12、二度目の遭遇
国館建材さんに押しかける女の人たちの問題が片付いた日の昼、わたしは蓉子先輩と一緒に近くのファーストフード店へ。
昼時ということで店内は込んでいたけど、注文を済ませた後何とか空席を見つけた。
「続き聞かせて。三人目の話の途中からだったわよね?」
二人用のその席に着いた途端、蓉子先輩は前置きなく訊ねてくる。
事務所を出てからずっとその話をしてるんだけど、蓉子先輩が細かく聞きたがるから、話がなかなか前に進まない。
「三人目さんの話はさっきでだいたい終わりですよ。約束をしたところで丁度四人目さんの声が遠くから聞こえてきたんです」
「それはまたタイムリーな」
半分ほど食べ終わったところで五人目さんの話も終わり、今度は昨日夕食をオゴってもらった時の話を聞かれた。
「それで、帰りはアパートまで送ってもらっちゃったんですよ。で、別れ際に“何かあったら必ず連絡ください”って言われちゃって」
「え!? それって」
想通り色めき立った蓉子先輩に、わたしはすぐさま否定する。
「違います。名刺を渡しちゃったじゃないですか。そのことをすごく心配されちゃってですね」
蓉子先輩は残念そうに肩を落とす。
「でもあんなにかっこいい人にそんなこと言われたら、ときめいちゃうわよね」
「ですよね~」
同意したわたしに、蓉子先輩は苦笑した。
「他人事みたいに言うけど、美樹ちゃんはどうなの? 社長さん、フリーなんでしょ? 告白してみようかな~なんて思わないの?」
皆さんどうしてこう、フリーの人同士を見つけるとくっつけたがるのかな。……そりゃあまあ、わたしも国館社長のことはいいなって思うけどね。
わたしは肩をすくめて答えた。
「国館建材さんの人たちも、蓉子先輩と同じようなことおっしゃったんですよ。でも、女の人たちを追い払っておきながらわたしが迫ったりしちゃ、本末転倒じゃないですか。だから、社長に言い寄ったりしませんって宣言してきたんです」
蓉子先輩はテーブルに両肘をついて頭を抱えた。
「なんてもったいない……」
「ですよね。いい物件だったのになぁ」
「そうじゃなくて。社長さんも脈があったんじゃないかなぁって。転ぶほどぶたれたからって会社まで送ってきちゃうところとか、連絡くださいって念を押すところとか。心配するにしても、礼儀の範疇を超えてると思うのよ」
「それは国館社長が心配性で責任感が強すぎるからですよ。それに、わたしは気にしてなくても社長はすごく負い目を感じてるから、わたしが告白したら、社長はきっと断れないと思います。そうやって無理にお付き合いを始めたって、そのうちダメになるに決まってますよ。……今回みたいなことがなければ考えたんですけどね。残念です」
「うん、まあ美樹ちゃんの言う通りか……」
蓉子先輩は考え込んでしまって、話はそれで終わる。
その日、二時間残業をして、蓉子先輩と一緒に会社を出た。
夏至も近付くこの季節、日の入りはずいぶん遅くて、午後七時を過ぎていてもまだうっすらと明るい。だから離れたところからでも、街路灯の当たらない場所に立っている人影が見えた。居心地悪そうに立ち位置を変えながらも、その場から去ろうとしない。誰か待ってるのかな? 脇を通り過ぎようとした時、不意に声をかけられる。
「粕谷、美樹さん?」
「はい、そうですけど──あ」
返事をしてから、わたしは見覚えのある相手だと気付いた。この人、一番目さんだ。確か飯塚さん。名刺を渡したけど、まさかこっちに来るとは思ってなかった。わたしが警戒して身を引きかけたのに気付いてか、飯塚さんは慌てて言う。
「待って。今日はお詫びに来たんです。お時間ありますか? どこかのお店に入りましょう。オゴりますから」
わたしってば、先週からよくオゴられてるよね。飯塚さんにオゴってもらうかどうかはともかく、狙いが何なのか確かめるために誘いに乗ることにした。
近くにいい店があるんです──と言ってわたしが飯塚さんを連れていったのは、行きつけのダイニングバー。
お茶の一杯くらいと考えてただろう飯塚さんはひきつり気味。それが狙いだったのです。相手の出鼻を挫くのは効果的な戦法だし、戦うなら自分のテリトリーのほうが断然有利だ。飯塚さんは手元のメニューにろくに目を通せないまま、次々注文するわたしを呆然と見詰めていた。
