第18話
「ふんふふ~ん、ふふ~ん」
環樺は冷蔵庫を漁りながら鼻歌を歌っていた。抹茶プリンを買ってきてあげたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
いつも料理をするときは一緒だったので環樺が一人でキッチンに立つ姿は久しぶりに見る気がする。
今日はわたしに任せて! ということなので私がすることがなくなってしまっているので手持無沙汰でソワソワしてしまう。
環樺がピョコピョコと背伸びしながら「うーん、どこだったっけ」とキッチンの上の収納棚をパタン、パタンと開け閉めして何かを探している隙に立ち上がって何かすることないかな~とそろりと環樺の近くに移動してみる。
「何探してるの?」
「あー、もーお姉。もう見つかったから大丈夫」
そう言った環樺は棚からボウルを取り出した後、こちらを見てニヤリとした。
「わたしのこと大好きで近くに居たいのは分かってるけど、今日はわたしに任せて休んでてねぇ」
ニヤニヤしながら生意気なことを言う環樺に少しムッとなるが、あながち間違いとも言い切れないと思ってしまったので言い返す言葉もないまま、せめてもの仕返しとしておでこを軽くペチッと叩くと「あてっ」という声が聞こえた。
そのまま大人しく戻ってソファに座りなおすとジャーーと水を流す音が聞こえて、ガサガサという音の後にトントントンとまな板と包丁がぶつかる音がリズム良く部屋に鳴り響く。
我が家のキッチンは対面式で環樺の顔は見えるけど、手元は仕切りによってこちらからは死角になっているので見えはしないが、この感じはきっと玉ねぎを切っているんだろう。
しばらくその音を聞いた後に環樺が少し横にスライドすると、次はジューーと焼き始める音に変わった。
「みゃあ」
環樺の様子を眺めていると、ふいに太もものあたりに重みを感じた。目線を落とすと食べ物の匂いに反応したのか、今まで寝ていたはずのクロノが膝に乗ってきていた。
いや、猫にとって玉ねぎは猛毒の類のはずだし匂いに釣られてはいないか。それとも食べてはいけなくても匂いは良いと感じるものなんだろうか。
私達人間は食べられない物は大体匂いも嫌だと感じるものだけど、他の動物はダメなものに興味を示したりする子もいるし......
そんなことを考えながら膝の上のクロノを撫でてあげると気持ちよさそうに身を委ねてくれる。
ジューという音が鳴り止むと今度はニチュニチュと肉を捏ねる音。そのしばらく後にはペチペチとタネを手のひらに打ち付ける音。
無言で聞いていると、ずっと心地の良い音ばかりが聞こえてきていつの間にか少しウトウトとしてきてしまっていた。
こういうのなんて言うんだっけ。確か......そう、ASMRだ。
リラックスや睡眠導入の為に聞く人が多いらしいけど、確かにこれは耳が気持ちいいかも。
あぁ......目が......
「おーいおねえーー!」
「......ん」
危うく意識が落ちかけたところで環樺が大きな声で呼んでくれて何とか意識を現実へと繋ぎ止めることができた。
さっき変な時間に寝るとーーなんて環樺に言ったくせに自分が寝てしまうところだった。
「お姉今寝ちゃうとこだったでしょ。ごめんね~、お姉に美味しいもの食べさせてあげたいと思って集中しちゃってかまってあげれなかったね」
「いや、環樺が謝ることじゃ......」
「うーん。そうだ! 今日どこに行ってきたのかとか教えてよ」
「うん、今日はねーー」
膝の上で寝てしまっていたクロノを優しく撫でながら、環樺にも今日行ってきた場所、見てきた物だったりカフェに行って飲んだ物を話しているとだんだんと眠気も抜けてきた。
「よし! できたよ! お姉が好きな食べやすいサイズのハンバーグ!」
「ありがとね」
声を掛けられてソファから立ち上がり食卓の方へと移動をする。
作ってくれた食べやすいように小さめに作られたハンバーグが四つとにんじん、ミニトマトが乗せられた少し大きいお皿を環樺がテーブルに運んでくれる。
ご飯をよそったりするのくらいは自分でやると言ってもそれも全部任せてよと言ってくれたのでお言葉に甘えて座って全てが目の前に出てくるのを待たせてもらう。
そして私の分の夕食が揃ってから環樺が自分の分を持ってくるのを待とうとしたのだが、環樺は私の向かいの席にそのまま座って私を見守る体勢に入った。
「どうしたの? 環樺の分は?」
「お姉の感想聞いたらわたし先にお風呂の準備してくるから先に食べちゃって!」
「え? 一緒に食べないの?」
「戻ってきたら食べるよ。それよりほら、冷めないうちに!」
「じゃあ......いただきます」
目の前の環樺に見つめられたまま両手を合わせてから箸を持って、環樺が食べやすいサイズに作ってくれたハンバーグを一口食べる。
「どうどう? おいしい?」
しばらく咀嚼してじっくり味わって飲み込んでから口を開く。
「うん、すっごく美味しい。でもそんなふうに見られてたら気まずくて味に集中できないよ」
「あ、そっか。じゃあ食べ終わったらもう一回感想聞こっと。お風呂の準備してくるね!」
環樺はそう言いながら席を立ってリビングを出ていった。
それほど時間が経たないうちに戻ってくるとキッチンから自分の分のハンバーグのお皿とご飯を持ってきて私の隣に座って「いただきまーす」と言って食べ始める。
