を曲げた。
そして……
「わっ!」
ジャンプした。
でもぼくには飛んだように感じられた。
「着いたぞ」
そして降ろされたところは結界のすぐ前。
ぼくは振り向いた。
崖のような道。
ニャルティさんはそれを1度の跳躍で飛び越えた。
「たっ助けてくださいっ!」
「まさかこんなにいるとは……」
部屋の中にはトロールが4匹いた。
そしてクイーカさんとコルネットさんはトロールに追いかけられて部屋をぐるぐる回っている。
「こっち来ないでくださいっ!」
「魔力があればこんなやつら一発なのに……」
バターになりそうな勢いでぐるぐる回っている。
「なんだかどっちが追いかけているのか分からなくなってきましたぁ……」
「アタシもだわ……」
「助けなくてよいのか?」
「そうだった!」
なんだか楽しい追いかけっこに見えていたけど、本当はそうじゃなかった!
ぼくは急いで結界の触媒を取って壊した。
先ほどと同じように結界が消えてなくなる。
「クイーカさんっ! コルネットさんっ! お待たせしてすみませんっ!」
「っていうか早くトロールをどうにかしてほしいわっ!」
叫びような声だった。
「なんで一気に4匹も出てくるのよっ!」
「えっと2人も仲間なんです。だから……」
「助ければ良いのじゃな?」
「はいっ!」
「氷の刀」
不思議な言葉をニャティさんが言う。
すると何もなかった手に氷が出現し、どんどん長くなっていく。
びきびきと音を立てている氷。
最終的には氷の日本刀になった。
「すごい……」
ぼくは思わず言葉が出た。
とても綺麗だと思った。
同時に詠唱が予想外に可愛いと思った。
「ふむ。久しぶりじゃが問題なく使えるようじゃのう」
ニャティさんが刀を1振りする。
ドレスに氷の日本刀。
なんだか聞くとアンバランスな感じがするけれど、見たらこれ以上ないバランスになっている。
ニャティさんは地面に刀を突き刺す。
まるで地面が豆腐でできているみたいにするっと地面にささった。
「凍らせろ」
刀の周りが凍っていく!
それらはトロールの足まで到達すると、その足も凍らせた。
氷で地面と足をくっつけられたトロール達は動けなくなる。
いや、一番遠くにいたトロールだけジャンプして避けたようだ。
それに……
「うっ動けないですぅ……」
「ちょっと! 何をアタシまで動けなくしてるのよっ!」
クイーカさんとコロネットさんも氷で動けなくなっていた……。
「なんだか足がとっても冷たいですぅ……」
「早くなんとかしなさいよっ!」
「カカカカ。すまんのう。久しぶりじゃったからトロールと間違えたわい」
「誰をトロールと間違えたですってっ!」
「すぐに終わらせるからそこで待っておれ」
1人凍らなかったトロールは驚いてきょろきょろしている。
「どこを見ているのかのう?」
「えっ!」
ニャティティさんはトロールのすぐ前にいた。
さっきまでぼくのすぐ横にいたのに。
「妾と戦うか?」
トロールは大きい。
でもニャティティさんは見上げた視線でトロールを見下ろしていた。
「知能が低いトロールでも妾との力のさは分かっておろう?」
トロールがぶるっと体を震わせる。
「良い子じゃな。仲間も連れてどこかに行くと良い」
ニャティティさんは振り返り、こちらに向かって歩く。
トロールは無防備な背中に何もしなかった。
「消えろ」
ニャティティさんの1言で氷が消えた。
トロールたちが動けるようになる。
でもトロールたちは戦うことをせずのそのそと出ていった。
「たっ助かりましたぁ……」
ぺたんと地面に座るクイーカさん。
とても安心したような顔をしている。
反対にコルネットさんは睨むようにニャティティさんを見ていた。
「どうしてそんな顔で妾を見る。まずはにっこり微笑んでありがとうございます。じゃろうに」
「……助けてくれてありがとう。とお礼は言うわ」
「ほう。案外素直じゃのう」
「あんた、ニャルティティでしょ?」
「妾のことを知っておるのか?」
「そりゃ有名人だからね」
「えっと……その……」
おずおずと手を挙げるクイーカさん。
「わたしはニャルティティさんって名前に身に覚えがないんですけど……」
「大悪魔。そして魔王の幹部だわ」
「魔王の幹部って!」
急いで立ち上がろうとするクイーカさん。
でも一回転んでしまい……
「あいたた……。よっ、よいしょ……」
二度目で立ち上がることができた。
「でもどうして魔王の幹部が結界の奥にいるんですかっ!」
「大方、ここにある結界はそいつを封印してたんだろう」
「正解じゃな」
不敵に微笑むニャルティティさん。