さすがにかわいそうになってきて、わたしは飯塚さんに声をかける。
「安心してください。オゴられるつもりなんかありませんから。オゴられたほうが高くつくってこともありますもんね」
「いいえ! オゴると言ったからにはオゴらせていただきます。わたしもアルコール飲み放題でお願いします」
「お、イケる口ですか? 制限時間一時間半なんで、じゃんじゃん飲みましょうね」
わたしたち二人の様子を、蓉子先輩はカウンター席に座って見ている。心配してついてきてくれちゃったんだよね。今度お詫びとお礼しなきゃ。
最初の注文が届いたところで、飯塚さんは姿勢を正して頭を下げた。
「関係ないのに殴っちゃったりしてごめんなさい。怪我の具合はいかがですか?」
「あ、うん……見た通り何でもないです。連絡先を伺ったのはあくまで念のためで、結局病院にも行かずに済んだんです」
実のところ、派手に転んだからお尻に青あざができちゃったんだよね。そのうち治るだろうから病院に行くつもりないけど、普通に座ると痛むからちょっと体を傾けてる。
「よかった。昨日からずっと気になってたんです。本当に申し訳ありませんでした。それで……国館建材さんにもご迷惑をかけてしまったのでお詫びに伺いたいのですが、あれだけの騒ぎを起こしてしまったものですから顔を出しづらくて。申し訳ないのですが、わたしが謝罪に伺うことができるよう取りなしていただけないでしょうか?」
そうきたか。飯塚さんの被害を受けたわたしが取りなしたのでは、国館建材さんも飯塚さんを追い返せないもんね。悪知恵がよく働くな。わたしも気を引き締めてかからなきゃ。
わたしは飯塚さんの考えに気付かなかったフリをして、しれっと答えた。
「謝罪の伝言なら承りますけど、二度と姿を現さないほうが国館さんにとってもありがたいと思いますよ?」
そう言いながらグラスを傾けると、その向こうに息を呑んだ飯塚さんが見える。怒りに眉が吊り上がったように見えたけれど、すぐに愛想笑いで取り繕って言った。
「直接謝りたいんです。それが誠意ってものでしょ?」
正論だけど、その手には乗るつもりはないのよね。探り合いはここまでにして、そろそろ本音で話しましょうか。
「わたしには、謝罪にかこつけてもう一度国館社長に迫るつもりって聞こえるんですけど。あなただってわかってるんでしょ? 社長から連絡がないってことは、社長にその気がないんだってこと」
図星だったらしい。悔しそうに俯き、それから負けじとわたしを睨んでくる。
「国館さんから直接聞いた訳じゃないのに、そんなことわからないでしょ?」
何か泣きそうな顔。こういうの見ちゃうと、ちょっと気が引けちゃうのよね。ホントにわたしが撃退しちゃっていいのかって。お金や社長夫人の座を狙ってるだけの人なら遠慮なくやれるけど、社長自身を好きだっていう人まで追い返すのはフェアじゃない。だって、わたしは“社長のことを好きなわけでもない”部外者だもの。
でも、追い返すお手伝いをすると約束したからには、それなりのことはしないとね。
心の中で社長に謝りながら、わたしはうんざりした風を装って飯塚さんに話しかけた。
「……ねえ、言っちゃ何だけど、あの社長のどこがいいの? 面倒なことを自分とこの事務員さんに押しつけて、女性に断りの一言も言えないようなヘタレよ?」
飯塚さんは持っていたグラスを、叩きつけるようにテーブルに置いた。
「国館さんはヘタレなんかじゃないわ! 優しすぎるだけよ!」
ホントに社長のこと好きっぽい? 好きになったきっかけとか尋ねておくべきかなと思っていたら、飯塚さんは自分から話し出した。
「国館さんはお見合いパーティーが始まってすぐから、扱いが別格だったわ。経歴がまず他の参加者と比べて段違いだったし、パーティーの進行役の人もえこひいきが過ぎるくらい国館さんの事をプッシュしてたし。……参加者百人募集のところ集まったのは二十人ちょっとだったから、主催者も何とか巻き返したかったんでしょうね。でも、ひいきなんかしたら雰囲気が余計悪くなるじゃない? 一対一で話す時間なんか、あからさまに国館さんとしか話したくないって態度取る女もいて、もうギスギスだったのよ」
ああ、何となくわかる。五人目さんみたいな人とかね。
目の前で苦笑いしてるわたしを気に留めず、つらつらと話し続けた。
