一時の勝利
「とつげきぃーーー!!」
中隊長が手を振り下ろし、突撃の号令を出したのを確認するとクレマン達は他のエンディカ兵と共にゾンゼン兵目掛けて走り出す。
両軍の間に開いていた距離は瞬く間に閉じていき戦端が開かれた。
まず先頭にいる槍を持った兵がぶつかり合う。長い槍の先が双方の兵に襲い掛かる。その切っ先は鎧の隙間から喉を貫き、目をえぐり兵士の命を容赦なく奪っていく。命を奪われなかったとしても腕を切り裂き、脚を貫き手足を使えなくされた。
そもそも槍が自分に向かって来なかったり、盾や鎧を引っかただけで後ろへ流れて行ったりして槍の刃から逃れられる場合もあるが、その場合刃は後ろにいる二列目や三列目の兵士に襲い掛かる。
クレマン達は早くも悲鳴や断末魔が飛び交う地獄と化した戦場の中で前から三列目辺りにいたが槍で傷ついた前列の兵士達は呆気なく切り倒されクレマン達の居た場所は早急に最前列へと取って代わり、敵兵と剣を交えることとなった。
敵が剣を振りかぶるのを見て盾を構え、受け止める。
金属同士がぶつかり合い、甲高い音がすると同時に斬られた味方の血が盾を赤黒く染める。
次に自分が剣を振るっても同じ様に防がれる。だからと言って止めることはない。攻防を繰り返し素早く敵の隙を見つけて剣を振るい、突く。それでもだめなら盾で相手を殴り、足を使って転ばせるか蹴るかする。そうしたことで出来た隙を狙い斬る。
敵を踏み殺そうが後ろから斬ろうが咎める者は誰もいない。戦場にルールなんてものは無いのだから。
周囲から轟く雄叫びと断末魔。今こそ雄叫びを上げている自分もいつ断末魔を上げ、散っていくか分からない。
クレマンはゾンゼンを憎んでいたが今この時は憎いから殺しているのではない。生きるために殺しているのだ。
彼の剣が深紅に染まるたび、彼が敵の命を奪うたび彼の命は長引いていく。戦場とはそういうものだ。
クレマンがしばらく無心に戦い続け打撲や切り傷、筋肉騒ぎ立てる痛みに抗っていると不意に敵から動揺というか焦りの様なものを感じた。
戦いの興奮を押さえて眼前の敵に切り掛かられない程度に周りに気を配る。すると自分達が敵の所に突出し過ぎていることに気付いた。
それはクレマン達の腕が良かったからだがクレマンは喜ぶどころか悪態をついた。
「クソッ!このままじゃ包囲されかねない!」
彼は自分達が上手い具合に敵兵を倒したことなどどうでもよく、自分達の後ろに続く味方が左右からの攻撃に堪えられなかった場合に敵の真ん中で包囲されることを心配していたのだ。
クレマンがどうするか必死に考えていると隣にいたエルドレッドが声をかけてきた。
「前を頼む!」
「は!?お前何言って…っく」
そう言って強引に敵を預けてエルドレッドはクレマンの後ろへ回り込み、剣を掲げて味方の方へ振り返って声を張り上げて叫んだ。
「ここから左右になだれ込め!敵の右翼を本隊から引き離すんだ!」
クレマン達はエンディカ側から見て左の辺りにいた。
エルドレッドは対するゾンゼンから見た右端の兵を孤立させようとしているのだ。
彼の呼びかけにエンディカの兵士達の雄叫びが答え、先程まで突出し包囲されるのを危惧していた所は打って変わって突破口となりそこからゾンゼン軍を蝕んでいく。 見る見る本隊と自分達の間にエンディカ兵が割り込んで来きているのを見て孤立することを恐れた右翼のゾンゼン兵はついに散り散りになって逃げ始めた。
「よし!本隊と合流させないように牽制しつつ中央の援護にまわるぞ!」
状況は好転していた。敵本隊の後ろに回り込む形でクレマン達は分断された敵右翼を本隊と合流させず、かつ敵本隊を攻撃した。
これは勝てるとクレマンが思ったとき、敵がいっせいに後退を始めた。どうやらゾンゼン軍は退却を決意したらしい。敵中央の退路を半ば塞ぐ様な形で後ろに居たクレマン達は我先にと逃げて来る敵に気圧された。
短時間でクレマン達の隣をものすごい数の敵兵が駆けて行き、何人かは剣を振るって来る。
まるで濁流の様な勢いの敵にクレマン達は守りに徹することしか出来なかった。味方の方から威勢のいい勝鬨が聞こえ始める中、クレマン達は十人程の固まりを作って必死の防戦をする。
まとまりを作れなかった兵は濁流に飲まれ、切り捨てられるか踏み倒されていった。
やがて敵が全て通り過ぎるとあちこちに死体が転がった戦場の跡と味方の一時の勝利を喜ぶ叫びだけが残った。
週に一話投稿を目標に頑張ります。