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予期せぬ到着!

2014年6月14日、午前6時35分。雨は、落ち着きのないドラムのように、いまだに降りつづいていた。


背の高い、ほっそりとした、ティーンエイジャーらしき人影が、およそ180センチほどの身長で、ロシアから埼玉県イナへの長いフライトを終えて、たった今到着したところだった。


その人影は、黒い瞳に、短く整えられた長めの黒髪をしていて、顔にはうっすらとそばかすが散っていた。あごには、薄い無精ひげが生えている。紺色のジーンズに、真っ黒なセーター、下半分が濃い緑に塗られた白いトラックスーツを身につけ、頭のてっぺんには、カジュアルな白いキャップが乗っていた。手には、本当に古びて見える、分厚い革のスーツケースを持っていて、その表面には、『Love is…』のステッカー、切手、そしてもちろん、ロシアの国旗が、びっしりと貼られていた。


その人影は、空港の中を見回した。それは、本当に長く、近代的で、ポスト・ソ連のロシアが提供できるものよりも、はるかに美しく見えた。


「Мда уж...」(うーん、やれやれ…)その人影は、柔らかく低い声で、苛立ちとともに呟いた。迎えに来ると約束した友人が、現れていないのを見て、「И где он блять?」(で、あいつはどこにいるんだクソ?)


彼はボタン式のノキアを取り出し、番号を打ち込んで電話をかけ、携帯を耳に当てた。


ピッ。ピッ。


「Алё?」(もしもし?)電話の向こう側から、ベフゾドの柔らかい声が、困惑して返ってきた。


「Алё, я приехал,」(もしもし、着いたよ)その人影は、柔らかく低い声で返し、周りを見回した。「А тебя здесь нет. Тебя дохуя ждать?」(で、お前はここにいない。いったいどんだけ待たせる気だよクソ?)


「А ой, бля,」(あ、おっと、クソ、)ベフゾドは、苛立って舌打ちをし、タクシーの中から、申し訳なさそうな声で言い返した。「Сейчас приеду, заебал, я дома убирался когда Марина ушла,」(今から行く、うるせえな、マリナが出かけてる間、家を掃除してたんだよ)


「А куда она ушла?」(で、あの子はどこに行ったんだ?)サミルは、携帯を見ながら、好奇心を込めて尋ね返した。「Мы же всего три-с-чем-то месяца не виделись, я нихуя не изменился, я думал Марина захочет меня увидеть,」(俺たち、たった三と…ちょっとの月しか会ってないのに、俺はクソ一ミリも変わってないし、マリナは俺に会いたがると思ってたんだが)


「Так тебя нужно в отель посадить, нужно тебя обучать Японской культуре, и нужно нам много чего обсудить,」(お前をホテルに入れなきゃいけないし、お前に日本文化を教えなきゃいけないし、それに俺たちには話し合うことが山ほどあるんだ)ベフゾドは、さっきより落ち着いた声で返し、息を吐いて、喉を整えるために拳に向かって咳をした。「Марине стало бы скучно, это во первых, а во вторых, она уже отпросилась на день рождение к какой-то своей подруге по имени Кито, так что я ее заберу в 8 вечера.」(マリナは退屈しちゃうだろ、それが一つ目で、二つ目は、あの子はもうキトウって友達の誕生日会に行ってて、だから夜8時に迎えに行くんだ)


「Окей,」(オーケー)サミルは落ち着いて返し、歩いて適当な席に座り、スーツケースを隣に置いて、キャップの下の髪を整えた。「Я короче прямо у входа сижу, как только зайдешь, сразу поймешь кто я.」(俺は今、入り口のすぐそばに座ってる。入ってきたら、すぐ俺が誰か分かるはずだ)


「Лан, понял, щас приду, пока,」(了解、分かった、今行く、じゃあな)ベフゾドは、タクシーがすでに空港に着いていて、運転手が金を要求していたため、少し急いだ様子で返した。


