024
「ほぉ、人間の言葉を解する魔獣か。これは面白い」
張り詰める魔力は流石オークキングなのだろうが、魔力をハッキリ感じられる対象がこいつしかいないから何とも言えない状況だ。
やはり大きい。俺も、以前戦ったオークジェネラルと同じ大きさ位にはなったつもりだが、こいつは更に大きく、落ち着き払っている。
オークキングは鼻をひくひくと動かし、周囲の臭いを嗅いでいる。すると、近くにあった木をその巨大な手で鷲掴みしたのだ。
「おっ!? おぉ!?」
大地が音を鳴らしぐらつく。俺は即座にオークキングから離れた。地中から聞こえるパキパキという切断音。これはおそらく地中の木の根が強引に切られている音だ。
やがて、根に大量の土を付けた木が持ち上がり、オークキングはその木を俺に向け、強気な顔で俺を睨んだ。
「仲間はどうした。この森から同族の臭いはおろか魔物の臭いすらせぬわ……!」
「さぁね」
俺は肯定も否定もせずに答えた。
いや、オークキングも気付いている。オークジェネラルや、オークファイター、ハイオークやオークたちが何故いないのか。その理由を俺に見ている。静かながらも怒りに染まっている瞳が、それを物語っている。
「我を前にその不遜な振る舞い。草木の肥やしになる覚悟は出来ているという事か」
俺のサイズだと根腐れしそうだな。
オークキングは俺を前にそう怒りを見せるが、威嚇するばかりで何をしようともしない。これは、俺と自分の実力差をまだ測っているからなのかもしれない。
だが、俺の中では答えは既に出ていた。そう、先にも述べたが、俺には余裕があった。頭の中に「これくらいならば」という安心があるのだ。
おそらくオークキングも薄々気付いているのだろう。
「文句があるなら話を聞こう。拳で語ろうというならばそれも受けよう。だが、ここは野の理に則って俺が手に入れた土地だ。それくらいアンタもわかるだろう」
そう、俺もその気になれば木くらい引っこ抜けるのだ。ただ、ここは俺たちの森だ。出来るだけ傷つけたくはない。
魔物といえど弱肉強食の世界で生きるのだ。この理屈が通じないはずがない。
……さて、どう出る、オークキング。
「……ぬぅ!」
俺はミスリルクロウの爪を立て、向けられた木の頭を刈り取った。木の先端が鈴のように音を立て落ちる。
「……なんという斬撃よ。木の持ち手に何も感じさせぬとは」
「どうするんだ」
オークキング。確かヴァローナが、魔王軍の幹部だって言ってた気がする。オークジェネラルを倒した時、魔王の影にビクついた事もあったが、それはこの世界では人間が常々感じている事。もし魔王軍が本格的に動いているのであれば、俺もあんな事はしなかった。
しかし、この森にオークジェネラルがいたというのに、あの町は無事だった。
そして勇者ヴェインの存在。このオークキングの反応。俺の中の仮説が真実味を帯びていく。
仮説とは即ち、魔王軍の規模、動きがまだ狭く弱いという事だ。おそらく魔王軍はまだ完全に機能していないのだ。だからオークジェネラルはここにいて、オークキングがわざわざここまでやってきたのだ。
この森は人間たちと戦う際重要な拠点になる。水もあるし、食料も豊富だ。そして目の前に住む人間の町は未成熟な冒険者ばかり。狙うには十分な土地だ。
――――それを、俺が奪った。
怒って当然。場合によっては殺意を向けられて然るべきだ。
しかし、このオークキングからは、怒りこそ感じるものの殺意はない。野に身を置いて半年以上も経つんだ。流石にそれくらいはわかる。
だが、やはり攻勢には出てこない。つまり、それだけの圧力を与えられているという事。
「……くっ!」
オークキングは掴んでいた木を放した。その後、頭を振ったが、それは怒気を追い出そうとしたように見えた。そして、どかっと腰を下ろし、俺を見据えたのだ。
やはり目から怒気は消えている。ふむ、意外に冷静だったな。
「魔王様より我に与えられた任は、ここの様子見だ。任から逸脱した行為を、我が主は好かぬ」
なるほど、魔王を立てたか。
「そうか」
俺はミスリルクロウの爪を折り、オークキングの正面に座った。
「獣如きと侮ったが、知勇に秀でた獣もまた珍しい」
「そりゃどうも」
「ふん、魔王様の命が無ければ素っ首叩き落としているところよ」
「それは困るな」
「冗談だ。無謀な戦いを仕掛ける程、我は甘くない。今の我では貴様には敵わん」
「今の」って言ったな。って事は、やっぱり魔物にも成長の余地があるという事だな。人間も獣も魔物も生物なんだ。それもそうか。
「言葉を解するならば言葉を交わそう。貴様、どこから流れてきた?」
「それを言う事で、何かわかるものなのか?」
俺は少しの警戒心の中に興味を混在させて聞いた。
すると、オークキングは鼻を鳴らし目を瞑った。
「古今東西あらゆる魔獣を見て来た我だが、貴様のような魔獣は初めて見た。人間の言葉を解し、魔物の棲家を奪うような魔獣はな」
「襲われたから襲い返しただけだ」
嘘は言ってないよな。最初ここを訪れた時、オークに襲われたし。しかも森の手前で。まぁ、その後の復讐という名の森の奪取が長くなったけどな。
「豪気だな」
「それで? ここをどうするつもりだ?」
「答えを出すのは我ではない。我が主だ。急ぎ戻り、事と次第を伝えてからだな。悪くない土産話もある」
土産話というのが俺の事だと気付くまでに少しの時間を要したが、なるほど、俺の事を話されたらどうなってしまうのだろう。事態を甘く考えすぎたか? いや、ジジが頑張っているんだ。自分の家くらい、自分の家族くらい守れなくてどうする。
「名は?」
「……コディー。お前はないのか?」
「我が名はブレイク。魔獣コディー。その名、確かに我が主に伝えよう。また会う事もあるだろう。だが、今回のようになるとは思わぬ事だ。それを努々忘れるな」
そう言い残し、オークキングことブレイクは去って行った。
語ろうと言った割には短い時間だったが、俺としても色々と情報を集められた夜だった。
魔王……か。どんな奴なんだろうな。




