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切り離された未来  作者: 篠井七紗
第二章 失くした未来
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手のひらの光(2)

「んー、遊園地なんて来るの久しぶりで、よく分からないんですけど、まず何に乗りますか?」

 園内をぶらぶらと歩きながら、私は入り口においてあったパンフレットを広げた。

「ここからだと、お空のくまさんが一番近いかな」

「くまさん?」

 アリシアが瞳を輝かせた。アリシアを連れて遊園地に来たのはもう一年くらい前だし、まだ二歳だったアリシアは覚えていないかもしれない。

「くまさんのる!」

 覚えているのかいないのか、満面の笑みを浮かべたアリシアに、アストが笑い掛けた。

「じゃあ、くまさん乗ろう」

 私達は三人で手を繋いだまま、お空のくまさんの列に並んだ。十分待ちの案内が出ていたので、すぐに乗れるだろう。

 お空のくまさんは、二人乗りのくまの背中に乗って空中をぐるぐる回るアトラクションだ。身長制限は無いから、アリシアでも乗れる。ただ、二人乗りなので、私かアストのどちらかが一人で乗らなくてはならない。ちょっと寂しいけれど、やっぱり私が一人で乗るのが自然だよね、と考えたとき、私はかばんに忍ばせたカメラの存在を思い出した。・・・そうだ。

「ねえ、アリシア、お兄さんと二人で乗っておいで」

「え?おかあさんは?」

 アリシアは不思議そうに私を見た。

「お母さんはあそこで、写真撮ってあげる」

 私が指差した方角には、アトラクションに乗っている子どもの写真を撮ろうとしている親の姿がちらほらと見受けられた。

「え、だったら俺が撮りますよ」

 びっくりしたような表情を浮かべたアストに、私はくすっと笑う。

「それじゃあ、アストと一緒に来た意味がないじゃない。アリシアと乗ってあげて」

「おにーさん、くまさんのろ?」

 アリシアが繋いだ手を引いて、笑顔でアストを見上げると、アストは表情を緩めて頷いた。

「うん、分かった。・・・じゃあ、後で交代ですよ」

 最初はアリシアに、最後の方は私に向かってそう言った。私も笑って頷き返した。


「おかーさーん!」

 くまさんの上から、アリシアが笑顔で私に手を振っている。その隣で、アストも私に手を振ってくれた。二人の笑顔を写真に残したい、と思うのに、ぐるぐる回っているくまさんに乗っている二人を、上手く撮るのはなかなか難しい。私の腕前では、すぐにぶれてしまう。躍起になって何枚も撮っている内に、あっという間にアトラクションは終了してしまった。

「たのしかったー」

 降りてきたアリシアは、無邪気に笑っている。

「くまさんぐるんぐるんまわって、すごかったんだよ」

「風が気持ち良かったですよ」

 アストはにっこり笑った。

「アリシア、今度はお母さんと乗ってきたら?俺が写真撮るよ」

「のるー!」

 アリシアはぴょんぴょんと飛び跳ねた。よっぽどお空のくまさんが楽しかったらしい。

「カメラ、貸して貰えますか?」

 アストはそう言って手を出した。

「え、でも」

「大丈夫、壊しませんから」

 そんなこと心配してないのに。私がカメラを渡すと、アストは私とアリシアの背中を押した。

「さ、並んできて下さい。俺は、さっきリディがいたところで写真撮ってます」

 ──お空のくまさんは確かに面白かったけれど、私はカメラを構えているアストの姿が気になってしまって、あまり風を楽しむことが出来なかった。



 いくつか乗り物に乗った後、一旦お昼休憩を取ることにした。園内のあちこちにテーブルセットが置かれていたので、空いている場所を見つけて座る。私の作ったお弁当がアストの口に合うかどうか不安だったけれど、アストはどれもおいしいと言って綺麗に食べてくれた。