「Пока,」(じゃあな)サミルは電話を下ろした。


数分後…


自動ドアが開き、ベフゾドが、速い足取りで空港に入ってきた。遅れたことへの苛立ちで、目は細められている。彼は、半袖の黒いTシャツに、黒いキャップ、そしてマリナとソファを買いに行ったときに穿いていたのと同じ黒いスウェットパンツを身につけ、頭のてっぺんには、白い『NY』のロゴの入った黒いキャップが乗っていた。わずかに鍛えられた腕は、プレッシャーを感じさせることなく、彼のキックボクシングの過去を物語っていた。


ベフゾドとサミルがついにお互いの姿を見つけたとき、二人の顔は、すぐさま歯を見せた満面の笑みに覆われた。本物の相棒同士は、お互いの顔を見た瞬間、いつも笑うものだからだ。


「Здарова,」(よお)ベフゾドは、あたたかくて騒がしい声で、サミルに近づき、サミルに手を差し出した。


「Дарова,」(よお)サミルは、深く柔らかな声に、はっきりとした明るさを込めて返し、面白がって息を吐いた。


ベフゾドは、大げさな疲れの息を吐きながらサミルの隣に座り、大きくニヤリと笑って彼のほうを向いた。「Ну чо ваще, как ты? Как Мирон, Алишер?」(で、調子どうだ、元気か?ミロンとアリシェルは?)彼の姿勢は、片脚をもう片方にかけて、くつろいでいて、陽気で明るくて騒がしくなることで、自分自身のキャラクターを完全に崩していた。


「Я о них часто не слышу, чисто в школу ходим, уроки делаем, что-то обсуждаем, и идем домой.」(あいつらのことは、あんまり聞かないな、ただ学校に行って、宿題をやって、何かを話して、家に帰るだけだ)サミルは、席の上で身を乗り出し、肘を膝に乗せながら返した。その笑みが、ようやく落ち着いた。


「А вот и пошли они нахуй, да?~」(じゃあ、あいつらクソくらえ、だよな?)ベフゾドは、遊び心を込めて、歯を見せて笑いながら言った。


「Та вообще блять,」(もちろんだ、クソ、)サミルは、二人に共通するユーモアを理解して、小さな笑みとともに返した。


「Ну а как ваще полет был? Норм?」(で、フライトはどうだった?普通?)ベフゾドのニヤリ顔は、ゆっくりと好奇心の表情に薄れ、彼は腕を胸の前で組んだ。


「Та все норм было, только знаешь что?,」(全部普通だったよ、でも、あのさ、聞いてくれ?)サミルは、次に来ることをすでに分かっている、巨大なニヤリ顔で返した。


「Что?」(なんだ?)ベフゾドは、好奇心で眉を上げた。


サミルは、それを話せるよう、自分を落ち着かせるために、深く息を吸った。「Короче, когда я только в Российский аэропорт зашел, я увидел как там какая-то бабушка ёбнулась на пол--И ПИЗДЕЦ ОНА 'БАБАХ!' БЛЯТЬ, У НЕЕ АРБУЗ ВЗОРВАЛСЯ!」(要するに、俺がロシアの空港に入ったばかりのとき、どっかのおばあちゃんが床にぶっ倒れるのを見たんだ――で、まるでクソ『ドカーン!』って、持ってたスイカが爆発したんだよ!)


「КХХХХХХ-АХАХАХАХАХАХАХАХАХААХАХАХАХА」(クホホホホホ――あはははははははは!)ベフゾドは、沸点に達したやかんのように、ぜいぜいと笑った。


「КХХХХХХ-АХАХАХАХАХАХАХАХАХАХАХАХА!」(クホホホホホ――あはははははははは!)サミルも、すぐさま、カモメのような笑い声で加わった。


ベフゾドの顔はトマトのように真っ赤になり、膝を叩きながら、息継ぎの合間に息を切らした。「РЕАЛЬНО?! А КАК ДРУГИЕ ОТРЕАГИРОВАЛИ?」(マジで!?で、ほかの人たちはどう反応したんだ!?)


