第1話 森で出会ったもの
母と逃げた。
炎に包まれた村を背に、俺は森へと走った。
「――逃げなさい」
振り返った母は、泣いていた。
それ以来、会っていない。
森の中を、ひとりでさまよった。
怖かった。
でも――生きたかった。
だから、歩き続けた。
そのときだった。
茂みの奥で、ぷる、と何かが揺れた。
「……なんだ、これ」
警戒する俺の前に、それは近づいてくる。
「スライムだけど、君は?」
「……ガイアス」
少しだけ間を置いて、名乗った。
「じゃあ、一緒に来る?」
――それが、ルムとの出会いだった。
最初は、ルムだけだった。
でも気づけば、周りにやつらが増えていた。
変なのも多かったけど――悪いやつばかりじゃない。
森での暮らしは、悪くなかった。
……むしろ、少し楽しかった。
――だからこそ。
それが、ずっと続くものだと思っていた。
少し開けた場所に出ると、森の魔物たちが集まっていた。
みんな、どこか楽しそうにこちらを見ている。
「ガイアスに、プレゼントだよ」
俺は、少しだけ戸惑いながら、それを受け取った。
「ありがとう」
それは、見たこともないほど大きな剣だった。
「……大きいな」
思わず呟く。
「俺、こんなの使えるのか?」
「ガイアスなら大丈夫だよ」
ルムは、当たり前のように言った。
試しに持ち上げてみる。
――軽い。
思っていたよりも、ずっと。
「……あれ?」
少しだけ振ってみる。
風を切る音が、やけに鋭かった。
それから俺は、少しだけ剣を振るようになった。
やり方なんて知らない。ただ、振るだけだ。
それでも――妙にしっくりきた。
その剣は、いつの間にかお守りみたいになっていた。
――もう、失いたくない。
その思いだけは、ずっと残っていた。
森の奥で、何かが音を立てた。
ガサッ――
「……まさか」
そんなはずはない。
ルムがいるのに。
「ルム、逃げろ」
声が、少しだけ震えた。
手も、震えていた。
でも――止まれなかった。
やらないと、やられる。
ルムが死んだら――
その瞬間、体が動いていた。
剣を振る。
――初めてだった。
それでも、止まらなかった。
気づけば、相手は動かなくなっていた。
俺は――斬ってしまったんだ。
しばらく、動けなかった。
……あいつらと、同じじゃないか。
そんな考えが、頭をよぎる。
「ルム……俺、斬っちゃったよ」
声が、少しだけ震えていた。
「動かなくなっちゃった」
「……ごめんなさい」
ルムは、少しだけ揺れて――
「僕のために……ありがとう」
その日も、俺は薬草を食べた。
生きるために。
……それでも、生きるしかなかった。
「なあ、ルム」
少しだけ間を置いて、口を開く。
「俺は、この先も斬ると思う」
手にした剣を見る。
「この剣で」
息を吐く。
「でも……これからは、こう思うことにした」
静かに続ける。
「この剣には、みんなの思いが詰まってる」
「……だから」
「斬られるやつも、何かを背負ってる」
「そこから、離れることになるんだって」
「俺が全部背負うのはやめる」
「……生きるためだ」
視線を落とす。
「それに、斬られることで……解放されることもあるかもしれないだろ?」
小さく、息を吐いた。
「良いことをしたなんて思ってない」
「罪の意識が消えることも、ないと思う」
それでも――
「必要があるなら、俺は斬る」
「それを、選ぶよ」
ルムは、何も言わなかった。
ただ、そっと隣で揺れていた。
「ただ、必要じゃないものは斬らない」
少しだけ間を置く。
「……変なやつは斬る」
「うん」
ルムが、静かに揺れた。
気づけば、俺は森で魔物たちを守る側になっていた。
話し合いで済むこともあった。
どうにもならないこともあった。
そのたびに、俺は選んだ。
斬るか、斬らないか。
それが何度も繰り返されて――
気づけば、俺は強くなっていた。
そんなふうに、平穏な暮らしをしていた。
少なくとも――俺はそう思っていた。
最初に気づいたのは、ほんの小さな違和感だった。
薬草の育ちが、少しだけ悪い。
いつもいるはずのやつが、姿を見せない。
ルムも、どこか落ち着かない様子で揺れていた。
「……なんか、おかしくないか?」
「うん」
ルムは、すぐに頷いた。
「森の空気が、少しだけ変だ」
その“少しだけ”は、日を追うごとに大きくなっていった。
争いが増えた。
話が通じないやつも増えた。
――明らかに、何かがおかしい。
「原因、わかるか?」
ルムは少し考えてから、答えた。
「多分……上の方だと思う」
「上?」
「上級の魔物たち」
その言葉で、すべてが繋がった気がした。
「……何か、やらかしてるのか」
胸の奥が、ざわついた。
――嫌な予感がした。
その予感は――
今まで、一度も外れたことがない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この話は、森での出会いから始まって、
「どう生きるか」を選び始めたところまでを描いています。
ガイアスにとって“斬る”という行為は、
強さでも正しさでもなく、ただの選択です。
優しいものだけでは守れないものがあって、
でも、何を斬るのかは自分で決めないといけない。
そんな少しだけ面倒で、でも避けられないことを、
この森の中で少しずつ積み重ねていく話になっています。
まだ大きなことは何も起きていませんが、
小さな違和感は、いつも静かに広がっていきます。
この先も、ゆっくりと変わっていくはずです。
よければ、続きを見届けてもらえると嬉しいです。
ありがとうございました。