「フリータイムになると予想通りというか、女はほとんど国館さんの周りに集まって、話を聞いてもらおうと喋るわけよ。で、国館さんにばかり女を取られたくないから男たちもその周りに集まっちゃって、女たちに声をかけるわけ。それでうんざりして仮病使って帰ろうかなって思ってたら、国館さんが急に輪の外へ出てね。一人離れた席にぽつんと座ったままだった女のところに行って話しかけたのよ。──それ見る前はね、やな男だと思ってた。女たち侍らせて男たち嫉妬させて楽しんでるのかって。ところが、そうじゃなかったのね。女たちが追いかけていくと、今度は男たちの話を聞いて回ったの。国館さん、司会者が全員を紹介して回ってたのをほとんど覚えてて。そういう人に嫌な気するってことあんまりないじゃない。国館さんがそうやって人の話を聞こうとするもんだから、女たちも黙って話を聞きながら自分に話が振られるのを待つしかなくなってね。そんな風でまあ、一時の騒ぎが嘘みたいに和やかな雰囲気になったわけよ。そのおかげか、パーティーの最後にはカップルも二組ばかり成立してね。ところが国館さんは誰ともカップルにならなかったの。それどころか成立したカップルを発表する場にも姿がなくてね。一部の女が司会者にそのことで詰めよって連絡先を聞こうとしたんだけど、個人情報だから教えてくれるわけないじゃない? でも会社の所在地だけは教えてもらえたから、国館さんを諦められない女はみんな押しかける気満々なの。──その時、わたしも遅れを取るわけにはいかないって思ったのよ。国館さんみたいないい人、この先一生出会わないかもしれない。このチャンスを逃しちゃダメだって」
うわーわかるな、飯塚さんの気持ち。嫌な奴と思ってたのが一転、いい人だとわかった時の衝撃。それがイケメンで社長だっていうんだから、ころっといっちゃうよね。
でもわたしは、国館社長の別の一面も知っちゃってるから、今の話から社長がその時何を考えてたか何となくわかって、顔が引きつってしまう。──たくさんの人に囲まれて怯えた社長はしばし身動きが取れなかったんだけど、一人ポツンとしていた人を見つけてその人と話すことにかこつけて集団から逃亡。ところが集団が追ってきてまた取り囲まれちゃったもんだから、今度は同性の人たちに救いを求めたということなんじゃないだろうか。──そんな風に分析しちゃうと何とも情けない話になっちゃうけど、見た目がいい人は得(?)だよね。当人の胸の内がどうであれ、それがかっこよく見えちゃうわけだ。
飯塚さんに社長のヘタレな一面を教えてあげたい。でもわたしもそうだったように、目の当たりにしなければ多分信じないだろう。もしかすると、実際に見ても信じないかもしれない。恋は盲目というから。会わせたが最後、社長はどんどん押し切られて、気付いた時にはゴールインってことにもなりかねない。
うーん、どうしたものか。
悩みながらふと手元に目をやると、グラスにはあと一口しか残ってなかった。それをくいっと飲み干して、わたしは店員さんに声をかける。
「すみませーん。追加注文お願いしまーす」
わたしの声に反応して、飯塚さんは前屈みになっていた体を起こし、まだ三分の一残っていたサワーを一気に飲む。
「あ、あたしも!」
これで何杯目だっけ? 飲み放題にしてるから数えてなかったわ。わたしはまだまだいけるけど、飯塚さんは大丈夫なんだろうか。
注文を終え一息ついたところで、どこかから着メロが聞こえてきた。
「あ、あたしだ」
そう言いながら、飯塚さんはバッグからスマホを取り出し、表示を見て顔をしかめる。
「何? ………………ユウジには関係ないでしょ。余計なお世話だっていうの!」
機嫌悪そうに電話に出たと思ったら、すぐに怒り出して切ってしまう。
「誰?」
聞いたらマズいかなと思いつつ尋ねると、飯塚さんは聞いてないことまで話してくれた。
「お節介な幼馴染。今日も“どこにいる?”“何してる?”ってうるさいの。あたしが国館さんのところに毎日来てるって、兄貴から聞いたんだろうな。もう面倒見てもらわなきゃならない子どもじゃないっていうの。面倒見るフリしてひとの恋路を邪魔するんだから、腹が立つ!」
