045
「なっ!? 既に聖獣化しているっていうのっ!?」
「そうそう。ブレイクの情報が古いんだよ。だから魔熊コディーはもうこの世にいないの」
「だからと言って、私の命令は変わらないわよっ!」
「対象がいないんだから命令も意味ないんだって。勧誘するにも魔獣と聖獣じゃ条件が合わなさすぎる。幹部って条件は嬉しいものではあるが、それだけだと釣り合わない。そして、失敗する訳でもないんだから俺が殺害対象にもならない」
「こ、これが失敗じゃないと?」
ふむ、ここから先は答えを間違えると襲ってきそうだ。
でも、ブレイクも言ってたし大丈夫だろう。
「魔王様の命令は絶対なんだろ? その魔王様の命令が間違ってるんだから、もう一回聞きに行って来いよ。『魔熊コディーは聖熊コディーになってました。いかが致しましょう?』ってな」
「魔王様の命令が……間違ってる?」
ついにハルピュイアは頭を抱え始めた。
そう、魔王様だって間違いをするのだ。そもそも存在や行動理念が間違いって気もするが、魔王の仕事ってそんなもんだろうしな。仕方ない。
さて、ここからは親身になってやるべきだろうな。
「うぅ……」
「ハルピュイア、お前の名前は?」
「ル、ルピー……だ」
「ルピー、大丈夫だ。魔王様は何も間違っちゃいない。ただ時間が経つと周りの状況はどんどん変わっちゃうもんなんだ。大丈夫、一度帰って、魔王様に確認してくればいいだけさ」
「一度……帰る?」
「あぁ、命令を確認しに帰るだけ。な? 簡単だろ? それとも魔王様は確認するだけで怒るのか?」
「そんな事ないわ。魔王様はとてもお優しい方……!」
「そうか。なら大丈夫だ。ほら、帰って確認しておいで。俺はあの森で待ってるから。な?」
「……そうね。それじゃあ一度魔王様に命令を確認しに帰るわ。逃げないわよね?」
「勿論だ。クマさん嘘吐かない。森で待つよ」
「聖熊コディー……聖獣に恥じぬ高潔なる存在よ。また会いましょう! ふっ!」
「ブレイクによろしくな~」
飛び上がったルピーに手を振りながら、去りゆく背中を見守った。
隣でジト目を向けるニッサに、俺は笑顔で言うのだ。
「魔王軍の幹部、ちょれ~」
「いや、あれはある意味精神攻撃。正直ゾっとした」
「だってあぁしないと俺を殺しにかかってくるんだぞ? 勿論、戦えば勝てるけど、俺が殺しちゃったら魔王軍と戦争になっちゃうし、楽園にも被害が出る。まずは時間を稼がなくちゃ」
「でも、今の……ルピー? アイツが魔王に確認したら、ほんの数日で戻って来る。ハルピュイアの速度を甘く見ちゃダメ」
「大丈夫だ。後数回は往復してもらうから」
「数……回?」
ニッサが俺の言葉を聞き、肘を抱える。そして俺を見る目がどんどん変わっていくのだ。
「コディー……怖い」
またもジト目。
「そんな事ない。俺は優しい熊さんだぞ?」
「獣なの?」
「そう、獣。善良なる隣人さん」
「でも、さっき魔王様って言ってた」
「あぁ、あれか。あれはルピーがそう呼んでたからだよ。同調行動に近くて、相手と同じ呼び方をすれば、自然と意見してもそれは味方からの声に聞こえるって、前に何かの――おっと」
言い掛けたところで、俺は自ら口を塞いだ。「本で読んだ」とかはさすがに言えないよな。
しかし、今の発言がよろしくなかったらしい。
どうやらニッサは完全に俺の頭脳プレイを悪者の手だと思ってしまったようだ。
「…………悪い獣だー」
「そ、そんな事ないぞ! 多分!」
「あんな純粋なハルピュイア騙してた」
「いや、経験豊富そうな大人のお姉さん的な口調だっただろ!? 心は純粋だったけど!」
「ルピー可哀想」
「どっちの味方だよ!?」
「ルピー」
「何で!?」
「ちょろいって言ってた」
「くそ! 言ったよ! 申し訳ありませんでした!」
ニッサの追求に屈した俺の、神獣への道は遠い。
今回の俺の手際は、褒められるべきであって貶されるものではないはずなのに。
獣っぽくなかったからまずいのか? 人間臭かったか? いやいや、人間はもっと悪知恵が働くだろうに。何とも解せない話である。
そんな一悶着の後、俺たちは再びミスリル鉱山を目指し始める。
「……ねぇ」
「ん? 何だ?」
「さっき言ってた『数回』……あれどういう意味?」
「内緒だ内緒」
「ずるい」
「その返しもずるいぞ?」
「むぅ、反省する」
ニッサはとても好奇心旺盛で、とても素直である。
年頃だというのに、獣とばかり遊んでいるのは、果たしてこの子にとって良いことなのか?
しかし、ジジと同年代でランクAの才能豊かな冒険者だという事も事実だ。
それだけの人生経験をしているのか。だからこそ、獣の世界に興味がわいたのか。今後、ニッサはどんな道を行くのだろうか。おじさんはそれが楽しみでならない。
「お……もしかしてアレか?」
俺は、背に乗るニッサに顔を向けながら言った。
ニッサの大きな瞳に巨大な山が映り込む。
西を目指して真っ直ぐ走って来たんだ。間違いであったら困るけどな。
「うん。あれがミスリル鉱山」
さて、魔族すらも手を出せない魔物とはいかに?
魔王軍、ちょれ~




