ベフゾド、ギュンタロウに入学!
2014年3月8日。
早春の太陽が、埼玉県伊奈町の騒がしい私立学校に降り注いでいた。
平均よりやや高い背丈に端正な顔立ち、ダークブラウンの髪と柔らかな茶色の瞳を持つ、ごく普通の人間――ベフゾドが校門をくぐると、近くにいた生徒たちの視線がたちまち集まった。この学校では、誰もが特別だったのだ。
淡いピンク色の髪に青い瞳の少女が、友達にそっとささやいた。「ねえ、あの人、新入りだよね? ちょっとカッコいいかも~」
友達はくすくす笑い、歩いていくベフゾドから視線を離さないまま、ささやき返した。「ほんとにね~ でも、私たちみたいな女子が近づいたら、きっとパニックになっちゃうよ~」
ベフゾドはというと、本人はそこそこフレンドリーなのだが、完全な無表情のまま生徒たちのグループに近づき、ひどいロシア訛りで――それでいて慎重に、中立的で柔らかく聞こえる声で――話しかけた。「すみマセン……あの――……3年D組は、どこにあるカ、ご存じですカ?」
生徒たちは凍りついた。ベフゾドの179センチという身長は、それだけで敵意の表れだと受け取られた。この学校には背の高い不良たちの問題があるからだ。彼らの頭脳は一瞬でマッハ5まで加速し、ベフゾドが何と言ったのかを解読しようとしたが、訛りがあまりにも強すぎて、誰ひとり彼の言いたいことを理解できなかった。
ぼさぼさの緑髪に緑の瞳をした生徒のひとりが額に手を当て、キャンパスの地図を取り出して、軽く笑いながらベフゾドに差し出した。温かな声で、目は幸せそうな三日月形に細めて。「悪いな、相棒! こいつら、こんなに強い訛り、聞いたことなくてさ!」
その友人たちはといえば、この外国語を理解しようとする試みを完全に放棄し、自分たちの会話に戻っていった。
ベフゾドは両手でそっと地図を受け取り、感謝の小さな笑みを浮かべてうなずいた。「気にしてナイ……ありがとう」 地図を開いて眺め始めると、その鋭い頭脳は、白黒で書かれたすべてをあっという間に把握した。
キャンパスには五つの建物があった。高校、中学校、小学校、プール、そして体育館。
ベフゾドは行くべき場所を見つけた――二階、3年D組。それから緑髪の男子に向き直って地図を返し、軽く頭を下げて、再び歩き出した。
廊下を歩いていると、彼は唖然とした。左には女子のグループがいて、全員がネオンカラーの髪をしている。右には、うつろな深紅の瞳にバーガンディの髪をした『無表情』な男が、窓の外を陰鬱に眺めながら、『我が腹に宿る暗き深淵の封印』についてぶつぶつと呟いていた。
ベフゾドは廊下を歩きながら、困惑して思った。『なんでみんな、こんなクソカラフルな髪してんだ?』 そのとき突然、彼は足を止めた。前方に、長い淡い灰色の髪に青い瞳をした少女が、大量の書類の束を抱えて歩いているのが見えたのだ。
少女は突然、何もない空中でつまずき、前のめりに倒れながら、甲高い声で叫んだ。「そんなっ! 生徒会の書類が落ちて汚れちゃいますっ!」
するとそのとき、文字どおりどこからともなく、ツンツンした橙色の髪に紫の瞳をした男が現れ、少女が倒れる前に受け止め、腰を抱いて見下ろした。舞い落ちる紙と降り注ぐ陽光が共演して、ロマンチックな雰囲気を作り出している。「気をつけろよ、カガミ様。」
「で、でもクジョウさん――」
「だめだ、これは議論の余地なしだ。~」
ベフゾドは困惑に目を細めながら二人をよけて通り過ぎたが、純粋な好奇心から、必要以上に長く見つめてしまった。カップルはその場にひざまずき、書類の束を拾い集め始めた。彼は激しく首を振り、安堵の息を吐いて、『変な学校だ……』とつぶやいた。
