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社長と捜査の役に立たないノート

身投げした少年の部屋。確かにこの部屋で姿が見えない者の視線を感じる。この部屋の中で隠れられる場所はベッドの下、クローゼットの中だろうが、どこにも人は隠れていなかった。万が一でもこの事件を解決する重要参考人になれば…そう考えるといてもたってもいられないくなった。他に隠れる場所が無いか見渡すと、再びあのノートが目に留まった。日記帳でないとするならば、これは一体何なのか。少年は何故死の間際までこれを書いたのか。疑問を解消するため私は再び読むことにした。

時間をかけても全文読むことは出来なかったが、頻繁に「社長」、「赤の支配者」、「社長の世界」という単語が出てくるのは分かった。更に解読を進めるためノートを持って外に出ようとすると…鍵の無いこの部屋の扉は壁のように微動だにしなくなり、ベランダから異様な空気が流れ込んできた。周囲の家具は目や口の付いた奇妙なオブジェに変わり、握っていたノブは未成年と思しき腕に変わっていた。その気味の悪さと異常な冷たさから私が手を放すと、腕は何かを求めるように周囲を探り始めていた。

ドアから目を背けると、ベランダが目に入った。信じられないことに、窓の外で若い男性が手を私に向けて突き出していた。

いや、厳密には若作りした男性だろう。わざとぼさぼさにしたであろう髪型と色の薄いサングラス、銀色に輝く指輪やネックレス、内側に派手な装飾を施した黒のロングコートが余計に若作りした印象を与えている。

男は開口一番こう言った。

「そのノートは僕の商品だ。返してもらえるかな。」

私にはさっぱり意味が分からなかった。様々な疑問が頭に浮かぶ。ここは身投げした少年の部屋ではないのか?この奇妙なオブジェは?この男はどこから現れた?商品とは?私はゆっくり男性に近づき、考えをまとめていた。男性はにやりと笑って、

「そうだ、それでいい。さっさとその商品を置けば帰してやる。」

と言った。その言葉で訳が分からないながらも私の考えが纏まった。私は男性の目の前に立つと素早く手錠をかけ、こう告げた。

「この事件の重要参考人として署まで連行する。」

男性は呆気にとられていた。しばらくして状況が飲み込めたようでやや青ざめた顔に引きつった笑いで、

「この事件は迷宮入りするんじゃなかったのかな?」

と震えた声を絞り出した。

「あなたが来るまでは迷宮入りは間違い無いものだった。」

私はその問いに答える。

「冤罪だ!!僕は人殺しはやってないぞ!!」

男性も表情を変えて抗議する。大袈裟に腕を振り無実を主張するその姿は演技のようにも見えた。

「被害者の部屋で起こったやりとりを知っている時点でお前はあの部屋にいた事は証明された。」

私は淡々と連行する理由を告げる。例え姿が見えなくても、部屋でにやり取りを知っていたという事実は変わらない。

「人殺し『は』やってない…他にした事があるようだな。例えば…」

そう続けて私は1冊のノートを取り出した。男性が「商品」と呼んでいたものだ。

「デタラメだ!!そのノートは関係ないんだろう!?」

男性はまさに刑事ドラマでよく見るクライマックスで追い詰められた犯人のようだった。が、大袈裟過ぎて犯人役を演じているようにも見える。

私がノートを開くと、男性は止めようとする…演技をしていた。手錠のみの拘束なのにまるで動こうとする意志が見られないからだ。私は男性に対して不信感を抱きながらノートをめくり続けた。途中から空白のページが続いていたが、その手前のページが糊付けされていることに気がついた。下手に剥がすとページが破けてしまうだろう…なすすべ無しかと諦めようとした瞬間、

「この糊を分解する溶液でも使うかい。」

男性がどこから取り出したのか小瓶を手に持ってこう言った。

罠だと疑う私に男性は続ける。

「もちろん有料だ。本来なら1000円の貴重品だが…君の懐に免じて500円に負けてあげよう。勿論使用後に後払いでも良いし、クーリングオフも適用しよう。更に疑い深い君の為に損害が出たときは補償もするが…丁寧に扱ってね。仮にも僕の商品だから。」

全てにおいて嘘臭く、まるで誘導されているかのような物言いで日記のページを開く気にならないが、ノートをみすみす男性に渡す気にもならなかった。

この部屋からの脱出経路を探す。相変わらずこの部屋の唯一の出入口はドアノブが腕のまま何かを探し求めている。

「この惨状はお前が造ったのか。」

苛立ちから男性に無駄なことを訊いた。

「君を閉じ込めたのは僕だ。それ以外は僕のデザインではない。」

男性は丁寧にも自ら罪状を自白した。

「ならば公務執行妨害で正式に現行犯逮捕できる。」

「公務執行…あぁ、そういえばそういうのがあったっけ。」

そう返した男性は気味が悪いほど冷静だった。それどころかこんな事を言い出した。

「早く連れて行きなよ。僕もノートの中身をわざわざ見せる必要がなくなる。」

この男性はことごとく気に障る事を口に出す。私が扱いに困っていると男性が銃を突き出した。

「職務に私情を挟むな。僕にだって無限に時間があるわけじゃないんだ。」

天井に一発発砲した、男性は苛立ちを見せながらこう続ける。

「自らの感情だけで事件解決を遅らせるような奴は警察官として失格だ。この世界には必要ない。」

今度は私に向けて発砲、弾は私の頭の横を抜けていった。

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