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アーリャと浴衣と夏祭り-1-

正直なところ、俺たちの島は常夏で、つまり季節って概念がない。

 ってことはわざわざ季節に合わせたイベントを行う必要はないんだけど、それじゃつまらないよーって連中が一定数いるから結局のところ人間世界と同じようにイベントを催す。

 謝肉祭、復活祭、感謝祭、ハロウィンにクリスマスにあれやこれや。

 祭りとつくものはなんでも、って感じが否めないけど、まあ要するにバカ騒ぎしたい魔王たちが多いってことかな。

 俺たち日本人にハロウィンやクリスマス以外の海外製お祭りってあまり馴染みがない。

 だけど俺は統括者だから『そんなの知らないもん』なんて言えるわけもなくて、いろいろと勉強する羽目になる。

 まぁ楽しいからいいけど。

 ……え、それぞれの祭りがどんなものかって?

 ちょっと待って、自伝から項目探すから。

 テーブルの上に置いてあった自伝を引っ張りよせ、該当ページを探し出す。

 えーっと、まず謝肉祭ってのはいわゆるカーニバルって呼ばれるもの。元々はカトリック系のお祭りだね。

 四旬節の前、つまり復活祭の四十六日前の水曜日から復活祭前日までを指す期間の前に行われる。

 お祭りの期間は約一週間。

 その間に世界各地でいろんなカーニバルが行われるけど、大概は仮面舞踏会みたく仮装してやるみたい。

 リオのカーニバルなんてのが有名だね、うん。

 で、そのあとに来るのが復活祭、つまりイースターのお祭り。

 『春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日に行われる』、ってあった。ややこしいなぁ。

 日本でいえば大体お花見や入学式の時期にあたる。

 キリスト教圏ではとても重要なお祭りで、欧州では株式・債券市場の開場にまで影響を及ぼすそう。

 感謝祭ってのは上二つと名前が似てるけど全くの別物。

 アメリカとカナダの祝日の事だ。七面鳥の日なんて呼ばれることもあるね。

 七面鳥の丸焼きを食べる日、っていえば想像つくかな。

 元々はイギリスから移住した植民地開拓民が、最初の収穫を記念して行った行事だったらしい。

 教会でお祈りしたっていうからキリスト教と無関係ではないけど、上二つほどじゃない。家族での食事会、ってくらいの認識だ。

 ちなみに時期はアメリカ式だと11月の第四木曜日、カナダ式だと十月の第二月曜日。

 この島だとアメリカ式の日取りでやるけどね。

 ハロウィンは日本でも有名になっちゃった行事。

 日本のは単なるバカのバカ騒ぎだけど、本来は秋の収穫を祝い悪霊を追い出す、古代ケルト人が起源のお祭り。

 毎年十月三十一日に行われるね。

 有名なかぼちゃ(ジャック・)(オー・)お化け(ランタン)とか、子供が仮装して家々を訪れお菓子をもらう風習はアメリカに入ってきてから定着したそうだ。

 あとは仮装も有名。

 アメリカでは特に『恐ろしい』って言われるものが選ばれる傾向が強い。

 例えば幽霊、魔女、悪魔、ドラキュラや狼男なんかもポピュラー。

 欧州系の魔王は素の外見がそんなのばっかりだから、たぶん一番俺たち魔王に似合ってるお祭りじゃないかなと思う次第。

 ちなみにキリスト教とはそれこそ無関係。

 クリスマスは……説明いらないんじゃないかな。

 いや、一応やっとくか。

 クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝うお祭りだ。降誕祭、って言い方もあるね。

 時期はもちろん、十二月二十五日。

 最近では商業色が強くなりすぎて、ローマ教皇が懸念を示しているとかなんとか。

 それからワルプルギスのお祭りもやっちゃう。

 正式には『ヴァルプルギスの夜』。

 四月三十日か五月一日に北欧で広く行われるお祭りだ。

 数多くのラノベでもその名前は登場するから、日本でもよく知られていると思う。

 発祥は古代ケルト。

 ケートハブンなんて呼ばれる春のお祭りの前夜が『ヴァルプルギスの夜』って呼ばれ、魔女たちが跋扈すると言われてた。

 また別の風習では『死者を囲い込むもの』とされ、北欧神話の主神オーディーンが死んだ日であるとされてる。

 それによれば、この夜は死者と正者の境が弱くなる時間だと言われ、死者と魂を追い払うためにかがり火が焚かれる。

 そして光と太陽が戻る五月一日(メーデー)を祝うことに繋がった。

 つまりは五月の到来を祝うお祭りともいえるかな。

 もっともこれに関しては俺たちの気が向いたときにやってるから、元のお祭りとは全く別物になっちゃってるけど。

 三十日ないし三十一日の夜に始まって一晩中宴会して、次の日の朝日を拝んでから解散、っていう、『徹夜でお祭りして騒ごうぜ』くらいのノリ。

 ただまあ、一応順番的には謝肉祭・復活祭・ヴァルプルギスの夜・ハロウィン・感謝祭・クリスマス、ってなるかしら。

 でも今回やるのはそのどれでもない。

 どこからか日本のお祭りってやつを聞きつけたどっかの魔王から、『今年の夏は日本風のお祭りやろうぜ』なんて嘆願書が上がってきた。

 これは単なる嘆願書だから計画書なんてくっついてない。

 だから俺がオーケー出すと同時に実行委員が発足することになる。

 ちなみにもうオッケー出しちゃったし、実行委員も決まってる。

 と言ってもほぼいつものメンバーだ。

 俺と、なぜかノイ。グレッグやオーナーは飲食関係で参加することになるけど、まだいない。先に決めることがあるからね。

 代わりにに今年からエスターとフランツをまぜた。

 他、日本出身者として一人。

 「よろしくお願いしますね」

 今俺たちがやってる初顔合わせの席でぺこりとお辞儀した巫女装束の女の子。まあ魔王だけど。

 「こちらこそよろしく、カルラ」

 漢字で書くと、『迦楼羅』。

 本人が考えたいわゆるDQNネームだけど、まあ魔王だからいいじゃん?元の名前も結構そっち系だったみたいだし。

 まあ日本の神社の生まれなのにインドの神様の名前を冠してるってのもどうかと思うけど……。

 あ、言ってなかったか。。

 実はこのカルラ、都合よくというかなんというか、実家が神社なんだそうで。

 本人もいろいろ教わってはいたそうだから、その知識を借りようと俺が引っ張り込んだのだ。

 「私の知識がどこまで役に立つかはわかりませんが……。精一杯やらせていただきます」

 「ん」

 DQNネームの魔王とは思えない、柔らかな物腰。

 それもそのはずで、カルラは魔法ではなく陰陽系、つまり護符に書いた式を魔力で起動させる呪法を好む。

 この呪法はできるだけ心を穏やかに保つトレーニングも必要だそうで、もちろん彼女もそれをやってる。

 結果、世の中の全てが嫌になって魔王になるほどおかしくなって、でもいざ魔王になったら世の中の全てに対して『まあ、落ち着きなさいよ』なんて言っちゃうおかしな魔王が出来上がっちゃったって寸法。

 変なの。

 ま、それはいいや。

 「ですが……」

 カルラの話が続いてる。

 「この島には日本風の神社あるいはお寺というものがありません。もしこの企画を進めるのであればどこかに新しく建造する必要がありますよ」

 「仰る通り」

 土地は余ってるからいいんだけど、問題はこの島の建造物、そのほとんどが洋風の建築。

 その中にいきなり日本風の神社仏閣があったら街並み的におかしくなっちゃう。

 だから建てる場所も決めなくちゃならない。

 「ここはどう?」

 「そこは風が強くないですか?ここはどうでしょう」

 「あ、そこ主任の秘密基地があるんで止めた方が」

 「秘密基地ぃ?」

 「はい。小さいころから夢だったとかで」

 「奴らしいのぜ」

 「もう!グレッグは……。土地使用申請ってものがあるのに!ねぇアーリャ?」

 「余ってるからいいけど」

 「こら統括者ー!」

 「ごめん」

 喧々諤々。

 島の地図を前にあーでもないこーでもないと意見を出し合う。

 この島は現実の物からひとつ位相をずらして、つまり膜で覆われたようになっていて、その膜の上に俺達の居住空間を作っている。

 地図はその、膜の上を表したものと現実の物と両方がある。海岸線は同じなんだけどね。

 「……ではここはどうでしょう?」

 カルラが指さしたのは島の南側。比較的奥に入ったところだ。

 まだ未開発の地区で家はなく、原生林が生い茂ってる。

 ただ近くまで道が来てるから、割と簡単につなげられるかな。

 「いいんじゃないかな」

 「うん」

 「海からの距離は約一.三キロ。鳥居と階段で海まで繋げてもいいかもしれませんね」

 カルラが口元に笑みを見せる。

 「この辺の海岸は砂地ですから整地も簡単でしょうし」

 「いいかもしれない」

 開発後の姿を思い浮かべる。

 立てるのはやっぱり神社がいい。祀るのはそう、なんでもいいけど……。基本的に俺達魔王は神なんて信じてないから、適当なアーティファクトでも置こうかね。

 「神社にはいろいろな建物があります。本殿、拝殿、幣殿、神楽殿、舞殿、社務所などです」

 カルラが指折り名前を上げていく。

 「ですが今回建てるのは最低限の物だけで良いと思います。お祭りの雰囲気を出すのが目的で、正式な神社を作るわけではないのですから。とはいっても本殿は外せませんし、お祭りとしての見栄えを考えるならば神楽殿もあったほうがいいでしょう。社務所も必要ですね」

 「ふむぅ」

 俺の脳内で簡単な見取り図が描かれていく。

 最奥の本殿から石畳の境内へ続き、参道の先には大きな鳥居。境内には池や橋を作ってもいいかな。

 それから灯篭と狛犬。

 「……こまいぬ、と」

 ノイが俺の横で紙におおよその位置をかいている。

 「こんな感じ?」

 「ん」

 「そうですね。それでよいと思います」

 ノイがぺらりと紙を掲げてみせると、カルラが微笑んで頷いた。

 「よし。じゃあこれでいこう。建設関係はカルラ、任せていい?」

 「構いません。何名か手伝いの魔王をお借りできれば」

 カルラも魔王だし、魔法を使って建設は一人でできるけど。

 「やはりある程度人数がいた方が早く建築できますので」

 「ん」

 そりゃそーだ。

 「グレッグのやつもそっちに入れてやろうなのぜ」

 「フランツもそっちでいい?」

 「構わんのぜ。これでも建設現場渡り歩いた経験もあるからな」

 ほう。意外。

 「じゃあ私とノイは……」

 「屋根や室内の装飾品、それに服かな?」

 「そうですね。それと池にかける橋と狛犬などもお願いします。資料は後程お渡ししますので」

 「よしきた」

 ノイ謹製のOAP、オートマチック・アセンブリ・プラントがまたも大活躍の予感。

 で、まずは現地を見てこようって話になって立ち上がったその時。

 「ん……?」

 俺の意識の端にピリッと電気が走ったような感覚があった。

 これは、島を覆っている結界からの警報(シグナル)だ。

 「どしたの、アーリャ」

 その意味が分かった途端、俺の意識が急速に先鋭化して戦闘モードになっていく。

 どこかへにゃっとしてた目も鋭くなって、耳もシッポもピンと立つ。

 「アーリャ?」

 「侵入者だ」

 「へ!?」

 ノイが素っ頓狂な声を上げた。

 『おい、お前ら聞こえるか。特にアーリャ』

 俺が呟くと同時、会議室にいる全員の頭にグレッグの声が聞こえた。

 『今ゲートポートの地図に反応が出た。島の警戒水域に誰かが——人間が入って来た』

 グレッグが詰めているゲートポートには島の全体地図が合って、それは島に出入りする者すべてを認識する魔法具なんだ。

 「知ってる。急行する」

 島への出入りはゲートポートの転移魔方陣で行うけど、ここでいう『出入り』っていうのは『魔王たちが住む位相への出入り』だ。

 現実世界にある島は一応結界でおおわれているけど、それは対物、対魔法障壁。そして悪意あるものを弾く概念の障壁だ。

 だから理論上、悪意なく近づくものは島に上陸する事が出来ないわけじゃない。

 もっとも魔王であっても『無人島に上陸する事が出来る』だけで、『魔王が住む位相に入ること』は出来ない。人間ならなおさらだ。

 ごく稀に人間の船が島の近海を通ることがあったけど、それは大抵国連とかの調査船。彼らは絶対に島へは上陸しない。

 法令で禁止されてるし、そんなものが無くたって魔王が住む島に行きたがる人間なんて今の時代、いるわけもない。

 ——じゃあいったい誰が?

 「先に行く」

 「了解だよ」

 俺は一人先行する旨を伝え、窓を開けて空に飛びだした。ちんたら出口まで走ってられないよ。

 侵入者と接触する為には、まずゲートポートに行って現実世界の無人島に戻らなきゃならない。

 図らずもその先は今話し合っていた建設予定地の海岸線。

 「……面倒なことにならなきゃいいけど」

 森の上空を翔けながら、呟く。

 行く手にゲートポートを視認し、俺は速度を落とした。

 

 

 ——薄暗い船内。すえた臭い。年頃の体を覆うのはぼろきれ一枚。手足には鉄の鎖が食い込んでいる。

 わずかに顔を上げれば、私と同じような格好をさせられた人たちが力なくうずくまっているのが見える。

 暇だったから数えてみたら、三十五人いた。

 うち、男が十五人、女が二十人。歳は十歳くらいの小さな子から働き盛りらしい年齢までいろいろ。

 錆びついた壁や床、それに空気の匂いや不規則な揺れから、ここが船の中であるらしいことは分かった。

 確信がないのも仕方ない。

 なにしろ自分の意思でここに入ったわけじゃない。気づいたらこの錆だらけの床に倒れていたから。

 ここには窓なんてものはなく、天井から下がったオイルランプが不気味な陰影を作り出しているだけだ。

 「ねえ、ねえママ。わたしたちどうなるの?」

 小さな子が母親らしき女性に尋ねている声が聞こえた。

 ここに詰め込まれた人間の中では唯一の白人種だ。

 親子そろって白い肌とブロンドの髪。相当汚れているからたぶんだけど。

 「大丈夫よ。神様がきっと助けて下さるわ」

 女性は何とか娘を安心させたいらしいけど、はっ!言うに事欠いてカミサマ?

 「ばっかじゃないの」

 呟いた声が聞こえたか、女性がこっちを見たけど表情は変わらない。言葉が分からないんだ。

 東南アジアの少数部族の言葉なんて、お綺麗なハクジンサマ(・・・・・・)が知ってるわけないもんな。

 「この世界に神なんていない」

 再度呟くと、女性は困ったように首をかしげた。

 私の部族は伝統的に、太陽を唯一神として崇めてきたけど、あいにく最近は試練ばっかりだ。

 エイゴ(英語)ってやつじゃエルニーニョっていうらしいけど、その性で魚は獲れないし木々の実りも少ない。

 おまけに気温の変動が激しくて母さんは体調を崩してしまった。

 まちに薬を調達しに来た私は、誰かにさらわれて今やこのザマ。

 事ここに至って私は、常々感じていた矛盾から確定的な答えを見出し、確信した。

 「神なんているもんか」

 町で何度か宗教的な話をしている旅行者に出会い、そいつらが話している内容を聞いたけど……おかしくておかしくて笑っちまったよ。

 何が平等だ、愛だ。

 そんなもの家畜の餌にもなりゃしない。

 自分が部族の中でも相当に浮いた考えの持ち主だってことは分かってるけど、実際そう思うんだから仕方ない。

 大体そのカミサマとやらが人間を平等に愛して下さるんなら、なんで私は奴隷みたいに鎖に繋がれてここにいるんだ?

