第9話 再会
「やめろって言ったんだよっ! 神楽ぁあっ!!!」
いるはずのない、幼馴染の名を異世界で叫ぶ。
「っ!?」
すると俺に向けた目を大きく見開いて固まった虹彩異色症の和服少女。
(あぁ、このビックリした時の表情………間違いねぇ)
神楽が死んだと聞いた時、あまりにショックだったためか、その前後の記憶はひどく曖昧だった。
その後、彼女の事を思い出そうとしても、まるで呼び水のように掴みどころのない記憶が薄っすら浮かんでくるだけだったってのに……今はっきりと思い出したぜ。
(あの青と緑の虹彩異色症の瞳を俺が見間違えるはずない!)
「神楽っ!」
どうするべきかなんて分からないが、とにかく俺は彼女に向かって駆け出した。
「ま、まさか、五稜……!? え? なんで?」
さっきまでの不敵な態度が一変、和風少女は目に見えて狼狽えた様相を見せる。
そうして呆然とする少女の目の前まで走り寄った俺。
「五稜、なんで君が……いや、ボクは、なんてことを……」
「バカやろう!!」
大声をあげた俺に対して、ビクッと体を震わせた彼女。
そこにいるのはドラゴンを従えた怪しげな女なんかではなく、俺のよく知る幼馴染の女の子だった。
そう思った瞬間、体は勝手にその華奢な身体を抱き寄せていた。
「バカやろう……俺がなんでここにいるかなんて、俺だって知らねぇよ」
そんな事はもうどうでも良い。この腕の中にある大切な柔らかさに比べたら些細な話しだ。
抵抗することもなく、俺に抱きしめられたまま放心したように立ち竦む神楽。
「夢じゃ、ないよな?」
「……………」
無言のままでいる少女がふいに消えてしまいそうで、俺は腕にいっそう力を込める。
「ちょっ…………い、痛いって、五稜」
ようやく俺に対してまともなリアクションを見せた神楽。
「わりぃ」
謝ってはみたが、腕の力を抜く気にはなれない。
彼女もそれ以上は何も言わず、ただ強張っていた肩の力がほんの少し抜けた感触がした。
言いたい事や聞きたい事は山ほどあるはずなのに、それが具体的な声になっては出てこない。
黙り込んだまま重なった2人を静かに包む、地球と変わらない波の音。
しかし、ふと我にかえって周囲を見渡すと、船上の全員が唖然とした表情で俺たちを眺めていた。
(しまった、完全に今の状況を忘れてたじゃーん……)
割と空気を読むタイプだと自負してる俺だったので、2人だけの世界に入ってるのを他人に見られて流石に気恥ずかしくなる。
(いや、気恥ずかしいで済む問題でもないよな)
いつの間にか神楽の手から逃れていたハドリーは、同じく神楽によって吹っ飛ばされたデューを介抱するようにその上半身を抱き抱えていた。
「うっ………ハドリー? オイラ、何してたんだっけ?」
良かった。どうやらデューも生きているようだ。
とは言え、この状況はあまり楽観視出来るものじゃないだろう。なんせ彼らからすると、さっきまで自分達を襲っていた悪の親玉みたいな少女と俺は抱き合ってるんだから。
(ど、どうしよう……)
この船に来て、最初に船長たちに囲まれた時に頭に浮かんだセリフと同じ。まるであの状況にまで巻き戻ったかのようでゲンナリしてしまう。
しかし、その膠着状態は、脳に響く不可思議な声によってすぐに破られた。
『アン・リッシュ・イ・ウ・ガル……万象ノ理ニ介ス、天示ス真名ヲ鍵ト成シ、呪鎖ヲ禁ズ……《カグラ》!!!』
その声を聞いた瞬間、俺の腕を振り解いた少女が焦りの色を見せる。
「うそ!? 原始魔法!? しまった! ……術者の名前から辿って、強引に異界魔術を意味消滅させる気か!」
何も無い空間から、古龍を縛るように取り巻く七本の超大な赤い鎖が浮かび上がってきた。
『玖ッ玖ッ玖ッ、何タル僥倖! 貴様ノ《真名》サエ識レバ、忌々シイコノ軛、断チ切ルナド造作モナイ! 円環ノ巫女! イヤ……カグラ! カグラ! 神楽ァアア!!』
その咆哮と呼応するように、古龍を縛る鎖が一本、また一本と弾けるように吹き飛んでいく。
その尋常でない景色に皆が目を丸くしてる間に、次々と消えさっていく龍を縛る鎖。しかしーー、
『ムッ!?』
残り四本となったところでその勢いが不意に止まる。
そして古龍は自らの首、両脚、右翼に絡まったまま残った鎖を忌々しげに睨みつけた。
「さすが《真なる龍》とか言われるだけあるけど。すこし甘かったね、アルヴァーナ。その真名はボクの魂にとっては過去の残り香みたいなモノなんだ」
不敵な面構えで神楽が言う。
しかし彼女を良く知る俺は、その態度から緊張感が抜けていない事に気がつく。
もしかすると、その口調ほど安穏と構えていられる状況じゃないのかもしれない。
『憤ロシイ円環ノ巫女メ。ダガ、モハヤ我ヲ縛ルコレハ完全デハナイ』
縦に割れた瞳をギロリと神楽に向けたドラゴン。
「だからってボクを殺せるとは思わないことだよ、アルヴァーナ」
『承知。ダガ真名スラ捨テ換エ、輪廻ヲ流浪スル貴様モ……』
「っ?!」
その刹那、巨体さを感じさせない素早さでドラゴンの顔が俺の真正面に向いた。
『コノ雄ガ気ニ掛カルカ!』
「五稜!!」
ドラゴンの口から俺に向かって熱線が飛び出した。