夏の始まり
「お言葉に甘えさせていただきます。」
紫がかった瞳がじっとこちらを見つめる。これはつまり肯定……だよな?
正直言えば、断られる前提の提案。全く何もしないのは俺が嫌だったから、提案をして断られれば仕方がないと、そう思っていた。
もちろん、OKならOKで助けになるつもりはある。だけど年頃の女の子が見知らぬ男の家に上がり込むなんて思ってもなかった。
思わず少女の顔をじっと見つめてしまう。ウルフヘアに青いインナーカラーが入った髪型がよく似合っていて、少しタレ気味でくりっとした瞳が綺麗だ。
「…あの?どうかしましたか?」
しまった、思わず見とれていたみたいだ。声を掛けられたことで我に返ることができた、ひとまず家に案内しよう。
「…っ。わかった、案内するよ。ついてきてもらえるかな、えっと……」
そこまで言ってで名前がでてこなかった、そういえばこの子の名前すら知らない……。名前もわからずこんなやり取りしているなんて、なんだかアホみたいだと少し笑いそうになってしまう。
「悪い、自己紹介がまだだったな、俺の名前は葛城陵介。君の名前を教えてもらってもいいかな?」
そんな俺の言葉を受けて彼女は首をかしげると少し笑いをこぼす。
「ふふっ。やっぱり気がついてなかったんですね。それともそもそも認識されてなかったのかな。西野美嘉です。一応葛城君のクラスメイトなんだけど……。」
クラスメイト!?ニシノミカ……西野ミカ……西野美嘉。確かそんな名前の女子はクラスメイトにいた気がする。ただクラスメイトの西野美嘉はメガネをかけた地味な少女だったはずだ。
「あーー……。ごめん、気が付かなくて。流石に全く知らないわけじゃない……んだけど、西野さんって普段メガネかけてなかったっけ……?」
そういうと彼女は少しホッとした表情になった。どうやら合っていたみたいだ。
「ちゃんと認識していてはくれたんだ。葛城君って周りに全然興味なさそうだからそもそも認識されてないかもって思った!私ね、プライベートではコンタクトなの。学校だとメイクもしてないし髪も少し整えるぐらい。学校ではあまり目立ちたくなくて……。」
たぶんこっちが素の話し方なのだろう、いつの間にか丁寧語まじりだった口調も完全に砕けたものになっている。ともあれ学校ではあまり目立ちたくないというのは親近感を覚える。俺も過去に早苗と一緒にいることでやっかみを受けたこともあり、人との関わりがイヤになり、なるべく目立たないように関わらないように過ごすようになった経緯がある。
「そうだったのか、なんというか親近感があるよ。俺もあまり目立ちたくないから。」
「葛城君の場合逆に目立ってる気がするけどね……。入学直後からクールで何考えてるかわからない、近寄りがたいイケメンって話題だったよ。」
「いや、そんなわけないだろ……。よくわかんねー喋らないやつって思われてるのは自覚してるんだ。」
イケメンなんて有りえないの言葉をうけて鼻で笑う。せめて顔が良ければ早苗と一緒にいるだけでやっかみを受けることも少なかっただろう、釣り合ってないとか邪魔になってるとかよく言われたもんだ。
……とはいえそんなことを言われることはもう無いだろう、お世辞としてありがたく受け取っておこう。
また本題からそれてしまった、なんともなしに未だなお照りつける太陽を睨みつけため息を付いた。
今もなお燦々と降り注ぐ太陽光を意識すると、思わぬ立ち話で今もなお減り続ける体力も否応無く意識させられる。早く帰って冷たいお茶でも飲みたい。
「まぁ、とりあえず案内するよ。迷惑ってわけじゃないけどさ、さっきも言ったけど一人暮らしなのは本当だから。西野さんがいいなら案内するよ。ついてきて。」
そう言って歩き出すと、近くの公園で子どもたちが遊ぶ声が聞こえてきた。意識していなかっただけでおそらくずっと聞こえてはいたのだろうが……。
そうか、夏休みだもんな……俺も朝はテンションが高かったはずだったんだが……。そんなテンションは強い日差しと暑い気温で溶け出して、衝撃的な出来事に吹き飛んでいってしまっていた。
今年は早苗が旅行に行って居ないのもあり、ただただ休みなだけで一人で何もない日常を過ごすと思っていたんだけど、しょっぱなから思いがけないことになったもんだ。
別に悪い出来事でもないと思っているが、予定が崩れるのが早すぎるよなぁ。……元々あってないような予定だけどさ。




