6.やっと踏み出せた
その日の夕刻。
自宅マンションに帰り着いた刃兵衛は、ひとり反省会を実施していた。
ファミレス『オリバーエッグ』では咲楽、梨衣南、奏美の三人とそこそこの交流は出来たと思う。
が、それは飽くまでも刃兵衛個人に限っての話であって、肝心の瑠斗がほとんど話の輪に加わっていなかったのだ。
最後に、この日瑠斗がメディアトピアで購入したものを披露して貰おうと思ったのだが、彼は、
「いや、全然大したものじゃないんで」
と頑なに開封の儀を拒絶し続けた。
仕方が無いので刃兵衛は、自身が購入したライトノベルの内容で、意外とコスメ関係の用語や説明が多いことなどを力説し、咲楽や奏美でも結構楽しめそうだというプレゼンをやってのける始末だった。
ところがこの説明会が、妙に咲楽と奏美の心に響いた様で、ふたり共帰りにメディアトピアに寄ってみる、などと口を揃えてくれたのは僥倖だった。
案内として梨衣南が同行していったらしいが、これは想定外の嬉しい展開だった。
が、矢張り刃兵衛としてはもっと己に猛省を課さなければならない。
(すんません、阿須山君。ホンマすんません……)
何度も心の中で詫びながら、電子炊飯器用の釜で米二合を研いでいる刃兵衛。
そのまま夕食の準備に取り掛かろうとしたが、炊飯予約をセットしたところで、幾つかの食材を買い忘れていることに今更気が付いた。
この時間帯、どこのスーパーもかなり混み合っていると予測されるが、足りないままで調理を初めても碌なことにはならないので、諦めて出かけることにした。
(うひー……やっぱマダムの皆様の戦場になっとるやん……)
もっと早くに気付いておけば良かったと再び己に猛省を促しつつ、何とか頑張って必要な食材をゲット。
這う這うの体でスーパーを脱出し、疲れ果てた顔で帰路に就いた。
と、その途中で思わぬ人物と出会った。
瑠斗だった。彼はまだ制服姿のまま、遊歩道のベンチに腰かけていた。
一瞬声をかけて良いものかどうか躊躇った刃兵衛だったが、ここはもう嫌われてなんぼだと腹を括って、敢えて突撃することにした。
「あれ、阿須山君。まだ帰って無かったんですか」
「あ、笠貫君」
穏やかな笑みを返してきた瑠斗は、少しだけ横にずれてくれた。隣に座っても良いという意思表示だろう。
刃兵衛はお言葉に甘えて、隣に腰を下ろさせて貰った。
「今日は何か、申し訳無かったです。折角一緒に来てくれはったのに、何か僕ばっかり喋ってしもて」
「いやぁ、そんなの全然、気にしないで……僕は僕なりに、あの場の空気っていうか、皆のお喋りを聞いてるだけでも結構楽しんでたから」
柔和な笑みを湛える瑠斗に、刃兵衛は本当に心の底から申し訳ないという謝罪の念がどんどん湧き起こってきた。こんなに良いひとならば是非、本当にお友達になりたいと思った。
「そういえば笠貫君ってカノジョさん、居たんだね」
「んー、まぁ居るには居ましたけど、結局僕の方の環境に問題があって、よぅ耐えられへんちゅうか、ついていけんてな風にいわれて、結局サヨナラしました」
しかし、決して彼女のことを嫌いになった訳ではない。
最後はお互い、笑って別れることが出来た。彼女との記憶は今でも良い思い出のままだ。
そしてあの半年間の交流があったからこそ、多少はコミュ障な自分を改善することが出来たと思っている。
実際今日も、咲楽や梨衣南、奏美といった美少女相手にも決して臆することなく、それなりに会話を進めることが出来た。
元カノと過ごした時間は決して無駄ではなかったと、胸を張っていえる。
「僕も自分で、びっくりしてるんです。お前こないに喋る奴やったんか、ってなぐらいに、昔と比べたらホンマによぅ変わりましたからね」
今でもそうだ。かなり饒舌に、熱弁している。
ひとりの女性と真剣に心を通わせることが、こんなにも自分を変えてくれたのだと、感謝してもし切れない思いだった。
もしもまた顔を合わせる機会があれば、彼女にはもっと良い男性と一緒に居て貰って、最高の幸せを掴んでいて欲しい。それが刃兵衛の、心からの願いだった。
「でも、別れちゃったんだ……」
「ですね。その結末だけが心残りです……まぁ何でもかんでも上手くいく訳やないってことでしょうね」
刃兵衛は自嘲気味に笑いながら頭を掻いた。
こんな話、女子会でこそ披露すべきであって、男子ふたりで話す内容ではないなと今更ながら微妙に恥ずかしくなってきた。
「僕もそのうち、そんな恋愛、出来るかなぁ……」
ぽつりと呟く様に、そんな台詞を搾り出した瑠斗。
矢張り、これが彼の本音か。
オタクとして生きてはいても、隣に居て欲しい女性が彼の頭の中で、はっきりと像を結んでいるということだろう。
しかし今の段階でそれを聞き出すのは、早過ぎる様に思う。
まずは瑠斗と、本当の意味で友達になりたい。
彼に恋人をプロデュースすることが目的ではなく、ひとりの人間として彼の友達になりたいと、心からそう思った。
「そないいうたら、僕まだちゃんとお願いしてませんでしたね」
「ん? 何を?」
きょとんとした顔で目線を返してくる瑠斗に、刃兵衛ははにかんだ笑みを浮かべて頭を掻いた。
「僕と友達に、なって下さいますやろか」
「あぁ……僕はもうすっかり、そのつもりだったよ」
瑠斗は勿論だと頷き返してくれた。
この時、やっと最初の一歩が踏み出せた様な気がした。




