話、聞けよ!
「いい加減、普通に話そってばぁ!」
リンベルは不思議そうな顔をした。
「普通に、話してますよ?」
「もうあきらめぇ、ノエ様。この子はこーいう子やねんて」
スイカが口を挟んだ。
リンベルの後ろの席で、くつろぎながら。
「この子、ノエ様のドレス姿を見てからずーっとこの調子で感動しとんよ」
思わずため息が漏れる。
正直に言うと、ちょっとだけ嬉しいけども。
ボクが舞踏会で行った賭け。
自分の意思を、言葉よりも、姿で見せつけるということ。
ボクは"獣憑きの耳"を絶対に恥じたりしない、と。
もちろん、見た人に意図が伝わるはずだとは思わなかった。
自分に対する鼓舞であり、決意表明。それだけでも良かった。
だけど、もしボクの意思を読み取る誰かが居たら。
敵なら、けん制になる。そしてもちろん味方なら、心強い。
――でもまさか、ここまで明確な形で成果が出るとは思いもしなかった。
経済学の授業の初日に話しかけてくれた、女の子。
一見して、普通の子。
だけど、ボクの思惑を見抜く観察力を持っている。
信頼できる子だ。
心強いよ。知り合えて嬉しい。
だけどさぁ……。
「あの日決めたんです。だってノエル様とガーネット様は」
「双子星だろ、陰ながら支えたいだろ、何度も聞いたよ。もういいってば!」
思わず声が大きくなっちゃったけど、リンベルに動じる様子はない。こいつ……!
……ちょっと、ガーネットに似てるかも。
「いちゃいちゃしとらんと。はよ聞かせてーや、ウチらを呼んだ理由」
スイカは机の上に置いたバスケットに顎を乗せている。
こいつはこいつで気安すぎる。いや、別にいいんだけどさあ……!
いいや。話を進めよう。
咳払いをすると、リンベルは佇まいを整え、スイカは背筋を伸ばした。
今から口に出そうとすることは、ボクとガーネットの一大事だ。
自分の喋った言葉に、激昂しないとも限らない。だから、出来るだけ冷静に喋りたい。
落ち着いて、ゆっくりと喋ることを意識して、切り出す。
「実は、ガーネットが最近おかしいんだ」
「ガー様が? 前会った時はそんな風には見えへんかったけどなぁ」
「そうですよね。いつものたおやかなガーネット様でした」
「2対1やね。ノエ様の勘違いちゃう」
「違う。勘違いじゃない。根拠がある」
「なんですのん」
「ハンカチだ」
「ハンカチぃ?」
「そう。ガーネットは今、ハンカチを持ってるんだ」
「それってなんか、引っかかるようなことなん?」
「ハンカチはむしろ常に持つべきものですから、ハンカチを持ってたとしても変とは……」
「リンちゃんも持ってるん?」
「……スイカさん、まさか持ってないんですか? 手を拭きたい時はどうやって?」
「服のすそで拭くやろ。どうせ洗濯してまうんやし」
「ええ? ダメですよスイカさん。私のハンカチをあげるのでちゃんと持ち歩いてください」
「ほんまに! せやったらロゴ付きのがええな。見ただけでブランドもんって分かる奴!」
「持ってません! シンプルなものですが新品のストックがあるのでそれを一つ」
「ガーネットは今まで持ってなかったハンカチを持ってるんだボクに隠してそれをこっそり見てるんだその時のガーネットはなんか変なんだ背中しか見えなかったけどガーネットの空気がいつもと違ってた変だった何か変なことを考えてたボクはそれをたまたま見てしまってから不安で不安でしょうがないんだよちゃんと聞けよっ!!!」
ボクは胸を抑えた。ぺったんこだ。肺がぺったんこになった。それくらい一息に喋ってしまった。
思いっきり息を吸って上を向く。冷静であれ、ボク。呼吸をしろ。
天井を見ながら息をしていると、暴れていた心臓が落ち着き始めた。よし、ボクはクールだ。
目線を戻すと、4つのまん丸な目がボクの方を向いていた。
そんな風に見るなよ。今説明するから。
「――ガーネットは、そういうのとは無縁な生活を送ってたんだ。小さい頃から魔力に問題があって治療に通い詰めで、知り合いが居なくて。それでもボクみたいにひねくれなくて。無邪気で、人懐っこくて、誰にも壁を作らなくて、話をするのも聞くのも好きで異様に距離が近くて、人をすぐに信用する」
この調子だ。ゆっくり喋れ、ボク。
「――そんな女の子が、こっそりハンカチを見つめてたんだ。しかも、変な空気を出しながら。ここから何が考えられる? だっ、誰のハンカチだ? 誰があの子に声を掛けた? ボクの勘違いだったらいいよ。買ったものだったり、両親から貰ったものだったりしたらいいよ。変な空気ってのもボクの見間違いだったらいいよ。おっ、男の子から貰った物だとしても、優しい人ならいっ、いいよ! でも、物凄く嫌な予感がするんだ!! ボクが見る限りガーネットに必要以上に接触してる男の子は居ない! だけど一人だけ、怪しい奴が居る! ガーネットと接触する理由がある、デュッ、デュオ・ヴァルナートぉええええええ!!!!」
「ノエル様!?」
「え、ちょ、吐くんか?」
「だ、大丈夫っ、おえ、おええっ!!」
「あかん、リンちゃん窓開けたり!」
「ノエル様、こちらに!」
ボクは窓際に走った。
危ないところだった。大丈夫だ。なんとか。
外の空気を吸うと、せり上がってきた物がなんとか収まってきた。
「あの、ノエル様……」
「ご、ごめん、リンベル。スイカ。そういう訳だから、出来る所まででいいから調べてくれ。君たちくらいしか頼める人は、いないんだ」
「……はぁ。了解です。ほな、行こかリンちゃん」
「で、でもノエル様、お気分を悪くされてて」
「ええから、行こ行こ」
「あ、ちょっと。押さないで!」
リンベルとスイカはわちゃわちゃ話しながら、ボクから遠ざかっていった。
そして、経済学の教室にいるのはボクだけになった。
――まだ、油断したらこみ上げてきそう。
ボクは吐き気が落ち着くまで、窓の外に広がる稜線を眺めるしかなかった。