 近代化の進む町から十キロも離れたら、裸に布撒いただけの恰好で暮らす私らみたいなのがいるんだ?

 その辺の矛盾はどう釈明する気だろうね、連中の言うカミサマとやらは。

 「ふん……」

 手首の鎖をじゃらりと鳴らす。

 錆びた壁に頭を預け、目を閉じた。

 何日過ぎたか知らないけど、いったい私たちをどこに連れて行く気なのやら。ま、ろくでもないところなのは確かだろう。

 私は女だから体でも売らされるのかな。仲間の目を盗んで街にはよく出ていたから、そういう連中を知らないわけじゃない。

 見た感じ、男の望むことをしてやると金をもらえて、それがたくさんあるとなんでもできるらしい。

 何をしてるか見たことはないけど、そういう連中が入っていく建物からはずいぶんと気持ちよさそうな声が響いてきたっけ。

 あの声聞いてると腰がむずむずするんだよなぁ。

 ま、どうでもいいや。

 自由になるならなんだってしてやる。

 悪魔と契約したっていい。

 母さんには悪いけど、あの古臭い村からおさらば出来るならね。

 「私はもっと自由に生きるんだ」

 掟もしきたりもない、自由な世界で生きるんだ。

 と、そこまで考えて、私は手足の鎖の存在を思いだし、暗澹たる気分になった。

 差し当たってこの状況、自由って言葉からぶっちぎりで反対方向に進むこの状況をなんとかしたいんだけど。

 華奢な手足に食い込む鎖は錆だらけの部屋の中にあって場違いなほど綺麗だ。

 ちぎるのはもちろん外すのだって無理だ。

 あーあ。

 それにしてもおなか減ったなぁ。

 そろそろ塩スープとパンでも持って、あの乱暴そうな連中が来ないかなぁ。

 そしたらドアの隙間から逃げられそうなもんだけど。

 「……いや、でも本当に誰も来ないな」

 前回、前々回の食事時間の空き具合から考えて、体感的にはそろそろ人が来てもいい頃合いのはずだけど。

 私以外の連中は消耗しきっていて、とてもそんなことを考えられう状況じゃなさそう。

 まあ自分で言うのもなんだけど、この中で一番野生に近い生活してたのは私だろうからね。体力にはそれなりに自信がある。

 耳を澄ますと、船のきしむ音の他は何も聞こえてこない。

 今までは人が歩くような音や下卑た笑い声なんかも聞こえたんだけど。

 私の中の勘が、何かおかしいと警告を発した。首筋がざわつく。

 全てがおかしいこの状況で、さらにおかしなことが起こる……いや、起こったのか?

 「……」

 そっと立ち上がる。

 体力の消耗は大きいけど、歩けないほどじゃない。

 鎖をじゃらじゃら言わせてドアに近寄ると、何人かが私を見上げた。

 どいつもこいつも死んだ魚の目しやがって。

 ドアの前に立ち、押してみる。が、やはりびくともしない。鍵がかかっている。

 引くことは出来ない。こちら側に取っ手が無いからだ。

 これは外からしか開ける事が出来ない、つまり中の人間が逃げられない構造になっている。

 けどこのドアも全体が錆びきっている。私の脚力で思い切り蹴飛ばしたらぶっ壊れるんじゃないか?

 足を上げかけて、いやいやと思い返す。

 この部屋に入ってきた連中は武器を持ってた。銃とか、ナイフとか。

 流石に手足縛られて閉鎖空間内でそんなのとやり合う気はない。森の中ならいざ知らず。

 とすれば不用意に音をたてて危険極まりない連中を呼ぶのは得策じゃない。

 「ふむ……」

 小首を傾げてドアから離れた、次の瞬間だった。

 ドガン、と何かが破裂するような音が聞こえた。

 続いてパンパンと軽い破裂音。

 室内の連中が一斉に首と体を縮こまらせた。

 聞いたことがある。

 これは銃の音だ。

 でも、一体誰が?

 「終わりだ……!」

 「もう俺達はおしまいだ……!」

 悲嘆にくれた叫びが上がる。

 銃の音は船内中で上がり始め、だんだん近づいてくる。

 「殺される!殺されちまう!」

 「ママァー!!」

 「おお、神よ!」

 ……こんなときまでカミサマの名を呼ぶ女性には呆れるね。

 ズガン、ドガンと重い発砲音が近づく。

 私の勘が、ドアから離れろと囁いたので、それに従う。

 すると、ドガシャンとひときわ大きな銃声と共に、鍵穴辺りにいくつもの穴が開いた。そこからは光が差し込んでくる。

 あーぶね。あのままドアのそばに立ってたら当たってたかも。

 やっぱ勘には従うべきだね。

 パン、と一度だけ破裂音がして、左右からどたりと重い袋を倒したような音がした。

 「……」

 私は暗闇に立ちつくし、鍵穴の周りに開いた穴から差し込む光を、ぼうっと眺めていた。

 どのくらいそうしていただろう。

 やがて船内中で響いていた銃声がしなくなった。

 ぎぃぎぃと船体がきしむ音だけが聞こえてくる。

 いくら耳を澄ましても、足音はもちろん話し声すら聞こえない。

 「……よし」

 私は意を決した。

 出来るだけ足音を立てずにドアに歩み寄る。

 「お、おい。止めろ。危ないぞ」

 見知らぬおっさんが止めて来るけど、私は構わずドアの前に立って気配を探る。

 こういうのは得意だ。何しろ霧で視界が利かない森の中で狩りをしたこともあるんだから。

 ……気配がない。生きている者のそれを、感じない。ただ静寂が広がっている。

 ドアを押そうと腕を掲げると、情けないことに振るえていた。

 まあ状況が状況だ。許して欲しい。

 ギッ。

 そっと押すと、先の銃撃で鍵が壊れていたのか、ドアは軋みながら開いて行った。

 青白い光が少しずつ差し込んでくる。

 ドアが開き切った。

 矢張り誰も飛び出してこない。

 私は部屋中の視線が背中に突き刺さるのを感じながら、一歩を踏み出した。

 部屋から出た途端、ザザン、と大きな音がして思わず目をつぶった。

 が、私は怒鳴られも殴られもしない。

 恐る恐る目を開けると、そこには青白い光に満たされた、広い広い世界があった。

 銀色に輝く海、白い点のような星々が浮かぶ空。

 ひときわ大きな白い円は、月だ。

 そこは、海の上だった。

 右を見ると、伸びる通路の先に横たわる人影があった。

 夜目の効く私には、その人影がすでにこと切れていることが分かった。

 危険はない。

 次に左を見た。

 そこにもこと切れた人間がうつぶせに倒れている。

 察するに、殺し合ったか。理由は知らないけど。

 私が部屋の外に出ても何も起こらないので、室内にいた人々が一人、また一人と立ち上がって近寄ってくる。

 「ひっ!?」

 通路の先で倒れる人間を見て悲鳴を上げてる。

 「ダイジョ、ブ。シンデ、ル」

 片言の英語で喋ってみると、悲鳴を上げたおっさんは信じられない顔をして私を見た後、そっと死体に近寄って行った。

 「ほ、本当だ。死んでる」

 震えるつま先で死体を蹴っ飛ばし、反応がないことを確認し、ひきつった笑顔を向けてきた。

 「何が起きたんだ……?」

 「ワカラ、ナイ」

 その後、全員で船内を捜索した結果、私たちを各地でさらった人買い共の悪漢は、全員死んでいることが確認された。

 外部から襲撃された形跡がない、と一人が言っていたので、おそらく仲間割れだろうということになった。

 理由?知ってるわけないじゃない。

 けど確かなことは二つあった。

 ひとつは朗報。

 私たちは自由になったということだ。もう私たちを脅し鞭で叩く者はいない。この船は私たちの物だ。

 もうひとつは、非報。

 私たちの中でこれほどの船を動かせるものはおらず、しかもここがどのあたりなのか分からない。

 加えて食料の残りは、あと二日分しかない、ということだ。

 

 

 

 ゲートポートでグレッグと合流した俺は、現実世界の無人島の海岸線を一路、侵入者の反応の方へ飛んでいく。

 「その岩を曲がったら見えるはずだ」

 「ん」

 統括者用魔法補助具(ゴールドレイド)の感触を確かめ、不測の事態に即応できる用意識を調整。

 侵入者は人間であることが分かっているし、であるならたとえ不意打ちを受けても俺に傷一つつける事なんてできない。

 けど不必要に油断するつもりもない。

 グレッグと並び、海に突き出た岩を曲がった。

 「見えた。あれだ」

 「船、貨物船?」

 「そうだな」

 沖の方に二キロほど出たところに、ボロい貨物船らしき船影があった。

 「ありゃ穀物とかを運ぶための船だな。嵐にでもあって故障して、流されてきたか?」

 「……」

 それにしちゃ静かすぎる。

 貨物船へ向かうと、グレッグの意見が間違っていることが分かった。

 オッドアイが捉えたのは、楽しい映像(ヴィジョン)じゃなかった。

 「……死体がある」

 「げー、まじだぜ」

 船の上空で止まり、甲板からその下から、オッドアイで走査する。

 「……乗組員ぽいのは全員死んでる。殺し合ったみたい」

 「なんでそんなこと」

 「知らない」

 グレッグが言っていた穀物はなく、代わりに、

 「生き残ってる人間もいる。十五人」

 「一ヶ所に固まってるな。どうする?」

 「接触する」

 気は進まないけど、これも仕事だしね……。

 ゆっくりと高度を下げて甲板に着地し、大人数の反応があった場所へ歩いていく。

 途中、何体かの死体を転がしたけど、どれも腐敗が始まってて見た目最悪。でも銃で撃たれたものであることは分かった。

 通路を歩いていくと錆びついたドアがあった。鍵穴のところにいくつもの穴。

 「ショットガンの弾痕だな。撃ったのは……あいつか」

 前方の死体が銃身を切り詰めた(ソードオフ)ショットガンを抱え込んでこと切れている。

 「この中に大人数がいる」

 気配は感じるけど、どれもひどく衰弱してる?

 念の為対物・対魔法障壁を展開してドアを押すと、ギギギと嫌な音を立てて内側へ開いて行った。

 反撃はなし。

 代わりに据えた臭いが鼻を突いた。

 一歩足を踏み入れると、床には何人もの男女が転がっている。動かないけど、一応息はあるみたい。

 「ん」

 左側の暗闇から押し殺した敵意。武器を持ってるけど、これは……小さなナイフか。

 「やぁっ!!」

 お、突っ込んできた。良い速さと鋭さだ。これは文明人ではまず、訓練を受けたものでないとありえない。

 人影が腰だめの携えたナイフが、俺の障壁で弾かれて人影が体勢を崩した。

 「っ!?」

 「……」

 ゆっくりとそちらを見る。

 女……の子。十七歳くらいか。肌は褐色で緑の瞳。髪はぼさぼさだけど、口元から除く八重歯と相まってすごく野生的。

 ふしゅー、と息を漏らしてる。

 「○○×○×!」

 何か喋ったけど、聞き取れない。言語形態が世界一般的な物じゃないな。恐らくどっかの部族独自の言葉。

 まあ魔王なら意思をそのまま相手の脳に送りつけられるから——要はテレパシーみたいなものね——、それで話しかけることにする。

 「危ないじゃない」

 「!?」

 驚きの感情が伝わってきた。

 「いきなり襲いかかられる謂れはないんだけど」

 「わ、私たちをこんな目に合わせといて!ふざけるな!!」

 少女は普通に声に出して喋ってるけど、何が言いたいかは意識をトレースして翻訳した。

 なんか知らんけどめっちゃ怒ってるんですが。

 「知らない。私たちは今来たところ。座礁したこの船を調べるために」

 「座礁!?なによそれ!」

 「知らねぇのか。ここは魔王の島だ。お前らはいわゆる不法侵入者って奴だよ」

 俺と同じようにグレッグもテレパシーで会話に入って来た。

 「魔王?島?」

 少女の心に戸惑いが浮かぶ。

 「な、何事だ?」

 「だ、誰なの、その人たち……」

 「人さらいの連中の仲間か!?」

 少女の声に反応したのか、部屋中から蠢く気配がする。

 「ふむ。……はいちゅうもーく。言葉分かる人ー」

 「わ、分かる」

 数人の男女が頷いた。ふむ。英語は通じるのね。

 え、英語しゃべれるのかって?むっふっふ。これも魔王の力、自動翻訳ー。

 正確にはテレパシーの概念と同じで、脳内で喋りたい言葉を思い浮かべて、それを世界が記憶している音の羅列、ここでは英語の音に変換して発音しているのだー。

 ちと説明が面倒だけど、人間の発する言語に限らず、高度に発達した生物の発する意思というのはこの世界そのものが記憶している。

 音として発する言語も、その前段階として脳が言葉の羅列を意識する。

 世界はその文字の羅列と、発音された音の両方を記憶していて、つまりそれは辞書みたいなもの。

 だから俺達魔王が話したいことをまず思い浮かべ、次に魔法発動の要領——つまりヘイロウ粒子に働きかける要領だ——で世界に干渉させると、世界が言語の発信者、つまり俺の望む音に変換してくれる。この場合は英語ってことになるね。

 ごほん、と咳払いを一つ。

 「結構。では端的に言います。まず、私の名前はアーリヤヴナ・ケモノミミスキー。本年度の魔王統括者です。そしてここは魔王の島。皆さんは現時点では不法侵入者。なのでここにいる理由とか、いろいろ聞かせてもらいます」

 「ま、魔王アーリヤヴナ……。聞いたことある!」

 「ま、魔王の島……だと!?」

 「あ、あのニュースとかでやってる、人型災厄の!?」

 「や、そんな……!殺される!?」

 「きゃあぁぁぁぁ!!!」

 あー、魔王のこと知ってる人もいるわけね。

 恐れと恐怖の感情が爆発的に広がって、人間たちが悲鳴を上げて俺達から距離を取った。

 「いきなり危害を加えるようなことはしません。まずは話をしましょう」

 「嘘だ!俺達を殺すつもりだ!」

 「卑劣で卑怯な魔王の言うことなど信じられるか!」

 「この悪魔め!」

 「……」

 ピシッ。

 俺の発する気にほんのわずかな殺意が混じる。

 それだけで人間たちは息を詰まらせて黙った。

 「信じる信じないは勝手です。が、こちらとしても不必要かつ不本意に、しかも見境なく危害を加える気はありません。加えて私としては手助けするのもやぶさかではありません。が、話す気がないならこのまま船を外洋へ送り出してしらんぷり、でもいいですよ。……衰弱している人も多いみたいですが」

