045 スカラベとフリカッセと適合
「スカラベさん、いびつな成長の弊害についてご存じですか?」
「肉体をフルスペックでつかうことが難しくなることだろう?」
「それはかなり楽観的な考えですね。スカラベさん、あなたは魔力がなくなる前、なにをしていましたか?」
「自分の肉体の変化を観察していた。観測できる限界まで、目の分解能をあげた。変化がわからなくなるまで、シャッタースピードを上げた。」
「そう、つまり自分の限界を無視して行動できるようになってしまう。肉体とそれを扱う魂の齟齬は、深刻なエラーを引き起こします。なまじあなたはある程度フルスペックが扱えてしまった。だが、「これ以上はダメだ」という警告を無視してしまったのです。それができる、いやできてしまうのがいびつな成長の弊害なんです。」
「魔力が扱えなくなったのはスペック無視による機能障害ってことか?」
「だいたいその通りです。」
「ではこれから私は、スキルを扱うことはできないのか。」
「スキルを扱うことは、工夫すればできるはずです。現にあなたは、杭を無視して転移を行い、肉体を無から作成し操っていたではありませんか。」
「無から衝撃波を発生させればインパクトの代用になるとでも?」
「ええ、そう言いたいのです。あなたはすでに肉体の枷を外しかけている。「我思う故に我在り」、あなたの枷はあなたがあなた自身に対してはめているものなのです。」
「フリカッセ、今の私と胡蝶獣の違いについて教えてくれ。」
「スカラベさん、胡蝶獣は「自分で自分を定義することができない」種族なのです。自分が現か夢か、定義できない生き物なのです。致命的なダメージをもらいにくいという点は共通していますが、堅固な自己定義によって戦うのか、軟弱な自己定義によって戦うのかという話です。世界の理を悪用した確実な防御は、どんなに強くても理のなかにあるのです。通常のスキルや魔法は同じくスキルや魔法によって直接干渉することができます。魔力感覚を鍛えているなら人なら、魔力を利用したものはすべて原因と結果がわかってしまう。そして、原因と結果に干渉したりすることでいともたやすく無効にしてしまえるものです。胡蝶獣は、あくまでそれの延長線上にある存在です。逆に、原因を隠せば、結果を無効化することは難しくなります。私たちはスキルや魔法の記述を難読化することで原因から結果を推測できなくしたりしますが、あなたは根本的に別体系の技術を使うことでそうしている。そういう面でもあなたは胡蝶獣とは異なるのです。」
「非存在性実体は、「無」とも「現」とも違うのか?」
「無とはちがうことは明らかですよ。一方、現とはとても呼べない自己を持っている。存在は、「無」と「現」だけではないことの生きる証ですね。変転属性の象徴でもあります。」
「フリカッセ、「無」に意識は宿るか?」
「「空間」だろうが「無」であろうが、「モノ」である以上意識が宿ると考えられています。たとえ、「世界」だって意識はあると思いますよ。昔、「木」に意識が宿るか、研究したことがありまして。では「森」はどうだとやってみると、こちらにも意識は宿るんですよね。「肉体」を構成するすべてのものにも意識はあって、「肉体」そのものにも意識はある。「肉体を消す」と「空間」に意識が写るし、「鏡」には写ったものの意識の意識の一部が残される。では「無」はどうか?「無」は意識の始まりともいえるわけでして、「無」から「有」への意識の転写は不可逆的なものなんですよ。始まりはあるが終わりはない、絶対的な半直線として意識の存在は表せられるんですよ。「空間」は中途半端な「無」なんです。そして、このことによって変転属性だけでは「無」に変じることは不可能なんです。論理属性か矛盾属性が必要だと考えられています。ですが、モノからモノに変じることに変転属性を使う限り「変転属性」をつかうという原因を消せないため、事実上変転属性を使って「無」に変じることは不可能です。」
半直線:始まりはあって終わりがないまっすぐな線のこと。




