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仙境異聞 霞  作者: 神楽坂 幻駆郎
第一話:遠い山から来た少女
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ACT5 霞:2

「お守り様は社殿の守護を。ここは私達、妖檄舎がやります!」

 社殿を背に、霞が太刀を構える。

「心得た」

 狐の神使は頷いて、社殿の正面を塞ぐように位置を取り直す。

「吹絵も社殿に入れ、丸腰じゃあ良い的になる!」

「お守り様!」

 霞が促すと、狐の神使は吹絵の手を引く。

「女よ、来い!」

「は、はい!」

 吹絵は、手を引かれるまま、社殿に入った。

 狐の神使も社殿に入り、そこに強固な結界を張る。

「さて、お膳立ては整った……姿を現せてもらおうか!」

 霧子は威圧的な口調でそう言うと、境内に生える欅の木、その枝の一振りに、銃口を向ける。

「く、く、くくく……土地神を喰らうは、母上様より授かった使命……厄介と思うた結界ではあったが、こうもたやすく抜けられるとは、間抜けな神使もいたものよ……」

 境内に響く、若い女の笑い声。

「まったく聖魔って奴は、どいつもこいつも厨二臭せぇ……」

 霧子が、嫌味たっぷりに呟く。

 それを無視して、まるで詩を詠むような女の言葉は、続く。

「我は黒依、酷月の黒依……この地の支配者となる者……」

 霧子が狙った枝の上に姿を現す、漆黒の和装を纏った一人の少女。

 そしてそれは、羽毛の様にゆっくりとした動作で、地上に降り立つ。

「お姉さん、アタシが飛び込みます、お姉さんは援護を」

 刀の切っ先を黒依の喉元に定め、霞が小さな声で霧子に指示を出す。

「馬鹿言うな、攻撃は私がする、お前は私の身辺を守れ」

 同じく、黒依の額に銃口を向けた霧子が、それを却下する。

 霧子と霞、お互いの主張が食い違い、ぶつかり合う。

「ちぐはぐだのう……そんな事で、我が倒せるかえ?」

 構えたまま、一歩も動けない二人を、黒依が嘲笑った。

「ち……みろ、足元を見られた」

 霧子が、少女を振り返らないまま、吐き捨てる。

「ご姉さんが頑固だからですよ……ついでに、アタシの実力を認めてもいない」

 霞も負けじと、霧子の背後へ不満気な言葉を浴びせた。

「見てもいないものを認められるか」

 霧子は、霞の主張を、あくまで認めない。

「じゃあ、見ていてくれれば良いじゃないですか、それで危ないと思ったら、助けて下さいよ」

 霧子の上げ足を取るようにそう言って、霞は霧子の前に出た。

「アタシの実力、知りたいんですよね?」

 悪戯気な視線を、霧子に送る。

「……分かったよ、やってみろ」

 霧子は、してやられたと、苦い顔をしながら、銃の狙いを解いた。

「話はまとまったかえ? 修錬丹師どもよ……遠慮せずとも良い、二人揃って来てはどうじゃ?」

 あくまで二人を見下し、余裕を見せる黒依。

 霧子が、言った。

「生憎だな、お前は小物過ぎて、私の出る幕じゃない。こいつにやらせる……なめるのは勝手だが、吠え面かいても知らんぞ?」

 その言葉を合図に、踏切の力を溜める、霞。

「こんな小僧が我の相手か、馬鹿にされたものよのう」

 黒依は完全に、霞の事を見下して、嘲笑していた。

 しかし、そこは聖魔である、手を抜くつもりはないらしい。

 独特の構えを見せると、黒依の両手の爪が鋭く伸びる。

「馬鹿にしてるのはどっちですか……行きますよ!」

 そう言った瞬間、霞の姿が黒依の視界から消えた。

「な!?」

 黒依の動体視力が、かろうじて霞の姿を捉える。

 しかし、その動きに対する反応が追い付かない。

 霞の姿は、黒依の右脇を掠め、一瞬で背後にまで回っていた。

「ぐう!」

 黒依のうめき声が上がる。

 霞は、すれ違いざま、黒依の右腕に刀の一撃を加えていた。

「まずは一撃!」

 霞はそう言って踵を返し、刀を構え、打突の姿勢を取る。

 霞の斬撃を受けた黒依の傷から、真っ赤な焔柱があがった。

「なるほど、この刀の属性は炎ですか」

 霞は、独りごちして頷く。

 想像もしなかった一撃を喰らい、黒依はそのプライドを踏みにじられた。

 振り返ると、怒りが噴出し、その美しくも冷徹な顔を、醜くい形相に変えていく。

「おのれ、人間が!」

「アタシを人間扱いしてくれるんですか、それは嬉しいですねぇ」

 霞が、ニッと笑い、膝に力を溜めた。

「この、切り刻んでくれる!」

 そう叫ぶと、黒依は両手の爪を振りかざし、霞に躍りかかる。

 その連撃を、霞は紙一重で躱し、瞬時に踏み出して、黒依の懐に潜りこんだ。

 そのまま勢いを殺さずに、太刀の一閃に全体重をかけて、黒依の胴を薙ぎ払う。

 間一髪、それを交わしたが、刀の切っ先はその衣服を切り裂き、大きく後退した姿勢を崩し、黒依は片膝をついた。

「く、我に膝をつかせるとは……」

 黒依は屈辱にまみれ、苦悶とも怒りともつかぬ、醜悪な表情を浮かべる。

「やはり長モノは慣れませんね……でもまぁ、やってみますか……五行周天!」

 その瞬間、霞の刀を支え持つ右手、その甲に正円の刺青が浮かび、青く輝いた。

 それは、高速呪刺:スピードスターという。

 幾重もの呪文を超微細な文字で綴った円環の刺青にすることで、高度な呪術を発動するために必要となる複雑な呪文詠唱を一瞬で完了させ、武力行使の大幅な時間短縮を図る、仙境の技術だ。