 『……』

 そういうと人間たちはお互いの顔色をうかがいあった。自分たちが助かる確率と、魔王の危険度を計っているんだろう。

 「よく分かんないけど」

 と話し出したのは、私の左でナイフを握ったままの少女。

 「私たちを助けてくれるの?」

 「そう望むなら手を貸しましょう」

 少女の野性的な瞳がこちらを見据える。

 俺は口元に笑みを浮かべてその視線と真っ向から向かい合った。

 「私の言葉も分かるの?」

 「魔王ですから」

 少女がよく分かってなさそうに首をかしげた。

 「いいわ、信じる。少なくとも話が出来るのは確かだし」

 こいつらじゃ私の言葉分かんないのよ、と少女が言った。

 「ふうん?」

 意外に肝が据わってるね。

 「悪魔や精霊は私たちにとって身近な存在。畏れはあってもそれは恐怖ってことじゃない。……私たちに何が起きたか話すから、外出ていい?」

 「分かりました。……グレッグ」

 「おう」

 緑の巨人を促して踵を返す。

 「やめろ、行くな!殺されるぞ!?」

 男の一人が声を張り上げた。

 あーあ。足も腰もがくがくしちゃって。どんだけ怖いんだよ。

 まあ怖いだろうけどさ。

 「ダイ、ジョブ。コノヒト、タチ、ナニモシナイ。ワカル」

 少女が片言の英語で喋った。

 俺とグレッグは無言で部屋から出て甲板へ。少女もその後からついてくる。

 まだ敵意は感じるけど、どっちかっていると虚勢に近いかしら。

 かわいいねぇ。

 ……しかし『恐れはあっても恐怖じゃない』か。

 普通彼女のような人間は悪魔だの精霊だの、それに準じるものや現象に対してこそ畏れと怖れを同時に抱く物だけど。

 この少女の部族は違うのかしら。それともこの子の感じ方が特別なのかな。

 「ここにしよう」

 甲板の一角に座り込み、俺達は少女と向かい合った。

 「じゃ、聞かせてくれる?」

 「いいわ」

 で、聞いたところによると。

 まずこの少女の名前はフィズ。東南アジアの少数部族の出だそうだ。

 エルニーニョ現象の影響で食物が満足に取れず、母親も体調を崩したため街に薬を調達に出かけ、どうやらそこで人さらいに掴まったらしい。

 後ろから誰かに抑えつけられたと思ったら意識を失った、って言うから、有名なクロロホルムでも盛られたかね。

 で、気付いたら他の人たちと一緒にこの船の船室の中。

 どのくらいの時間が経っているかはわからないそうだけど、聞いた感じさらわれて半月、ってところか。

 さらにフィズは、二週間前に船中で銃声が聞こえて、外に出たらみんな死んでた、と言った。

 「死体の様子とも合致するな」

 「ん」

 「でも外に出られたのはいいけど、水も食料も二日分しかなくて。何日か嵐が来たから水はそれで確保した。でも食べ物がなかった。体力のない奴から死んだ」

 元は三十五人がいたらしいけど、子供や体調を崩したものから死んでいったそうだ。

 グレッグがはーん(・・・)と唸った。

 「道理で、みんなひどく衰弱しているわけだ」

 「納得」

 フィズはここでうつむいた。

 「その、私たちを助けてくれるの?さっきのみんなの様子見てると、お前たち、ひどく恐ろしい存在のようだけど」

 「まあそうだな。魔王なんて言われてるしな」

 「魔王。悪魔の王ってこと?」

 「意味はあってる」

 俺としちゃ悪魔ってのは人間の事を指すんじゃないかと常々思ってるけどね。ややこしくなるから言わないでおこう。

 フィズが顔を上げた。

 その顔にはどこか悲壮な色が浮かんでいる。

 「悪魔でもいい。私たちを助けて。いや、私を助けて」

 「君を?」

 「私はもう、あの村に戻りたくない。あの掟だらけで息苦しい村からでたいの。その為なら何でもする。悪魔と契約したっていい。だからお願い!」

 「少し落ち着いて」

 「はぁ、はぁ……」

 フィズが荒げた息を宥めている。

 その様子を見ながら、俺はグレッグと顔を見合わせた。

 「どうする、統括者」

 「ふむ……」

 とりあえずこの件、悪意ある進入ではなくどちらかといえば漂流の果てに流れ着いた、ってところが正しいっぽい。

 俺達魔王と人間は互いに不可侵条約を結んでいる。いや、不干渉条約と言った方がいいか。

 でも今回のように本人の意思によらず流れ着き、しかもひどく衰弱してるとなればほっとくわけにもいかないか。いや、俺的にはほっといてもいいんだけど。

 人間がどうなろうと知ったこっちゃないし。

 フィズという少女の言い分だってよく分からん。

 村に戻りたくない。それは分かる。でもなんでそれに俺達が手を貸さにゃならんのか。

 俺達は俺達でのんびりまったり暮らしているんだし、余計な厄介事を抱え込むのは御免こうむりたいところだ。

 だから——これはほとんど俺の気まぐれだ。

 「分かった」

 「……え?」

 「助けて欲しいというなら助ける。水と食料と薬も分ける。元気になるまで島の一角も貸す。でも元気になったら出て行ってもらう。それがこちらの条件」

 「わ、分かった……!」

 フィズの顔に安堵が浮かぶ。

 「いいのか、アーリャ」

 「良くはない。人間とは不干渉条約を結んでいるから、本来ここまでする義務はないしやっちゃいけない。だから気まぐれみたいなもの、ととってくれていいよグレッグ」

 「ま、お前がそれでいいならいいぜ。お前は統括者なんだからな」

 「ん」

 「じゃあ早速……」

 フィズが立ち上がって船室に戻ろうとする。

 「あ、もう一つ条件がある」

 「なに?」

 「人間たちとの橋渡し役。あなたにお願いする」

 「わ、私が!?」

 こくり、と頷く。

 「あなたは私たちを必要以上に怖がらない。普通に話が出来るし意見も言いあえそう。わずかとはいえ隣り合って暮らすならそういう存在が必要」

 「……分かった。でも私あまり英語しゃべれない」

 「構わない。むしろその方が都合がいい」

 「?……よくわからないけど、それならいい」

 それじゃ、といってフィズは俺達の提案を人間たちに伝えに行った。

 「……どう出ると思う?」

 「さあね。助けて欲しいけど魔王に助けられるなら死んだ方がましだ。そう考える輩もいると思う」

 むしろそういう方が多いんじゃないかと、俺は予想してる。

 であるなら、そういう奴にまで助けの手を伸ばす必要はない。俺達は慈善団体じゃないんだから。

 「助けて欲しいと願うものだけ助ける。他は好きにすればいい。ただし、結界を張って島の中での移動は制限する」

 そうすれば俺達の島を荒らされる心配はないからね。

 まあ食料とか生活空間とか、ものすごい不自由だろうけど。

 「さらに極限状態に陥るかも知れねぇぞ」

 「知ったことじゃない」

 はっは、とグレッグが笑った。

 「魔王みてぇだ」

 「魔王だもの」

 そう、俺は魔王。人間嫌いが高じて突き抜けた存在。人間がどうなろうと知った事じゃない。

 けどまあ、助けてくれって命乞いしてくるならやぶさかじゃない。これはそれだけの話だ。

 俺だって別に、非情の存在、ってわけでもないんだから。

 

 

 

 フィズが戻ってきて、人間たちとの話し合いの結果を教えてくれた。

 予想通り、魔王なんぞの助けはいらん、という人間が一定数いたらしい。フィズも結構淡白な性格らしくて、じゃあ勝手にすればと言い放ったそうだ。

 英語をあまりしゃべれないフィズを橋渡しに選んだのは、つまりそういうことだ。

 変に説得したりしようとせず、相手の自主性に任せられるから。

 まあこの子の性格もそうなんだろうけど。

 そのかわり、フィズは魔王でも何でもいいから助けて欲しいという人間たちを連れてきた。その十人。小さな女の子やその母親っぽい人もいる。

 「結構いたね」

 「そうだな」

 怯えまくってる顔を順繰りに眺め、感想を漏らす。

 「約束は守ってよ」

 「約束?」

 フィズが頷く。

 「危害は加えない、って」

 「分かってる。確約する」

 そうして俺達は頑固な人間たちを残して一路、島の砂浜を目指した。海中を歩くのは面倒だから、まとめて魔法で浮かばせて飛んできた。

 人間達は最初こそ悲鳴を上げてたけど、後半は慣れてきたらしくて少し楽しそうだった。

 空飛ぶなんて経験、特区でもない限り出来ないしね。

 「さて……と」

 連れてきたはいいけど、ここは何もないただの砂浜。魔王の暮らしている位相にいれることはないから、人間達にはここで暮らしてもらう、訳だけど。

 「流石に一から全部やれってのは酷か」

 「ん」

 人間たちを見回すと、辺りを見回して不安そうにしてる。

 どう見てもサバイバルに長けた人間はいなさそうだ。

 ということで、俺はまずカルラに連絡をとった。

 「カルラ、聞こえる?」

 『はい、聞こえますよ。アーリャさん」

 「今どこ?」

 『例の、神社の建設予定地にいます。立地的にも問題なさそうなので、このまま進めようかと』

 結構。予想通りだ。

 「じゃあ早速だけど、今いる人員で樹を何本か切って、こっちに持ってきてくれる?」

 『分かりました。では私が切りますので運ぶのはノイさんにお願いします』

 神社を立てるとなると、まず森を開拓して整地しなきゃならない。その過程でたくさんの木材が出るから、それを何本か寄越してもらって家の材料にすることにした。

 「じゃあ俺は布やら服やら、炊事道具に食材とかを確保してくるぜ」

 「お願い。お金が必要なら統括者名義でツケといて」

 「あいよ」

 グレッグがゲートポートに飛んでいく。

 一人残された俺はこれからの予定を人間たちに伝えてやった。

 ともかく殺されることも危害を加えられることもなく、本当に助けてもらえそうだと感じた人間たちの顔には、一様にほっとした表情が浮かぶ。

 「まずは腰を下ろして休んでて。今仮の家を作るための材料や衣服、炊事道具なんかを用意するから」

 そういうと、人間たちは砂浜に腰を下ろして思い思いに休みだした。

 みんな大きなため息ついてうつむいてる。

 余程辛かったんだろうね。

 とりあえず自分の収納空間からキャンプ用のコップとドリンクサーバーを取り出して中に水を満たす。

 フィズにコップを渡して、飲んでていいと伝えた。

 彼女からコップを受け取った人間たちはたっぷりと満たされた水を見て半信半疑だったけど、フィズが自分のコップになみなみと注いだ水の匂いを軽く嗅ぎ、がっつくように飲み干したのを見て安全だと思ったんだろう。

 我先にとサーバーにダッシュして水を注ぎ、浴びるように飲みだした。

 「あ、あの……」

 「ん?」

 その様子を眺めていると、例の母親らしき女性が怯えながら話しかけてきた。

 「た、助けていただいてありがとう、ございます」

 「……どういたしまして」

 「あなた達はその、魔王ということですが……」

 「そうだよ」

 女性は何度か迷って、そして口を開いた。

 「その、怒らせるつもりはないのですが。非道で卑劣で卑怯で、恐ろしい人型災厄とまで言われるあなた達が、なぜ助けてくれるのですか?」

 「怒らせるつもりはないとか言いつつひどい言いようだね……」

 人間にとっての認識は間違ってないけどさ。

 「じ、事実でしょう!」

 その胸元で揺れるロザリオを認め、俺は何となく理解した。

 この人、カトリック、つまり神を信じる人間だ。

 その教えからも悪魔だと言われる俺達が、なぜ自分たちを助けるのか理解できないんだろう。

 ぷい、と顔をそらす。

 「ただの気まぐれだよ。私たちは好きに生きてるからね」

 「人間を、その、攻撃したのもですか?」

 それは人間を攻撃したのも気まぐれなのか、ってことか?

 「……ずいぶんズバっと聞くね、あなた」

 「あ……」

 しばらくジト目を向けてから、俺は答えてやった。

 「人間を攻撃したのは、私達が止めろって言うことをしつこくやってきたからだよ。誰だって脅されて人体実験につき合わされたり家族を人質に取られたり、暴力的な言葉や行為を受けるのは嫌でしょ」

 「そ、そんなことニュースでは。魔王が一方的に、と。それにいくら魔王が相手と言えど神がお許しにあるはずがありません」

 「本当の事なんてニュースがいう訳ないじゃん。あんなのに公平性があるなんて思ってるの?ニュースなんて国民を洗脳するためのものだよ。それに神?そんなもの存在しないよ」

 「そんなこと……!」

 「あ、そう。見たところ白人だけど、どこでさらわれたの?」

 「え、あ、その。タイで、です」

 「じゃあ観光客だったわけね」

 道理で、他の人間と比べて異質だったわけだ。

 「じゃ、子供共々人さらいと人身売買の対象にされてもまだ、神はいるって言える?」

 「それ、は……」

 女性が黙った。

 言えるわけないよね、そんなこと。

 「ふん」

 俺が背を向けて歩き出すと、その背に女性の声がかかった。

 「でも、今。神は助けてくださいました」

 ぷっ。

 っと。思わず吹き出しちゃった。何を言いだすかなこいつは。笑かすなよ。

 「違うね」

 俺はとびきり凶悪な笑みを浮かべて振り向いてやった。

 女性が小さな悲鳴を上げて後ずさる。

 「さっきも言った通り。あなた達を助けたのは、魔王の気まぐれだよ」

 今度こそ何も言えなくなった女性をほっといて、俺は砂浜を歩いて行った。

 

 

 

 しばらくしてノイが持ってきた十数本の木が、ごろごろと砂浜に現れた。

 見た目ゴスロリ服の幼女が空中から枝葉のついたままの木を引っ張り出して見せると、人間たちの口があんぐりと開いてたっけ。

 後々ノイは、しばらくぶりにいい気分だって言ってたね。

 ともかくその木を、ノイと二人それぞれ宙に浮かせ、魔法で枝葉を取り払って丸太に加工。

 俺の脳内CADの図面に従って適当な長さに切り、基礎、土台、床、壁、屋根と組んでいく。

 ものの二十分ほどで砂浜には二棟のログハウスが現れていた。

 うむ。我ながら言い出来だ。

 ウッドデッキと天窓を備えた三角屋根。

 ガラスは砂浜の砂を閉鎖空間内で圧縮加熱する事で作った。

 室内は基本靴を履いて生活する欧米スタイルで、ベッドもやっぱり丸太製のちょっとワイルドな形。

 水は森の中を流れる川から転移魔法の応用で引っ張り込み、コンロはどっかの魔王が開いてた家電ショップで買ってきた。

 全てが同時進行で生み出されていく中、人間たちはぽかんと立ち尽くしたままだったね。

 たぶん何がどうやって何が起きてるのか、さっぱりわからなかったに違いない。

 出来上がった後のログハウスに入る時も恐る恐るだったし。ま、同じこと人間にやらせたら数日かかるよ。

 全員にシャワーを浴びさせると、半月ぶりの温かなお湯のおかげでみんなやっとほっとした顔になってた。

 服もどっかの魔王がやってた被服店で、グレッグが適当に人間ぽいのを見繕ってきた。

 二次元を具現化したような服じゃなく、普通の服を選んでくるあたり、グレッグもちゃんと考えてたみたい。しかも結構センスがいい。流石は元女性と言った所かしらん。

 そのあとは一週間分くらいの食材を渡した。

 女性陣もいるから料理くらいは出来るでしょ。

 また様子を見に来るからと言って砂浜を立ち去ったのが、午後九時くらい。結構遅い時間になっちゃったよ。

 オーナーの宿の食堂で、ノイやグレッグと少し遅めの晩ごはんだ。

 ローストビーフ、黒パン、シチューにサラダ。タマネギのスープ。飲み物はビール。

 いつもよりちょっと少なめに出してもらった。

 食べてる最中にカルラも来たので、一緒に食事しつつ神社建立の様子を聞いた。

 地質的にも風水的にも問題なく、良質な木材が取れるのでそのまま材料にすることにしたそうだ。

 打合せが終わってようやく宿の自室に戻ったのは午後十一時。

 シャワーを浴び、砂や汗を落としてさっぱりする。

 ベッドに転がって今日の出来事を思い出す。

 いやはや、いろんなことがいっぺんに起きた。しかも結構な難題だ。

 まさか魔王の島に人間を置く羽目になるとは!

