ノエルは囲まれる。
「あ、ノエルさん起きてた!」
扉を開けて開口一番、ガーネットは嬉しそうに言って、それから口を抑えた。
ボクは寝たふりをしそびれて、それなのにガーネットに何も言えず。
そして、ガーネットの後ろのスイカとリンベルも、困惑した様子だった。
だけど、その場を取り繕う言葉すら浮かばない。
急な来訪者に、頭が回らない。
ボクの稚拙な嘘を起点に、気まずい空気が広がっていく。
ガーネットを除いて。
「ノエルさん、見てください! 今日のお昼です!」
ガーネットはボクのベッドの隣の椅子に座って、膝の上にバスケットを乗せた。
いつもなら果物と、時々パンが入ってるだけのそれは、だけど、今日は違った。
ガーネットが開いたその中にはトマトの挟まったサンドイッチとディップ、チーズ。
そして、整然と"気を遣った"ランチボックスの端に、ぶどうがひと房、添えられている。
「ふふふ。今日のお昼は特別です。スイカさんとリンベルさんが見てくださって! 私はまた学びましたよー。うんうん、自分の好きなものばかり入れちゃダメですよね! 栄養に気を使うべき! あ、それから味もですね! これからは気を付けて選びます。果物だけじゃなく!」
「……は、あははっ」
「うふふふ!」
思わず、笑ってた。ガーネットもボクに合わせて笑った。
だって、本当に美味しそうだよ。スイカとリンベルがしっかりアドバイスしたのが分かる。
三人がボクを労わって選んでくれたってのが伝わってくる。
良かったよ。
これからは、あの、果物一色の、自分の好みだけを並べ立てたみたいなランチは二度と出てこないんだ。
ガーネットはまた、いい方向に変わったんだ。
だけど、どうして。
どうして涙が出るんだよ。
誤魔化さないと。笑いを引き伸ばしながら、指で、手のひらで拭い取る。
だめだよ、だって、ガーネットが見てる。スイカも、リンベルも。
「うふふ、ノエルさんが喜んでくれてうれしいです」
「あは、ははは、そうだな、ありがと、ガーネット」
ボクはガーネットの背後の二人に目をやった。
スイカも、リンベルも、困った顔をしてる。
「二人、も、ありがと」
「い、いえ」
「……えーっと、ごめんガー様。ちょいバスケットの中見せて」
スイカがガーネットの肩に肘を置いて、その手元を覗いた。
そして、「あ」と口を大きく開いた。
「しまった! 大事なもんがあらへんやん!」
「え!」
何を、言っているんだろう。
このランチボックスは完ぺきだ。
なのにスイカは大仰にガーネットの前でぱんと手を合わせた。
「ごめん、ガー様。食堂にチキンサンドがあったはずやねんけど、買ってきてくれへん? 今から!」
「チキンサンド、ですか?」
「そそ、元気出したい時はやっぱトリやて! うちも北方で風邪引いた時よー食べててん!」
「へえ! わかりました。では買ってきます!」
ガーネットはすぐに立ち上がった。
おかしい。何かが変だ。
なんでスイカはそんな、ガーネットにお使いを押し付けるようなことを?
ボクはリンベルを見た。この子は、スイカが乱暴にお使いをガーネットに言いつけたのに、ただ成り行きを見守っている。
どうして、止めないんだ?
「あの、二人とも……ボクは」
「ノエ様もチキンサンド食べたいやんなー!」
スイカはそう言って、ボクのベッドに勢いをつけて座った。
その声はいつもと変わらず、明るいもの。
だけど、そのどこかに混じる、有無を言わさない勢いで、ようやく分かった。
やっぱり、今のボクは体調に関わらず、調子を崩しているのかもしれない。
スイカの意図が、やっと掴めた。
ガーネットのことが大好きなリンベルが、スイカの言葉を止めない意味も。
「皆さん、準備ができたので行ってきますね!」
声の方を向くと、ガーネットが鞄を肩にかけて立っていた。
「チキンサンドを、ええと、よっつ買ってきます! みんなで食べましょう!」
「あ、ありがとうございます、ガーネット様……その、本当に、申し訳ありません」
「ふふふ、いいんです。私、みんなの役に立ててうれしいんです。では行ってきます!」
そしてガーネットは歩き出す。彼女の背中にスイカとリンベルが手を振った。
「う、売り切れだったら別に悩まずに帰ってきてくださいねー」
「ゆっくりしててもええよー。牛乳とか飲んで!」
二人は手を振り続けた。ガーネットの身体がしゅるりと寮の扉を抜けるまで。
彼女の姿が見えなくなったとたんに、二人の手はぴたりと止まった。
「……行った?」
「……その、チキンサンド、ですか? 少し無理矢理じゃあ……」
「半分はほんまやで。肉やけどさっぱりしてるやん、そういうのがええねん、疲れてる時は」
「……あ、なるほど、言われてみればそうかもしれません……!」
言いながらリンベルは、ボクの隣までやってきて、さっきまでガーネットが座ってた椅子に、座った。
やんわりと、だけどボクは囲まれた。
スイカとリンベルに。
こういう時に切り出すのは、やっぱり、スイカだった。
「で、ノエ様。何があったん?」




