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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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六話

 化け物。

 まさしく化け物。

 化物、化者、怪物、怪獣、怪異、怪奇、魔物、魔獣、そんな言葉がしっくりくる生物。

 異無(ことなし) 良人(りょうと)は咄嗟に避けられないと悟り、携帯竹刀を下に向け、地下からの突撃を防ぐ。その衝撃で宙を舞うが、多少骨が軋むだけで致命傷ではない。

 空中に身を放り出されながらも、異無の思考回路は冷静に回転する。回転させる。回転させることが出来る。

 通常の人間ならば、何が起きたのかも理解出来ないだろう。理解するどころではない。

 当たり前だ。例えば車に轢かれながら、轢いた車のナンバープレートを、車種を、運転手を、冷静に分析できる人間はいない。

 そもそも今の地下からの突撃で確実に命を絶っている筈だ。少なくとも、致命傷を負うか重い傷を負うか、どちらかでないとおかしい。通常ならば。

 だが異無 良人は通常の人間ではない。無能力者である。

 今回は奇特なケースだが、それでも、だとしても、異無が過去にくぐり抜けてきた危機よりはいくらかマシというもの。

 異無は、まず目を疑う。次に視神経を疑う。更に自分の脳を疑う。最後に現実を疑う。問題ない、全て正常。いや、現実は昔から問題だらけだが、そんなことは今更である。

 続けて、目の前に現れたソレの存在を理解するために、ソレの特徴を押さえる。

 形状は三角錐。

 先端が鋭く尖っていて、後部にいくにつれ徐々に太くなる。

 どこが頭なのか、どこが背中なのか、どこが腹なのか、よく分からない。

 身体の表面は何か硬質な物質で固められている。金属だろうか。銀と黒を混同させたような色合い。

 赤く巨大な瞳が全身のあちこちについている。数は十二。

 最後部からは触手のような、いや実際に触手なのだろう。銀色の、しなやかでムチのような触手が数本生えている。数は目玉の数と同様に十二本。

 全長は五メートル前後。横幅は、最後部が約二メートル。

 まとめると、銀色の三角錐に、無数の瞳と触手が付随した化け物だ。

 こんなものが存在していいのか。こんなものが存在してしまっている。こんなものが存在してしまっていた。

 三角錐状のソレは、キイイイイイィ、と針金で金属を引っ掻くような金切り声を上げる。声、なのかどうかは少し怪しい。それ以前に口が無く、どこから音を発しているのか謎だ。


