蚊。
「デュオさん、デュオさん、やめてください、デュオさん」
私はデュオさんの背中を引っ張った。けど、デュオさんは全然気にしてない。
デュオさんは今、オーフェンさんの胸元を掴んで、無理やり立たせてる。
目の前で起きた、初めて見る、人間の行動。
これは、『乱暴』。
デュオさん、やめてください、乱暴をしないでください。
だけど私の思いは伝わらない。私って、無力だ。
やっぱり私って、虫だ。何も出来ません。
「いいか? お前は俺が守るべき領民だ。だが、その守るってのには領民のおイタを裁くってことも含まれる。お前を裁くことで人草を守る。お前も裁かれることで領民として根性を鍛え直される。分かるな?」
「え、へへぇ、ご高説、ありがとうございますぅ」
「二度とこの女の前に姿を現すな。俺が『またこいつに接触したんじゃねぇか』って疑った時点で、俺はお前を、もう一度、裁く。いいな?」
「これは、理不尽なことでぇ――」
どさっ、と音がした。その後、たったったって。
デュオさんのわきの下から覗いてみると、そこには誰も居なかった。
「デュオさん、なんで、あんな、乱暴を」
「別に、大したことじゃねぇ。痛めつけたが尾を引く怪我は何一つさせてねぇし、じゃれあいみてぇなもんだ。それに――」
デュオさんは私から目線を外した。
「て、てめぇから力ずくで聞き出すって言ってたじゃねぇか。そうはさせねぇ」
「そんな、デュオさん。私、力ずくで何かされても、デュオさんのことは何も言いません」
だって、きっと、何をされても、潰されたりはしない。死なない。
だから私は大丈夫なのに。
「うんっ、ちげぇ、別に喋られるのが怖いとかそういうんじゃねぇ! ち、力ずくでってのを、止めたかったんだよ……ってか、分かれよ!」
「デュオさん!」
思ったより声が出て、デュオさんは「おっ」と身を引いた。
「デュオさん。私は、違うんです。私には身を挺して守る価値はないんです。だから、私なんかの為に、乱暴をしないでください」
「えっ、はぁ……?」
分かってくれないだろうなあ。
私の正体は人を真似してるだけの虫だなんて。
だから、乱暴して守るほどのものじゃないんだって。
申し訳ないんだって。
言っても伝わらないだろうし、女神さまとの約束だってあるし。
だから、こうやってお願いするしかないんだ。
私はデュオさんの手を取った。
「あっ」
「お願いです。もう、乱暴なことは――」
匂いが、した。
デュオさんの手を握る、指の隙間から。
まさか、まさか、これは。
この、甘い匂い。
身体が踊り出しそうな匂いは。
鉄の匂い、は。
そっと指を開くと、より強く匂った。
「あー、もみ合ってる最中にどこかで切ったみてぇだな。大した傷じゃねぇ。気にするな……――っ!?」
ああ。
血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血。血。血。血。血。血だ。血だ。血だ。血。血。血。血。血。血。血。血です。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血だ。血だ。血だ。
血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。
「――お前、あっ、えっ、はう……?」
指を見ると、手に、デュオさんの血がついていた。
自分の血、なら。だけど、人の血は。
栄養。血。私の大好きな人間の、大好きな、血。体液。血。血。血。
16年。16年生きてきて、ようやく、ようやく、それを間近で感じられた。
この血液は、ちょびっとしかない。
それを、精一杯堪能する為に、私の体は自然に動く。
両手を頬に当てる。
私は、血の匂いに包まれる。
ああ、なんて、なんて、かぐわしい――。
デュオさんと目が合った。
私の顔を、見てる。
頭が冷えた。
だめだ。私、今、人間出来てない。
「ごめんなさい、あの、私、なんでもないです。その、危ないこと、しないでください。私、デュオさんに傷付いてほしくありません。血を出すような怪我をするのは、もってのほかです」
「うっ、あっ、わった、善処っする」
――冷えた、はずの、頭、なのに。
口が、勝手に、動く。ことばが、溢れ出る。
「でも、でも。どうしても、そうせざるを得ないのであれば。血を、流さざるを得ないのであれば」
人間をするなら、こんな事、言っちゃいけないのに。
「その血を、私に、見せてください――」