「ОНИ ВСЕ ТАК БЛЯТЬ АХУЕЛИ!!」(みんな、クソ超びっくりしてた!!)サミルは、ぜいぜい笑いながら、頭をのけぞらせて返した。


さて、事情を説明しておくと、ベフゾド、アリシェル、ミロンの『バカ』チームの中で、サミルは『一番面白い話』の行商人だ。彼には、面白い話を引き寄せる磁石のようなものが本当にあって、それが、バカチームが笑い転げる理由の一つなのだ。


サミルとベフゾドがようやく落ち着いて、安堵の息を吐くと、ベフゾドは立ち上がり、両手を上に伸ばし、サミルについてくるように手を振った。「Пошли, я нашел просто--」(行こう、俺は、ただ見つけたんだ――)彼は、イタリア人のように、自分の横の空中をつまんだ。「НАИАХУЕННЕЙШИЙ 4-х звёздочный отель. Вот, блять, настолько ахуенный, что я его владельцу отсосать готов.」(クソ最高の4つ星ホテルだ。いや、クソ、あまりにも最高すぎて、そこのオーナーにフェラしてやってもいいくらいだ)


「Та бля, заебал, гей,」(うるせえ、クソ、ゲイ野郎)サミルは、苛立った声で手を下に振り、立ち上がってトラックスーツを整えた。「Поехали уже.」(もう行こうぜ)


サミルはスーツケースを掴み、ベフゾドは彼を空港の外へ導きはじめた。


「Ну, короче,」(まあ、要するに、)ベフゾドは続け、好奇心のこもった表情でサミルのほうを向き、体を左右に軽く揺らした。「А почему ты ваще прилетел? Ну, типо, нахуя было учить японский и сюда приезжать?」(お前、そもそもなんで来たんだ?ほら、なんでクソ日本語を勉強してまでここに来たんだ?)


「Потому-что,」(それはな、)サミルは、空いたほうの手をポケットに突っ込んだ。「Мой отец, который нас бросил когда мне было около 6 лет или около того, приехал сюда и женился на какой-то другой женщине.」(俺たちを捨てた、俺が6歳くらいのときの親父が、ここに来て、別の女と結婚したんだ)彼は、深い声で、ためらいも恥ずかしさもなく、落ち着いて説明した。


「А, да, помню помню,」(ああ、そうだ、覚えてる、覚えてる)ベフゾドはサミルにうなずき、理解した声で言って、眉を上げた。「Но ты разве не говорил, что он сказал, что никогда не придет в Россию? Нахер ему звать тебя к нему?」(でも、お前、あいつがロシアには二度と来ないって言ったって言ってなかったか?なんでクソ、あいつがお前を呼ぶんだ?)


「Та хуй его знает,」(クソ、知るかよ)サミルは、気楽な態度で返した。「Если позвал значит чо-то важное.」(呼んだってことは、何か大事なことなんだろ)


「…Факт.」(…確かに)ベフゾドは肩をすくめて返した。


空港を出たあと、二人はすぐに走りはじめた。サミルはスーツケースで頭を覆い、ベフゾドは頭を覆わなかった。それどころか、雨に抵抗すらしなかった。ベフゾドは、運転手しか乗っていない空のタクシーを素早く捕まえ、二人は乗り込んだ。


「どちらまで行かれますか?」運転手は、後部座席のベフゾドとサミルのほうを向いて、無感情な声で尋ねた。


「北の森地区の、4番街12-8区画にある、グランド・イナ・ロイヤルホテルまでお願いします」ベフゾドは、落ち着いた日本語で答え、運転手にうなずいた。


運転手もうなずき返し、メーターを押して、タクシーを、雨で濡れたイナの街へなめらかに走り出させた。「できるだけ早く着きますね」


道中、ベフゾドとサミルは、ロシア語で話しつづけた。


「Короче, а как ты вообще здесь устроился? Типо, надо дохуя знать японского?」(で、お前はそもそもここにどうやって馴染んだんだ?ほら、クソ日本語を知ってなきゃいけないのか?)サミルは、ぼやけた街の明かりと日本語の看板を窓の外に見つめながら、膝の上にブリーフケースを抱えて尋ねた。


