三人のサンドイッチ
【王国暦124年2月29日 15:36】
元軽食堂の厨房では、三人の男たちが蠢いていた。
「んっ!」
「んんっ!」
「これはっ!」
丸形に焼いた小さなパンに挟んだサンドイッチ……。
挟んでいるのは漬け汁に漬け込み、厚めの衣をつけて揚げた鶏肉のフライ、刻んだリーフレタス、トマトの薄切り、タマネギの細切り。
味付けはドライハーブ入りマヨネーズ。
ガブリと囓りつくと、口の中に小麦の風味がプン、と漂い、ザクッと歯ごたえのあるフライ、シャクッとしたレタスが食感の違いを楽しませる。トマトの酸味、タマネギの辛み、そして、それらをまとめるのが、ソースたるドライハーブ入りマヨネーズだ。
「美味いですな!」
「ですな!」
「同感ですな!」
「アチャンタ殿はついに薫り高いパンに辿り付いたのですな!」
「いえいえ、ハーブをマヨネーズに混ぜ込んだオダ殿の工夫が素晴らしいのです」
「いやいや、フライの肉汁が保たれていて、実にジューシーですな! コルン殿の腕がいいのですな!」
三者で褒め合い、食べ進めると、すぐに三人は苦い顔になった。重大な欠点に気が付いたのだ。
「水気が多いかもしれませんな……」
「バンズがビシャビシャに……」
「トマトの果汁が多いのは美味しいのですが……」
パンとフライだけであればパサパサに過ぎる。野菜を挟んだことで水気対策が必要になったのだ。
「調整してすぐに食べて頂けるのであればまだしも、一刻も保ちますまい」
「パンを固くすることはできますが、そうすると折角のフワフワ感が失われてしまいます」
「レタスは……刻んでしまうと、切り口から水分が出てしまうのか……」
問題の具材はオダの担当だ。自分だけが課題を達成できていなかったかと思うと、眉根を寄せざるを得ない。
「オダ殿、それならば、刻まなければいいのです」
アチャンタは刻んでいないリーフレタスを畳んで、オダに見せた。
「ああ、なるほど」
「おお、それならば食感も軽くなるかもしれませんな」
刻んだレタスを山盛りにして、塊として挟むことを考えていたオダだったが、サンドイッチに厚みが欲しいわけではない。『サラダを挟む』というコンセプトに拘り過ぎていたのだ。
コルンの言う通り、レタスの食感が強すぎない方がバランスがいい、とオダは認めた。
「確かに、この方がトマトを強く感じる……」
「こう言っては何ですが、もう一段階、トマトを薄切りにできるのではないかと思いますぞ」
「原価を考えると、薄い方が有り難いですな」
コルンが笑いながら肩を竦める。
「水気対策とするなら、バンズもトーストした方がいいかもしれませんな」
アチャンタもさらに対策を加える。
そして、三人新たなバランスで試作を始めた。
【王国暦124年2月29日 16:23】
具材のバランスは決まった。サンドイッチとして完成度は高く、誰が食べても美味しい、と思うはずだ。
しかし…………。
「ううむ、水気は大幅に緩和されたのですが……」
「食べ終わりはやはり気になりますな……」
「…………」
コルンとアチャンタが唸る中で、オダだけは一人考え込んでいた。
「オダ殿?」
「いえ、その、このサンドイッチを、どのような形で売るのか……考えていたのです」
「どのような……?」
「ええ、同志アチャンタ。まさか、このまま、手渡しをするわけではないので……」
「ああ! 同志コルン、そちらではどのように……?」
軽食堂屋では商品の提供をどうしていたのかというと、当初は幅広の葉っぱを使っていた。しかし、寒冷地帯でもあるグリテン島では、該当する葉っぱは稀少で、代替品に移行していた。
「トーマス商店の方から、失敗した紙を譲って頂いておりましてな」
「紙?」
ちなみに、不死者のパン屋では、パンをそのまま、手渡しが基本だ。だからアチャンタは想像できずに復唱してしまう。
「ああ、ラッピングペーパーか……。ああっ」
包み紙、そのキーワードを呟いた後、オダは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「オダ殿!?」
「同志オダ!?」
オダの急変に同志二人が駆け寄る。
「だっ……大丈夫です、ぞ」
気丈にも立ち上がるオダは、不思議な感覚を味わっていた。頭の中に、何やら知識が流れ込んできたのだ。この感覚は他人に説明できるようなものではなく、また、理解できないだろう、ともわかった。
自分が勇者で、他の世界からやってきたらしい……という出自にもならないような過去は聞いていた。
とすれば、これが異世界の情報、チート知識というものなのか。
「ろ……蝋を紙に塗るのです……。耐水、耐油紙となります……」
