047
「グルァアアアッ!」
俺の煽りを受け、白い剣歯虎は再び俺に襲いかかって来た。
やはり動きは速いが直線的。身体こそ反応出来ないが、目で追えない訳じゃない。
これだけの真っ直ぐな動きであれば、受け損なう事もない。
『ぬんっ!』
『馬鹿な!? 我が牙が通らぬだと!?』
『そんじょそこらの毛皮と訳が違うんだよ!』
『ならば綻び折れるまで叩くのみだっ!!』
次にサーベルタイガーが考えたのは衝突による衝撃で、内部にダメージを蓄積させるというものだ。俺も攻撃こそガード出来るものの、受け続けるしか手がない。
「ならば、やはり頭を使うしかない」
瞬間、脇目に見えるニッサの目が輝き、そして、輝きを失ったのだ。
「頭って……そういう事?」
ニッサの言葉が何故か冷めているが、頭で受ける事により、俺の四肢は自由になるのだ。
サーベルタイガーの頭を転がるように、俺は奴を押し潰した。
『くっ! なんのっ!』
『逃がすかよ!』
身体の下から這い出ようとしたサーベルタイガーの後ろ脚を、何とか掴む事が出来た。
『ちょーっと痛いぞ?』
『や、やめ――――』
悲鳴に近いサーベルタイガーの声。
俺は……聞かなかった事にした。
いくら力が強かろうが、攻撃の支えである後ろ脚を掴まれてはそれも半減する。
俺の両手は、サーベルタイガーの後ろ脚を掴み、世界最強の盾こと大地さんに向かって叩きつけるのだった。
『がぁ!?』
何度も、
『ぐぅ!?』
何度も、
『ごぉ!?』
そして何度も。
サーベルタイガーがボロボロのヨロヨロになった時、俺は彼の強さに驚く。
「凄いぞニッサ。この牙折れてない!」
「それだけの事して、驚くところそこ?」
「え、だって頭使ったじゃん!」
「獣は、そういう事しない」
「意地悪くとも言ったし!」
「あれはイジメ。動物ぎゃくたーい」
おかしい。襲われたのは明らかに俺たちなのに、虐待だと言われてしまった。
世界は何故……こう、上手い事出来ていないのだろうか?
「今、適当な事考えたー」
ニッサの指摘は鋭く、とても冷たい。
『うぅ……』
さて、この白猫ちゃんをどうすべきか。
戦術で勝ったとはいえ、こいつは俺が負けるだけの実力は確かに持っていた。
ふむ、ハルピュイアのルピーちゃんの往復回数を一回増やすためには、貴重な人材やもしれない。どれ……。
『これで、ここは俺の縄張りだ』
『くっ……! これも獣の世界! 好きにしろ!』
なるほど、野生で生きるだけあって理には忠実か。
獣のこういうところっていいよな。実に素直でよろしい。
人間もこうあるべきではなかろうか? まぁ、それは言い過ぎか。
互いに生きる世界が違う。そういうところで妥協すべきか。
『今、獣たちの楽園を作ってるんだが、お前も来ないか?』
『ふん、誰がそんなもの!! 我は白王とまで呼ばれた誇り高き存在! お、おい! 何故また後ろ脚を持つ!?』
『持ってるだけだよ』
『な、何だその濁った眼は!? 貴様本当に獣なのか!?』
『持ってるだけだよ』
『お、恐ろしい! 恐ろしいぞ貴様!? はっ!? まさかその人間は……奴隷!?』
『持ってるだけだよ』
『に、人間の奴隷とは恐れ入った! わ、我は白王シロネコ! 貴様の楽園の一部となり、その発展に……前脚を貸そう! いや、その手を放してくれれば後ろ脚も貸すぞ!? な!? なっ!?』
懇願するような目を受け取った後、俺はサーベルタイガーの後ろ脚を放してやった。
しかし、シロネコって何て名前だ全く。いや、確かにそう思ったけども、俺並みの巨躯でシロネコって……と思っていたら、またニッサが冷たい目を向けてきたのだ。
「今日のコディー、怖い」
冗談で言ってるのはわかるのだが、真顔で、しかも正面から言われると堪えるものがある。
「キノセイダヨ」
「さっきの目、凄かった」
「漆黒の眼って技名はどうだろうか?」
「相手は絶望する……!」
ノリはいいんだけどな、ニッサ。
「さて、ミスリル鉱山も、新たな仲間も入った事だし、一回楽園に戻るかー!」
「え、そうなの?」
「あぁ、このシロネコとの話し合いの結果そうなった」
「コディー、ずっと同じ言葉喋ってた。そっちのシロネコ? は、ずっと喚いてた。………………話し合い?」
くっ、流石にそれくらいはわかるか。流石優秀な魔法使いは違うな!
その内ディーナみたいに獣言語を扱いそうで末恐ろしい。
「こほん、話し合いだ。うん」
「ふ~ん……」
『えーっと、この子はニッサ。絶対食べるなよ』
『奴隷如きの名前など、覚える必要――おい!? 何故後ろ脚を!? わかった! ニッサ! くそ、ダメか!? ニッサちゃん! ニ、ニッサ様!?』
『持ってただけだよー』
『ふぅ……。くそ、何て恐ろしい熊だ……! 楽園だと? きっと地獄のような場所に違いない!』
変な誤解はあるが、俺はサーベルタイガーのシロネコを倒し、部下にする事に成功した。
ゴリさんのように話し合いで仲間になる獣もいれば、シロネコみたいに最初から襲って来る獣もいる。後者の場合、勝ってしまえばこの獣の世界の理にのっかってしまえばいい訳だ。何ともわかりやすい。
しかもコイツは聖獣。俺に近い戦力は出来るだけ近くに置いておきたい。そして、それが俺たちのためであり、コイツのためでもある。
人間臭い俺のエゴかもしれないが、元は人間だ。多少自分本位に考えてもいいだろう?
「ところでニッサ? 何でシロネコの上に乗ってるんだ?」
「回復魔法掛けたら喜んで乗せてくれた。この子、良い子」
「俺の背中は?」
「今日は、もういい」
今日も世界は、俺に厳しい。