飯塚さんは憤慨して机を叩く。するとまたスマホが鳴り出して、表示を見た飯塚さんは電源を切ってしまった。……いいねぇ、お節介なほど心配してくれる幼馴染がいて。それじゃあわたしも一つお節介をしてあげる。
わたしは、アルコールを飲むペースを上げた。残り数口というところでわたしは飯塚さんに声をかける。
「あれ? 飯塚さんもう飲まないんですか? 飲み放題にしてもったいなかったかな」
わざと挑発的なニュアンスを含めると、飯塚さんはむきになってグラスにまだ半分残っているアルコールを飲みほした。
「の、飲みます!」
乗ってくれてありがとう。その調子。わたしもグラスを空けて、店員さんに声をかけた。
「すみませーん。追加またお願いしまーす」
「だいたい、よく考えてみれば国館さんに恥をかかせたのはあたしじゃなくてあなたなのよね。公衆の面前であんなこと言わなくてもいいじゃない」
「でも、言わなきゃあなた、退かなかったでしょ。みなさんわかってくださってたわよ? 悪いのは社長じゃなくてあなただって」
「だからムカついてもあなたに謝って、国館さんに取り次いでもらうしかなくなったんじゃない。どうせ、わたしの悪名はあのビル全体に広まってるんでしょ?」
飯塚さんはグラスに残ってた分をくーっと飲み干すと、テーブルの上に突っ伏す。危ない危ない。わたしはすんでのところで、飯塚さんの前にあったおつまみの皿を救出する。飯塚さんの手からグラスも取り上げ起きそうにないと確認すると、わたしはテーブルの上に置きっぱなしになっていた飯塚さんのスマホを手に取った。電源を入れて少しすると、すぐに着信が入る。わたしは躊躇なくその電話に出た。
「あ、先ほどから何度も飯塚さんに電話されている方ですよね? わたし、飯塚さんと一緒に飲みにきてる者ですが、飯塚さん飲み過ぎちゃって寝ちゃったんです。お迎えに来ていただけないでしょうか? 場所は……」
見知らぬ女が電話に出たことでうろたえていた相手は、わたしが場所を告げ終えると飯塚さんに代わって謝罪をし、すぐに迎えに行きますと言って電話を切る。
いい男じゃないか。近くにいい人がいる幸運を今夜はとっくりと味わうといいよ。
にんまりしながら飯塚さんの側にスマホを戻すと、店員さんが声をかけてきた。
「そろそろ飲み放題の時間終わるけど、どうします?」
「あ、じゃあもう一杯いいですか?」
注文してグラスを片づけてもらうと、わたしもテーブルに顔を伏せた。ラストの注文を運んできてもらうまで、ちょっと寝ておこう。
──・──・──
美樹が電話で話をしている頃、カウンターで蓉子も電話をかけていた。
「あ、国館建材の国館社長ですか? わたし、粕谷美樹の会社の先輩にあたる末芝蓉子と申しますが、今、美樹ちゃんのところに女性が一人押しかけてきて大変なことになってるんです。来ていただけないでしょうか?」
もしもの時のためにと会社にあるアドレス帳から控えておいた番号が、まさか役に立つとは思わなかった。緊急事態だから、こういう情報の流用は大目に見てもらえるだろう。
でも彼氏の篤史はそうは思わなかったらしく、通話を切った蓉子に渋い顔をする。
「いいのかよ?」
「いいのよ。これも社長さんに言い寄る女の人たちを追い払う一環なんだし、美樹ちゃんは自分でかけようとしないでしょうから」
「でも、あんなに酔っぱらってるのに男一人の手に任せて、何かあったりしたらさ」
心配したのはそっちのほうか。
美樹を見守る目的があるとはいえ、一人カウンターで飲んでるのも味気ないので篤史を呼び出したけど、二つ返事でやってきたのはそういう理由だったらしい。美樹に悪いことをしてしまったと気付いたのは先週のことなので、まだ罪悪感が残っているのだろう。
だったら協力してくれたらいいと思い、蓉子はグラスを手に話し始める。
「何かあったらめっけもんってものよ。恋愛に怖じ気付いてる美樹ちゃんには、閉じこもってる殻を破ってくれるきっかけが必要なの。所長が美樹ちゃんと社長さんをくっつけたがってるし、美樹ちゃんもまんざらじゃなさそうだし、問題ないわ」
「うーん、男の立場から言えば、据え膳食わねば何とやらってあるから、ちょっと心配なんだけどな」
それを言われて、蓉子はしばし押し黙る。
「しょ、所長がおすすめするような人だから、その点はきっと大丈夫よ!」
「……おいおい」
自分に言い訳する蓉子に、篤史は呆れて呟いた。