 ああ、助けなんかいらないって言ってた連中は船に残った。食料も水もない中でどうやって生きてくつもりなのやら。

 連中が妙なことしないか少し気になるけど、まあ出来ることはたかが知れてるから大丈夫だろう。

 ログハウスの食材はしばらく持つだろうし、次は三日くらいたってから顔見せればいいか。

 神社の方も気になるし、明日明後日はそっちをやらないとね。

 「あふ……」

 あくびを一つして窓を閉め、ランプを消してベッドにもぐり直す。

 「もふもふ」

 ひとしきりシッポを愛でてからそっと抱いて、俺は目を閉じた。

 

 

 ——時間は少し戻って、アーリャ達が用意したログハウスの中。

 人さらいから解放され、まさかの魔王に保護されるという前代未聞の体験を絶賛継続中の人間たちは興奮からか、なかなか寝付けない者が多かった。

 「ねぇ、ママ」

 フィズの隣のベッドで横たわる親子も、そうらしい。

 うとうとしかけていたフィズは小さな声でわずかに意識を覚醒させた。

 このベッドというもので寝たのは初めてだけど、なかなかどうして寝心地がいい。ふわふわでいい匂いがして、ああ、夢にまで見た街のホテルというところみたいじゃないか!

 「なあに?私のお姫様」

 母親が応じている。

 「私たちを助けてくれたのは、かみさまなの?」

 「そうよ。ひどいひどい仕打ちを受けた私たちを、神様が助けて下さったのよ」

 「……でもあの人たち、まおうなんでしょ?あくまのおうさまなんでしょ?」

 「え、えぇ……」

 困ってる困ってる。

 母親がどんな答えを返すのかを聞き耳を立てていたフィズは、にやりと笑った。

 この矛盾、一体どういうふうに言い聞かせるのか、少し興味がわいてきた。

 「あくまのおうさまが、私たちを助けてくれたんじゃないの?」

 「それは……。そう、きっと悪魔の王様にもね、人をかわいそうだと思う心が残っていたのよ」

 「わるいことをするひとたちなのに?」

 「どんな人にも、良い心はあるものなのよ。あの人たちは悪魔の王様だけど、少しだけ、良い心も持っていたのね」

 「……よくわからないよ」

 だろうね。子供にとっちゃ善か悪かの二択だ。悪の中にある善の心なんて難しい概念、分かるわけない。しかもカミサマ(善の存在)が全てだと言い聞かされてきた子供には。

 フィズたちの部族にはいくつもの悪魔や精霊の言い伝えがある。それらに善や悪という概念は存在しない。そのどちらも持っているか、そのどちらにもなりうるからだ。

 フィズが感じたところでは、あのアーリヤヴナという魔王の言うとおり、彼らは自分の好きに生きている。何物にも何事にも縛られず、ただ思うままに生きている。悪魔のように、精霊のように。

 ああ、それはなんて素晴らしいことだろう。

 なんとかして彼らのように生きる術はないものか。

 フィズにとって魔王とは忌むべき存在でも畏怖すべき存在でもなく、憧れであり夢そのものだった。

 「アーリヤヴナ……」

 衰弱していた人たちが元気になれば、ここを出て行かなければならない。それが彼女達との約束だ。

 しかし。

 しかしだ。

 なんとかしてこの先もずっと、彼女らと暮らす術はないだろうか。

 フィズは眠りにつくまで、そのことだけを考えていた。

 

 

 

 人間たちが流れ着いてから三日後、俺はまず神社建立の様子を確かめるべく、森の中へと歩を進めていた。

 横にはノイが、それこそお供のようにくっついてる。

 拾った棒切れを振り回しながら、スキップでもしそうな勢いだ。

 「そういえば人間たちの様子はどう、アーリャ」

 「この後見に行く」

 「めんどうだからさっさと出てってくれるといいんだけどねぇ」

 「まぁね」

 ただなぁ。

 「二か月も漂流してたから、そう簡単に元気にはならないかも」

 あれから人間界のニュースも見ているけど、特に気になるニュースはやってない。

 失踪した観光客の事は各地の警察機関が把握してるだろうけど、マスコミにはあまり情報を流してないらしい。遅かれ早かれ出るだろうけど。

 先手を打ってこちらから人間に接触して、保護してるってのを言った方が後々いいかもしれないなー、とか考えてる。

 おかしな言いがかりを付けられちゃたまらないからね。

 ま、それもこの後の視察を終えてからだ。

 ここのところ統括者っぽいことが出来て、地味に楽しい。

 幼稚園児の特区訪問くらいからかな、嘆願とか増えだしたの。

 大抵は『却下』で終わるけど、今回のお祭りみたいに実現にこぎつけるものがあると面白いものだ。

 なんてことを考えつつ、ノイと止めどもない話をしながら歩いていると、宿から三十分ほどで現場に着いた。

 飛んできたり転移じゃ道すがらの状態とかわからないからね。

 森の中の小道を歩いてきたら、急にばっと視界が開けた。

 鳥居はまだない。というか絶賛制作中みたいで、奥の方に巨大な丸太が転がってる。

 石畳もなくて下は泥だけど、綺麗に整地されている。

 その向こうでは本殿の建設が始まっていて、よく見る建築現場みたいに紐とクイで基礎の位置が描かれてた。

 ああ、森の中のいい香り。

 森林浴だー。

 「アーリャさん」

 深呼吸してたら声を掛けられた。カルラだ。

 いつも通りの巫女装束姿だけど、この格好でやってたのかな……。

 「お疲れ様です」

 「お疲れ、カルラ。進捗具合はどう?」

 カルラはやんわりとほほ笑んで答えた。

 「ご覧のとおり、土地の均しは終わっています。今日からは本殿の基礎づくりと鳥居の作成に入っています。人間だった頃に建築関係の仕事についていた魔王の方に声を掛けて、アルバイトという形で作業をお願いしているので、素人が作るよりいいものが出来ると思いますよ」

 「なるほど」

 確かに、基礎のあたりで動いている数名の魔王は、次に何をしたらいいか分かっている者の動きだ。

 ナリは華奢な女の子でも、その指示や器具の使い方は堂にいっている。

 っていうか違和感すごいなぁ。

 二次元アイドルみたいな外見なのにカンナ使ってるとか、電ノコで丸太切ってるとか。

 とび職みたいな格好しているのもいるし。

 建築もできるアイドル!ってか。どっかで聞いたな。いや、あれは農業か。

 あ、フランツ見っけ。

 長い髪をポニーテールにして、その上からタオル撒いてるのが、妙に似合ってる。

 巨大なのこぎりで丸太切ってら。

 あっちにはグレッグ。

 切ったばかりらしい木材を運んでる。

 「みんな魔法使わないの?」

 「こっちの方が慣れているし早いんだそうです」

 「プロだ……」

 「プロですね」

 「まあその気持ちは分からなくもないかな」

 と、ノイ。

 「設計図とか描くとき、アーリャみたいに魔法でペン動かすこともできるし、そうしたほうが作業を同時進行させられるけど、私はどうも自分の指で書いた方が納得のいくもの描けるもの」

 どうやらプロ同士通じるところがあるらしい。

 「そんなところでしょうね。ところで、ノイさんにお願いしていた分はどうなりました?」

 話を振られたノイはぐっとサムズアップ。

 「完成しているよ。特に狛犬は自信作でね」

 そう言って収納空間から一抱えもある狛犬を取り出した。

 石の塊だから百キロ以上の重さがあるはずなのに、あっさりと担ぎ上げてる。さすが魔王。

 でん、と鎮座した狛犬を見て、俺とカルラは感嘆の声を上げた。

 「これはすごいです。迫力だけでない、風格さえ漂っている。ただ石を削っただけではこうはいかないはずなのに……」

 「どうやったの?」

 「よくぞ聞いてくれました!」

 説明しよう!とどっかで聞いたようなフレーズと共に、ノイは指先に魔力を集め、空中に絵を描きだした。

 「この狛犬、実は特別に用意した水圧カッターで削って作ってあります。微妙な丸みや牙の形なんかは普通に削るよりこっちの方が自然にできるからね」

 デフォルメされた機材が石を削っていく様子が映し出される。石はくるくると回ってかわいらしい狛犬の形になった。

 「水圧カッター……」

 「そう。水をすごい勢いで噴射して対象を削るものだね。やり方次第でダイヤモンドも削れるよ」

 ああ、それは聞いたことあるな。

 「ですがそれだとかなり時間がかかるのでは?」

 「その通り。だから削っている内部の空間を異世界にして時間の流れを速めて、その上で作業したの。通常時間なら2カ月くらいかかってるね」

 ノイが薄い胸をはるだけあって、この狛犬さんなかなかの逸品。

 苔でも生えたら百年前からあったって言っても信じるね。

 「ではあちらの仮設テントに置いてもらえますか。折を見て設置しますので」

 「ほいきた」

 ノイが狛犬二頭を宙に浮かせ、仮設テントへ歩いて行った。

 ふむ。

 しかしこの分だと今回、俺の出番なさそうだな。

 狛犬やその他備品はノイのプラントで作るし、建設はその道のプロがやってる。我が脳内CADが活躍する必要もあるまい。

 こりゃ楽できそうだ。

 ……と思いきや。

 「アーリャさん。実は一つお願いがるあるのですが……」

 カルラが少し言いにくそうには話しかけてきた。

 「むぃ?」

 「今回はお祭りということで神楽舞も披露することにしたのですが、それには二人必要なんです。しかも片方は神様の役をしなければならなくて」

 「ふむん。それで?」

 「その神様役をアーリャさんにお願いしたいんです」

 「……」

 きょとん、とカルラを見る。

 はい?

 なんですと?

 「……私神楽舞知らないよ?」

 「そこは私がお教えします。それほど難しいものではないので」

 「……なんで私?」

 「我が家は稲荷神社だったので、神楽舞で表すその神様というのが齢数千年の大霊狐なんです。当然、舞手はその姿を模した格好をするわけですが……」

 ぴーん、ときた。

 「なるほど。私には耳とシッポがあるから」

 はい、とカルラが頷いた。

 「お察しの通り、アーリャさんならほぼ地で行けるんです。それにあなたは統括者。一番偉い方でもありますから、配役としてもぴったりなんです。ですからぜひお願いしたいのです」

 「ふーむぅ……」

 神楽舞かー。

 ちょっと興味あるな。

 ぱたぱたとシッポを振って考える。

 「私にできるかしらん」

 「それはもう。私がきちんとお教えしますから」

 俺はもうちょっと考えて、首を縦に振った。

 「分かった。やってみる」

 面白そうだ。厨二心がくすぐられる感じがするね。

 俺が承諾すると、カルラが笑顔を見せた。

 「よかった。では早速明日から練習を始めましょう」

 「分かった。時間とかはあとで教えて」

 「分かりました」

 と、ノイがとことこと戻ってきた。

 「ん?なんの話?」

 「それは」

 「あ、内緒です。サプライズなので」

 カルラが俺の言葉を遮った。

 「そうなの?」

 「そうなんです」

 ふふふ、とカルラが含み笑いをして見せた。

 別にばらしてもいい気がするけど。

 「せっかくのお祭り。なにかしらサプライズイベントがないと面白くないじゃありませんか」

 「……それもそうか」

 「ふぅん?」

 ノイは小首を傾げてから、それなら楽しみにしてる、と追及を止めた。

 さて、これで一通り視察は終わったな。

 「それじゃカルラ。私は次の場所に行くから、あとよろしく」

 「はい。例の人間さん達のところですか?」

 「ん」

 土地を貸してる以上様子見に行かないとね。

 「分かりました。では、例の件は後程」

 「ほい」

 俺とノイは手を振ってカルラと別れ、人間たちの様子を見に行くべくゲートポートへ向かうことにした。

 

 

 

 海岸に作った仮集落に行くと、ちょっとした問題が起こっていた。

 何かというと、

 「……船に残った人間たちが食料を強奪していったぁ?」

 「そう。私、見た。間違いない」

 フィズが悔しそうに沖で座礁したままの貨物船を睨んだ。

 ここに居を構えた次の夜、フィズの鋭敏な感覚が家の周囲を動き回る者の気配を感じ取った。

 こっそり起き上がってみてみると、それは船に残ることを選んだ人間達だったそうだ。

 日が昇ってから調べてみると、小舟でやってきて食料を強奪していったという。

 「それはまた……」

 「なんつー自分勝手な……。そっちで助けはいらないって言っといて、結局私たちが用意した食料奪ってるじゃん!」

 ノイが憤慨している。

 俺としてもちと腹立たしい。

 想定してないわけじゃなかったけど、本当にやるとはぁな。

 しかもノイの言うとおり、助けはいらないと言っておきながら食料を強奪していくとは!

 それも同じ人間から。

 「他にもラジオなんかのこまごました電化製品を取られた」

 「ラジオまで?」

 まったく娯楽が無いのもかわいそうなので買ってあげたのだけど……。

 え、無人島にラジオ入るのかって?電波塔あるから問題なーし。

 にしてもいやはや、彼らの思考が全く理解できない。

 魔王は敵。それはいい。

 ならなんで敵の用意したものを奪っていくのか。それもいらないと言っておきながら。

 魔王にへりくだった人間なぞ、魔王と同じ敵だと思っているのか?うん、それもいい。

 ならなぜ以下略。

 いや、敵だからなのか?

 どっちでもいいけど頭に来るなぁ。

 「どうするの、アーリャ」

 ノイも不機嫌そうに俺を見てくる。

 「とりあえずグレッグに頼んで食材の補給。それからちと船に行ってくる」

 「説得?」

 まさか。

 「ケンカ」

 ぎらり、と犬歯を剥きだした俺を見て、ノイが一歩下がった。

 「お、お手柔らかにね」

 「向こうしだい」

 「ケンカ?私も行きたい」

 悔しそうなフィズがうなり声を上げてる。

 「大丈夫。ここは任せて、フィズ」

 「……分かった。ぶっ飛ばしてきて」

 「心得た」

 「だ、だからお手柔らかに……」

 ごめんノイ。それ多分無理。

 グレッグに事情を話してから、俺はノイを伴って座礁船に向かった。

 空を飛び、ものの一分ほどで到着した俺は、問答無用で攻撃魔法を発動。

 「え、ちょ、アーリャ?」

 慌てふためくノイを横目に、

 「【スプレッド・ランス】」

 多弾頭系攻撃魔法を射出。

 どががががん、と船に穴が開いた。

 「うわわっ!?」

 「な、なんだ!?」

 「げほっげほ!」

 男たちが五人、せき込みながら飛び出してきた。

 「げ、魔王!」

 「てめぇ、なにしやがる!」

 「保護するとか言っておきながら撃ちやがったな!?」

 「やっぱりテメェらの言うことなんざ信用でき」

 「黙れ」

 『……』

 猥雑な罵倒を一言で黙らせる。

 あまり俺を怒らせるなよ。

 「説明して」

 「な、何をだよ」

 一人が震えながら言い返す。

 「言わせるつもり?」

 「な、何のことかわからねーな……!」

 ほう。

 どん、と【スプレッド・ランス】を一発発射。

 男たちの立つ甲板の真下に大穴があいた。

 「ひっ!?」

 「我々の助けがいらないと言っておきながら、物資を強奪したことについてだ。覚えがないとは言わさない」

 男たちが互いの顔色をうかがっている。

 「……」

 どんどんどん。

 三発連続で発射。

 船が傾ぎ、男たちが悲鳴を上げた。

 「それと、お前たちを保護すると言った覚えはない。保護しているのは浜にいる人間達」

 どんどんどん!