 霞の刀から、紅蓮の炎が噴出する。

「さて、一騎打ちと洒落込みますかね!」

 切っ先を黒依の心臓めがけて真直ぐに構え、霞は打突の姿勢のまま、黒依の懐に飛び込んだ。

「面白い、付き合うてやろうぞ!」

 それを迎え撃つべく、黒依が爪を振り下ろす。

 高速ですれ違う、二人の影。

 次の瞬間。


「あ、あれ?」

 霞が、膝から崩れ落ちる。

「ふ、浅かったようじゃ……」

 黒依の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

「ぐ……かは!」

 吐血し、地面に手を突く霞、意識だけはかろうじて踏ん張っていた。

「うっかりしてました……こいつ、狭間に……」

 霞は、口元の血を拭うと、刀を杖にして、起き上がる。

 すれ違う瞬間、黒依はその体を、空間の狭間に潜ませていた。

 そうすることで、霞の刃を躱し、同時にその爪を、霞の腹に突き立てたのだ。

 浄山の修錬丹師なら誰でも使う一撃、まさにそれを喰らってしまった。

 完全な油断だ。

「K!」

 霧子が叫ぶ。

 霞は霧子に目配せをし、軽く手を振って見せた。

「大丈夫、大丈夫……ちょと間合いを見過っただけですよ」

「お前、大丈夫か? 本当に大丈夫なのか?」

「はい、この位は、全然範疇内ですよ……」

 ここで霧子に代わられては、面目が立たない。

 霞は精一杯の強がりを見せる。

 しかし、受けた傷は思いのほか、深い。

 霞は、その最大の持ち味である、疾さを奪われていた。

 黒依は、そんな霞に、ゆっくりと近づいていく。

 そして、片手で霞の細首を掴み、宙に吊り上げた。

「ずいぶんと苦し気な面持ちよのう……では、これならどうじゃ?」

 動けなくなった獲物をいたぶるように、黒依が笑う。

 黒依は、品定めする様に、その爪を霞の体に這わせると、急所を探り出し、一気に貫いた。

「があああ!」

 霞は獣のような叫び声を上げ、全身を痙攣させ、もんどりうって地面に転がる。

「もう見てられん、私に代われ!」

 霧子は、倒れた霞を背後にして、庇う様に位置取りをすると、銃の撃鉄を起こした。

「や、大丈夫、大丈夫……今から本気出しますから」

 霧子の背後で、霞がよろよろと立ち上がる。

「本気ってなんだ! お前、一杯々々じゃないか!」

 霧子が、銃口を黒依に向けたまま、少女に向かって叫ぶ。

「ですから、それは本当の本気ですよ……」

 霞は、全身を激痛に支配されながらも、そう言って口元に不敵な笑みを浮かべる。

「お姉さん、お願いがあります」

「な、なんだよ……」

「今からお見せする姿……それを見ても、どうか私を、嫌いにならないで欲しいんです」

 霞の表情に、悲し気な影が宿る。

「……約束していただけますか?」

 霧子は、自分の前髪を掴むと、ぐしゃぐしゃと激しく揉んだ。

「分かった! 私にとって、お前はお前……私の仲間、匿名希望のロボット刑事だ! どんな姿になろうとも、私はお前を受け入れる!」

 霧子は、天に向けて、一際大きな声で叫んだ。

 それを聞いて、霞は笑顔の瞳の端に涙を浮かべる。

 そして、それまでの深手が嘘であるかのように、全身に力を漲らせ、黒依を前に仁王立ちした。

「小僧、貴様……」

 黒依は、確かに急所を貫き、鮮血で染まった筈の爪を見やる。

 しかし、それは、一滴の血すら吸っていない。

 そればかりか、今まで霞が飛び散らせた血痕、そのすべてが、最初から無かったかのように、地面から消えている。

「派手に血飛沫を上げれば、ちょっとは油断してくれるかと思ったんですけどねぇ……当てが外れました、さすがはこの地に君臨せんとする聖魔ですよ……でも!」

 霞の全身、その頭部から体幹、手足に至るまで、複雑な呪刻印が浮かび、それが全身の血流の様に体表を巡り、光り輝く。

 そして、その小さな身体に向け、おびただしい数の地の霊、水の霊、空の霊が集まっていった。