「魔獣、か」


 ぽつり、と。

 ソレの存在を理解し、ぽつりと呟く。


 同時に、地面に激突する寸前まで接近する。このままでは身体を強く打つ。それは避けなければ。

 異無は一転、二転三転、衝撃を吸収するため自ら転がり、最終的には勢いを利用し立ち上がる。携帯竹刀はしっかり手に収まっている。

 すかさず携帯竹刀を構え、敵と対峙。

 ここまでの動きは高度に洗練されていて、だが全く無駄が無いというわけではない。研磨されてはいるが、どことなく荒削り。

 それもそうで、異無は何か特別な訓練を積んでいるわけではない。

 ただ戦いなれている、というだけ。ただ場数を踏んでいる、というだけ。

 一口に言うと、異無は喧嘩が恐ろしく強い。


「……魔界の産物がどうしてここにいる?」


 異無は、黒銀の三角錐に語り掛ける。返事など返ってこないのは理解しているが、思わず聞いてしまう。コレがこんなところに在るのは異常だ。

 魔界。

 別名、粒子廃棄場。

 そこは魔力の掃き捨て場。魔力が唯一受け入られる場所。

 この世の終わり。万物の終着駅。万象の終電。

 終わり続けている場所。

 そして……いつかこの世が逝き着く場所。

 “魔力”という名の“念粒子の亡骸”が逝き着く場所。

 そして、魔界に住まうこの世ならざる“もの”を、人々は“魔物”と呼ぶ。

 目の前に出現したコレは、魔物の中でも特に気性の荒い、“魔獣”という種。

「これは、へえ、驚いたです。いや驚愕です」

 三角錐の魔獣を挟み、異無の立つ位置とは反対側で、未だしぶとく篤木(あつぎ)の肩に乗る彦星は、二重の意味で目を丸くしていた。

 ひとつは、こんな何の変哲もない路地に、魔獣が現れたこと。

 ひとつは、こんな何の変哲もない学生に、魔獣の不意打ちを防げたこと。

 あれは明らかに直撃コースだった。

 魔獣は異無の真下から現れたのだ。なんの能力も持たない学生が、防ぐことは有り得ない。

 それこそ、篤木 圧土のような練達の兵士でもなければ。

 篤木は、彦星が魔獣の存在を察知した直後から念粒子を練り、戦闘準備をしていた。全身を眩い光の粒子で覆っていた。粒の一つ一つが、念粒子を凝縮した塊だ。

 三角錐が地上に乗り上げようとする瞬間。篤木は、巻き添えを食わないように、いや、彦星が巻き添えを食らわないように、刹那の間に飛び退き、回避することに成功していた。

 篤木の能力名は『筋骨流粒(ドーピングパウダー)』。『筋骨流粒(きんこつりゅうりゅう)』。 

 読んで字の如く、まさしく字の如く。念粒子の凝固体を血液に流し、筋肉に流し、骨に流し、細胞に流し、全身を強化する能力。

 とても“負け組み”の生徒が持っていていいような能力ではない。


「……で、ナッチーはどこです?」


 彦星の言葉に、三人の間に緊張が走る。

 そうだ、この場に居るのは異無、彦星、篤木だけではない。もう一人、奈々乃という女生徒が居たはずだ。さっきまで、すぐ側に居たはずだ。

 奈々乃はどこに行った?

 嫌な予感に苛まれる。

 さっきまですぐ側に居た。一緒に歩いていた。だが今は見当たらない。

 奈々乃は平凡な十五組生徒。当然、魔獣の突撃、ましてや完全不意打ちの突撃を避けられるわけがなく。

 つまり、奈々乃はしっかり巻き添えを食らってしまったのだ。

 魔獣に掘り返されたコンクリートの瓦礫。このどこかに埋もれているはずである。

「あそこじゃっ!」

 篤木が叫ぶ。

 全員の視線が一箇所に集まる。

 居た。そこに居た。

 瓦礫に足を挟み、気絶している。おそらく頭を打ったのだろう。頭部から流血しているが、さほど重症ではなさそうだ。

 あの傷は頭部が割れたためのものではなく、眉間の皮が裂けたためによる出血。眉間の傷というものは見た目に反して、さほど酷いものではないのだ。ただ出血量が多いため重症に見えるだけである。

 それよりも挟まれた足が折れていないかどうかが心配だ。

 なんにしても命に別状はなさそうで安堵する。

 だが状況的に命に別状ありまくるため焦燥する。

 近いのだ。非常に。魔獣の佇む位置に。というか足元。

 三角錐の魔獣は、十二本中六本の触手を操り、頭頂部を天に向け立っている。

 その足元に奈々乃は倒れていた。足元と言っていいのか分からないが、とにかく魔獣のすぐ側。

 六本の触手が凄まじい勢いで伸びる。奈々乃を串刺しにする気だ。

 