「なんですと!」
「蝋を……!? 建設ギルドが使っている蝋布のようなものですかな?」
コルンが指摘する。
ああ、そうか、そっちが元ネタかもしれないなぁ……と、オダは異世界チート情報ではなかったことに落胆する。オダは以前、建設ギルドに世話になっていたことがあるから、蝋布を養生用に使っていたのだ。しかし、突然頭に閃いた感覚は本物のはずだ。この頭痛がニセモノであるはずがないのだ。
「そうです……。我々が手作業で一枚一枚塗る訳にもいきませんが……」
だから、オダは頭を抱えたまま、蝋紙の補足説明をする。
「ほほう、では、試作品を作り、ドロシー様にお伺いを立ててみましょう」
「困った時のドロシー様ですな……」
「あまり手を煩わせたくはないですが……。致し方ありますまい」
ドロシーはトーマス商店で扱う、一切合切の素材を一手に管理している、言わば、ポートマットの陰の女帝だ。紙も例外ではなく、聖教会の製法を元に、迷宮都市の工場で製造している。
「紙の試作は私が担当しましょう。今のところ、一番身軽に動けますからな」
コルンが申し出ると、アチャンタもオダも申し訳なさそうな顔を向けた。
アチャンタは日々のパン作り、オダは庭仕事とオーガスタの護衛が本職と、それなりに多忙なのだ。
現在は二店舗を監督している立場ではあるが、終日、厨房で揚げ物をしていた時とは違って、外から店を見るだけの余裕はある。
「よろしくお願いしますぞ、同志コルン」
「我々のサンドイッチは、同志コルンの双肩に掛かっておりますぞ」
「お任せ下さい、同志オダ、同志アチャンタ。見事完成の暁には、癒されに参りましょうぞ」
頭痛が治ったオダと、アチャンタ、コルンは、ガッシ、と握手をした。
「癒しの会、万歳!」
彼ら癒しの会メンバーは、モチベーションも、テンションも高いのだ!
【王国暦124年2月29日 19:55】
迷宮都市は深夜まで街灯が点いていて、他の街に比べれば夜の時間帯に活動する人は多い。
一般家庭に於いても魔導灯が普及しているため、夜の過ごし方を考えなければいけない、というのも都会人の贅沢な悩みなのだ。
ガザ・クレーンはトーマス商店の従業員である。
本職は庭師であり、ポートマット西迷宮に付属する庭園の世話をするために王都からやってきた。元は貴族籍を持っていたが、平民に下る形でポートマットへと移住した。
次男坊で、跡目も継げなかったガザは、平民になることについて不満はなかった。なにより、好きな庭いじり、土いじりをして給金を貰えるというのは、ガザにとって夢のような生活に違いなかった。
細君と、同じく従士家の三男坊、四男坊……など、家を継げない燻った連中と一緒にやってきた。
ガザ夫婦と彼らは長屋風の建物に住んでいる。一応は別棟ではあるが……。夫婦の家には他に空き部屋がなかったことから、オダが同居しているのだ。
迷宮都市は都会と言っていい。しかしやってる仕事は土いじり……。そこに違和感があるのも確かだったが、迷宮管理人たる『黒魔女』が提示する庭造りは先進的で、改良された植物たちを育てるのは楽しいし、やり甲斐も感じていた。
「貴方……あの……」
「ん~? ああ、そうだなァ」
クレーン夫妻には子供がいない。オダの帰りが遅いのはチャンスだ。夕食も済んで、軽くアルコールが入って、体は火照っている……。
普段はのんびりとしたガザだが、妻の濡れた声色に息を呑んだ。
子作りをする、決意に燃えた瞳にガザの男が奮い立とうとしていた。
「あ……っ」
健康的な日焼けした肌。対照的な白い歯が魅力的だった。
抱きしめると、引き締まった筋肉が心地良い。
髪の毛に顔をうずめ、息を吸うと、土の匂いと、妻の体臭が合わさり、ガザの本能を揺さぶった。
もう止まらない。種を、種を蒔くのだ!
「ただいまー!」
「!」
「!!」
と、そこに空気も気配も読まないオダが帰宅した。
「遅くなりました!」
「あ……ああ」
「え……ええ」
「?」
オダがコケティッシュに首を捻るものの、あまり可愛くなかった。
「ああ、おかえり。姫様から届け物があるよ……」
盛り上がった気分を必死に押さえつけながら、ガザは苦しそうに伝えた。
「えっ、何だろう、嬉しいな」
ニコニコ顔になるオダを苦々しげに妻が見ている。そんな妻を可愛いと思うガザだった。
「瓶だったから……ジャムだろうね」
ガザが意趣返しも含んでそう言うと、ニコニコ顔だったオダは、レモンのジャムに違いない、と、一気に酸っぱい顔になった。
なお、夫婦の営みを意図せずして邪魔するオダに辟易したガザの妻が、オダには別の場所に住んでほしい、とドロシーに懇願したのは翌々日のことである。




