表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でオムライス  作者: マーブル
異世界でフィッシュ&チップス
17/18

姫様の覚醒


【王国暦124年11月2日 14:00】


 ホテル・トーマス内で営業しているレストランは、昼時の混雑でも有名だ。

 そのため、席の予約は十四時過ぎにならなければ受け付けていない。


「予約したオダです」

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 ウェイターに案内されつつ、オダはオーガスタをエスコートする。

 未だランチタイムの残滓で店内は喧噪に満ちていた。元々、このレストランにはドレスコードはなかった。紳士淑女の店ではなかったのだ。

 しかし、料理の価格帯は高めで、それもあって徐々に高級店という認識がされるようになった。店内にいる客は、たとえ冒険者であっても、稼いでいる勝ち組と言えた。


「こちらのお席でございます」

「ありがとう」

 椅子を引いてもらい、オーガスタが着席する。オダは自分で椅子に座った。

「お願いしていたものを」

「かしこまりました」

 オダが注文を終えて、ウェイターが去っていくと、オーガスタは訝しげにオダを見た。

「今日はいったいどうしたのかしら?」

 席に着くまで、オダはオーガスタに何も説明していなかった。ただ、真新しいドレスを渡して、着付けをメイドにお願いして、レストランに連れてきた。自分も鎧こそ着用していないが、王都騎士団の礼服を着ていた。


「よくお似合いですね、姫様」

「このドレスも……」

 新しい緑色のドレスは、シンプルな形状で、ほっそりしたオーガスタによく似合っていた。見方によっては質素だ、と言われるかもしれないが、今のオーガスタに華美な服装は似合わない。


「それは、王都にいるレックスくんに頼んでいたものなんです。サイズとか、特に伝えてなかったんですが」

 言外には間に合ってよかった、というニュアンスがあった。

「ピッタリで怖いわ」

 オーガスタがはにかんだ。

「それはまあ、レックスくんですから。姫様がもし健康的に太ったら、直してもらいますよ」

「あら、女性に太れだなんて」

「俺は姫様に健康的でいてほしいだけですよ」

 オダが肩を竦める。

 本来、このレストランは重い話をするには向かない。しかし、オダが知っている、一番高級なレストランはここだったのだ。

「それで――――。今日は本当にどうしたの?」

 なかなか本題に入らないオダを促すように、オーガスタが首を傾げた。

「はい。実は――――」



【王国暦124年11月2日 14:12】


「まあっ、勇者のお仕事ですって?」

 オーガスタは、テーブルを挟んで正対する勇者に向かって、驚いた声を出した。

 軽く化粧もして、髪も梳いて、普段よりも三割増しで美しくなっている、とオダはドキドキしている心臓を押さえつけて、平静を保った。


「そうなんです。悪い精霊を退治してきます」

 オダは努めて明るく、嬉しそうに笑った。その作った笑みは、先の聖者と似たものだった。


「戦うのね? 危険ではないの?」

「大丈夫ですよ。『黒魔女』殿(ちいさいおやかた)がサポートに就いて下さるそうです」

 どちらが主でどちらが従かは、ネイハムが言うようにどうでもいい。


『黒魔女(せんせい)がお強いとは伺ってるわ。でも……」

「なあに、ちょっとお手伝いをして、精霊を従えてきますよ」

 オダはわざと軽く言った。

「オダがご馳走してくれるというから何事かと……」

 良い事ではないのだろう、という想像が的中してしまった、と言わんばかりの苦笑がオーガスタから溢れ出る。


「姫様は……反対なのですか……?」

 何となく、オーガスタに反対されるのではないか、とオダは不安だった。オーガスタの表情を見て、思わず内心を吐露してしまう。

「そうではないの。そうではないのよ。ただ……心配です、心配なのですよ……」

 オーガスタも、その胸の内を打ち明ける。

 眉根を寄せて目は潤み、口はへの字になり、おおよそお姫様の表情には相応しくない。喧噪に満ちた公共の場(レストラン)で、恥も外聞もないが、そんなことはオーガスタにはどうでもよかった。

 もはや自分は、粗末な作業着を着て、日々農作物と草花を世話する、病弱な園芸家だ――――という自覚があるからだ。

 そんな自分を、未だオダは姫と呼んでくれて、慕ってくれて……。


「姫様……」

「オダ……」

 今、オダを失ったら、自分はどうなってしまうのか。支えてくれる者がいなくなったら………………。女の打算がオダを手元に留めておきたい、と声高に叫ぶ。


「俺は、もちろん、姫様の従者として恥ずかしくない男になろう、と常々思っています。ですが、その一方では……勇者として、ではなく……一人の男として、姫様のことだけを第一に考えています。これまでも、そしてこれからも」

「…………」

 オーガスタを真っ直ぐ見つめるオダ。

 オダを見つめ返すオーガスタ。


 オダの瞳には、自分が映っていて……………。

 その姿にオーガスタは慄然とした。

 なんと自己中心的で醜い女だろう!

 オダが自分のために頑張ってくれるというのに!

 自分は…………オダに頼ることばかり考えているではないか!


 恥じ入るオーガスタは目を逸らそうとするも、オダの目力によるものなのか、視線を外せずにいた。

 当の、見つめたままのオダの顔は、段々と真っ赤になっていった。

 自身が発した言葉が、まるでプロポーズだったことに気付いたから。

 遅れて気付いたオーガスタも顔を赤くした。


 オダが素の男として語っているのであれば、それに対しては女として答えるべきだ。

 その一方で、勇者としての矜恃を見せるのであれば、彼の期待通り、姫として振る舞うべきだ。

 そうか、オダは自分に二つのことを求めているのか。

 そこに合点がいくと、オーガスタは心の中のモヤモヤが晴れたかのような気分になった。

 時に演じ、時に素を見せればいいのだ。

 普通の平民が、人間が、普段からそうしているように。

 だから、今は演じよう。

 この忠実で頼りになる勇者(おとこ)に向けて。


「オダ。危険なことや困難なことがあるやもしれません。ですが、ちゃんと帰ってくるのですよ?」

「姫様…………」

「『黒魔女』殿のお役に立って……精霊ですか? を討伐するのですよ。しっかりやってきなさい」

「はい、姫様。男を上げて……必ず帰ってきます」


「オダ……貴方に神のご加護がありますように」

 オーガスタの口は、ゴッド・ブレス・ユー(おだいじに)、と開いているように見えた。

 オダの心は震えた。


 そして、オーガスタはオダの手を取って、口づけをした。

「ひっ、姫様……!」

 赤かった勇者は、更に赤くなった。


「無事に帰ってきて下さい、私の勇者様」

「はい、必ず」


 見つめ合う潤んだ瞳。

 視線と視線が絡み合う。

 手と手も絡み合う。

 ああ、二人の間を挟む、テーブルの距離がもどかしい!

 強引に顔を近づける。


 そして、唇が触れた。

 触れるだけのキスは初々しく、出がけにオーガスタが飲んでいた、ハーブティーの味がした。

 完成した二人だけの世界。

 今の二人に必要なのは――――周囲の視線を感じる力だったのかもしれない。



 なお、ラブラブな会話に割り込むことができず、あまつさえキスまで目の前でされて、注文されたオムライスを両手に持ったウェイターが痺れを切らすのは、十秒後のことである。






※オダの活躍(?)につきましては本編をご覧下さいませ……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