 もう船腹は穴だらけだ。ノイがおろおろとしてる。

 「答えないなら沈める」

 「ま、待て!言うよ!……仕方ねーだろ!俺達だって腹減って……」

 「ならなぜ最初に我々の手を払いのけた?」

 「ま、魔王の助けなぞいらねぇよ!」

 「じゃあなぜ強奪した?あの食料はお前たちの言う魔王からの助けだ」

 「せ、背に腹は代えられないというか……」

 ぐるる……。

 喉の奥で威圧的な唸り声が生まれた。

 俺、外見の一部が獣っぽいけど、こんなこともできるんだよねー。

 オオカミっぽい声というか音というか、出せるのだ。えっへん。

 「自分勝手な理屈ね。いや、理屈にすらなっていない。支離滅裂」

 こういうバカどもは俺の最も嫌いな連中だ。

 男たちは何か言い返したいみたいだけど、俺の威圧感がそれを許さない。

 「……最後の情けで聞いてあげる。助けて欲しい?」

 「い、いらねぇ……」

 ふん、意固地になっちゃって。

 でもそういうならいい。本当に助けない。

 「言っとくけど、ダダこねる子供に掛けるような情けは持ち合わせてないからね。いらないっていうなら本当に助けない。それと、これ以上砂浜に入れないよう結界を張らせてもらう」

 それはつまり、今ある食料を食いつくした後は本当にもう何もなくなるということだ。

 案の定男たちが色めき立つ。

 「ふ、ふざけんな!俺達に死ねって言うのか!?」

 ああそうだよ、と言いそうなのを辛うじて飲み込む。

 「ふざけてんのはそっち。そういう選択をしたのもそっち。いい?私たちは慈善団体じゃない。そしてお前たちは条約で定められた不可侵領域であるこの島に不法滞在している身。こちらには本来助ける義務はない。それでも彼らを助けたのは、彼らがそれを心から望んだから。でもお前たちは違うでしょう?」

 「くっ……」

 男どもが黙る。

 「強奪した食料は浜にいる人数の四日分だっけ。五人ならもうちょっと持つか。それは持ってていい。無くなった時にどうなるか、見ものだね」

 くるり、と背を向ける。

 「死にたくなったらいつでもいいなよ。楽に殺してあげるから」

 にいぃっ、と凶悪な笑みを残す。

 「ノイ、いくよ」

 「あ、あ、うん」

 人間たちに対してご立腹だったノイも、すっかり俺に気圧されてる。

 俺はもうそれ以上船の男たちに興味を示さず、ノイを連れて島に戻っていった。

 

 

 「くそがっ!なにが魔王だ!小娘ごときがふざけやがって!」

 アーリャ達が去った船の上で、男たちが憤っていた。

 「一体何様のつもりだ!助けてやってるだと?上から目線で偉そうに!誰がそんなこと頼んだってんだ!」

 「いや、一応頼んだのはこっちだし、理屈の分は向こうにあるぞ……」

 一人冷静な男の意見はしかし、何の慰めにもならなかった。

 「るせぇ!こうなったら何としても例の計画を実行してやる」

 「……できるのか」

 ぐい、と一人の男が別の男の襟首をつかんだ。

 「やるんだよ!人間様に偉そうなこと抜かした小娘どもに、現実ってものを教えてやるんだ!」

 「……そうか」

 襟首を離された男は半ばあきらめの目で相手を見やる。

 「見てろ。俺をこんな目にに合わせた奴ら全員、目にもの見せてやる!」

 そういって男は奪ってきたラジオの分解を再開した。

 

 

 浜辺に戻ると、グレッグがちょうどついたところだった。

 脇に大量の食材が入った袋が置かれてる。

 「ようアーリャ。災難だったな」

 「別に。ちょっと脅してきた」

 「あれでちょっと……?」

 なによ。文句あるの?

 結構抑えたんだぞ、あれでも。

 「こういう時のアーリャさん、とても怖そうですよね」

 おや。

 「エスターもいたんだ」

 「はい。主任のお手伝いに」

 そういってエスターは袋の一つを掲げて見せた。

 「どれ。んじゃ早速こいつをロッジに運んで……ん?」

 「ねぇ、おじちゃん」

 グレッグの足を突っつく小さな影。

 「俺の事か?ってかおじちゃん?」

 「うん。おじちゃん。おじちゃんもまおー、なの?」

 ああ、例の母親の子供か。まだ十歳にもなってないだろう年齢の女の子なのに、物おじせずにグレッグに話しかけてる。なかなかの胆力だな。

 「おじ……。まぁ間違ってもいねぇ、のか?」

 微妙に傷ついた声を上げてから、グレッグが目線を合わせようとしゃがみこむ。

 「どうしたい、お嬢ちゃん」

 「おじちゃんも、まおー?」

 「そうだぞ。とっても怖いんだぞ。あんまり怒らせると食っちまうぞ」

 グレッグが強面を作る。

 女の子は小首を傾げてから横に振った。

 「嘘。おじちゃんの目、とっても綺麗。やさしい目してるよ?」

 「……」

 グレッグがあっけにとられた。

 いや、こっち見られても。

 『そうなのか?』って顔されても。

 「っぷ」

 ノイが噴き出した。

 「ママが言ってた。まおーは悪者だけど、中にはいい心を持ったまおーもいるって。おじちゃんはきっと、いいまおーなんだね」

 「……さてな」

 ムッツリとしたグレッグはそれだけを絞り出した。

 にこっ。

 女の子がグレッグに笑いかける。

 「ね、あそぼ。おじちゃん!」

 「は?」

 偽ハ○クがきょとんとした。

 「あそぼ。まおーって、いろんなことできるんでしょ?テレビでやってた!」

 「……」

 だから一々こっち見るなっちゅーに。

 「いいんじゃない?」

 肩をすくめて見せると、グレッグは渋々と言った感じで女の子に引っ張られていった。

 「意外だね、グレッグに人気出るなんて」

 「たぶん本人が一番そう思ってると思う」

 「子供は正直ですから。きっと外見や大人の話に惑わされずに、主任の本質を見抜いたんでしょう」

 主任、意外と子供好きみたいですから。

 なぜだかエスターも嬉しそう。

 その視線の先では、海に入って言った女の子を追ってグレッグも膝までつかり、それを大人たちが遠巻きに眺めている。

 一人、波打ち際まで行って心配そうにしているのは母親の女性だ。

 グレッグの見た目、結構怖いからねぇ。

 「ボク、ちょっとあの人を安心させてきます」

 そういってエスターはてくてくと母親の下へ歩いて行った。

 まぁ俺が行くよりほんわか系のエスターが話した方が和むだろうて……。

 「……」

 しかしあの二人がいなくなったってことは、だ。

 「この荷物、私が運ぶの?」

 ぱたぱた。

 シッポを振りながらぶーたれる。

 振り返ると、一抱えもある袋が全部で五つ。

 「そうなるね。手伝うからやっちゃおう、アーリャ」

 「ん……」

 ノイにも手伝ってもらい、俺はロッジに食品を運ぶべく、魔法で袋を浮かせるのだった。

 やれやれ。

 

 

 

 さらに一週間後、俺は今日も神社建設の現場に赴いていた。

 すでに本殿は屋根までが完成していて、外見はすっかり出来上がってる。

 今は内装工事をやってるらしくて、細かいパーツを持った魔王たちが慌ただしく出入りしてた。

 鳥居も建ってるし、石畳もひかれてる。

 ノイが作った狛犬たちも所定の位置に鎮座してるね。

 池も水こそ入ってないけどブルーシートで覆われたくぼみが出来ていて、上には橋もかかってた。

 ふぅん。そこそこ形になって来てるじゃなーい。

 しかし流石は魔王による建設。作業によっては魔法を使ってるから早い早い。

 みんな空飛べるから足場を組む必要もないしなぁ。

 やってるのが建築に長けた魔王ってのも大きいね。

 ふーむ。

 今度それ系のギルドでも立ち上げてみようかしら。

 『建築・建設系』とかで、建物の建設や修繕、改良なんかをするようなところ。

 今は個々人でやってるけど、ギルドがあれば依頼って形でそっちに行けそうだし。

 独創的な建物なんかもできるんじゃあるまいか。

 「ふむぅ」

 ぱたぱた。

 「アーリャさん。そんなところでシッポ振って、どうしたんですか?」

 「ん?」

 振り返ると、カルラがいた。

 「何か気になるところでもありましたか?」

 「いや、特にない」

 建設ギルドの話は今しなくても良かろう。

 「……そうですか。いかがです、かなり見られるようになって来たでしょう」

 カルラが俺の隣に並んで、境内を見回す。

 「ん。すっかり神社」

 「私の恰好も違和感がなくなって来たでしょう?」

 「ふふ、そうだね」

 常時巫女服のカルラは欧風の場所だとちょっと浮くからね。

 「実は予想以上に良い建物が出来そうなので、私の居をこちらに移したいと考えてまして。後程申請書は出しますが、どうでしょう」

 「いいんじゃない?」

 即答。

 せっかく作った建物だ。管理者は必要だし、それがカルラなら能力的にもビジュアル的にも適任だろう。

 「アーリャさんも似合うと思いますよ、巫女服と神社。ケモミミとシッポは巫女服との相性抜群ですからね」

 「まあ、確かに」

 というか大好物です、はい。普段は着ないけど。

 「良ければアーリャさんの巫女服もご用意しますけど」

 「……いや」

 わざわざ用意しなくてもあるんだよなぁ。な・ぜ・か。

 いつぞやお城のメイド長が着替えの時に引っ張り出したのを、俺はまだ覚えている。

 「……自前がある」

 「おや。さすが魔王ですね」

 そりゃどーも。

 でもまぁ、お祭りの時は着てみようかな。今のうちにサイズ合わせしとこうか。

 「ところでカルラ。完成予定はどのくらい?」

 「そうですね……」

 カルラが言葉を切って考え込む。

 「今は本殿の内装を主として建設を進めています。舞殿の進捗は四十パーセントと言った所でしょうか。ただ本殿と舞殿は構造に互換性を持たせたので、パーツは複数を一度に作ることで時間短縮も図れるでしょう。社務所は大きさが違うので流石に無理ですが、本殿より小さいのでまぁ、四日もあればできるでしょう。境内の整備と併せて考えても……」

 あと二週間というところですね。

 といってカルラが微笑んだ。

 「予想より早いね」

 「そうですか?常夏の島と言えど、暦の上で十月や十一月にお祭りをするのもおかしな話ですからね。できるだけ今月中にできるよう考えています」

 今は日本ならちょうど秋の初めって時期。あっちなら秋風が立ってトンボとかが飛び出すころかな。

 「わかった。じゃあそれでよろしく」

 「はい。それでこの後は?」

 「人間たちのところに行くけど、その前に練習したくて」

 「ああ、神楽ですね。わかりました、やりましょう」

 ということで、作りかけの本殿ではなくカルラの住居に場所を移すことになった。

 カルラが転移魔方陣を開き、自分のセカイへ俺を誘う。

 彼女が住んでいるのは広大な敷地を持つ日本家屋だ。

 普通のお屋敷と見えてその実、忍者屋敷並みに壁や床、天井に仕掛けが施されていて、結構楽しい。

 舞や剣の鍛錬をする武道場はさすがに普通だけど。

 ちなみにお屋敷の手入れはカルラがこしらえた木製の傀儡たちがやってる。

 「……では、始めましょう」

 神楽の指導の下、舞の練習を始める。

 俺が教わるのは狐神楽って呼ばれるもの。

 神様の使いとされた狐の神話が元になっているらしい。

 「いち、に、さん。はい、そこで手を掲げて。……もっと指に力を入れて。よん、ご、ろく」

 「……」

 俺達がいるのは板張りの道場。

 カルラ自身もここで舞の練習をしたりすることがあるらしい。

 「はい一歩下がってくるっとターン」

 「っ」

 「シッポの角度に気を付けてください。もっと流れるような位置を意識して」

 「はいっ」

 ここではカルラの方が師匠だから、俺も自然と敬語になる。

 「……ではここまで」

 「「ありがとーございました」

 二時間ほど練習し、俺は上がった息を整えながらカルラの出してくれたお茶を飲む。

 「いいですね。アーリャさんは呑み込みが早いです。基本の動きはもう覚えたみたいですね」

 「魔王になってからこういう記憶力はよくなった気がする」

 「体もかなり柔軟に動けています。流石は戦闘・戦術系ギルド所属だけのことはありますね。指先まで意識が通っているのがわかります」

 「たはは。まぁ戦闘中はそうしてないとならないからね」

 縁側に座っていると涼やかな風が吹いてきて、火照った体を覚ましてくれる。

 「正直もっと時間がかかるかと思っていましたが……。これなら余裕を持ってお祭りに間に合いそうですよ」

 「よかった」

 こくっ。

 「冷たい緑茶もおいしい」

 「それはよかった。お茶請けもどうぞ」

 「ん」

 濃いめの塩味せんべいをかじる。

 ふむ、これもなかなかおいしいな。

 「アーリャさん、まだお時間ありますか?」

 「ん?」

 腕時計で確認してみると、うん。まだ大丈夫だな。

 「平気だけど」

 「では一度通しでやってみましょう。全体の流れを掴むために」

 「わかった」

 俺は緑茶を飲み干して立ち上がった。

 畳を敷いた部屋、その上座にカルラが座り、俺は部屋の真ん中に立つ。

 体の力を抜き、自然体を意識。

 ゆっくりと深呼吸し、意識を指先まで行き渡らせる。

 「準備はいいですか?」

 「ん、いつでも」

 「では」

 パン、とカルラが手拍子を始める。

 俺はそのリズムに沿って体を動かしていく。

 時にゆっくり、時に激しく、時に妖艶に。

 舞は二十分にも及ぶ長いもので、次第に体は意識しなくてもリズムを取るようになっていく。

 「……」

 カルラの手拍子が、終わった。

 最後の型をとって、残心。

 「……はい、そこまでです。お見事ですアーリャさん。まだ多少荒い部分が見受けられますが、概ね及第点と言っていいでしょう」

 「あり、がと」

 荒い息を整えつつ、体の力を抜いた。

 実は練習は単純時間での一週間じゃなく、時間の流れを遅くした空間での練習。

 実際には軽く一か月以上は練習していることになる。

 「一か月でここまでできるようになるとは思いませんでしたよ。流石ですね」

 「ありがと、カルラ」

 師範役のカルラも満足げ。

 嬉しそうに紙に何やら書きつけている。

 「では明日からは細かな部分を詰めたり、私との動きの連携をやっていきましょう」

 「了解」

 舞は俺だけで踊るんじゃなく、カルラに合わせてやることになる。

 カルラ自身は体が覚えているそうだから俺ほどの練習は必要ないらしい。空き時間を使って思い出しているみたいだけどね。

 「では、今日はここまでということで。お疲れ様でした」

 「ありがとうでした……ん?」

 『統括者様、お忙しいところ失礼いたします』

 と、ここでお城のメイド長ドールから連絡が来た。

 なんだろ。

 「はい?どしたの?」

 『人間側より連絡がありました。大至急確認したいことがあるので、統括者様と連絡を取りたい、とのことです』

 「人間から?それも大至急?」

 こりゃ珍しいこともあるもんだ。

 人間から俺達にコンタクト取ってくるなんて。

 『はい。なにか、怒っているような感じがありましたが』

 怒ってる?はて。なにかやらかしたっけ?

