三人の誓い
久しぶりに更新します。
【王国暦123年11月20日 23:55】
これがきっと国産ハーブ鳥なるものに違いない。オダは何故か無駄に残っていた知識を総動員してコルンに提示した鳥料理の名に思いを馳せた。
「香草揚げ……とでも言うんでしょうか?」
「そうですかね……」
何か違う、と思いつつもオダはコルンに同意してみせた。生ハーブを混ぜ込んだ小麦粉で鶏の胸肉を包んで揚げる。最初の発想はそれだった。アーサ婆さんが香草焼きなる料理を作っていたというので、その揚げ物バージョン、ということなのだが―――――。
水分が多かったのか、鶏肉の揚げ物は盛大に油が跳ねた。また、ハーブによってフライヤーの油に匂いが付いてしまい、専用フライヤーを用意しなければならない。出来上がった香草揚げは、ハーブが焦げて黒くなり、見た目によろしくない。肝心の味も、ハーブがえぐみを出して、爽やかにはならない。
それでは、と乾燥させたハーブに変えてみても、焦げの問題は解消できなかった。
「油の温度がちょっと高すぎるんでしょうね」
翌日の仕込みを終えたアチャンタも、隣の店から試作のパンを持ってやってきて口を出している。
この三週間ほど、三人は多忙の中、新商品の開発に時間を割いていた。
オダに至っては、オーガスタが寝たのを確認してから深夜の外出で、ずっと寝不足でもある。
「あまり低温ですと衣が剥がれてしまいますな……」
「二度揚げしてみたらどうかな?」
「結局は一度、高温で揚げる必要がありますな。焦げの対策にはならんところですなぁ」
「むう……」
「じゃあ、いっそハーブは揚げないで、揚がったフライに振りかけてみたらどうかな?」
「おお、それだ。やりますな、オダ殿」
なるほど、それなら無駄に焦げを作らずに済みそうだ、とコルンは喜ぶ。乾燥させたハーブを三種類ほど、袋に入れて砕き、揚げたばかりの鶏肉フライに振りかける。
「むっ」
「むむっ?」
「ちょっとこれは……」
風味は改善されたものの、振りかけすぎるとハーブが舌に触って香りが前面に出すぎる。少量で香り付けにした方がフライが引き立つ。
それよりも問題は、衣が薄いと、胸肉の厚みとバランスが取れずに食感が致命的に悪いということだった。
「胸肉以外の選択肢は取りにくいんでしたか?」
「同志オダ、その通りです。一番お安い部位なのですよ」
「パンに挟むと……パンがちょっと負けてしまいます」
アチャンタが持って来た試作の発酵パンは、まだ風味が弱く、こちらもフライを挟む場合はバランスが悪かった。このままではサンドイッチとして成立しづらい。
「では、胸肉の厚みを半分にしてみましょう」
コルンは胸肉の横から包丁を入れて薄切りにして、半分の厚みにした。良く手入れされている包丁は、シリアルナンバー001の誉れも高い。
「器用ですね、同志コルン」
「いえいえ、これも主人の薫陶というものです」
コルンがさり気なく黒魔女を褒め称える。こういう料理の試作は、主人がいるなら的確なアドバイスをしてくれるはずだ。相談を持ちかければ嬉々としてレシピを提示してくれるだろう。しかし、この軽食堂が存在するのは、コルンたち奴隷のステップアップが目的だ。何もかもを主人に頼っていては軽食堂の趣旨がブレかねない。軽食堂の運営に関してはほぼ全権を与っているコルンだが、過剰な設備投資は避けたいと強く思っている。従業員は全員奴隷であることから人件費は定額。原材料費を抑える工夫はしているものの限度はある。その中で減価償却(その用語は『黒魔女』に習った)が必要になる機材を買うわけにもいかない。仮に投資するにしても、限界まで工夫を凝らしてから主人に言うべきだ。
薄切りにした鶏肉をバッター液に浸けてパン粉を付けて叩く。しばらく馴染ませてからフライヤーに投入する。
薄切りであることが功を奏したのか、短時間で揚がる。揚がったフライにハーブを混ぜた塩を軽く降る。
「お」
「おお」
「いいじゃないですか……」
油の臭みをハーブが打ち消して、香ばしさだけを引き出す。正当な使い方で、料理としても正道だ。
揚がったフライを1/4にカット、それぞれに渡す。湯気の立った断面を最初に見てしまうのは、何かの呪いなのだろうか。