「じゃあ、今度は何に乗ろっか」

 私は膝にアリシアを抱えて、パンフレットをアストに向けた。アストは思案する様子を見せた。

「これはさっき乗ったし、これも乗りましたよね。・・・あ、これなんかどうですか。面白そう」

 アストが指差したのは、星空の中を空飛ぶ船で旅するというアトラクションだった。前に来たときに乗った覚えがないから、多分新しいアトラクションなのだろう。

「のるー!!」

 パンフレットを見てもいないのに、アリシアがはしゃぐように両手をばたばたさせる。

「アリシア、これ、真っ暗だよ。怖くない?」

「まっくら?」

 アリシアはきょとんとしたように私を見上げた。

「星空だし、真っ暗ではないんじゃないですか?・・・大丈夫だよな、お母さんも一緒だし」

 アストがアリシアに微笑みかけると、アリシアは首を傾げた。

「おにーさんもいっしょでしょ?」

「うん、一緒」

「じゃあ、だいじょうぶ」

 三人で乗ろうね、とアリシアはにこにこ笑っている。確かにアストの言う通り、星空なんだから真っ暗ではないか、と納得した。パンフレットをよく見てみたけど、怖いというような注意書きもないし、アリシアと乗っても大丈夫かな。私がふと顔を上げると、アストが優しい瞳で私を見ていた。咄嗟に微笑み返したけれど、心臓がどきどきと暴れ出す。

 ──まただ。やっぱりアストは、アリシアだけじゃなくて、私のことも・・・まるで大切な人を見るような目で見ているときがある。

 どうして?アストは、何も覚えていないはずなのに。これも全部、私の願望がそう見せているだけなの?

 目を合わせてなんていられなくて、私はそっと目を伏せた。



 お弁当を片付けてから、星空のアトラクションに並んだ。小さな船は二人乗りだったけれど、子どもは抱いて乗ってもいいということだったので、私はアリシアを膝に乗せてアストの隣に並んだ。船はとても狭くて、私の右足とアストの左足がかすかに当たっている。そんな他愛も無いことに緊張を覚えている自分に苦笑しながら、私は船が動き出すのを待った。


「わあー!」

 大きな夜空には、輝く星が散らばっていて、とても綺麗だった。とても作り物とは思えない星の煌きに、アリシアが感嘆の声を漏らす。

「おそらすっごいきれいね!」

 にこにこして振り返るアリシアに、私も笑みを向ける。

「ね。綺麗だね」

「ほんとうのおそらみたいだね」

 モーデンの星空は確かに綺麗だけれど…。幻想的で綺麗な星空を謳っているアトラクションが、慣れ親しんだ村のものと同じ扱いにされていることに、思わず笑みが零れた。

「モーデンの星空ってこんなに綺麗なんだ?」

 アストの問い掛けに、アリシアが首を大きく縦に振る。

「おほしさまいっぱいで、きらきらしてるんだよ。おにーさん、見たことないの?」

「うん、まだ見たことないんだ」

 王都の星空はそんなに綺麗じゃなかったから、王都育ちのアストには夜空を見上げる習慣はないのだろう。

「じゃあこんど、しあとおかあさんと、おほしさまみにいこ」

 アリシアはにっこりと笑った。

「ね、おかあさん?」

 その屈託ない笑みを向けられた私は、そうだね、と笑った。三人で、モーデンの小高い丘の上であの綺麗な星空を見られたら、どんなに素敵だろうか…。

「そうだな、俺も見に行きたいな」

 アストが頷いたことにほっとしながら、私はアリシアの頭を撫でた。

「でも今はここのお星さまを楽しもうね?」

「うん。しあ、たのしいよ?」

 何の変哲もないけれど、まるで遙か遠くまで続いているように見える星空は、とても広大で美しく、心を惹かれる。のんびりと進む小さな船の上で、私たちはゆったりと星空を楽しんだ。

 暫く星空を楽しんだ後、やがて目の前に小さな扉が現れた。この扉でアトラクションは終わりなのかな、とぼんやりと考える。扉がゆっくりと開くと、予想に反してその向こうは暗闇だった。少し進むと、背後で扉が閉まる音がして、アリシアがびくっと震えた。

「おかあさん、まっくらだよ」

 進む先にもう一つ扉があって、その先からかすかに光が漏れているのだけれど、それでも、満点の星空を見た後では真っ暗のように思えるのだろう。アリシアがそわそわしだしたので、私はアリシアを向かい合うように抱き直した。背中をぎゅっと抱きこんで、頭を撫でる。