ベフゾドはついに目的地――3年D組にたどり着いた。ズボンのポケットから携帯電話――古いガラケー――を取り出し、時間を確認する。午前8時。早すぎた。授業は8時30分からなのだ。
彼はゆっくりと教室に入り、最前列の一番前の席が空いているのを見つけて座った。隣には、短い茶髪に、二つの赤いヘアピンで留めた前髪、生き生きとした茶色の瞳の少女がいて、彼のほうを向き、熱のこもった声で話しかけた。「あっ! ほかにもこの席に座る人がいたんだ! ここ、呪われてるのかと思い始めてたよ! こんにちは!」 彼女は元気よく手を差し出し、ベフゾドと握手しようとした。
彼はこの学校のほとんどの人間とは違い、うめきもせず、支配を主張しようともせず、足を踏み鳴らしてツンデレになることもなく、ただ手を上げて彼女の手を握り、小さな友好的な笑みを浮かべた。ひどいロシア訛りに柔らかな声を乗せて、「こんにちは。わたしの名前は、ベフゾドです……ロシアの、コペイスクから来た、転校生デス。」
少女の目は皿のように大きく見開かれ、コミカルに瞳が白くなり、口が三角形になった。彼女は驚愕して叫んだ。「な、なにぃっ!? ロシアからの転校生!?」 その驚きはたちまち新たな熱意へと変わり、彼女は肩を少し持ち上げ、両手を猫の前足のように軽く丸めて鎖骨のあたりに添え、大きな目で彼を見上げた。「クマに乗ってきた!? ウォッカ飲んだ!? それにいちばん大事なのは――雪の中で寝た!?」
ベフゾドは口をわずかに開けたまま、机の上にゆるく手を下ろし、彼女の熱量に戸惑っていた。静かに息を吸って気持ちを落ち着かせ、日本語を話した経験の乏しさゆえに、ゆっくりと言葉を組み立てる。「あの……まず、クマには、乗りません……! ウォッカは、大人だけ、飲みます……そして、わたし――雪の中では、寝てません!」 それから間を置き、好奇心に目を細めた。「……ところで、あなたの名前は?」
少女――常に『けいおん!』の平沢唯のコスプレをしているシズカは、熱気を純粋な温かさへと落ち着かせた。「わたしの名前はシズカ、名字はヒイラギだよ!」
ベフゾドはわずかにうなずき、感心したように眉を上げた。「本当に、きれいな名前ですね。」
シズカは赤面して両手で顔を隠した。ベフゾドはまたしても混乱した。アニメの定番展開にも、あんなに激しく赤面する少女にも、一度も出会ったことのない男は、こんなふうに反応するしかなかったのだ。「大丈夫?」
シズカはただ「大丈夫!」とつぶやいた。興奮で少し裏返った、甲高い声で。
ベフゾドはそれを深く考えないことにして、自分のクラスが実際どんな顔ぶれなのかを知ろうと後ろを向いた。
最前列の最後の席にいた少年、リュウは、小柄な体にバーガンディの短髪、細い深紅の瞳をしていた。窓の外をぼんやり眺めていたかと思うと、突然、包帯を巻いた左前腕をつかみ、静かな、それでいて全員に聞こえる程度の声で言った。「チッ。俺の深淵の封印が弱まっている……。この暑さは灼熱だ、俺の内なる竜が解き放たれたがっているッ!」 彼は低く、わずかにかすれた声で話した。
少年はすぐに、ターコイズの瞳に淡い水色のショートヘアの少女、メグミに声をかけられた。黒猫の顔がプリントされた白い弁当箱を持った彼女は、恥ずかしそうな、穏やかなクーデレの声で言った。「これ……食べて。そうすれば、あなたの竜も落ち着いて……解き放たれるのをやめてくれるから……」 彼女は弁当を彼の机の端に置き、ほんのり頬を染めて立ち去った。
リュウは鋭い目つきでメグミのほうを振り向いた。「黙れ、女! 貴様は俺の封印の危険性を理解していない!――」 だが彼は素早く弁当を机の下に隠し、どのみち後で食べるつもりで、ほんのり頬を染めていた。