 ……いや、覚えがない。三つの島合わせて考えても、何も起きてないはずだけど。

 『いかがされますか?』

 「わかった。すぐお城に戻るから、少し待てって伝えて」

 『かしこまりました。ではそのように』

 やれやれ。まためんどうごとかしら。勘弁してほしいなぁ。

 「じゃカルラ。ちょっと行ってくる」

 「はい。いってらっしゃい」

 カルラの作った世界から出て島に戻り、大急ぎで空を飛んで0ポイントのお城へ。

 正面入り口を開けると現れる大量のメイドドールを適当にやり過ごし、統括者用の部屋に行くと、ドアの前でメイド長ドールが待っていた。

 『あ、マスター・アーリヤヴナ。お忙しいところ申し訳ありませんでした』

 「いいよ。それで、ざっと聞かせてくれる?」

 『はい』

 メイド長ドールを促して部屋に入り、話を聞くことに。

 『——私も詳しく聞いたわけではいのですが。どうも魔王側が行った不干渉条約違反、というより犯罪行為に対して釈明を求める、とのことです』

 「浜の人間たちの事かな?」

 『恐らくは』

 しかし妙だな。

 確かに人間たちを保護したのは不干渉条約違反だけど、衰弱著しいものに助けの手を差し伸べたのだから、いきり立って文句つけに来るってのはおかしい。お礼が欲しいとは言わないけど、いちゃもんつけられる覚えは全くない。

 犯罪行為ってのも妙だ。そこまで言われる筋合いは本当に全く、ない。

 「とりあえず話を聞いてみない事には何とも言えないね……」

 『はい。回線はつながっておりますので、そちらの電話でお話し下さい』

 と、アンティーク調の電話機を手で指される。

 国連の一室とこの電話は衛星回線で繋がっていて、いわゆるホットラインってやつ。

 魔王と人間が連絡を取るための唯一の手段と言っても過言じゃない。

 深呼吸を一つして、受話器をとった。

 「お待たせしました。統括者、アーリヤヴナです」

 『こちらは国連対人型災厄担当一級武官、トーラスです。いきなりの電話で申し訳ない』

 落ち着いた男の声。

 対人型災厄、つまり魔王対策部署の人間か。一級武官ってことはおそらく荒事専門員。

 一級ってことはのそのトップかな。

 割と大物が出てきたな。

 「トーラス一級武官、お話しできて光栄です。それで、今日はどのようなご用件で?」

 『端的に申しあげましょう。そちらの意図を聞かせていただきたい」

 「意図、とは?」

 『無論、そちらが行なった犯罪行為についての、です』

 「???」

 駄目だ、矢張り話が見えない。

 「トーラス武官。申し訳ないが話が見えない。経緯を教えていただけるとありがたいのですが」

 わずかな沈黙が返ってくる。

 む、これ……は。

 その沈黙の中に、押さえつけられた怒りの匂いを嗅ぎ取った。

 自分に道化になれと言ってるのか、って考えてる。

 ンなこと言ったって知らんもんは知らんよ、俺。

 『結構。ではお話ししましょう。……現在、そちらでは十数名の人間を不当に拘束しているそうですね。その中の者から連絡がありました。それによれば、魔王が一カ月ほど前から人間をさらい、非衛生的な船に詰め込んでどこかへ輸送していたと。監視員は人間ですが、これが仲間割れを起こしたらしく銃撃の末全滅。さらわれた人間たちは二週間に及ぶ漂流の末魔王の島に流れ着いた』

 「……」

 はい?

 何を言ってるんだこいつは。

 『すると魔王が現れ、魔法で脅して十名ほどを自分の島へ隔離した。連絡者は隠れていたので難を逃れ、輸送船の無線機を修理して助けを呼ぶ連絡をしてきた、というわけです。以上、何か間違いがありますか?』

 「敢えて言うならほぼ全て、ですね」

 『……ほう?』

 いきなり全否定されてトーラス武官が鼻白む。

 誰がこんなでたらめを言ったのか想像はつくしそれなりの覚悟はしてもらう。

 けどまずは冷静に誤解を解く努力もしないとだ。

 「トーラス武官。どうもお互いの情報に齟齬があるようなのでこちらから訂正させていただきます」

 と、俺は人間たちが現れてから今日に至るまでの経緯を話してやる。

 『……なるほど。では島に滞在している十名は自ら望んで上陸したと?』

 「そのとおりです」

 『そして五名ほどがかたくなに助けを拒み船に残り、しかも食料や備品の強奪をしていた、と?』

 「そうですね。連絡したのはそのうちの誰かでしょう」

 『それを信じろと?』

 トーラス武官の声に嘲笑が混ざる。

 「信じるかどうかはあなた次第です。ですが現状、こちらとしても困っている。人道上助けたはずの人間たちが、そちらの認識では人質であるとされている。しかも我々が犯罪を犯したなどと!端的に言ってあまり愉快な気分ではありませんね」

 『魔王が人道を語るとは思いませんでしたね』

 「助けを求める無力な存在を前に目の前を素通りするほど、堕ちてはいないつもりですよ」

 『ふん……』

 トーラス武官が黙る。恐らくこちらの情報を吟味しているのだろう。

 けどまあ、信じないだろうね。

 『アーリヤヴナ殿。あなたの言い分は理解したが、こちらは同胞の話をこそ信じる。信じざるを得ない。従って、こう要求します。"今すぐ不当にとらえている人間を解放し、さらった目的を述べよ″と』

 ほら、やっぱりね。

 「なるほど。ではトーラス武官。こちらはこう回答しましょう。”そもそも彼らは不当に捕えられてなどおらず、手段さえあれば今すぐ送り返す。なお人さらいなどという根拠のないでっち上げについては断固として関与を否定する″と」

 『知らぬ存ぜぬを通すと?』

 「それが真実ですので」

 『残念です、アーリヤヴナ殿。そちらがそういう態度ならば、こちらも断固とした措置を取らざるを得ない』

 「ほう?」

 『三時間以内に国連の命を受けた艦隊がそしての島へ赴くことになるでしょう。そして同胞を救い、然るべき報復措置を取らせていただく』

 「大きく出ましたね。こちらもずいぶん侮られたものだ。かつてそうやって戦いを挑んだ結果どうなったか、お忘れになったわけでもありますまい?」

 声のトーンを落として囁くと、受話器からピンと張った緊張が伝わってきた。

 『それでもやらねばならない時もあるのですよ、人類には』

 「トーラス武官。敢えて言うがこちらとしても無用ないさかいは望むところではない。同胞を返せというならすぐに引渡しましょう。衰弱している者も多かったが、もう船旅に耐えられるほどには回復しているでしょう」

 『人さらいの件は』

 「それに関しては我が名に誓って、全く知らないと何度でも言いますよ。トーラス武官。最大の懸念である——そちらが言うところの同胞の救出、こちらからお返しすると言っている以上、それ以上のところで互いが諍うのは、愚かな選択だと思いませんか?」

 『……残念だが、その証明がなされない以上、こちらは動かざるを得ないのですよ』

 そういって、トーラス武官は通話を切った。

 「……やれやれ」

 頭の固い奴だ。

 ちん、と音を立てて受話器を置く。

 ちとまずい展開だ。

 どっかのバカが撒いた種のせいで、このままでは人間と魔王の戦いが再燃する。それはすぐに世界中を巻き込んだ戦いになってしまうだろう。

 そうなれば世界大戦の始まりだ。

 特区に代表される魔王と人間の歩み寄りも一瞬で灰燼に帰す。

 魔王が負けることなど全く考えていない。

 何しろ俺達は個々人が、地球そのものを破壊できる力量を持っている。どうがんばっても人間が勝つことは出来ない。

 つまり戦いが始まれば一方的な殺戮が始まるだけだ。

 俺としてはそれでもかまわないけど、せっかくのんびり暮らしてるんだからくだらない戦いでそれを邪魔されたくはないな。

 「……」

 腕を組んで考える。

 だがどうやって戦いを止める?

 トーラス武官の言い方だと、同胞の救出というよりこちらが人さらいを行ったと信じ切ってることの方が問題に感じる。

 つまり俺達以外の誰が人さらいなんてことをやったか。

 それが分かればあるいはあの石頭共も軍を引くかもしれない。

 手っ取り早く調べるには……あの船か。

 「メイド長。一つ頼みがある」

 『はい、なんなりと』

 事の大きさを分かっているのか、メイド長ドールも真剣な顔。

 「ちょっと面倒なことが起きた。手伝って欲しいからすぐノイとグレッグ、それにフランツを呼んでくれるかな」

 『かしこまりました』

 メイド長ドールが一礼して出て行く。

 とりあえずお茶でも入れるか……。

 

 

 「マスター、お連れしました」

 「ん」

 三人が来たのはちょうどお茶が入ったくらいの時だった。

 「来たよ、アーリャ」

 「なんかあったのか?」

 「面倒事の予感がするのぜ……」

 ノイを筆頭に、三人が統括者専用室に入ってくる。

 「ん。ともかく座って」

 お茶をだし、対面に座った俺は、トーラス武官とのやり取りを聞かせてやった。

 「……やれやれ」

 グレッグがまずため息を吐いた。

 「凄まじく面倒なことになったな」

 「同感なのぜ……」

 「あわや戦争、なんてことになってるとはねー。でもなんでそんなことにまでなったわけ?」

 「恐らく船に残った五人の仕業」

 「はぁ、ん」

 グレッグが背もたれに体を預ける。

 ぎし、と音が鳴った。

 「横取りしてったラジオを分解して部品調達して、船の無線機直したな。んで衛星回線経由で沿岸警備隊にでも連絡したか。やってくれたな。いや、やられたっつーべきか」

 「ここまでアホだとは思わなかったねぇ」

 「向こうは正義の心でやってるんじゃないのぜ?」

 「ないない。嫌がらせだよ。結果どうなるかもわからずにね」

 「要するにただの恒星級バカ」

 と、ここであの五人を罵ってても何も変わらない。

 「私としてはバカを一掃する目的で()っちゃってもいいんだけど、事後の面倒が増えるのは困る。だから戦いを回避する方向で進めたい」

 異議なーし、の斉唱。

 「となると、人さらいの黒幕見つけ出して引っ立てて、連中の真ん前に放り出すのが手っ取り早い」

 「なるほど。船だね?」

 さすがノイ、回転が速い。

 「どういうことなのぜ?」

 「つまりだなフランツ。あの船自体が、人さらいどもの残したデッケェ証拠品なんだよ。同士討ちして全員お陀仏、ってんなら証拠の一つや二つ残ってるだろ」

 「あの五人が捨ててない保証はないけど、可能性はある」

 「そういう事なら早速乗り込むか。アーリャ、お前それを見越して俺とフランツ呼んだろ」

 「まぁね」

 「??」

 「あんたら体デカいでしょ。威圧感振りまくのにちょうどいいんだよ」

 「おぉ、なるほどなのぜ」

 ノイと俺だけじゃ外見で舐められるからね。まぁ魔王モードになればそんなことないだろうけど。

 とはいえ今回ばかりは多少魔王モードも見せる必要が出て来るかも。これでも結構怒ってるんだ。

 やってもいないことをやったといちゃもんつけられて。

 大嫌いだ、こういうの。

 あいつら、やっちゃいけない線を越えたね。

 「アーリャ。エスターも連れてくのか?」

 「いや。彼には残って島の状況を知らせてもらう」

 「分かった。伝えておく」

 そう言ってグレッグがエスターと連絡を取り始めた。

 「じゃ、行こう」

 「おう」

 「あいよ」

 「はいはーい」

 俺を筆頭に、ノイ、グレッグ、フランツの順に部屋を出る。

 『いってらっしゃいませ、皆様方』

 見送りは、メイド長ドールの丁寧なお辞儀だった。

 

 

 

 途中、ノイがあるものを自分のお城から呼び寄せるのを待ってから、俺達は座礁船へ向かった。

 薄い虹色の膜でおおわれた座礁船を見て、グレッグとフランツが首をかしげる。

 「なんで結界が張ってあるんだ?」

 「また浜で悪さしないように、アーリャが張ったんだよ」

 「あちこちに開いてる大穴。あれ攻撃魔法が着弾したように見えるのぜ……?」

 「正解。それもアーリャ」

 「……おい」

 「問題ない」

 だいぶ手加減したし。

 「いや……まあいいか」

 結界をすりぬけ、俺達は甲板に着地した。途端に男たちが銃を手に俺達を取り囲む。

 おやおや。

 「へっ!来ると思ったぜまぬけどもめ!さあ手を上げな。いくら魔王とか何とかほざいてたって、この数の銃に太刀打ちできねぇだろう!」

 死体から奪ったらしいライフルを手に喚き散らす男を前にしても、憐みの感情しか浮かばないね。

 グレッグとフランツなんてあからさまにため息ついてる。

 「アーリャ」

 「ん?」

 「こいつバカ?」

 「バカ」

 「あ、やっぱり?のーみそ足りてない顔してるもんね」

 ノイがかわいらしい口調で辛辣なことを言う。

 「あぁ?ぶち殺すぞガキが」

 「やってみなよクズ」

 ノイの目がきゅっと細まり、どす黒いオーラが漂う。

 あー、ノイも怒らせない方がいいぞ。この船一瞬で潰されるから。

 「な、なんだありゃ」

 そのオーラは人間達にも見えるので、明らかにヤバい雰囲気を悟った二人ほどが後ずさる。

 「はっ。スモークなんて小道具使ってご苦労なこった。おいガキ、あまり大人をなめんじゃねぇぞ」

 「アーリャ、コイツ殺していい?」

 「気持ちは分かるけど駄目」

 「ちえっ」

 ガシャ、と音を立てて男がライフルを構えなおした。

 「舐めんなつってんだろうがコラ!」

 男がトリガーを引き、三点バーストで弾丸が発射された。その弾道はノイの体に向かっている。

 ノイはその弾を正確に認識しているし、発射後の回避もできる。けどしなかった。

 弾が発射される直前、ノイの前についと進み出る影があった。

 フランツだ。

 ばちちっ!と音を立てて彼の体の上で火花が散った。

 「!?!?」

 「かゆいじゃねーか」

 攻撃魔法の直撃すら筋肉で弾く超フィジカル系の魔王フランツに、たかだが五・五六ミリなんてきくか。九パラ(九ミリパラベラム)?デコピンか何かかね。

 まぁノイも魔王だからライフル弾が直撃してもなんともないだろーけど。

 男たちは唖然としてから意地になってトリガーを引くけど、その全てが徒労だった。

 フランツにあたった弾は先端をへこませて甲板に転がるだけ。当の本人はあくびしてるし。

 「ば、ばけもの、め!」

 業を煮やした男がライフルで殴り掛かってきた。

 フランツはそれを裏拳で弾き飛ばす。

 「そろそろよう。やめねぇか」

 ギラリ。

 フランツの目が赤く光る。おー、こわ。

 「うっとおしいのぜ、お前ら」

 「ひぃっ!?」

 最初の威勢はどこへやら。

 男たちは腰を抜かした。

 「もういいかな?」

 フランツの背後から姿を見せる。

 「お前たちが何をしたかはわかっている。不本意ながら私たちはその尻拭いをしに来た。邪魔はするな。死にたくないならね」

 そういうと、腰を抜かした男の一人が狂ったように笑いだした。

 「へ、へへ!へへへっ!そうか!そうかざまぁみろ!俺達をコケにしたからそうなったんだ!はーははははは!!」

 「……」

 「ん、アーリャ?」

 無言のままつかつかと、ネジが外れたように笑う男に近づき、しゃがんで目線を合わせる。

 「な、なんだよぉごっ!?」

 男の、無精髭の生えた顎を鷲掴む。

 俺の指がその華奢さと裏腹に万力並みの膂力を発揮。

 男の顎がきしむ。

 意識も三分の一は魔王モードだ。体を紫の魔力が包み、オッドアイが不気味に光を放つ。

 「いいことを教えてやろう、人間」

 声もまた、エコーがかすかにかかった恐ろしげなもの。

 「ひ、あ、がっ」

 俺が喋るだけで男たちは失禁しそうなほど震えあがってる。

 「お前たちは確かに魔王に対する嫌がらせに成功した。その結果だ。喜べ、“戦争”が始まるぞ。人間と我ら魔王のな。数年前の戦争で世界がどうなったか、覚えているか?アレは実に楽しかったな。お前たちからすれば地獄だったろうが、な」

