第17話
「ただいまー」
友達とのお出掛けを終えて夕方のまだ日が明るいうちに家へと帰ってきた。
玄関の扉を閉めると、家の中はしん、と静まり返っていて誰からの返事もなかった。
お父さんとお母さんはいつもこの時間は居ないだろうし、実際玄関に靴もない。
対して環樺は今日どこかに行く予定はないと言っていたし、ちゃんといつも普段履きしているスニーカーも学校へ行く時に履いていっているローファーも玄関に並べられている。
いつもだったら自分の部屋に居たとしてもここまで聞こえるくらいの声でおかえりを言ったり、部屋からバタバタと出てきて玄関に迎えに来たりするんだけど。やっぱり大きいワンちゃんみたいだ。
まぁ、もしかしたら自分の部屋でイヤホンでもつけながら何かをしていて、私が帰ってきたのに気づいてないのかもしれないし。
靴を脱いで、いつもの定位置になっている環樺の靴の隣に揃えて家へと上がり、洗面所へ行って手洗いうがいをしてリビングへと入っていく。
リビングに入ると、愛しの猫ちゃん二人が部屋の隅でお気に入りのクッションの上に丸まって寝ているのが目に入った。この子達は大抵お出迎えはしてくれないけど、たまに気分よくお出迎えをしてくれたらとっても可愛いし、こうして何も気にせず自由気ままに寝ていたって、何をしていてもこんなに可愛いなんて本当にずるい存在だ。
可愛すぎて今すぐに撫でまわしたいところだけど起こしてしまうのは悪いのでしばらく遠くから眺めてから買ってきた抹茶プリンを冷蔵庫にしまうために移動する。
冷蔵庫に入れてから今日沢山歩いて疲れてしまった身体を休めようと荷物をテーブルの横の床に置いてソファに座ろうとすると、そこには愛しの大きいワンちゃん......もとい環樺がクッションを枕代わりにして丸まりながら横たわって寝ていた。
なるほど、寝ていたからただいまがなかったのか。
これまた気持ちよさそうに寝ちゃって。そんな感想を抱きながらバッグからスマホを取り出して写真を一枚パシャリ。
お互いのことなら大体何でも知っている私達姉妹だけど、数少ない環樺にも知られていない秘密の趣味。
それがこの環樺の寝顔を見るたびにこっそり写真を撮る、というものだった。
中学に入ったのをきっかけにスマホを持たせてもらった頃から何気なく始まったこの趣味。
一番最初に撮った写真は環樺と一緒にホーム画面の壁紙にしようとこのリビングで二人で撮った写真だった。
たしかその二日後だったと思う。同じようにこのソファで寝ていた環樺の寝顔を可愛いなぁと思いながら何となく写真に納めて、それから今日までずっと続いてしまって気づけば私のスマホには環樺の寝顔のフォルダが作られるまでになっていた。
とは言っても寝顔を見る機会はそれほどあるわけではないので、見れたら今日はラッキーみたいな感覚で撮り集めているところもあるかもしれない。
......前回撮った時は環樺が朝寝坊したあの日で、ラッキーどころか環樺が変ないたずらをしたせいでクラスで恥ずかしい目にあったんだけど。
環樺がこの趣味のことを知ったらどんな風に思うかなぁ。恥ずかしがるけどそんなに嫌そうにはしなさそうだ。
ソファに座るのは一旦やめて、荷物を持って自分の部屋に行って部屋着に着替える。
そして椅子に掛けてあったブランケットを持ってリビングへと戻り、未だ幸せそうに眠っている環樺にそっと掛けてあげた。
もう暖かくなってきそうな時期とはいえまだ冷える日もあるし、Tシャツにショートパンツの薄着のまま寝ていたら風邪をひいてしまうかもしれないので一応。
それから環樺の隣に静かに座った。
それからスマホを見たり環樺の寝顔を見たりしながら十五分くらい経った頃、環樺が「んぅ」とか細いうめき声を出しながらもぞもぞと動き、一度止まったと思った後にゆっくりと身体を起こした。
「んん......お姉の匂いだぁ......」
目を瞑ったままギリギリ聞き取れるかどうかくらいの掠れた声でそう言いながら、私がさっき掛けてあげたブランケットをギュッと抱きしめながら顔をうずめた。
確かにそのブランケットは冬の間中、部屋にいる時は常に身にまとっていたいたくらい愛用の物ではあるんだけど、ちゃんと定期的に洗濯はしてるのにそんなに私の匂いが染みついているのだろうか......