「Да, так как я в школе здесь учусь, тут дохера японского знать надо. Типо, я сначала только понимал речь других и сам говорил с акцентом, а через около недели я уже говорил превосходно,」(ああ、俺はここの学校で勉強してるから、クソ日本語を知ってなきゃいけないんだ。ほら、最初は他の人の話を理解するだけで、自分は訛りがひどかったけど、一週間くらいで、完璧に話せるようになった)ベフゾドは、何の気負いもなく、くだけた調子で説明した。脚を広げ、取っ手の下のパネルに肘を置いて、拳に頬を預けている。「А, и еще: если у тебя щас денег нет или чего-то такого, сразу мне говори.」(ああ、それと、もし今、金がなかったりそういうのがあったら、すぐ俺に言えよ)


サミルは、すぐに手を振って断り、眉を下げて、ユーモアたっぷりに返した。「пошел нахуй, все у меня есть.」(クソくらえ、俺は全部持ってる)


ベフゾドはまた肩をすくめ、背中を柔らかい座席にもたせかけた。「Ладно, ладно.」(分かった、分かった)


それから、サミルが突然、好奇心を込めて口を開いた。「А, кста, а как твои родители тебе вообще разрешили меня навестить, они же строгие пизда?」(ああ、ところで、お前の親は、そもそもどうやってお前が俺に会いに来るのを許したんだ?あいつら、クソ厳しいだろ?)


ベフゾドは、父親がマリナを悪い成績のことで殴ったあと、すでに両親を半殺しの状態に叩きのめしていたので、陰鬱になったり、尖ったふりをしたり、過去を恐れたりする代わりに…


「Ну короче, помнишь я тебе рассказывал о том, что они мне квартиру купили когда мы только приехали?」(まあ、要するに、俺たちが来たばかりのとき、あいつらが俺にアパートを買ってくれたって話を、お前にしたの、覚えてるか?)ベフゾドは、完全に何でもないことのような調子でサミルに話しかけ、頬をかいた。


「Ну да?」(ああ、それで?)サミルは、好奇心で眉を上げ、自分も背もたれにもたれかかった。


「Ну, блять, потом Марина осталась у них в доме. Я хотел её тоже забрать к себе, но у меня стипендия и зарплата была такая маленькая, что чтобы оплатить счета мне нужно было есть только картошку пюре и гречку один раз в день, но она не жаловалась. Мне она потом говорила что они типо изменились, что они стали лучше, и так далее. А мне вот прям НАСТОЛЬКО похуй было что я на них даже не смотрел.」(それでな、クソ、マリナはあいつらの家に残ったんだ。俺は本当はあの子も自分のところに連れていきたかったけど、俺の給料があまりにも低くて、請求書を払うために、マッシュポテトとそばの実を、一日一回しか食えなかったんだ、でもあの子は文句を言わなかった。あとであの子が、あいつらが変わったとか、よくなったとか、そういうことを言ってきた。で、俺は、本当にそこまでどうでもよくて、あいつらのことを見さえしなかった)それから、ベフゾドは身を乗り出し、その柔らかな声の調子は、1デシベルたりとも変わらなかった。「а потом, мне Марина позвонила и сказала что ее отец побил из-за плохой оценки. Я блять в такой ярости был, что я сломал им окно, и начал избивать голову отца избил железной палкой и маме челюсть сломал когда она его спасти пыталась, после чего я Марину забрал к себе домой. С тех пор она живет со мной.」(それから、マリナが電話してきて、あの子の父親が、悪い成績のことで殴ったって言ったんだ。俺は、クソ、すごくキレてて、あいつらの家の窓を割って、親父を鉄の棒で殴りはじめて、それからお袋が親父を助けようとしたから、あごを砕いて、そのあとでマリナを家に連れて帰った。それ以来、マリナは俺と暮らしてる)


「Хорош,」(よくやった)サミルは、少しのためらいもなく、ベフゾドと握手するために手を差し出した。その表情は完全に何でもないものだったが、わずかに微笑んでいた。