その光景を見ていたベフゾドは、困惑に目を細めて口をぽかんと開けた。「すみません、一体なん――」 しかし、そこで頭を真ん中の列のほうへ向けた。
真ん中の列の最初の席には、小柄で華奢な少女、リカが座っていた。とんでもなく濃紺の膝丈の髪と紺色の瞳を持ち、小さくやさしい声で、隣に座る青い髪に青い瞳の少年、ジンと話している。ジンは真の紳士の声でリカに話しかけていたが、その身長は200センチを優に超えていた。
彼らの後ろ、中ほど近くでは、二つの机がくっつけられて一つになり、四人の少女に四方を囲まれてにぎわっていた。コガネは、明るい青色の長い髪が、どうやら膝まで届いているようで、緑色の眠たげな瞳をしていた。両手を机の上で組み、その上に頭を伏せて、顔は「-⩊-」のような表情になっている。気だるげでリラックスした声で言った。「ねえ、キララちゃん、チョココロネって、どっちの端から食べる?」
キララは鼻筋をつまみ、淡い紫のツインテールを苛立ちにぴくぴくと揺らしながら、紫の瞳を閉じた。「ただのパンでしょ、コガネ。袋を開ける。口に入れる。噛む。」
コガネは非難がましい指をキララに突きつけ、ミリ秒の速さで頭を上げた。「無知め! 頭、つまり太いほうからかじったら、チョコクリームが後ろに押し出されて、細いしっぽの先から指にぶにゅっと出ちゃうんだよ! でもしっぽから先にかじったら、ただのパサパサのパンを食べてるだけで、チョコの満足感はゼロなの!」
タカコは紫の瞳をぱちくりさせ、この発見に心底動揺した様子で、頭のてっぺんに白いリボンをつけた紫のショートヘアを揺らしながら、モモカのほうを向いた。「待って……だから私の親指、いつもベタベタなの? 袋が漏れてるんだと思ってた……」
「厳密に言えば、」モモカはメガネを直しながら、そっと呟いた。腰まで届く長いピンクの髪が肩を滑り落ち、紫の瞳は穏やかな三日月形に細められている。「コンビニの標準的なコロネに入っているチョコクリームの粘度なら、第三の選択肢が可能です。しっぽをつまんでちぎり、それで太いほうからクリームをすくい出せば、こぼす危険なく、パンとフィリングのバランスを保てます。」
タカコは小さく息をのみ、手首を曲げ、指を興奮した小さな前足のようにゆるく丸めて、胸の前に上げた。「モモカさん……天才です!」
「タカコ、その子を調子づかせないで!」キララは鋭く言い放ったが、明らかに頭の中で計算を走らせていた。「しっぽを先にちぎったら、結局そこにぽっかり穴が開いて、残りのクリームが漏れるじゃない!」
ベフゾドの目は、純粋な衝撃のあまり、本当に『O_O』になっていた。『これって、本当に悩むようなことなのか?』と彼は心の中で思った。
それから、彼は真ん中の列の最後の席に目を向けた――そこには、灰色の目をして、ニキビだらけの顔に脂ぎった黒髪の太った少年が座り、社会的な気まずさからうつむいていて、明らかに自信なさげだった。
ベフゾドは我知らず、静かな重いため息をつき、シズカを見下ろした。「あの……君のクラス、いつもこんなに人が少ないの……? 本当に、17人くらいしかいないけど?」
シズカはようやく顔を上げた。燃えるようだった頬は、いまはほんのり赤いだけになり、元気いっぱいに笑ってサムズアップを見せた。「うん! 前はもっと男子がいたんだけどね、いじめっ子がほとんどだったから、追い出されちゃったの!」
「そうか……」ベフゾドは静かに、興味深そうに呟き、最後の列のほうに顔を向けた。最初の席には、長い黒のリーゼントに生き生きとした黒い瞳の、そびえ立つような大男、リュウタが座っていた。敵意むき出しの顔つきで腕を組み、家でやり忘れた数学の宿題を理解しようとしている。「ダメだッ! 真の戦士に数学は不要だッ!」と彼は、ベフゾド以外の全員が無視することにした情熱的で轟くような声で宣言した。「今すぐ腕立て伏せ50回をやる必要があるッ!」 そして本当に、床に身を投げ出し、『男らしく』ふんふんと息を吐きながら、大きな声でカウントしつつ腕立て伏せを始めた。