「ツッチー!」

「分かっておる、香苗殿!」


 彦星の声を聞くや否や、地面を踏み鳴らし突撃する篤木。

 篤木は早い。

 だがさすがに追いつけない。

 奈々乃と魔獣の距離は一メートルもないのだから。

 反し、篤木と魔獣の距離は五メートルそこそこ。

 間に合う道理がない。助けられる道理がない。

 異無なしが居なかったならば、だが。


 触手は“奈々乃を通り過ぎ”、全力で駆けてくる異無へと向かう。


「……っ!?」


 異無の動きは、圧巻の一言に尽きる。

 六本の触手の動きを全て予知し、把握し、的確に対処する。

 両手持ちの携帯竹刀で、二本を右方に払う。

 残り四本。

 払われた二本の触手が、違う触手をもう一本巻き込む。

 残り三本。

 竹刀を振るった右腕は振り切るが、左手は途中で竹刀を離し、肘間接をカクリと曲げ、肘打ちで一本の軌道を逸らす。

 残り二本。

 薄皮一枚で突き刺さりそうな一本を、全身を無理矢理に捻じ曲げ後方にいなす。

 残り一本。

 最後の一本は、わざと左肩に突き刺し、胴体をはずさせる。

 流動する鮮やかな動き。

 結果、触手は一本だけ左肩を貫通するに留まる。

 この間、一秒も経っていない。

「いってえな、ちくしょう」

 かなり無理のある動きをしてしまったため、空中で奇妙な体制になった異無が地面に倒れる。

 左肩には触手が突き刺さったまま。


「凄いです……」

 篤木の上で、彦星が呟く。

「これはとんだ掘り出し物です」

 異無の動きを正確無比に捉えた彦星の瞳は、荒廃した土地の奥深くに新天地を発見したように、石ころだと思っていたものがダイヤの原石であったかのように、期待の色に輝いていた。


「天晴れじゃ、異無殿」

 ようやく魔獣の元まで辿り着いた篤木が、渾身の一撃を振るう。

 三角錐の赤い瞳が一つ潰れる。

 真紅の粘液が噴出し真っ赤に染まる篤木だが、気にも留めずに右足で下方の瞳を蹴り上げる。二つ目の瞳が潰れ、キイイイイイイイと甲高くわめく三角錐。

 この系統の魔獣は大抵、目玉を全て潰せば死滅する。もし死滅しなかったとしても、視覚を潰せば相手の動きを避けるのは容易くなるし、そもそも瞳以外を攻撃したところで効き目が無さそうだ。

 残りの瞳は十。反撃のための六本の触手は、伸びきっていて、数秒は戻ってこない。

 ここまでは順調。

 だが相手は魔獣。武装した一個小隊ですら勝てるかどうかの、魔獣。すんなりやられてはくれない。

 黒銀の三角錐は、立つために使っていた六本の触手の内、三本を篤木に向かって伸ばす。

 右、左、上、三方向同時攻撃。

 強化された篤木の身体能力で、防げるのは二本まで。

 右と左の触手を防ぐと頭を貫かれ、上と右の触手を防ぐと胴を貫かれ、上と左を防ぐと右から胴を貫かれる。

 篤木に、異無のような芸当は出来ない。あんなアクロバットな動作が簡単に出来てたまるものか。

 即ち防げない。避けれない。

 だが篤木は、防ごうとも避けようともせず触手を無視し、魔獣の瞳を殴りつける。潰れる瞳。残り九個。

 キイイイと三角錐は鳴くが、こんなことで攻撃を止めるほど魔獣はやわではない。

 三本の触手が篤木を貫こうとする。

 百も承知だ。


「ワシの主はワシより強い」


 篤木の肩の上に彦星の姿がない。

 代わりに、篤木を守るように中空に佇む彦星が居る。

 篤木の肩から前へ飛び降り、迫り来る触手に立ち塞がったのだ。

 小柄な体躯に容赦なく突き刺さる三本。

 ドドドッと身体を貫く音。

 鮮血が噴き出す。

 血塗れになる彦星の身体。

 正しくは、魔獣の鮮血で血塗れになる彦星の身体。

 