「これは、まさか……」

 黒依の表情に焦りが浮かぶ。

 霞の頭が、糸の切れた人形の様に、がっくりと下を向いた。

 いや、頭だけではない、腕の関節、脚の関節が、力なく垂れ下がり、内股で、かろうじて立っているような状態となる。

「おのれ、小細工を!」

 黒依は爪による高速の打突を、心臓めがけて繰り出した。

 しかし霞は、まるで宙に舞う木の葉の様に、あくまで受動的に、しかし確実に、それをふわりと回避する。

 そして、霞の全身から、闘気がオーラの糸となって天に立ち昇り、それに引き上げられるかのように、まるで天の神の操り人形となったように、立ち上がり、太刀を構えた。


「ありがとうございます、お姉さん……」


 そんな声が、霧子には聞こえたような気がした。


 シャリーン……!


 乾いた鈴の音と共に、霞が顔を上げる。


 その表情……いや、それは表情と呼ぶべきものではない。

 骸骨……いや、それも違う。

 強いて言うならば、それは人形。

 眼の部分にぽっかりと窪みを開けた、無表情な人形の顔だった。

 虚ろな暗黒となった瞳が、霧子を見据える。

「なんだ、それ……なんだよ……K!」

 その姿に、霧子は愕然となった。

 霞は、すぐに黒依を正眼に見据える位置に、立ち返った。

「……フ!」

 言葉にならない息が漏れ、霞の姿が消える。

 それまでの霞も、相当な疾さを持っていると、霧子は認識している。

 だが、今の霞の疾さは、その認識を遥かに超えていた。

 次に霧子が彼女の姿を捉えたのは、黒依の後方。

「ぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴と共に、黒依の左腕が、肩の付け根から地面に落ちる、その後だった。


 シャリーン……!


 乾いた鈴の音を響かせ、霞が振り返った。

「お、おのれ、我が腕を!」

 黒依の表情に、激痛と恐怖がよぎる。

 霞は、表情一つ浮かべることなく、ぽっかりと空いた瞳の穴に全てを吸い込むかのように、それを虚ろに見つめていた。

 意志の籠った力ではない、操られるような動作で、ゆっくりと太刀を構える。

「く! なんだ、これは……ならば!」」

 黒依は、振り返り、霧子に向けて突進をかけた。

「ち、お互いに、得体の知れない相手は苦手かよ!」

 霧子が瞬時に銃を構える。

 だが、それよりも早く、霞が両者の間に割って入った。


 シャリーン……!


 鈴の音と共に、霞は黒依の右手の爪を薙ぎ払う。

 黒依の爪が砕かれ、飛散した。

「コオオオオ……」

 虚空に気が集まる音を響かせ、霞は黒依の前にゆらりと立ち塞がる。

 黒依の顔が、恐怖に歪んだ。

 霞の体に、さらに大量の霊気が流れ込んでいく。

「あ……あ……」

 黒依には、もはやここから逃げ出すことしか、考えが及ばない。

 しかし、稲荷大社のお社様が張る多重結界と、お守り様と呼ばれる狐の神使が張った守護結界に阻まれ、その空間は、完全に外界と遮断されていた。

 いかな聖魔とあろうと、簡単に逃げ出すことは叶わない。

「うああああああ! があ! があ! おのれ、おのれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 残された体の全てを打ち付けて、結界を突破しようとする、酷月の黒依。

 しかし、結界は破れない。

「うわあああああ! 破れろ、破れろ! 我はまだ死にとうない!」

 己の全霊を結界に打ち付けるが、無情にも結界は微動だにしない。


 シャリン、シャリン……


 霞が力のない歩みで、一歩、一歩と、酷月の黒依に近付いていく。

 そして、ゆっくりと刀を天にかざすと……。


「ぎぃああああああああああ!!!!」


 渾身の力を籠め、それを振り下ろした。

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