真ん中の席には二人が座っていた。短い茶髪に茶色の瞳の少年キンジは、大げさに頭を抱えて泣き言を言っている。「うあああ! 無理だ! 数学が俺より上だ!」 その隣では、長い深紅の髪に柔らかな青い瞳、大きな胸の少女ミカサが、こめかみを揉みながら、キンジに基礎的な数学を教えようとしていた。「キンジくん、その2をかけるだけだってば。」
「でも2はどこに――」
「どこかに。探して。」
彼らの後ろには、腰まで届くバブルガム色の髪に、生き生きとした緋色の瞳の少女、サユが座っていて、過剰なほど明るく甘い声で話していた。「キンジくん! きっとできるよ、わたし信じてるから!」
もっとも、キンジが教科書を見ようと顔をそむけた途端、彼女の瞳がうつろになり、表情も消えたことに気づいたのは、ベフゾドだけだった。とはいえ、ベフゾドは、彼女はただ悲しいか落ち込んでいるだけだと思った。
最後の列には、うつろな茶色の瞳に、『カーテン』スタイルの茶髪の男、アヤトが座っていた。頬杖をつき、半開きの目でみんなを観察しながら、自分は世界のすべてが自分を中心に回っている偉大な策士だと思い込んでいる。『ここにいる全員が、俺の個人的な娯楽のための駒だ』と彼は心の中で思った。このクソ策士気取りは、数学のテストで50点より上を取れたことがなく、本物の犬のクソよりひどい臭いを放っているというのに。
ベフゾドはゆっくりと顔を前に戻し、大きく決意に満ちた目で、安堵しながら心の中で思った。『実際、悪くない。ロシアの前のクラスよりマシだ。あとは、みんなと友達になるだけだ。』
だが、立ち上がって本当に誰かと友達になるより早く、あの象徴的な――
キーンコーンカーンコーン――
――が廊下に鳴り響き、授業の始まりを告げた。
引き戸が開き、担任のカナエ先生が教室に入ってきた。表情は明るく朗らかで、目は幸せそうな三日月形に細まっている。「はーい、みんな! 今日は、新しいお友達が、今日からいっしょに勉強しますよ! シャヴカトフくん、立って自己紹介してね!」
ベフゾドは、顔を赤らめたり、どもったり、気まずくなったりする大半の人間とは違い、ただ咳払いを拳の中でひとつして、席から立ち上がり、黒板の前に立った。彼は、教室に入れば自己紹介を求められると知っていたので、実際にスピーチを練習してきたのだ。
「はじめまして、シャヴカトフ・ベフゾドです。ロシアから来た転校生です。」ベフゾドは静かで、柔らかく、中立的な声で言った。クラスはすぐに挨拶で沸き立った。コガネ、キララ、モモカ、タカコの素っ気なく、礼儀正しく、退屈そうな『こんにちは』、リュウタの情熱あふれる「ご挨拶申し上げるッ!」、ジンの温かく気高い「おはよう、ベフゾドくん!」、シズカ(本物)とサユ(うつろ)の元気な声の「おはよう!」、そしてリカの小さくやさしい「おはよう……ベフゾドくん……」。ほかの者たちは、窓の外を見ているか、数学を勉強しているか、自分は偉大な策士だと考えているかだった。
それから、カナエ先生は咳払いをして、教壇に両手をついた。「はい、ベフゾドくん、私はカナエ先生です。今みたいに、フレンドリーで礼儀正しくしてくれることを期待してますよ!」
ベフゾドは静かにうなずき、席に座り直した。
それから、ノートと歴史の教科書、そしてごく普通のジェルペンを取り出した。劇的な演説もなければ、教育への対抗宣言もない。ただ純粋な学びへの好奇心と、心から学びたいという意欲だけがあった。