「肉汁がちょっと少ない……?」
「同志アチャンタ、胸肉は元来、脂の少ない部位でありますな」
そう言っている間にオダは口に入れて咀嚼をしている。
「同志コルン、その分衣が油を吸っているので悪くないです、シャクシャク」
「なるほど同志オダ、食感は素晴らしいですな……しかし」
「ええ、同志コルン……」
「肉感が薄れてしまいましたな」
薄切りにしたことで歯が感じる圧力も減ってしまい、肉を食べている感じがしない。それに、火も入りすぎで硬い。
「……厚みを調整すれば良いのです」
「おお、さすが同志オダ!」
「さすがですな!」
「はは……」
料理に関してオダは食べる専門でしかなかったのに、何故か商品開発に参加している境遇も含めて、自嘲気味に笑った。オダは勇者であるという出自を自分で完全に消化できてはおらず、恥ずかしい気持ちになるのだった。
「しかし、そろそろ明日の仕込みをしなければなりません。時間切れですな……」
「いい時間になりましたな」
「今日はお開きですね」
厨房に置いてある時計が深夜を指していた。この時計はレックスが作り、配布していたものだ。レックス曰く、『黒魔女』製作の原形よりも大きくなってしまった、とのことだったが、三十センチ角の無骨な大きさは風格がある魔道具だ、とコルンは感動していた。
三人は早起きせざるを得ない明日を考えて苦笑しつつ、公衆浴場の二階にある、元軽食堂厨房から離れた。この場所は店舗を移動した後も、こういった試作や仕込みには使われているのだ。
色々な食材を試して、『ハーブを使った揚げ物のサンドイッチ』という大枠は見えてきたものの、細かい部分で商品として詰めが甘い。
何かが足りない。
三人の足取りは重い。
【王国暦123年11月21日 9:20】
「オダ、そっちを持ってもらえるかしら」
「はい、姫様」
紐の端を持たされたオダは、もう一方の端を持って、畑の角へ歩いて行くオーガスタを見て、ボンヤリと考えていた。
鶏に合うソース……それがあればいいのか。
いや、揚げ物に合うソースだろうか。
こう言う時に『黒魔女』に相談すれば、きっと一発で答えが返ってくるか、嬉々として手伝ってくれるに違いない。
「でもなぁ、小さい親方はポートマットにいないんだよなぁ」
「オダ、何か言った?」
「いえ、姫様」
「…………オダ、何か悩み事があるの?」
いけない、オーガスタを心配させてしまった。
「いえ、何でもないんです」
「そうなの? 私に出来ることがあったら言って頂戴?」
オーガスタが近づいてきて、オダの顔を覗き込む。それはそれで大変嬉しい出来事で、思わず日記に書きたいくらいだが、心配させるのは良くない。オダは、オーガスタには穏やかに暮らして欲しいのだ。
「大丈夫です、姫様」
オダは短く言った。
ハーブの利用拡大を狙っていて、新商品の開発をしている件を告げてみようか――――とも考える。
「ふうん? お腹が空いているとか?」
怪訝そうな顔をしたオーガスタは追及を止めない。
「いえ、大丈夫です、姫様たちの作ったクッキーとジャムを食べて来ましたよ」
大量に余った試作品はオダの毎朝の朝食になっていたりする。ハーブたっぷりで健康には良さそうだが、苦いクッキーなんて食べたのは初めての経験だった。
ちなみにジャムの素材はレモンで、これは砂糖が足りずに劇的に酸っぱい代物だった。
一度吐いてしまった……なんてことは、クッキーとジャムを作ったオーガスタとヴェロニカに言える筈もなく……そう言えばその吐瀉物にはトロみが付いていたっけ……あれはソースに使えないだろうか。いや、吐瀉物を、ではなく、刻んだハーブにトロみをつけて……。
頭の中で、オダは首を横に振った。いいや、そんな吐瀉物みたいなソースはダメだ。緑色、というのも食欲をそそらない。
しかし、パンで揚げ物を挟んだサンドイッチ……清涼感というか、野菜感? シャキシャキした食感の食材があった方がいいのでは、とオダは真剣に考えた。
となると、生ハーブを挟んで……それはキツイか……では、ハーブではなく、シャキシャキした野菜を挟んではどうだろうか。