ベフゾドは、大きなニヤリ顔で、その手を叩き返した。


15分後、タクシーはグランド・イナ・ロイヤルホテルの前に停まった。それは、確かにスマートな、4つ星の近代的なガラス張りの建物で、あたたかく輝く大理石のロビーと、黒いベストを着た丁寧なスタッフがいた。


ベフゾドは運転手に支払いをし、サミルがタクシーから降りるのを手伝って、彼を中に案内した。彼の円の財力を使って、ベフゾドは、サミルを7階の高級スイートに、まばたき一つせずにチェックインさせた。


「VIPルームをお願いします」ベフゾドは、無表情で無感情な声で、カードをレジの人に差し出した。


レジの人は、濃い緑色の髪で、頭のてっぺんに本当に巨大な赤い点が一つあり、短いボブヘアで、青と対照をなす深紅の瞳をした、年配の女性だった。彼女はベフゾドのカードを受け取り、レジに差し込んだ。それから、ベフゾドを見上げた。「パスポートは?」


ベフゾドは、女性が何を言っているのかを理解したサミルのほうを振り返り、サミルは彼女にパスポートを手渡した。


女性は素早くレシートを印刷し、それをサミルに渡し、カードをベフゾドに、パスポートをサミルに返して、最後に、「09」号室の鍵を渡した。


「Ну, пошли,」(さて、行こうぜ)ベフゾドは、相棒のエネルギーを込めた小さなニヤリ顔で、エレベーターを指さした。


「Пошли, пошли,」(行こう、行こう)サミルは、無表情だが『敵意のない』声で返した。


5分ほどして、ベフゾドとサミルは、エレベーターで7階に上がり、「09」号室を見つけた。サミルは鍵を差し込み、回して、ドアを開けた。ベフゾドは、彼の後に続いて入り、サミルが電気をつけた。


部屋は、少し小さかったが、一人にはちょうどいい広さだった。入ってすぐは、本当に小さな廊下を通ることになり、玄関のドアの隣の左側に、浴室があった。現代的な服と靴用のラックがあって、薄暗く心地よい黄色の照明に照らされている。


サミルはトラックスーツとキャップをそこにかけ、靴を脱いで、ベフゾドが靴を脱いでラックに置けるように、十分なスペースを空けた。


それから、部屋の全貌が現れた。真ん中に置かれたキングサイズのベッド、二つのベッドサイドテーブル。その片方には、黄色く灯る小さなランプがついていた。ベッドの向かい側の壁には、巨大なテレビがあり、その下にはPS4があって、その上には二つのコントローラーが置かれていた。


ベッドのすぐ隣は、壁がなく、代わりに本当に分厚い防弾の窓があり、今は雨のせいで太鼓のように打たれていて、『休むのに一番居心地のいい場所』を作り出していた。


「Блять, это же комната моей мечты,」(クソ、これ、文字どおり俺の夢の部屋じゃねえか)サミルは周りを見回しながら、スーツケースをベッドの上に置き、本当に驚きで目を見開いて、ベフゾドのほうを向いた。「Это точно 4-звездочный отель?」(これ、本当に4つ星のホテルなのか?)


「Говорил же, за качество ручаюсь!」(言っただろ、質は俺が保証するって!)ベフゾドは誇らしげにニヤリと笑い、廊下の壁に肘をもたせかけた。「Ну, думаю, пора нам обсудить все что мы должны были обсудить за все три месяца которые меня не были вместе,」(さて、そろそろ、お互いがいなかったこの三か月の間に話せなかったことを、全部話す時間だと思う)


その夜の残りの時間、サミルとベフゾドは、PS4で『Blur』と『モータルコンバット』をプレイし、ポテトチップスを食べながら、この数か月間に仕入れた、一番面白い話について語り合い、カモメとやかんのようにぜいぜい笑った。


午後7時45分、ベフゾドは携帯を確認して立ち上がり、腕を上に伸ばして、コントローラーをベッドの隣のテーブルに置いた。


「Ладно, я щас должен идти за Мариной, а то стемнеет пиздец,」(よし、俺はもうマリナを迎えに行かなきゃ、でないとクソ暗くなっちまう)ベフゾドは、衣類ラックのフックから、『NY』のキャップを掴みながら言った。「Получается, завтра в 9 утра я за тобой приеду?」(ってことは、明日の朝9時に、お前を迎えに来ればいいか?)