カナエ先生はしばらく彼を見つめ、純粋な感謝の、コミカルで劇的な涙を頬に一筋流した。「やっと、普通の生徒が……」と、彼女は安堵のため息とともに独りごち、黒板に向き直ると、新たな熱意をもって、平安時代と、この時代に起きた主要な出来事について説明を始めた。
時間はあっという間に過ぎていった。歴史、数学、幾何、生物、社会、そして物理。
キーンコーンカーンコーン――
ベルが再び鳴り、一日の授業の終わりを告げた。
ベフゾドは手早くカバンに荷物を詰め、肩に背負って教室を出ながら、みんなに無言の別れとして軽く手を振った。
今、彼は両手をだらりと脇に下ろして、小学校へと続く道を歩いていた。なぜかって? そこに妹がいるからだ。
小学校までの道のりは長くなかった。実際、5分もしないうちに、ベフゾドは靴を履き替えている小さな姿を目にした。彼女はマリナ・シャヴカトヴァ、ベフゾドの八歳の妹だ。綺麗で丸く、生き生きとした茶色の瞳をしていて、髪は太ももに届くほど長く、頭の両側にはお団子が二つ、そのうち一つはオレンジブラウンの、クロス柄の可愛いリボンで結ばれている。
ベフゾドを見上げた瞬間、彼女は花火のようにぱっと輝き、純粋なデレデレのエネルギーで駆け寄り、満面の笑みを向けた。「ゾディクちゃん! 今日の学校、すっごく大変だったけど、いい成績いっぱい取ったよ! ゾディクちゃんはどうだった?」
ベフゾドは温かく微笑み、マリナの頭のてっぺんを軽く撫でた。「ぼくも大変だったよ。うちの先生、熱心なのに、ちょっと厳しくてね。マリナがすぐに慣れたみたいで、よかった。家まで送らせて。安全が心配で落ち着かないんだ。」
マリナはすぐに彼の手に身を寄せ、くすくす笑った。頬がほんのりバラ色に染まり、目は幸せそうな三日月形に細まる。「えへへ! ゾディクちゃん、わたし幼児じゃないよ、ひとりで帰れるもん!」
「心配なんだよ、いもうとよ。」ベフゾドは柔らかく、気遣わしげな声で言い、彼女の頭から手を下ろして、二人は歩き出した。
マリナの家までの道のりは、実際にはかなり短かった。彼女の家は学校から10分のところにあった。広い芝生と、閉じたガレージのある二階建ての家だった。
「じゃあね、マリナちゃん。」ベフゾドは小さく微笑んでマリナにうなずいた。できるだけ明るく見せようとしているのに、表情はわずかに寂しげになっていた。「ご両親には、ぼくと話したって言わないでね、いい?」 彼は優しく、深く憂いを帯びた声で言った。その声は親しみやすさを失い、どこか悲しみに傾いていた。
「うん! じゃあね、ゾディクちゃん!」マリナは笑顔で手を振った。けれど去る前に、彼女は素早く彼に近づき、両腕を彼の腰に回してぎゅっと抱きしめた。「悲しまないで……ちゃんと、よくしてもらってるから……」 彼女はベフゾドを見上げて、やさしく、ほとんど母親のように気遣う声でつぶやき、それからベフゾドを放して、家の中へ入っていった。
ベフゾドは、やさしい悲しみと孤独の入り混じった表情で彼女を見送り、きびすを返して家路についた。両親とともに日本へ移住したとき、彼はすぐにゴシックカフェ――「ヴェルヴェット・コフィン」――でバーテンダーの仕事を見つけ、両親にお金を頼むことで、自分用のアパートを借りることができた。けれど、それ以降、ベフゾドは両親と話すことがだんだん減っていった。正直なところ、父の傲慢な、いつも自分を支配しようとする欲求にうんざりしきっていたし、母は決して干渉しなかったからだ。
彼は今でも、静かにテレビを見ていたある日のことを覚えている。突然、父から電話がかかってきたのだ。電話に出ると、父は怒鳴り始め、自分たちを捨てた利己主義者だと彼を罵り、そして金を要求し始めた。その金は、ベフゾドが学校と光熱費と食費を払うのにすでにぎりぎりだったものだった。彼はすぐに両親の両方をブロックし、永遠に、あらゆる繋がりを断ち切った。