 くすくすと笑うと、男の顔が目に見えて青ざめた。

 「せ、せんそ、う?」

 「そうだ。戦争だ。もっと喜べ。お前たちは世界大戦の引き金を引いた。人間どもは艦隊を動かした。今もこの島に向かって進軍中だ。我らも当然対処する。そうなった時どうなるか、お前たちは特等席でそれを見ることが出来る」

 「な、なんでそうなる!俺らはただ……」

 「ただ魔王がこんな悪いことしてます、っていっただけ?バカだね。そうしたら人間の上層部がどう動くか、分からなかった?あんたら程度のおつむじゃ理解できなかった?『こうなる』んだよ」

 ノイが冷たい目で男どもを睥睨した。

 「人間はずっと魔王を攻撃する隙を狙ってる。まあ攻撃されたところでどうともならないけどね。けど、私たちが反撃すれば、世界は滅亡するよ?キミ達はその立役者になったわけだね」

 「付け加えるなら、開戦まであと三時間弱。それで世界は終わりだ」

 「そ、そんな……」

 顔面蒼白になってるけど、時すでに遅し。

 「そういうわけだ。そこで、だ。我らはこの船に用がある。邪魔はするな。でないと特等席で戦争を見られなくなるぞ?」

 くつくつと笑ってみせる。

 これで男たちの反抗の意思は完膚なきまでにたたき折られたっぽい。

 へたり込んで海の彼方を見つめている。

 よし、もういいやほっとこう。

 「じゃみんな、打ち合わせ通りに」

 「おう」

 俺はノイ達を伴って艦橋へ向かった。

 甲板と階段を伝って着いた艦橋は、錆びついた鉄の匂いと潮の匂いで満ちていた。

 魔王モードを解除してノイを振り向く。

 「始めよう」

 「ほいきたー」

 ノイが指を弾く。

 『デハ、ハジメマス』

 かちょかちょと足音を立ててポチコマが現れた。データの引き抜きと分析のために、ノイが連れてきたんだ。

 こういうのはメカのポチコマが大得意だろうからね。

 ポチコマは先端がUSBになっているケーブルを延ばして、コンピュータのデータスロットに差し込んだ。

 『フネノ でーたべーすニ あくせす シマス』

 アイ・ボールがくるくる回って、データにアクセスしていることを表してる。

 『あくせす カンリョウ。指定でーたヲ ハッケンシマシタ』

 「全部ダウンロードして。ウイルスには気を付けるんだよ」

 『ハイ、のいサマ』

 ぢー、と転送音がする。

 『だうんろーど カンリョウ シマシタ』

 「おーけーおーけー。さて、何が分かったかな……っと」

 ノイがポチコマの背部パネルを開けると、そこが液晶モニターになっていた。

 「えーと、なになに……?」

 「どう?」

 「うん。この船に乗ってたのはただのバカだね。暗号化も何もしてない」

 と、ノイがデータの中身を教えてくれた。

 「この船は予想通り、人身売買と武器輸送に使われてた輸送船だね。メールのやり取りからすると、組織名は“ヤハブの息子”。今調べたけど中東の武装組織だね。どうも戦闘員を確保するために人さらいに手を出してるみたい。主犯は……こいつ」

 ひげもじゃの男の顔が画面に現れる。

 「名前はラシード=アヴドゥーラ。“ヤハブの息子”を率いてるリーダー。もっとも組織自体が百人ちょっとの割と小さいものだけど」

 それからこれもあったよ、とノイが見せたのは、これまでの人身売買の記録と武器密輸の記録。それに爆弾テロと思わしきいくつかの指示書。

 あーあーあー。

 こんなに証拠残してるとか、昨今の情報化社会に完全に乗り遅れてるぞ……。

 もはやわざと残してんじゃないかってレベル。

 ガセとか攪乱目的の情報って可能性もなくはないけど、まあ本物だろうこれ。状況的に。

 「分かった。ノイ、そのデータUSBに入れといて。グレッグ、フランツ。このおっさん捕まえに行くよ」

 「いいけど、捕まえてどうすんだよ」

 決まってるじゃんそんなの。

 「人間の艦隊が来たときに旗艦に乗り込んで、総司令の前に放り出す。証拠のデータと一緒に」

 「なーるほど。“平和的な”解決方法なのぜ」

 「あ、アーリャ。ちょっと」

 一通りデータを頭に入れて艦橋をでようとしたら、ノイに呼び止められた。

 「ん?」

 「これ見て。面白いデータがあったよ」

 「どれどれ」

 ノイが見せてくれたのは乗員名簿みたいだ。

 その中に一人、見知った顔が。

 「これ……」

 「うん。使えそうじゃない?」

 「切り札になるね。ありがとノイ」

 「この程度!スーパーハカーの私にとっては朝飯前で」

 いい子いい子。

 頭を撫でてあげたら、ふにゃんとした顔になった。かわいい。

 「じゃ、行ってくる」

 「行ってらっしゃーい。私はこのままデータの解析続けるよ」

 「あいあい」



 武装組織“ヤハブの息子”を率いるラシード=アヴドゥーラにとって、まさしくこの日は厄日となった。

 二週間前に分け前の話が原因で人員輸送船のバカどもが仲間割れを起こして全滅。船は行方不明となった。

 せっかく危険を冒して世界中の観光地から見繕ってきた戦力がパーになったのだ。

 それを機に組織拡大を図っていたラシードにとって、報告は大いに苛立たしいものだった。

 幸いなのは船が沿岸警備隊に拿捕されたわけではなかった点。もしそうなら今頃自分の基地はみんなの保安官(サムおじさん)に空爆されていたに違いない。

 まったく奴らときたら、自分はさも正義の味方ですなんて面をして、裏では自分たち顔負けのあくどい作戦を展開している。

 ヤツらの横っ面を張り倒し我こそ正義と全世界に知らしめるには武器と人員が必要だ。

 だというに肝心の部下があの体たらく。

 どいつもこいつも自分を馬鹿にしくさっているとしか思えないではないか!

 「クソどもが……」

 苛立たしげに髭の奥でつぶやいてから、そういえば、とラシードは思い出した。

 ついさっきのニュースではあの魔王とか呼ばれる化け物どもまでもが人さらいに手を出したらしい。目的など知らないが、それがもし人間に対する復讐というのであれば、連中に取り入ることもあるいは可能ではないだろうか。

 我々は魔王の力を借りてにっくきアメリカとその手先を。

 魔王は我々の武器を使って彼らの目的を果たす。

 ウィン=ウィンだ。

 しかし魔王という連中は誰にも何にもなびかず孤高の存在であるらしい。

 買収はできないだろう。奴らは金には目もくれない。

 では他にこちらが提供できるものはあるだろうか。

 それで手を結べるなら何でもくれてやるのだが。

 そこまで考えたところで、ふいに外が騒がしくなった。

 「何事だ?」

 立ち上がり、砂除けのテントから外に出る。

 ぎらついた太陽と巻き上がる砂が、ラシードの全身を叩く。

 それさえも今日のラシードにとっては腹立たしい。

 「何事だ!」

 もう一度、今度は声を張り上げる。

 すぐに部下の一人が走り寄ってきた。

 「そ、総司令殿!お逃げください。奴らが、魔王が現れました!!」

 「なにぃ?」

 魔王だと。なんとなんと、今まさにコンタクトを取れないかと考えていた所だ。

 向こうから来てくれるとは都合がいい。

 「構わん。俺はここに残る」

 「で、ですが……あっ!」

 立ち並ぶテントの脇から、見慣れぬ集団が現れた。

 「ひいぃぃぃぃ!!」

 女のような悲鳴を上げて部下が逃げ去る。

 ふん、役に立たん。後で処刑だ。

 「あ、いたいた」

 「間違いねーのぜ」

 「テメェから外に出てきてくれるとはな。探す手間が省けたぜ」

 「お、おぉ」

 ラシードは思わず歓声を上げた。

 そこに居たのはまさに、魔王たちだったからだ。

 ワールドニュース(テレビ)で見たのと寸分たがわぬ外見。

 先頭の少女、たしかアーリヤヴナといったか。

 人間離れした美貌。

 獣の耳と尾を持った少女。

 間違いない。

 「ま、魔王……」

 「ん。よく分かったね」

 アーリヤヴナが口を開く。

 驚いたことに彼女は我が祖国の言葉で喋っている。

 「言葉が、わかるのか」

 「そりゃ魔王ですから」

 小首を傾げられた。

 何ともかわいらしい少女だ。娼館にでもいれば間違いなく指名するだろう。

 ラシードの脳内に下卑た妄想が浮かびかけ、今はそんな場合ではないと慌てて頭から追い出した。

 「わ、我輩は」

 「知ってる。ラシード=アヴドゥーラ。武装組織“ヤハブの息子”の指導者」

 「い、いかにも。して魔王よ。何用か。我らヤハブの息子に何か求めるところでもあるのか」

 ラシードは無理やり恐怖心を押し込め、鷹揚な態度を取って見せる。部下の手前、威厳を保たねばならないのだ。

 「んふ」

 緑と白の巨人を従えた少女が、にこやかにほほ笑んだ。

 桜色の唇が開き、少女は短く目的を告げた。

 「必要なものは、お前の身柄だよ」

 

 

 

 アーリャ達がラシードを探しに行って一時間が経った。

 顔も組織名も分かってるけど、どこにいるかまでは分からないから現地に行って魔法で探査して絞りこんでいく、って手法を取ってるはず。

 もうしばらくかかるかな。

 私ことノイは、一通り必要なデータをかき集めてからポチコマと一緒に浜に戻ることにした。

 「さ、帰ろうポチコマ」

 「リョウカイ シマシタ」

 私がおやきみたいなボディの上によじ登ると、ポチコマは脚部を折りたたんで収納、重力制御魔法の術式を展開して空に浮いた。

 ポチコマはそのまま滑るように空を飛んでいく。

 途中で振り返ると、男たちは何か言い争っているっぽい。

 察するに誰が悪いかでもめてるんだろう。

 何やってんだか。

 砂浜に降り立つと、そこにはフィズをはじめとした人間たちが不安そうな面持ちで立っていた。

 「ノイ。何か始まるの?」

 フィズが話しかけてきた。

 「空気がピリピリする。なにかあったの?」

 「勘がいいね」

 私は今何が起きているかを端的に聞かせてやった。

 「——ってわけで、人間の艦隊が今こっちに向かってるよ。よかったね、早く帰れそうだよ」

 皮肉を込めて言ってやる。

 フィズは顔をしかめた。

 「冗談じゃないわ。少なくとも私はそんな形で帰りたくない。あなた達は私たちを助けてくれた。そんな義務ないのに。そのあなた達をどっかのバカのせいで悪者扱いしてる人たちに助けられるなんてまっぴらよ」

 「な、なぁ。何が起きてるんだ……?」

 っと。

 今の会話はフィズの意識トレースで話してたから、他の人間には何言ってるか分からなかったか。

 同じ説明するのもめんどくさいけど、仕方ない。

 今度は英語で同じことを言ってやる。

 「艦隊が、向かってる……!?」

 「つまり私たち助かるのね!?」

 「おお、おお神様!」

 やっぱフィズ以外は救助をありがたがってるみたい。

 なんか苛立たしいな。資材や食料、寝床まで提供してやったのに、いざ同胞が助けに来たとなったら礼もないなんて。

 「嫌な奴ら」

 呟いてからもう一つ事実を突き付ける。

 「喜ぶのはいいけど、人間たちは戦争する気で来てるよ。私達魔王が、あんた達さらったことにされてるからね」

 「な、なぜだ?キミ達は我々に手を差し伸べてくれただけだろう?」

 「船に残ったお仲間がね。あることないこと無線で吹き込んだの。おかげで後始末が大変だよ」

 「あいつら、そんなことをしたのか!?」

 「みんなの食料奪ったから船に閉じ込めたんだけど、その腹いせだろうね。結果どんなことになるかもわからずに……」

 「そんな……!」

 全員が『信じられない』って顔で空を仰いでる。

 「戦うの?」

 フィズがそっと聞いてきた。

 「私もアーリャもそれでもいいと思ったんだけどね。せっかくのんびり暮らしてるのに戦いで忙しくなるのは面倒なんだよ」

 「……」

 「だから戦いを回避する方向で動いてる」

 「……そう」

 「今アーリャ達が君たちをさらった黒幕を捕まえに行ってるよ」

 「!」

 フィズがびくっと顔を上げた。

 「ノイ。お願いがある」

 「お願い?」

 「黒幕捕まえたら私、会いたい。会って一発ぶん殴りたい」

 血の気多いねこの子。気持ちは分からんでもないけどさぁ。

 「……くすっ。一応アーリャには言っておくよ」

 「お願い」

 「ノイさん」

 ん、カルラだ。

 「なに、カルラ」

 「人間の航空機が近づいてきます。ヘリコプターです」

 「ヘリ?」

 カルラが指さす方に目を凝らすと、ああ、いた。

 「十時方向距離二千。これは……武装ヘリじゃないね」

 「撃ち落としますか?」

 「ほっといていいよこっちから手出したらそれこそ向こうの思うつぼだし」

 近づくに任せていると、やがて空にポツンと見えた点が次第に大きくなってくる。

 やっぱり。

 胴体にUN(国連)のマークを付けたヘリが飛んできた。

 視覚を強化してコクピットを覗いてみると、当たり前のように空に浮いてるカルラを見てパイロットが仰天してるのが見えた。

 「すごく驚いてますね」

 「そらそーでしょ」

 飛行機械も持たずその身一つで空飛んでるの見たら、ま、あぁなるだろうね。

 ヘリは島の周囲を旋回しながら飛び始めた。

 「お、おーい!おーい!!俺達はここだ!」

 「助けてくださーい!!」

 何人かが声を張り上げ腕を振り回す。

 やれやれ。

 それじゃ連中の理論に確信を与えちゃうよ。

 本当にこっちがさらって拘束してるみたいじゃないか。

 「何をしてるんでしょう、あれ」

 「たぶん偵察。向こうが言うところの人質の様子を確かめてるんじゃないかな」

 頭の後ろで手を組んで、適当に答えてやる。

 ヘリはそのまま座礁船の上を旋回し、側面のドアを開けて乗組員が双眼鏡で見ている。

 「いいのですか、あれ」

 「いいよ別に」

 アーリャにも手出すな、って念話で言われてるし。

 一通り偵察を終えたのか、ヘリは最後に何かを海に落して飛び去って行った。

 「何か落した?」

 「見てきます」

 カルラが沖に出て行って、ヘリが落したものを拾ってきた。

 「通信筒、みたいですね」

 「また古風な……。ともかく開けて見よう」

 蓋を取ると、中から丸められた紙が出てきた。

 なになに……?