「オダ? 本当に大丈夫?」
再度、オーガスタが顔を覗き込む。その目が余りに真剣だったので、オダはオーガスタに話してみることにした。
「姫様、生で食べられる野菜なんてありませんか?」
「野菜? を生で食べるの?」
「はい」
「あまり聞かないわ。そんなことで悩んでいたの?」
「ええ、まあ、はい」
「おかしなオダ」
クスクス、とオーガスタが笑う。
「おかしいですかね?」
ちょっと怒った風にオダが問う。
「ウィンター村のキャベツでさえも生では食べないわ。野菜は生で食べるものではなくてよ?」
それはおかしい、オダの常識ではキャベツは千切りにして食べるものだし、レタスは――――。
「レタス。レタスってないですか?」
「レタス……………?」
なんてことだ、姫様はレタスを知らないのか! オダは愕然とした。
「ふ、ふうん、何を考えているのかはわからないけれど。私を小馬鹿にしましたね?」
オーガスタが口を尖らせた。いけない、怒らせてしまった! 焦ったオダは、矜恃などどこに行ったのか、結局全てを話してしまう。
オダは、ここでもオーガスタ姫に吐かされたのだった。
【王国暦123年11月25日 13:42】
「それで、ウチの姫様が言うには、生トマトなんかが彩りにいいんじゃないかと」
「なるほど、薄切りにすれば挟めるか。そうなるとソースは」
「ドロリとしたものになるでしょうなぁ」
「ドロリ……」
この時、アチャンタは故郷の料理を、コルンはケチャップを、オダは緑色の吐瀉物を想起していた。
「しかし、ウチの姫様が言うには、確かにシャキシャキ感のある食材があった方がいいのでは、と」
「なるほど……さすが同志オダですな」
「いえ、ウチの姫様が素晴らしいのです」
「なるほど…………」
オダが思いついたことをコルンに話すと、感心して頷いてくれた。
「ウチの姫様が言うには、キャベツは生で食べない、とのことで……。でも、俺のいた場所では、千切りにしたり、サラダにしたりと、生で食うものだったんですよ」
「キャベツを生で……挑戦的ですなぁ」
「他に、生で食べられそうな野菜ってありませんか?」
そこで、元極貧冒険者だった経験を持つアチャンタが口を出す。
「野菜かどうかは知らないが、クレソンとかどうかな」
「クレソン?」
「うん、川の岸辺に自生してる草で、そのままじゃ食べづらいが、塩と油で和えて、生で食べたりする」
「ほうほう、さすがアチャンタ殿は伊達に苦労してらっしゃらない」
「それは試してみたいですな!」
コルンが目を輝かせる。
「となると、水耕栽培すれば、安定して供給が可能、か……」
「トマトはお高いですが、サリー様に頼めばもしかしたら」
「さすがコルン殿、サリー様とお知り合いとは」
アチャンタが遠い立場の名前を聞いて戦慄する。
「いえいえ。オダさんのところの植物園にも、探せば何かあるかもしれませんぞ?」
「クレーンさんに聞いてみるか……」
「オダ殿、あとは恥を忍んでアーサ様に訊いてみましょう」
出来る工夫はした。その割に手詰まり感だけが募る。
もはや、先達に伺いを立てるしかない――――。そこまで三人は追い詰められていた。
しかし――――。訊きまくる、と腹を決めたことで、三人はやるべき事が見えてきた、とも言えた。
「私はサリー様にトマトの件を伺う。また、サリー様を通じてアーサ様に香草揚げの秘密を探る」
「俺はクレーンさんに、適した野菜がないかを訊いてくればいいのですね」
「私は……風味の強い発酵パンの開発、ですな……」
一番大変なのは、開発に時間が取れないアチャンタかもしれない。しかし、その瞳はインド人もビックリ、強い意思に満ちていた。
彼ならやれる、何故なら不死者のパン屋の名は伊達ではないのだ。コルンとオダは深く頷き合い、アチャンタも頷いた。
俺達の、私たちのメニューを作り上げるのだ!
固い決意を確認しあって、三人はそれぞれの戦場へと戻っていった。
なお、パンを焼き続けたアチャンタが過労で倒れるのは、それから七十二刻後のことだった。
ちなみに『癒しの会』と称して娼館ツアーをしていることは、ミセス・エメラルドには把握されていたりします。




