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第12話:魔力供給という名の、甘い搾取

「五条院のハゲ親父め、今度会ったらお札の力で髪の毛を一本残らず消去してやる……!」

「パパも手伝うぞ晴明! ひよりをあんな危険な目に遭わせようとする奴は、国家組織だろうが何だろうが九条家の敵だ!」


深夜の九条家。

リビングからは、いまだに父さんとお兄ちゃんの怒号と呪詛の声が漏れ聞こえていた。陰陽寮からの依頼を私が受けてしまったショックと、白耀への怒りが限界突破した二人は、居間で特級呪符をこれでもかと量産しているらしい。それを「はいはい、夜中に騒がないの」と笑顔で一蹴する母さんの声も聞こえる。我が家は今日も通常運転だ。


「はぁ……。みんな、明日から大穴の調査なのに元気だなぁ……」


私は自室のベッドに大の字になって寝転がり、天井を見つめていた。

明日、私は初めて「国の任務」として、あの不気味な妖たちの世界と向き合うことになる。不安がないと言えば嘘になる。けれど、右の拳をぎゅっと握りしめると、体の奥底に眠るあの黄金の力が、主の呼びかけに応じるように小さく拍動した。


「――ほう。明日の戦いを前に、我が力を恋しがっているのか?」


「ひゃうっ!?」


突然、頭上から降ってきた声に、私は跳ね上がるようにして飛び起きた。

開けておいたはずのない窓。そのカーテンが夜風に大きく揺れ、月光を背に浴びながら、銀髪の美青年――白耀が、窓枠に優雅に腰掛けていた。

制服の上着を脱ぎ、白いカッターシャツのボタンを少し緩めた彼の姿は、昼間の端正さとは裏腹に、どこか酷く色っぽい。


「し、白耀……!? なんで窓から入ってくるのよ! 玄関から入りなさいよ!」


「我がわざわざ正面から入れば、階下の猟犬ども(父と兄)が吠え猛るだろう。お前と静かに過ごすための、我が配慮だ」


白耀は無音で床に降り立つと、長い足を一歩、また一歩と進め、私のベッドへと近づいてきた。

彼が近づくだけで、部屋の空気が一気に彼の気配――清涼で、けれど頭の芯が痺れるような濃密な霊気で満たされていく。私は思わず身を引いたけれど、すぐにベッドのヘッドボードに背中が当たってしまった。


「さあ、ひより。昼間の約束を覚えているな? 我はただで力を貸すほど、お人好しの神獣ではないと言ったはずだ」


「や、約束って……対価、だっけ……?」


ごくり、と唾を飲み込む。

白耀はベッドの縁に膝をつき、私を見下ろすようにして覆いかぶさってきた。

至近距離。彼の切れ長な金色の瞳が、夜の闇の中で怪しく発光している。彼の長い銀髪が私の頬にハラリとかかり、その冷たい指先が、私のパジャマの襟元をそっと押し下げた。


「そうだ。我が力をこれほど純粋に、かつ大量に行使したのだ。お前の肉体と魂を通じ、我もまた『人の世の糧』を得ねば、契約の均衡が崩れる」


「人の世の糧って……具体的に何をすればいいの?」


「簡単なことだ。我が力を流し込んだお前の肉体から、今度は我の望む『甘美な霊気』を、直接吸い上げる。……少し、熱くなるぞ」


白耀の指先が、私の鎖骨の上――あの赤い契約の刻印に触れた。

その瞬間、ドクンッ! と心臓が跳ね上がり、刻印が鮮やかな真紅に発光した。


「あ……っ、ん……」


言葉にならない吐息が口から漏れる。

痛いわけではない。むしろ、体の奥底からドロドロとした熱い何かが 湧き上がり、全身の神経がその熱に支配されていくような、強烈な感覚。

白耀は私の腰を大きな手でがっちりと固定すると、首筋の刻印へと、迷うことなくその薄い唇を押し当てた。


「――っ、は、白耀……!」


吸い上げられる。私の体の中にあった白耀の霊力と、私自身の生命力が混ざり合い、彼の唇を通じて彼へと還っていく。

あまりの快感と熱さに頭が真っ白になり、私は彼の白いシャツの胸元を、爪が食い込むほど強く握りしめていた。彼の胸板から伝わる鼓動も、私と同じくらい速く、激しく打っている。


白耀は、私の首筋に何度も深く、痕を残すように唇を這わせた。

じゅ、と微かな音が室内に響くたび、私の体からは力が抜け、ただ彼の腕の中に預けるしかなくなる。それは「魔力供給」という名目の、明らかな搾取。私を自分のものだと誇示するための、彼の圧倒的な独占欲の現れだった。


「ふ……む。やはりお前の霊気は、極上の味がするな、ひより」


どれほどの時間が経っただろうか。

ようやく唇を離した白耀は、名残惜しそうに舌先で自身の唇を湿らせ、妖艶に微笑んだ。

私はといえば、呼吸を乱し、顔を耳まで真っ赤に染めて、彼の胸に寄りかかったままピクリとも動けずにいた。全身が熱くて、頭がふわふわして、まるで極上の毒を盛られたかのような心地だ。


「……もう、バカ……。明日、戦いなのに、こんなに腰が抜けたら戦えないじゃない……」


消え入るような声で抗議すると、白耀は愛おしそうに私の髪を何度も撫で、その額に優しく口づけを落とした。


「案ずるな。お前の体には、今、吸い上げた以上の我が『純真な神気』が巡っている。明日の大穴など、お前のその拳一つで消し飛ばせるほどのな」


白耀はそう言うと、私を優しくベッドに横たえ、自身もその隣に滑り込んできた。そして、私の体を背後から包み込むようにして、その大きな九つの尾の幻影で、私を丸ごと隠すように抱きしめた。


「白耀……? 自分の部屋に帰りなよ……」


「嫌だ。我は我が契約者の側を離れん。……お前は我がものだ、ひより。眠れ。明日は我が、お前の最高の戦いを見届けてやろう」


彼の腕の中は、驚くほど温かかった。

階下からは相変わらず「お札の増産体制に入る!」という父さんの声が微かに聞こえていたけれど、私は白耀の心地よい霊気と温もりに包まれながら、深い眠りへと落ちていった。


私の首筋には、昨日よりもさらに濃く、鮮やかな「彼の痕」が刻まれていた。

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