「Да,」(ああ)サミルはうなずき、立ち上がって、無精ひげのあごをこすり、ベフゾドを見送った。「Спасибо братан,」(ありがとな、兄弟)


「Да все нормас, спи,」(いいってことよ、寝ろよ)ベフゾドは玄関のドアを開け、サミルに手を振り、そして投げキッスを送った。「Целую~」(チュッ~)


「Фу блять, иди нахуй!」(うえっ、クソ、あっち行け!)サミルは、冗談半分の嫌悪で顔をゆがめ、ベフゾドに素早く手を振り返して、ドアを閉めた。


サミルはとても穏やかに眠った。ただ、父親とどう会うのかという、心の奥の不安を抱えながら。


2014年6月15日。午前9時。日曜日の朝。


激しい嵐は、ほんの少しだけ収まり、今は、混沌とした憂鬱なドラムではなく、穏やかな雨の音になっていた。


ベフゾドとマリナは、グランド・イナ・ロイヤルホテルの入り口まで歩いていった。


マリナは、黄色いレインコートをフードまですっぽりかぶり、黄色い短パンと黄色いゴム長靴を身につけ、二つのお団子は、いつものオレンジ色のリボンでしっかり留められていた。雨を避けるために手はポケットに入れていて、その表情は明るく陽気だった。


一方、ベフゾドは、昨日と同じ服のままで、その顔は、いつものクールな無表情のままだった。


一分後、ガラスのドアが開き、サミルが出てきた。彼はきちんと身なりを整えていて、黒い髪はカジュアルな白いキャップの下できれいにとかされ、濃い緑と白のトラックスーツを、清潔なグレーのTシャツの上に着ていた。そして、書類の入った小さな革のショルダーバッグを持っていた。


「Йо, здорова!」(よお、元気か!)サミルは、マリナを見た瞬間にニヤリと笑い、歩み寄って彼女とハイタッチした。


「Сами-и-ир!」マリナは、嬉しそうにくすくす笑い、彼の手を叩き返して、陽気に振った。「Ты вообще не поменялся! Такой же высокий и веснушчатый!」(サミルは全然変わってないね!相変わらず背が高くて、そばかすだらけ!)


「Люди не меняется, а вот времена да,」(人は変わらないが、時代は変わるんだよな)サミルは、ニヤリと笑って返し、ベフゾドにウインクした。ベフゾドは、首を振りながらニヤリと笑い返した。


「Лан, Самир,」(よし、サミル)ベフゾドは首を振りながら言い、キャップを直した。「Адрес отца дай.」(親父さんの住所をくれ)


サミルは携帯を取り出し、SMSを確認した。「Да, он живет у тихого, отдаленного района рядом с местным святилищем. Около 10 минут если пешком, как говорят гугл карты.」(ああ、親父は、地元の神社の近くの、静かな住宅街に住んでる。徒歩で10分くらいだって、グーグルマップが言ってる)


それから、三人はホテルの敷地から歩き出し、サミルの父親のアパートへ向かった。


静かで雨の降る日本の通りを歩くうちに、サミルのいつもの面白い相棒のエネルギーは、ゆっくりと静まっていった。両手はトラックスーツのポケットの奥深くに突っ込まれ、あごはわずかに食いしばられ、黒い瞳は前方に固定されていた。


ベフゾドは、彼の緊張にすぐ気づいた。彼はサミルのほうを向き、眉を上げた。「Чо-то не так?」(何かおかしいのか?)