そんなことを考えながら環樺を観察していると、しばらく動かなかった後に肩を大きく動かすくらいに思いっきり深呼吸をした。
流石にそういう風に匂いをかがれるのは恥ずかしいんだけど。
「......っぷはぁ」
深呼吸し終わった後、少し止まってから勢いよくブランケットから顔を上げる。
その時には半分くらい目は開いていて、ぼーっと目の前の空間をしばらく見つめてからゆっくりとこちらに視点をよこした。
「あれ? おねぇ?」
「おはよ、環樺」
「んんーーっ」
私に気づくとググーっと伸びをする。そこでやっと意識が覚醒したらしく、目もちゃんと開いて私を捉える。
「おかえりお姉〜。いつの間に帰ってきたの」
「さっき帰ってきたんだけど、環樺はどのくらい寝てたの?」
そう聞くと、環樺が壁に掛けられている時計を確認する。すぐにこちらに視線を戻しつつ首をかしげた。
「いつから寝ちゃってたんだろ」
「最近せっかく生活リズム良くしてきてたのに、変な時間に寝るとまた崩れちゃうよ?」
「え~でもそんなに寝てないよ。ていうか、そろそろお姉が帰ってくるかなーって思ってリビングに来たから寝るつもりなんてなかったし!」
「そっか、私のこと待ってたんだ?」
「あ。あ~、うん......」
言うつもりのなかったことを口に出してしまったのか少し恥ずかしそうにしていた。
そこで環樺はぎゅっと握りしめていたブランケットに気づいて、それを目線の高さまで掲げた。
「これ、お姉のだよね。わざわざ掛けてくれたの?」
「うん。そんな薄着で寝てたら風邪ひいちゃうよ」
「えへへ、ありがと~」
そう言って再びブランケットを抱きしめる。
「ていうかさっき思いっきり顔をうずめて深呼吸までしてたのに覚えてないの?」
「え、わたしが!? でも確かにお姉の匂いがしてたような気もする......」
さっきの行動も覚えていなかったようで、驚きながらおぼろげな記憶を辿るようにしかめっ面でブランケットを見つめていた。
「もう、しょうがないんだから。そういえば環樺にお土産買ってきておいたよ」
「え!? なになに!?」
お土産と聞いた瞬間、ぱぁっと表情が明るくなる。
「環樺が好きそうな抹茶プリン買ってきた。冷蔵庫に入れてあるから......」
「えーー! やったあ! ありがとーお姉!」
足をバタバタ身体をクネクネ、嬉しそうに大げさな全身の動きで喜びを表現する環樺を見ると買ってきてあげたかいがあった。
そして「わーい」と喜びながらブランケットを大事そうに抱えたまま、立ち上がって冷蔵庫へ向かおうとする環樺のTシャツの裾を引っ張って止める。
「ぐえっ。なにお姉? 早く食べたいよ~」
「ダーメ。そろそろ夕ご飯の時間でしょ。デザートはその後ね」
「むぅ......はぁい」
お預けをくらって頬をわざとらしくぷくっと膨らませながらぼすんと勢いよくソファに座りなおす。
かと思ったらすぐに勢いよく立ち上がった。
「そうだ! お姉は今日外で遊んできたから疲れてるでしょ? わたしがご飯作ってあげるから休んでて!」
そう言ってブランケットを座っている私の膝の上に掛けてから台所へと移動していった。
「お姉今日なんか食べてきた?」
「んーん。ご飯って言うご飯は食べてきてない」
「えっとじゃあ......」
冷蔵庫の中を確認しながらしばらく悩みーー
「ハンバーグかミートソースパスタ! どっちがいい?」
「じゃあハ......」
「ハンバーグだよね! じゃあちょっと待ってってね!」
最初から分かってたかの如くの食い気味に了承されてしまう。
「そんなに疲れてるわけじゃないから手伝うけど......」
「大丈夫大丈夫、プリンのお礼だと思って今日はわたしに任せて!」
「分かった......じゃあ、お願いね」
「はーい!」
そうして環樺は黄色のエプロンを着たりと料理の準備をし始めた。




