035
「いいか、こっちの赤い宝石の中に烏の刻印が入ってるのがレイヴン国の紋章だっ」
「そうですか」
「そして、こっちの青い宝石の中に獅子の刻印が入ってるのがライオス国の紋章だ!」
「へー」
「へーじゃない! へーじゃ! この持ち主はどこだ!?」
ヴェインに肉薄されながら言われた俺は、素直に持ち主であるディーナを前脚で指す。
「今のじゃない……! 元の持ち主だよ!」
がなるヴェインの首に、俺は腕を回して首をしまいながら声を落として言った。
「いいか、大きな声を出すんじゃない。ディーナが聞いてるんだ」
そんな俺の言葉で、ヴェインはようやく理解したようだ。
ヴェインは一度だけ小首を傾げるディーナを見た後、俺に倣うように声を落とした。
「も、もしかしてあの子が……リミ様っ?」
「記憶喪失っておまけ付きだ」
「じゃ、じゃあデニッシュ王子とダイアナ妃は……?」
「……後で墓まで連れてってやる」
俺の無慈悲な言葉を聞き、ヴェインはやり場のない感情を天井に向け、ただ歯だけ食いしばり口をなんとか結んでいた。
俺は鼻をすんと鳴らし、ヴェインの肩に回してた腕を外す。
すると、ヴェインは精一杯の深呼吸をして、ディーナにくるりと向き直った。
「……ありがとうディーナちゃん」
「もういいのー?」
ディーナから借りていたペンダント二つを、ディーナに返すヴェイン。
「ディーナ、そろそろ寝る時間だぞー」
「はーい! コデーはー? まだ寝ないのー?」
「ヴェインともう少し話してから行くから、先に寝てなさい」
「はーい!」
とてとてと小走りに向かうディーナを横目に、ヴェインは首でクイと外を指す。
俺は痒くもない後頭部を掻きながら溜め息を吐き、立ち上がる。
――外に出た俺は、小屋の外壁に寄りかかるヴェインの正面に座る。
「どうするんだ?」
ヴェインは開口一番そんな疑問を口にした。
「それはこっちのセリフだ」
俺はこう返す他なかった。
おそらく、俺とヴェインが選ぶ答えは違うだろうと思ったから。
「……勿論連れ帰る。そしてそれはデニッシュ王子とダイアナ妃がお亡くなりになったという証明にもなる」
「墓を掘り返せば証明は可能だ。だがディーナを連れ帰るというのには賛成出来ない」
「馬鹿な! 一国の姫だぞ!? 王子が亡くなった今、王位継承権を有するのは彼女だけだ!」
「ディーナの記憶が戻っているなら賛成したさ。だが、彼女は今、姫ではなく一人の少女だ」
不思議と俺の声は落ち着いていて、もしかしたらそれがヴェインを煽ってしまったのかもしれない。
「じゃあどうする!? このまま彼女を野生児として育てるつもりか!? ハッ! そんなの無理に決まってる!」
「そうは言ってない。ここを離れたくないのはディーナ自身だ。記憶が戻ろうと戻るまいと、その内人間の世界に戻すさ」
「たかが熊であるお前にそれが出来ると!? 無理だね!」
「じゃあ国の連中にディーナの心が癒せるってのか? 今お前が優先してるのは国の体面や保身だ。勇者がしなくちゃいけないのはそんな事か? ディーナを見ろ。まだ子供だ。何もないディーナに、知らない人間たちのアレコレを背負わせてどうする? まずはそれが出来る年齢まで待てと言ってるんだ」
「お前が考えてる以上に国ってのは複雑なんだよ! 一個より国、そして民だ。王家は自分を殺して民を優先させるんだ! 今の内からそれを叩き込まれるのが王家の人間だ! 現国王はご高齢だ! 成長してからじゃ遅いんだよ!」
俺とヴェインは睨み合ったままそう言い合った。
俺はディーナのため、ヴェインは国と民のため。
おそらく、どちらも間違っていない。国という組織の中で生きる事を義務づけられた者は、権力と引き替えに多くのモノを捨てなくてはいけない。しかし、俺はそれを子供に課すのは違うと思っている。
せめて……せめてディーナがそれを理解し、背負える年齢になるまで……!
先程と同じく、そんな俺たちの間に入ったのはディーナ……では当然なかった。
ディーナは小屋で寝ている。
この場にいるのは俺とヴェイン……そして八咫烏であり神鳥の、ヴァローナ。
「ヴァローナ、大体の話、聞いた」
「……何だよ?」
何か言いたい事があったのだろう。
だからヴァローナは俺たちの間に飛んで入ったのだ。
「つまり、二人はディーナを取り合ってる訳だな?」
「随分かみ砕いたもんだ……が、そうとも言うな。ま、どこかの勇者さんはディーナの意見は無視するそうだけど」
「……俺はただ国を想って言ってるだけだ」
なるほど、少なからずディーナに対しての負担は考えているようだな。
「ヴェインは今、獣の世界に、いる」
「ま、そうだな」
「この八咫烏は何が言いたいんだ?
「俺には何となくわかる」
これまで長く獣の世界にいたんだ。
それくらいの事はわかってるつもりだ。ヴァローナがここで言い出すとは思わなかったけどな。
「獣、モノ取り合ったら、決闘。これで決める」
瞬間、またもヴェインの顔が硬直したのだ。
今度は、間の抜けた顔ではなく、これまでにない真剣な表情のまま。
「……ディーナをモノというのには納得いかないが、決闘ってのには納得だ」
おそらく、この勝負に負けた時はともかく、勝ってしまえば、俺は――――
「正気か……?」
「……あんまり獣の世界を舐めない方がいい」
――――人間と敵対する事になる。