「てめえの攻撃は“返信”したです」


 とても奇妙な光景。

 魔獣が、三本の触手で、自分の身体を貫いているのだ。

 三方向から串刺しにしている。瞳を貫いた触手は、三本が三本とも反対側の瞳もろとも貫いている。

 つまり、計六個の瞳を潰した。

 これで瞳の数は残り三つ。

「相変わらず理不尽な能力じゃのう」

「はあ、はっ……これ……め、めちゃくちゃ疲れるんですっ」

 キイイイイイイイイイイイイ、

「串刺しになったぐらいでキイキイうっさい! 黙るがいいです!」

 ドチュッ。

 リュックサックという名の鈍器が、残された三つの瞳の内、一つを潰す。

 キイイィ……。

「相変わらず理不尽な御方じゃのう」

 感心したように、呆れたように嘯く篤木。

 残る瞳は二つ。

 篤木側にある一つと、異無側にある一つ。

 ここまでくれば後は容易い。

 十個の瞳を破壊出来たのだ。たった二つなんてどうにでもなる。

 十二本あった触手の内、六本は未だ伸び切ったままで、まだ戻ってくるまでいくらかかかる。それだけあれば十分すぎる。残り六本の内、三本は自身を支えるために使っていて、更に三本は自らに突き刺している有様。手も足も触手も出ない。

 ここから魔獣の逆転劇など有り得ない。どう考えても無理だ。


 そんな考えが通用するほど、魔獣はやわじゃない。


 ドドドドドドッ、


「! ……っが」


 完全な不意打ちで、地中から飛び出る六本の触手。

 篤木の巨躯を貫通する三本の銀色。

 なんとか半数はかわしたが、どう見ても無事ではない。右胸、太もも、わき腹を貫かれた。身動きが取れない、どころではない。貫かれたまま、乱暴に吊るし上げられる。


 何がどうなっている? 何がどうした? 何が何なんだ?


 三角錐の触手は全て使い物にならなかったはず。

 じゃあ、これは何だ。この地面から生えた六本は何だ。

 篤木は、朦朧とする意識の中、考える。そして一つの疑問に辿り着く。


 ----十二本あった触手の内、六本は未だ伸び切ったままで、まだ戻ってくるまでいくらかかかる。


 果たして本当にそうなのだろうか? 何か見落としていないか?


 最初に異無を襲った六本の触手を見る。いっぱいに伸びきり、未だ戻ってこないそれ。

 やはり。案の定。

 戻って来なかったのではない。わざわざ“戻さなかった”のだ。

 触手は、そのまま更に伸び続けたのだ。

 伸ばし、伸ばし、“地中を堀り進み”、誰に気付かれることもなく、篤木の後ろに回り込み不意を突いた。


『油断は自殺と同義だ』


 過去、師に教わった教訓を篤木は思い出していた。

 ああ……師は正しかった。


 この世のものとは思えない、実際にこの世のものではない怪力で締め付けられ、傷口から尋常でない量の血液が吹き出す。およそ数秒で死に至るだろう。


 ビチャビチャ、ビチャビチャと滴る赤。


 雑巾を絞るように。

 スイカを圧縮するように。

 

 ビチャビチャビチャビチャ。


 びちゃびちゃびちゃびちゃ。


「あ、ああ、……」


 絶望する小柄な少女。

 脱力する小柄な少女。

 動かなければ。こういう時こそ、自分が動かなければ。主のピンチは部下の責任。部下のピンチは主の責任。責任を全うしろ。

 念粒子を練れない。集中が出来ない。能力が使えない。そもそも今あの能力を使ったところでどうにもならない。

 思考が働かない。

 必死に集中力を搾り出そうとするが、目の前で腹心の相棒が大量の血液を垂れ流している中、集中出来ようはずがない。むしろ悲鳴を上げないだけ上出来か。

 無理だ。

 後ろから迫り来る、篤木を外した残り三本の触手に気付くこともない。

 終わる。

 死ぬ。

 死。


 ……。


「俺を置いて話を進められてもなあ」


◆◇◆◇

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