9.一人に…しないで
「…?」
図書室はもぬけの空だった。
「変ね…私の感覚が間違っていたのかしら。」
見渡したが不審な様子はない。
「時間が間違ってたんじゃないのか?前回はもっと遅かっただろ。」
「霊によって時間は変わるんだから。ここの霊はこの時間の筈なのに…」
まあ必ず出るわけじゃないわ、今日は引き上げましょ。そう言って図書室を出ようとする二人。
「せっかく来たのに期待はずれだな。」
「何よ、アンタ意外に期待して…」
“…本ハ、ドコ?”
か細い、しかし間違いなく聞こえたその声。
「…柴原。」
「ええ。やっぱりいたわね。」
“…ドコニ、カクシタノ?”
声がはっきりしていた。さっきよりも近くに…
「逃げるわよ。前の階段から三階にね。」
「わかった。」
背後にいることなど、確認せずとも感じ取れた。
“ダッ!”
床を蹴って、二人は階段を駆け下りる。
「一度仕切りなおすわ。だから…」
“本ハ、ドコ?”
突然、すぐ横から声がした。
「わっ!」
「きゃっ!」
不意打ちの格好になり、慌てて行く先を亮太。
(階段おりて、そのまま一階へ!)
勢いのまま、階段を下り…
“ドコヘカクシタノ…?”
階段を塞ぐように立つ、少女の姿!
「わぁっ!」
一瞬の内に階段を諦める。他にルートは…
(くっ…)
目の前は音楽室。ドアを乱暴に開け放し、室内へと飛び込んだ。
“ガチャ!”
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
鍵をかけ、息を整える亮太。吹奏楽部が鍵を閉め忘れていたのが幸いした。
「どうすんだ?ここから…」
「…。」
返事がなかった。
「…柴原?」
顔をうつむかせる秋絵。わずかに震えているようにも見えた。
「どうしたんだよ?」
「石…落としちゃった…」
確かに、秋絵の左手から緑色の光が消えていた。
「いつ落としたんだ?階段か?」
「わからない…」
「アテはないのか?図書室では持ってたとか…」
「…。」
立っていられず、座り込む秋絵。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「うっ…うっうっ…」
秋絵は泣いていた。
「おい、一体どうしたんだよ?泣くなんてお前らしくないじゃないか。」
「だって…私…怖いんだもん…」
隣に座り込む亮太。そういえば、いつの間にか俺が柴原の腕を引いていたな。
「いつもは…石の…力で…、本当は…怖がり…なんだからぁ…」
涙を流す秋絵。
(保健室以来か…柴原のこんな姿…)
いつも強気、そんな柴原が涙を流して泣いているのを見ると、まるで他人のようだ。二重人格と思えてしまうくらいのギャップだ。
「柴原。俺、石を取ってくるよ。」
スッと立ち上がる亮太。この状況を打開できるのは柴原しか…
“ガシッ”
「行かないで!一人になりたくない!」
足を引っ張り、亮太を止める秋絵。
「ちょっと行ってくるだけだろ。すぐ帰ってくるよ。」
「やめて!そうやって、何人の人間が帰ってこなかったと思ってるの!?」
秋絵の涙声、だが力があった。絶対に行かせまいとする、強い口調。
「柴原…。」
少し考える亮太。そして、
「柴原、霊って複数人を同時に襲うことはあるのか?」
「…聞いたことはないわ。」
何をするつもり?と不安気に訊く秋絵に、
「じゃあ、これ持ってけよ。」
ポン、と懐中電灯を渡した。
「俺が囮になるから、石を探してこいよ。」
「何言ってるのよ!?アンタじゃ…」
「霊感があるから、霊は俺のとこに来るはずだろ。これくらいしか、半人前にはやれることないからな。」
「止めて!それで…戻ってこれなかったら…」
見上げていた顔を再びうつむかせる秋絵。
「…柴原。」
しゃがみ、秋絵に目線を合わせる。
「お父さんに『私はもう一人前よ』って言ったんだろ?」
「それは関係ないでしょ…」
「一人前なら、俺が霊に何かされるまでに助けてくれよ。」
「無理に決まってるじゃない!私はまだ…私は…」
言葉を詰まらせる秋絵。
「他に手はないだろ。柴原なら信じられる。」
「…。」
何も言い返してこない。
「頼むぜ、“霊界への案内人”さん。」
ポンッと肩を叩き、鍵を開ける亮太。
「…絶対よ。」
「ん?」
キッと顔を上げる柴原。
「絶対に、…私が行くまで無事でいてよね。」
「ああ、当然だろ。」
“カチャン”
音楽室のドアを開けた。廊下に少女の姿はない。
「…行くか。」
廊下に一歩踏み出す。声はまだ聞こえなかった。
(階段には…っと。)
やはり少女の姿はなかった。
(囮役だからな…見つからないと意味がない。)
不思議と怖くなかった。
“コツ、コツ、コツ…”
階段を下りていく。
(さて、どこにいるのかな?)
“…ドコ?…本ハドコ?”
身体に電流が走ったような感覚。見つかった…。
(そこかっ!)
一階へと通じる階段、その踊り場に少女は立っていた。
(こっちへ来いよ。俺のところへ。)
亮太は二階の廊下へと向きを変えた。