サミルは重い息の塊を吐き、灰色の空を見上げて、少しためらいがちに話した。「Та не то чтобы... хуй знает, что ему сказать. Мне возможно еще и с его женой придется увидется. А тут резко 'приезжай, надо поговорить'.」(そう言うほどでもないんだが…クソ、あいつに何を言えばいいのか分からない。たぶん、あいつの奥さんにも会わなきゃいけないだろうし。それで、いきなり『来い、話がある』だ)


「Та похуй, не кипишуй,」(クソくらえ、熱くなるなよ)ベフゾドは、騒がしくて遊び心のある声で言った。


「Да! Стресс плохо влияет на гормоны! Мы рядом!」(うん!ストレスはホルモンに悪いんだよ!私たちがそばにいるからね!)マリナは、静かに声援を送り、目をうれしそうな三日月にして、両手で親指を立てた。


サミルの緊張は、ほんの少しも変わらなかったが、彼は肩の力を抜こうとして、重く息を吐いた。「Спасибо.」(ありがとう)


昔ながらの整った家々と小さな庭が並ぶ、狭くて穏やかな通りに曲がったあと、三人は、濃い茶色の木の板と、清潔な瓦屋根の、居心地のよさそうな二階建ての家の前で足を止めた。


サミルは入り口の門の前に立ち、ドアベルの隣の表札を見つめた。


『サイドフ邸』と、金色のプレートに、黒い文字で書かれていて、それは威圧的に見えた。


サミルはゆっくり深呼吸をして、小さな石の小道を進み、ドアベルに手を伸ばした。彼は二秒間ためらい、気を引き締めて、それを押した。


ピンポーン。


家の中から、足音が響いた。


ドアに近づいてくる、速い、子供っぽい、すり足の音が聞こえた。


サミルは、その幼い足音に少し困惑して瞬きをした。『У них чо, уже ребенок есть?』(あいつら、もう子供がいるのか?)


玄関のドアが、鋭いカタンという音とともに開いた。


戸口に立っていたのは、特大のピンクのパーカーに、ゆるい黒の部屋着のズボンを穿き、ガムの色の腰まである髪が背中に自由に流れ、サミルとまったく同じ、暗くて空っぽな瞳の色をした、ユリヤだった。


ユリヤは、完全な無表情でサミルを見上げ、二回まばたきをしてから、静かで恥ずかしそうな、クーデレの声で話した。「だ、誰か…に…ご用…です…か…?」彼女は首をかしげ、頭の横に、赤い浮かぶ『?』を出現させた。


それから、彼女の目が、彼の背後にさっと動き、門の近くに立っているマリナとベフゾドを見つけた。


「ベフゾドくん…マリナちゃん…?」ユリヤの目が、珍しい困惑に細められた。「ここで…何を…してるの…?」


サミルは完全に固まり、脳がショートして、目の前の8歳の少女を見下ろした。「あ、あなたは…誰…?」彼は落ち着いて、でも声にははっきりと困惑をにじませて話した。彼の日本語は、ロシア語訛りがひどかった。


ユリヤが答える前に、中年の禿頭のロシア人男性が、明るくあたたかな瞳に、柔らかな赤いポロシャツと青いズボン姿で、キッチンから廊下に出てきた。


「ユリヤ、玄関に誰が来たん――」と父親はロシア語で尋ねはじめたが、その目がサミルの上に止まった瞬間、彼はぴたりと足を止めた。


男の喉が、息をのんで詰まった。その目は、すぐさま、重い感情で潤み、彼は友好的で温かい笑みを浮かべた。「Сынок!」(息子よ!)


サミルは首を振り、父親を見上げ、落ち着いて彼と手を叩き合った。「Здарова, папа.」(やあ、親父)それから、彼はユリヤを見下ろした。それから、また父親を見上げた。「А кто эта девочка?」(この女の子は誰なんだ?)


父親はユリヤの前に歩み出た。彼は咳払いをして、そっとユリヤの頭に手を置き、二人を交互に見た。


「Ну, я тебя звал только для одной небольшой информации,」(まあ、俺がお前を呼んだのは、ちょっとした情報を伝えるためだけだ)父親は、明るく誇らしげな声で言った。「Познакомься, Это Юлья! Твоя младшая сестра!」(紹介するよ、この子がユリヤだ!お前の妹だ!)