「少しくらい待ってたのに」
「いいのいいの。それじゃあおもてなしにならないでしょ」
「おもてなし? 抹茶プリンのお礼にしては大げさじゃない?」
「まぁまぁ、あんまり気にせずに。ん~! 美味しくできてる!」
話をはぐらかして自分で作ったハンバーグを美味しそうに食べ始める。少し気になりつつも私も食事を再開した。
「「ごちそうさまでした」」
私が少し先に食べ始めたけど環樺が私に合わせて少し急いで食べたのかほとんど一緒に夕飯を食べ終える。
「ありがと、ホントに美味しかった」
「でしょ~。この調子でお姉の胃袋はわたしが掴んじゃうもんね~」
「ふふっ。好みが全く一緒だから、環樺なら簡単かもね。逆もまたしかり、だけど」
「くふふっ、よろしくね、お姉?」
そんなやりとりをひとつまみしてからデザートとして冷蔵庫から抹茶プリンを取り出してくる。
「はいどうぞ」
「待ってました! わーおいしそー!」
環樺が目を輝かせながら抹茶プリンの入った瓶のパッケージをまじまじと見回す。さっきとは逆に今度は私が食べるのを見守る番になる。
カポッと蓋を開けてスプーンで一口分をすくう。環樺がスプーンを持った手を揺らしてみてもぷるぷるしないくらい固いみたい。
「ほわぁ。いただきます」
「どうぞ」
そして待ちに待ったものが、ついに口に運ばれた。
「んんんーー! 濃厚~」
「喜んでもらえてよかった」
両手を頬に当てて幸せそうにしている環樺を見れると買ってきてあげたかいがあったと思える。
「じゃあ私も。んん! ほんとだ、濃厚で美味しい!」
それから二人で大事に味わうように無言で食べていたが、すぐに全てが身体の中に消えていってしまった。
「はああおいしかったああ」
「またこのお店の他の物も食べてみたいな」
「次は一緒に行こうね!」
「うん、そうだね」
デザートも堪能して一息ついた後、食器を片付けようと立ち上がり、食器を持ってキッチンのシンクの中に置くと環樺が食器を持って追いついてきて私が置いた食器の隣に置く。
「洗うのもわたしがやるからお姉は座ってるかお風呂に入っておいでよ」
「うーん、分かった。そんなに言うなら今日はもう全部環樺にやってもらうね」
「うんうん! そうしてそうして!」
遠慮することをやめて全部任せることにすると大人しくキッチンから出ていき、これからどうしようか少しだけ迷ってから先にお風呂に入ってしまうことにした。
それと少しいい事を思いついたので口に出してみる。
「じゃあお風呂に行ってくるけど、頭とか身体洗うのも環樺がやってくれるんだよね?」
「え”!?」
ニコッと笑いながら環樺に聞いてみるとやっぱりそれは全く考えていなかったようで、あからさまに動揺した。
「だって全部やってくれるんでしょ? シャワー浴びて待ってるから食器洗い終わったらおねがいね?」
「ちょ、ちょっと待ってお姉! それはちょっと......!」
「あははっ! 冗談だってば! じゃあ行ってくるね」
断られるのが分かっていたから言ってみた。もし受け入れられていたら私が困ってしまうんだけど。
環樺と一緒にお風呂に入ったのなんて小学校低学年の頃が最後だ。正直ちゃんと記憶には残っていない。
顔を赤くして戸惑う環樺を食後のデザートのさらにデザートにして、満足してリビングを出て浴室に向かった。
「で、何を企んでるの?」
お風呂上りに私の部屋にて私の髪を乾かしている背後の環樺に問いかける。
「えーなにお姉! きこえなーい!」
「なーにーたーくーらーんーでーるーのー!」
「えーーなにーー!」
きっと聞こえているだろうにドライヤーの音で聞こえないふりを続ける環樺。
でもドライヤーの音で聞こえないふりをするならそれもずっとは続かないので大人しくドライヤーをし終わるのを待つ。
環樺は私の髪をぞんざいに扱うことは絶対にしないので時間稼ぎに長引かせることはしない。
しばらくしてドライヤーを使い終わった環樺と対面する。
「はい、観念しなさい。何かあるんでしょ?」
「流石お姉......。うーん、もう少しご機嫌とっておきたいところだけどしょうがない」
環樺が真剣な表情になり、移動してベッドに腰かける。
「お姉......」
「な、なに......」
環樺の雰囲気に感化されて少し気持ちを入れてベッドの隣に座る。
「明日、一緒に夜更かししてあそぼ?」
何を言われるかと思ったら、そんなことだった。
いや、そんなこと、でもないんだけど。
「え、やだ......」
「なああんでえええ!!」
「何でって言われても......」
環樺はがっくりと肩を落とす。
だって夜はちゃんと寝たいもん。
「ていうか私のご機嫌取りみたいなことしてたのってその為?」
うなだれたまま小さくコクリとうなずいた。
「一応聞くけど、なんで夜更かし? 今みたいな時間じゃダメなの?」
「......お姉といつもと違う雰囲気で遊んだり映画見たりしたいなぁって」
環樺は「ダメ?」と上目遣いしながら、こちらを懇願するような表情で見つめてくる。
額に手を当ててはぁ、と一つため息をついて少し考えてからポンと環樺の頭に手を乗せる。
「わかった。いいよ。せっかくのゴールデンウィークだしね」
「おねえ~!」
目の前でぱぁっと笑顔が咲く。
たまにはそういうのも良いかもしれないと思って環樺の提案を受け入れることにした。