『少なくとも、マリナには優しくしてくれてる』と彼は心の中で思いながら、ついにアパートにたどり着き、鍵を差し込んで中に入った。
内側は、居心地のよいワンルームのアパートで、外観や居住スペースは古く改装されていないが、塵ひとつなく清潔だった。ベフゾドは素朴で居心地のよい雰囲気が好きなので、あえてそのままにしている。冬でもヒーターを使わないのは、寒さが大好きだからだ。
たった一つの部屋は、こんなふうだった。中央に低いテーブルがあり、その反対側の両側に、厚くて長い敷き布団が一枚ずつ。片方には枕が、もう片方には掛け布団が置かれていて(ベフゾドが寝るのはこちらだ)、テーブルの下にはノートパソコンがある。部屋の奥には小さな引き出し棚があり、その上にブラウン管テレビが置かれている。
部屋にはさらに、四つの仕切りがついた、より大きな引き出し棚があり、その上には縦長の鏡が置かれている。棚の隣、壁に、三つのフックが取りつけられている――一つには学校の制服をかけたハンガー、二つ目にはその他の私服のハンガー、三つ目には、緑の軍曹帽とともに、亡き祖父からの贈り物である緑の軍服がかかっている。あ、それから、テレビのそばには、アフガン戦争を生き延びたように見える大きな床置き扇風機も立っている。
一方、キッチンには、最新式の冷蔵庫、流し台、キッチン収納、洗濯機、オーブン付きのコンロ、電子レンジがあり、向かい合わせに二脚の椅子を置いた小さな背の高いテーブルもある。キッチンに入ると、まず椅子とテーブルが目に入り、椅子の後ろの角には冷蔵庫がある。流し台、コンロ、洗濯機は壁に寄せられ、壁の一面は、ベフゾドが自分用にとってあるレシピ以外、完全に何もない。洗濯機の隣のもう一つのテーブルの上には、電子レンジが置かれている。
ベランダは、居間からしか出入りできず、備品は三つだけ――隅のプラスチックの椅子、その近くのプラスチックのテーブル、そしてソ連製の鉄の物干し。祖父からの贈り物だ。
トイレと風呂は一つの部屋にまとまっている。ベフゾドが金をかけて修繕したのは浴室だけで、新しい浴槽、新しいトイレ、新しい洗面台を買い、壁、床、天井も全面的に修繕した。だから今、アパート自体は古びて見えるのに、浴室は本当にきれいで美しい。
ベフゾドは手早く着替え、古くて着心地のいい灰色のショートパンツと真っ白なシャツになった。
洗面所で手を洗うと、すぐにキッチンへ向かった。昨日のスープを取り出し、コンロにかけて、鍋で手早く温め直す。
夕食をさっと食べると、ベランダからタオルを取り、浴室へ向かって、長いシャワーを浴びた。
それから部屋に戻り、扇風機とテレビをつけて、宿題を始めた。
時計が10時を指すころには、ベフゾドはすでに宿題を終え、GTA4をプレイしていたが、ノートパソコンの電源をさっと落とすと、すぐさま眠りに落ちた。彼のアパートは夜、本当に暗く、『どうして十代の子が、こんなに暗いアパートでひとりで寝るのが怖くないんだ?』と思ってしまうほどだ。
答えは簡単だ。テーブルの下に、ポケットナイフを隠しているのだ。もし幽霊や怪物や強盗が押し入ってきたら、ベフゾドはすぐさまナイフをつかみ、「ヴァルハラのためにぃぃぃぃ!」と大声で叫びながら敵に突進するだろう。――少なくとも、本人はそう思っている。
これがベフゾドの学校での最初の日だった。『……そんなに悪くなかったな、実際。ただ、ちょっと変だっただけで……』 彼は、ウズベク柄の枕を整え、横向きに寝返りを打ちながら、そう思った。
つづく……




