046
「なぁ、これって一体何が起こったと思う?」
「…………わからない」
辿り着いたはずのミスリル鉱山。
俺とニッサは異様な光景を見ていた。
なるほど、確かに鉱山である。
過去に人間の手が入っていたであろう痕跡がある。無ければ掘ればいいと思っていたが、どうやら魔物の出現が原因で手が付けられなくなったというだけなのだろう。
それはいい。それはいいのだが、一体何だこれは?
「……大きな爪痕」
「これ、さっきのハルピュイアが空けた穴よりも大きいよな?」
無数に見えるクレーター。
そして至る所に見える飛び散った紫色の液体。
「これは体液……いや、血かな?」
「だと思う……」
歩きながらそれを見るも、鉱山の深部に入って行く程酷くなっていく。
爪痕、クレーター、紫の血。
坑道に入る手前でそれは姿を現した。
「デカいな……」
「でも、死んでる……」
大きさにして、全長八メートルから十メートルはあるだろうか。
おそらくこれは真っ黒な蠍のモンスター。巨大な二本の鋏、鋭い尾らしき部位は、著しく損傷している。見る影もないというのが正解かもしれない。
「まぁ、これだけぐちゃぐちゃならな」
「おかしい」
「まぁ、おかしいよな。これがアレだろ? ここを根城にしてた魔物だろう?」
「そう。ミスリル鉱山の魔物――バーサーカースコーピオン」
人の言う事をきかなそうなネーミングだ。
だから魔王軍も持て余したんだろうけどな。
今でこそどうかはわからないけど、少なくともこのバーサーカースコーピオンはあのハルピュイアのルピーや、出会った時のオークキングのブレイクより強いだろう。
魔王軍の幹部連中が手を出せないのであれば、扱い切れないのも頷ける。
「さて、これが俺たちの夢、幻でなければ……結構ヤバい事になるな?」
「うん、今すぐにここから出た方がいい」
それ、坑道の入り口の段階で言う?
まぁ、これを確認しない限りは俺も帰ろうとは思わなかったから言わないけどな。
俺たちがここを去ろうとしている理由。
それは当然、このバーサーカースコーピオンを倒したナニカがここら辺にいる可能性が非常に高いからだ。
俺とニッサは見合い、コクリと頷いた後この場を去ろうとした。
しかし、それより早く問題は起こった。起こってしまったのだ。
「っ! ぬがぁあああっ!」
ニッサの目の前を襲った白い線。
明らかな殺意を持っていたソレは、真っ直ぐニッサに向かって来た。
一瞬の出来事だったがすぐに理解出来た。俺の防御が間に合っていなければ、ニッサの上半身と下半身は真っ二つになっていただろう。
「コ、コディー! 血がっ!」
そう、俺の毛皮を貫く程の攻撃。
ニッサを庇った瞬間、咄嗟に出した右腕から俺の赤い血が流れたのだ。
「こんなもん、舐めときゃ治る」
「そういう問題じゃ……ないっ!」
ちょっと怒気を見せたニッサ。
しかし、今俺はニッサに反応している場合ではない。
俺を傷つける事が出来る脅威に、ニッサを守りながら対処しなくてはならなくなったからだ。正面の岩上に着地したソレは、先程見た白い線の正体。
体格は然程俺と変わらない。
しかし、明らかに違う外見。身を低くさせたしなやかな身体。白い体表に灰色の瞳。威嚇を見せる鋭い牙……いや、何より凄まじく、何より特徴的なのは上あごから生える剣のような巨大な牙。
なるほど、俺の毛皮を貫いたのはあの牙か。
「獣……!?」
ニッサの言葉は正しかった。
四つ脚で獲物を品定めするかのように見るあの目は獣そのもの。
魔物とは明らかに違う存在感。
俺は、この獣を知っている。
そうだ、ここはファンタジーな世界である。過去の記憶にある世界の動物はいくらでもいる。俺が生きた時代にいなくとも、遙か昔には生息した獣もご登場される可能性がある訳だ。
俺の知るこいつはこんな白色ではなかったがな。
しかし、まさか…………白い剣歯虎とはな。
一度は会ってみたいとか見てみたいという欲求は男ならあるかもしれないが、実際に目の前に現れなくてもいいとは思わないか?
だってこんな間近で会ったら、普通は死んじゃうんだぜ?
まぁ、その可能性はまだ絶対ではない。このサーベルタイガーの剣歯は、確かに俺の毛皮を貫いた。
だがそれは咄嗟にニッサを庇ったからだ。
そういう状況にならなければ、俺に勝機がない訳ではない。
大丈夫、今回ニッサはただの案内役。最初から戦闘の数には入れちゃいない。
相手がサーベルタイガーならば尚更である。
獣……か。一応話しかけてみるか。
『おい、いきなり痛いじゃないか?』
『我が縄張りに入ったのだ。大人しく切り裂かれろ』
一応意思疎通は出来るか。
『……そいつの縄張りだったんだろ?』
俺はバーサーカースコーピオンを死骸を見て言った。
『我が奪った。今は我が領地だ』
領地ときたか。何とも壮大なお考えをお持ちらしい。
『ガァアアアアアアアアッ!』
『くっ!』
なるほど、やはり速い。かわすのが精一杯だ。
速度はハルピュイア並み。力は俺並みってところか。
つまり、実際のところ、俺はこいつに速度で負けている。
ならばどうするか。
『あっ! あれば何だ!?』
『何っ!?』
『隙有りっ!!!!』
『っ!? くっ!!』
良い感じで頬が斬れてくれたぜ。
『卑怯な……』
『悪い。古典的過ぎた』
『何?』
『次はもうちょっと意地悪く行くわ』
頭を使うしかないだろう。