完全な静寂。


丸三秒間、世界が完全に動きを止めた。


サミルは、口をわずかに開けたまま、ユリヤを見つめていた。その心は、理解の重みに完全に崩れ落ちていた。


ユリヤは、サミルを見上げた。彼女のIQ140以上の頭脳は、自分の玄関に立っている、この巨大なロシア人の男が、本当の異父きょうだいの兄だという事実を、処理しようとしていた。


「待って…」ユリヤは、純粋な衝撃で囁いた。「あなたが…私の…お兄ちゃん…!?」


「き、君が…俺の――妹!?」サミルは、片言の日本語で、声に出して息をのんだ。


一方、サミルの後ろでは…


ベフゾドとマリナが、門のところに立っていた。父親の口から『お前の妹』という言葉が出た瞬間、二人の顔は、急速な衝撃の進化を遂げた。


目が、ティーソーサーの大きさに見開かれる。あごが、そろって落ちる。純粋で混じりけのない、騒がしい興奮が、すべてを支配した。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


ベフゾドとマリナは、声に出して息をのみ、両手で自分の顔を覆った。ベフゾドの柔らかい濃い瞳は、絶対的で、抑えきれない喜びできらめいていた。「АФИГЕ-Е-Е-Е-ЕТЬ!」(うわあああああ、マジかよおおお!)


マリナは、声を限りに歓声を上げ、黄色いスニーカーの上で、まるで多動な跳ね棒のように上下にぴょんぴょん跳ねた。「やったあ、やったあ、やったあ!」


ベフゾドはマリナのほうにぐるりと首を向けて、彼女の肩を掴み、マリナも彼の肩を掴み、二人は、純粋な興奮と喜びで、激しく悲鳴を上げた。絶対的に、クソ、息ぴったりで。


「俺たちの最高のホーミーが、兄と妹だったってのか!?」ベフゾドは、抑えた笑いと興奮で顔を赤くしながら、ぜいぜい言った。「今日は、俺のクソ人生で最高の日だ!」


「ユリヤちゃんはサミルの妹!サミルはユリヤちゃんのお兄ちゃん!」マリナは、でれでれ全開のエネルギーで歓声を上げ、狂ったように手を叩いた。


戸口で、サミルとユリヤは、二人ともベフゾドとマリナのほうに首を向け、それからお互いを見返して、自分たちの騒がしい拡大家族が、たった今、公式に究極のチームへと合流したのだと悟った。


そのあと、父親は全員を夕食に招待した。マリナとベフゾドは、サミルとユリヤのぎこちなさを打ち破るために、それを受け入れた。


だが、そのとき…


サミルは突然、勇気を出して息を吐いた。「よし、ここにいる全員、ロシア語が分かるんだし」彼は話しはじめ、フォークを下ろして、みんなの注意を引きつけた。「У меня есть попугай, маленький, по имени Голубчик. Как-то раз, когда мне было около 6, бабушка ко мне подходит и говорит 'А давай из твоего Голубчика табака сделаем?'」(俺にはインコがいて、小さくて、名前はゴルブチクっていうんだ。昔々、俺が6歳くらいのとき、おばあちゃんが俺のところに来て、こう言ったんだ。『あんたのゴルブチクで、タバカを作ろうか?』)


ベフゾドは、手のひらで目を覆いながら、やかんのようにぜいぜい笑いはじめた。サミルは、ベフゾドにつられて加わった。マリナは、ベフゾドのぜいぜい笑いを真似して、自分を抑えようとしたが、堂々とくすくす笑った。ユリヤの目は明るくなり、口の前で手を叩き合わせたが、彼女なりのカモメのぜいぜい笑いが、その隙間から漏れ出し、彼女は激しく震えた。一方、父親は、大声で笑い、そっとテーブルを叩いた。


「ТАБАКА?! КХХХ-АХАХАХАХААХА!」(タバカ!?クホホホホ――あはははははは!)ベフゾドは、ぜいぜい笑った。


「БЕДНЫЙ ГОЛУБЧИК, КХАХАХАХАХА!」(かわいそうなゴルブチク、あはははははは!)父親は、吠えるように笑った。


こうして、世界は、本当に狭いのだった。


つづく…

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