不穏な空気が場に漂っていた。
「待ってくださいっ!」
ぼくは叫んだ。
「ニャルティさんはもう魔王の幹部じゃないですっ! もうぼくたちの仲間なんですっ!」
「そっそうなんですかっ!」
「どういうことかしら?」
仲間ということばに反応したコルネットさん。
「妾はきなこと契約したのでな。もう魔王との契約はなくなり幹部でもなくなった」
「でもまだ魔王への忠義がなくなったわけじゃないんでしょ?」
それでも戦闘態勢を崩さない。
「カカカ。妾があんなやつに忠義なんぞあるものか。魔王だってそうじゃ。妾を戦力にしたくて幹部にしたわけじゃない」
「えっと……どうしてでしょうか?」
ぼくがたずねた。
ニャルティさんはとても強そうに見えたから。
「妾は幹部になる前から有名じゃった。じゃから魔王は冒険者達の狙いが妾だけに集中するように妾を幹部にしたのじゃ」
笑うニャルティさん。
でもそれは楽しそうなものではなかった。
「実際、妾はひたすら冒険者達に襲われ続けた。幹部になって30年以上ずっとな」
「30年も……」
コルネットさんがつぶやいた。
「誰かに契約してもらえれば襲われずにすんだんじゃが、そうしてくれるやつもいなかった。そして前に移住者とその仲間によってここに閉じ込められたのじゃ」
「でもなんでその時に倒されなかったのかしら?」
首を傾けるクイーカさん。
その答えをはぼくにもなんとなく分かった。
「他の幹部をおびき寄せるためでしょうか?」
「そうじゃ。でも当然、誰も助けになんぞ来なかった。妾は幹部になったが、仲間になったわけじゃないからのう」
「そして今日、きなことここで契約したわけか」
「そうじゃ」
「なるほどね」
コルネットさんが戦闘態勢をとく。
ぼくにも警戒を緩めたのが分かった。
「良いのか? さっきの話は嘘で妾がいつか裏切るかもしれんぞ」
「その時は……」
コルネットさんがニヤリと微笑む。
「アタシがぶちのめしてあげるから安心しなさいっ!」
「それは怖くて裏切りはできそうにないな」
カカカカと愉快そうにニャルティさんは笑った。
どうやらコルネットさんはニャルティさんが仲間になるのを反対しないみたいだ。
「えっと……クイーカさんはどうでしょう?」
「……パーティが女の人ばかりになるのは不満ですがっ! でもここに残れっても言えませんしっ! 野放しにするわけにもいきませんしっ!」
「ありがとうございますっ!」
これでパーティは4人!
ここに来たときには考えられないことだった。
「でもっ、仲間でもある意味では敵ですからねっ!」
びしっ!
とニャルティさんを指差すクイーカさんっ!
「きなこさんは渡しませんからっ!」
「なるほどお主はやっぱり好かれるタイプじゃのう」
「あっ、アタシは違うわよっ! あんたら2人でやってなさいっ!」
コルネットさんは顔を赤くしてぷいっと横を向く。
「しかし出会いは妾が遅いとはいえ、妾が一歩進んでいるのは間違いないのう」
「どっ、どういうことですか?」
「妾ときなこはもう接吻をした仲じゃからな」
「えっ! えええええええええええええええええええええええええええええええええ」
洞窟中にクイーカさんの叫び声が聞こえたっ!
「ほっ、本当ですかっ! きなこさんっ!」
「えっと! それはっ!」
「本当なんですねっ!」
「カカカ。契約のために必要だと言ったらしてくれたぞ」
「ずるいっ! ずるいですっ!」
地団駄を踏みながらクイーカさんは言うし
「接吻って……きっ……キスのことよね……」
コルネットさんは顔を真っ赤にしている。
「わたしもしたいですっ!」
ダッシュでぼくに接近するクイーカさんっ!
でも……
「氷の壁」
ぼくとクイーカさんとの間に薄い氷の壁ができる。
「あいたっ!」
頭をぶつけてクイーカさんは倒れる。
「わっ、わたしもきなこさんとキスがしたいのにっっっっっ!」
そして倒れたまま泣き出した。
目から涙まで流している。
「あの……こっ心の準備ができたら……」
「本当ですねっ!」
がばって感じで起き上がる!
すごい反応っ!
「絶対ですよっ! 絶対ですよっ!」
とても興奮していた。
はぁはぁという息がはっきりと聞こえるぐらいに……。
「あっ、アタシもきなこがしたいっていうならしてあげてもいいわよっ!」
顔を真赤にして言うコルネットさんっ!
そんなことで2人に対抗しなくてもいいのにっ!
「カカカっ! 予想以上に愉快なパーティーじゃのう」
ニャルティさんが笑う。
「楽しそうな冒険になりそうじゃなっ!」
きっとそうなるとぼくも思った。