「大丈夫、もうすぐ明るくなるよ」

 そう言った瞬間、小さな船の進行が止まった。

「──あれ、止まりましたね」

 アストが怪訝そうに言い、辺りを見回す気配がした。私も変だなと思う。もうすぐ出口なのだろうに、どうしてこんなところで止まるのだろう。何かあったのかなあと考えていると、アリシアが小さく震え出した。

「おかあさん、くらいよう・・・」

 まだ幼いアリシアは、この暗闇が殊更に怖いのかもしれない。どうしてこんな暗いところで止まるの、と思いながら、私はアリシアを強く抱きしめた。

「大丈夫だよ、お母さんも、お兄さんもいるでしょ?」


 落ち着かせようと声を掛けるけれど、アリシアはかぶりを振る。

「くらいのやだぁ・・・。はやくおそとでようよぉ・・・っ」

「大丈夫だから。ね、アリシア。すぐにお外に出られるよ。お外出たら、何か飲もっか。あったかいココア、買ってあげる。わけっこしよう?」

 気を逸らそうと話し掛けるけれど、アリシアはいやいやをするように首を振っている。

「いまでる!やだ、くらいのやだあ!」

 どうしよう。アリシアは、暗闇を本気で怖がっている。かくいう私も、もしアリシアと二人きりだったら、こんなところにぽつんと放置されて怖かったかもしれない。だけど、今は・・・。

 私は、隣に座るアストに目線をやった。今にも泣きそうなアリシアを宥めようと背中を撫でていたアストは、私の視線を感じたのか、私と目線を合わせると困ったように笑った。

「アリシア、こっち見て」

 アストが声を掛けるけれど、アリシアは私の胸に顔をくっつけたまま、動こうとしない。

「やだあ…!くらいもん!」

「暗くないよ」

 アストがそう声を掛けると、アリシアが、「・・・ほんと?」と、そろそろと顔を上げた。私は、どうしてそんな嘘をつくんだろう、と微かに怒りを覚えた。まだ、辺りは暗いままだ。無理に顔を上げさせたって、怖い気持ちは変わらないのに・・・。

 ──そう思った、瞬間。アストの左手のひらの上に、ぽう、と小さなあかりが灯った。アストの手の上に、小さな光が乗っている。アリシアはぽかん、とそれを見つめた。私も、呆然とその光を見つめる。暗闇にぽつりと浮かび上がる小さな光は、とても幻想的で綺麗だ。

「・・・きれい」

 びっくりしているアリシアに、アストが優しく微笑む。

「ほら、もう暗くないだろ?」

「すごい、まほうみたい!」

 アリシアは瞳を輝かせて、アストの手のひらの光を見上げた。私は、アリシアの言葉にはっとした。そうだ、魔法だ。魔法じゃなかったら、こんな風に突然手のひらに光が生まれるわけが無い。

「手を出して」

 アストに言われるまま、アリシアが左手を差し出す。アストはアリシアの手のひらの上に、その小さな光を乗せた。アリシアは、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「あったかいね」

「そうだな」

 小さな淡い光が、アストとアリシアの姿を照らし出す。その姿こそが幻想的で・・・。私は光が映し出す幻のような光景を、じっと見つめていた。


 アリシアが落ち着いたことに安堵して、アストの機転に感謝した。だけど・・・アストが魔法を使ったことが気になって仕方無い。こんなところで魔法を使っていいのだろうか。いや、そもそも、使えるはずがないのに。どう考えても職務の遂行に必要だった訳じゃないし、どうして使えたんだろう?使っても大丈夫だったのかな?

 色々な疑問を抱えながらも、私は小さな声で問い掛けた。

「アスト、魔法なんか使って大丈夫なの・・・?」

「・・・大丈夫じゃないから、内緒にして下さいね」

 アストはいたずらをした子どもみたいな顔をして、口の前に人差し指を立てた。その子どもっぽい仕草にさえ、何故だかどきりとしてしまう。私はもう、平静を装って頷くことで精一杯だった。


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