 「は、ん」

 「何と書いてあるのです?」

 カルラが覗き込んでくる。

 「要は降伏勧告。この後お前たち攻めるけど、そうされたくなかったら降伏しろって」

 カルラがジト目になった。

 「……これ書いた人おバカさんですか?」

 「バカだね」

 かつて世界中の軍隊相手に戦って勝った相手に向かって、降伏勧告。

 何考えてるんだろう。

 「まぁ、普通に考えれば、たぶん筋を通したいんでしょうね。こちらは正規の手続きを行ったっていう」

 私もカルラの意見に賛成だね。

 「その上でこちらが従わなければ、攻撃する名目が出来る」

 「めんどくさいなぁ」

 あとは何か書いてあるかな。えーと。

 「返答期限はあと一時間だって」

 「アーリャさん達、間に合うでしょうか」

 「どうだろう。探査魔法で場所絞るにも時間がかかるからね……」

 町の人に聞いた方が早いだろうけど、明らかに人間ぽくない外見の三人だしなぁ。

 といっても私が行ったところで外見が幼女だし。あまり変わらないか。

 「ともかく、あと一時間は猶予があるみたいだし、それまでにアーリャ達が帰ってくれば——」

 「のいサマ。れーだーニ ハンノウタスウ。セントウコウゲキキ ト オモワレマス」

 「は?」

 ポチコマがそのレーダーで戦闘機捉えたって言うけど、は?なんで?

 「確認しました。空母から多数の戦闘機体が発艦しています!」

 「どういうこと……?」

 攻撃が始まるのは一時間後なんじゃ……。

 いや、そういうことか。

 ぎり、と歯が鳴る。

 「ノイさん?」

 「あいつら、最初から時間守る気なんてないんだ!ただ『自分たちは手順をこなした』って言う事実だけあればいいんだ!」

 「……まさか」

 「カルラ、エスターに至急連絡!これから先何があっても、人間と戦わずその位相から誰も出すなって伝えて!」

 「ノ、ノイさんは?」

 「時間稼ぐ。ポチコマ、ここにいて」

 「カシコマリマシタ」

 ポチコマはここに置いておこう。島には対物理結界も張ってあるから、島に攻撃が来ることはない。例え核だろうと、この島を破壊することは出来ない。

 フィズにロッジの中に入っているよう伝えると、私は大急ぎで航空機が迫ってくる空域へ飛んだ。

 総数四百機にもおよぶ攻撃隊を視認。

 でも攻撃は出来ない。こっちから手を出したら、絶対に駄目だ。そうしたら本当に後戻りできなくなるし、それはアーリャの願いじゃない。

 ならどうするか。

 「……久々に、やるっきゃないね!」

 幼い顔に精いっぱいの狂相を浮かべて魔力を解放。

 黒にも紫にも見える魔力が、私を中心に左右へ迸った。

 遠くから見ればそれは、漆黒の翼のようにも見えるだろう。

 私の背後の空間に、紫色の魔方陣が煌々と現れた。

 「——【ジ・ディナイアル・グラヴィテイション!!】

 呪文を叫んだ瞬間、黒い翼が大きく薄く広がっていく。

 すると戦闘機の動きが目に見えておかしくなった。

 具体的には、異常に遅くなったのだ。

 「……私の得意分野は重力制御でね。今お前たちの後方からは通常の十倍以上の重力が放射されてる。感謝しなよ。落ちないように引っ張り上げる重力も合わせて展開してやってるんだから」

 もし後方からの重力放射だけだと、戦闘機はすぐ失速して墜落する。だから私はそうならないよう、わざわざ上に引っ張る重力も展開してあげてる。

 だからパイロット達からすれば、急に機体が重くなっていうこときかなくなった、くらいの印象だと思う。

 なにしろ普通なら時速千キロ以上で空を飛ぶ戦闘機が、今やフル・アフター・バーナーでもせいぜい時速三キロ程度。粘り気のある泥水の中を飛んでるような気分だろうね。

 全力で機体を稼働させてるのに島は一向に近づかない。そんな状態だ。

 でも、少なくともこれで大幅に時間稼ぎが出来るはず。

 「だからアーリャ。早く帰って来てよ……?」

 狂相の裏に焦りを押し込め、私は嗤った。

 

 

 

 「——お前の身柄だよ」

 俺がにこやかに言い放った瞬間、ラシードの顔が面白いようにきょとんとした。

 ひげもジャの顔の中、不思議な色の瞳がぱちくりとしてる。

 うーむ。なんかかわいい。

 ——ま、いいや。言う事だけ言って、さっさと連れて帰ろ。

 「お前が仕掛けた人さらいの作戦。それを私たちがやったとほざいたバカがいてね。今国連の艦隊が私たちの島目指して進軍中。このままだと人間と私たちとの全面戦争になる。私としては人間の数減らすことに何ら文句はないんだけど、今ちょうどイベントの準備を抱えててね。面倒事は出来れば避けたいの。だから私たちと来てもらうよ」

 「んで人間どもの親玉の前で『わたしがやりました』つってもらう。拒否権はねーからな」

 「なん……だと?」

 こちらの言っていることが分からないらしい。

 「ま、いいや。さっさと連れて行こう。時間が惜しい」

 「あいよ」

 グレッグがずいと進み出ると、ラシードが気圧されたように一歩下がった。

 「逃げんなよ。散々好き放題やってきたんだ。てめぇも年貢の納め時、って奴だぜ」

 「ま、待て。私を捕まえるつもりだと、いうのか?」

 「そうだ」

 「そして憎き敵の前で懺悔をしろと?」

 「そうだ。まぁ俺達にとっても敵だがな」

 グレッグがそう嘯いた。

 だんだんとラシードも意味を理解したらしく、顔に怒りが浮かんできた。

 「冗談ではない。そんなことができるものか!!」

 「してもらう。無理やりにでも」

 「ふざけるなっ!」

 あ、拳銃抜いた。

 遠巻きにしてた連中も次々ライフル構えてるし。

 あーあ。めんどいなぁ。

 「全員!この頭のいかれた連中を殺せ!取り囲んで撃ちまくれ!」

 ……どうしてこうどいつもこいつも銃持つと気が大きくなるかな。

 無駄なの分かってるはずなのに。

 防御障壁に弾がカンカン当たる音を聞きながら頬をかく。

 あ、ロケットランチャーまで持ち出してきた。

 「だから無駄だって」

 「うてぇー!」

 あからさまに対人兵器の枠を超えたものが俺達に向かって放たれ……。

 くい、と指を上に向ける。

 それだけで弾頭は方向を捻じ曲げられて百八十度反転。

 撃った本人に向かって飛んで行って、

 「ば、バカな……!」

 大爆発ー。

 映画みたいにいろんなものが吹っ飛んだ。

 「たーまやー」

 「アーリャ、それ使いどころ違うぞ」

 呟いたらグレッグに突っ込まれた。

 十秒くらいで弾切れになって、全員が唖然として俺達を見ている。

 ま、ナマで魔王の力見たら大体こうなるけど。

 「ば、化け物め……」

 どっかで聞いたようなセリフだなぁ。

 ま、いいや。

 「ラシード。てめぇを確保する」

 そう言ってグレッグがつかつか歩み寄り、ひげもじゃ男の首根っこを掴まえた。

 「は、離せ!俺を誰だと思っている!」

 「あぁ?人さらいと武器密輸、それに各種犯罪行為上等な組織の親玉だろうが」

 ついでに言えばテロリストの親玉でもあるね。

 「目標は確保した。帰るよ」

 「待て!黙って返すと思っているのか!!」

 お、火炎放射器まで出てきた。いろいろ持ってるねぇ。

 「撃ってもいいけど親分ごと燃やす気?」

 「くっ……卑怯な!」

 「卑怯もラッキョウもあるか。テロリストのくせに」

 がっしりとラシードを捕まえたまま、俺達は空に飛びあがった。

 「は、放せぇぇぇ!!」

 「放していいのか?」

 高度六百メートルだけど。

 「おのれっ!おのれ貴様ら!俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

 「はいはい」

 喚き散らすラシードを適当にあしらう。

 「アーリャ、下の連中はどうするのぜ?」

 ふむ。

 これが原因でテロなんぞ起こされたらまた面倒なことになりかねない。

 後顧の憂いは断つべきだね、うん。

 「後腐れない方がいい。吹っ飛ばす」

 ありゃ、フランツが微妙に引いた顔した。なんだよ。

 「……魔王みたいなのぜ」

 「魔王だよ」

 「……前にノイの奴が、いざとなったら本当に容赦ないのはアーリャだって言ってやがったが……。こういうことか」

 十分に距離を取ってから、現地に残してきたプラスチックのボタンにアクセス。

 ぱちん、と指を弾く。

 途端に上がるきのこ雲。

 「うっわー……」

 「ひでー……、のぜ」

 男二人がジト目で爆発を眺める。

 悪党に掛ける情けはない。キリッ。

 「【フェイズ・トランスプロージョン】……」

 衝撃波と光が席巻する中でぼそりと呟く。

 よしよし。これで基地は跡形もない——っていうかクレーターになってるだろうな。

 「あ……あ……」

 ラシードは蒼白になって自分の基地が壊滅する様子を見つめていた。

 罪悪感?あるわけないじゃん。

 「……」

 空中で転移魔法を発動して、全員まとめて魔王の島上空へ転移。

 ここまでで要した時間はざっと一時間半。

 あまり猶予はないな。

 『アーリャさん、おかえりなさい!』

 む、カルラからの通信だ。

 なんだろ、ずいぶんせっぱつまってる?

 「ただいまカルラ。状況は?」

 『人間の艦隊が南から接近中です。艦船二百五十。うち空母が百、巡洋艦、イージス艦、ミサイル艦多数。航空機の発艦も確認しました』

 「ふーん。やる気だね」

 「現在、ノイさんが航空機体に相対して時間を稼いでいます!」

 「ノイが!?」

 ってことはおそらく重力魔法で動きとめてるのか。

 だとしたらいい判断だ。

 この状況、例によって手を出したのは向こうなわけだけど、だからこそこっちからの攻撃で向こうを落とすことは避けたい。

 だとしてもあっちは絶対認めないだろうな。

 お前たちがやった事への報復だ、なんて抜かしてるんだから。

 『私も先行して時間を稼ぎますか?』

 「いや、合流して一緒に行こう。……エスター、聞こえる?」

 島の中はどんな感じかな。

 『はい、アーリャさん。聞こえます』

 「みんなの様子はどう?」

 今エスターは島の上空を飛び回って様子を見てくれているはずだ。

 『どうというか……いつも通りですね。人間が攻めてきているのは知っていますが。ノイさんから何があってもその位相から出るなと言われている事もありますし、なにより』

 アーリャさんが出ているのも知ってますから、その性でしょう。

 エスターはそう言った。

 おーおー信頼されてるねぇ。

 まぁこういうのに真っ先に対応するのも統括者の役目ですしおすし。

 「アーリャさん!」

 お、カルラが来た。

 「その人が例の?」

 ぐったりとグレッグにぶら下げられてるラシードを指さして、カルラが聞いた。

 「ん。ある意味切り札」

 「使えるといいのですが……」

 「使うさ」

 ともかくノイを助けないと。

 空域に向かう道すがら、カルラから状況を聞く。

 「——というわけでした」

 「なるほどね」

 どうやら向こうは設定した時間を破って仕掛けてきたらしい。

 やってくれる。

 む、見えた、ノイだ。

 「ノイ!!」

 「アーリャ!やっと帰って来たね?どう、私の雄姿を見た感想は!」

 ものすごい満面の笑みを向けられた。

 キラキラ輝いて見えるほどだ。

 生憎漆黒のオーラと魔方陣の照り返しでめっちゃ不気味だけど。

 外見と相まってどっかの幼女魔導師さんみたいだ。

 にしてもへばってるかと思ったけど、全然元気そうだな。

 「最高にかっこいい」

 「あっはっは!ありがと!」

 どうやらテンションもマックスみたい。

 「重力魔法で動きとめるとは考えたね」

 「私の得意分野だからね」

 「帰ったらビールでも奢るよ」

 さて、それじゃあ俺も始めようか。

 無線機はないけど、代わりに魔王にはテレパシーがある。

 それを使って俺は、この戦闘域に居る全ての人間に呼びかけた。

 「人類側の兵に告ぐ。私は魔王統括者アーリヤヴナである!ただちに無意味な戦闘行為を止めよ。こちらが反撃すればどうなるかはわかっているはずだ」

 声は張り上げない。テレパシーは相手の脳に直接意思を伝えるから、そんな必要もないんだ。

 「魔王に対し降伏勧告を出したこと、またその返答期限が一時間後だったにもかかわらず軍を展開し攻撃を始めたこと。それらを私は寛大な心で許そう。加えてこちらにはそちらの攻撃の根幹である疑惑を晴らすためのものがある。こちらはこれを、そちらの指揮官に見せる用意がある」

 さて返答は……お、あった。

 広域無線か。

 『こちらは人類軍旗艦ノーザンライツ。魔王アーリヤヴナ、並びに展開中の魔王へ継ぐ。こちらには核がある。根城を吹き飛ばされたくなければただちに降伏せよ』

 は、そう来るか。

 「そちらの官制名を伺おう」

 『空母ノーザンライツ艦長、並びに人類軍総司令アルフレッド=ゲイツ中将である』

 「ゲイツ中将。例え核を落としても我らが島は不滅である。それは先の大戦でお分かりのはずだ」

 『人類は進歩しているのだよ魔王。かつて無理だったからといって、今もできないと限らん」

 「ではやってみるがいい。代わりにいくつの国が地図から消えるか、試してみるか?」

 ……おそらくゲイツ中将の言葉はハッタリ。こちらに『まさか人間が?』と思わせるためのブラフだ。

 だがこちらの、俺の言葉は紛れもない事実。実際過去の対戦ではいくつかの国が地図から消滅しているからね。

 ゲイツ中将の声は……返ってこない。悔しそうに歯を食いしばっている様子が目に浮かぶね。

 ここで畳み掛けよう。

 「ゲイツ中将。もしこちらの提案を飲まず攻撃を続行するというのであれば……私は全員に命じて世界を焦土に変えることもいとわない。手始めに貴官の部下と艦隊から、消滅させて見せようか?」

 『……我らに何を望む、魔王よ』

 よし、折れた。

 「会談の場を。そこで我らへの疑いを晴らして見せよう」

 「……」

 返事がないのは了承と見なすよ。

 俺はグレッグとフランツへ頷いて見せる。

 意図を理解した二人は俺の傍へ集まった。

 「ノイ。悪いけどもうちょっと頑張れる?」

 「あいあーい。全然平気だよ」

 軽ーい感じで返事が来たけど、大変なことは大変なはず。

 「ごめん。頼む!」

 「あ、アーリャ!」

 「ん?」

 「これ!」

 ノイが放って寄越したものをキャッチ。

 「それないと困るよ!」

 「ごめん、ありがとう!」

 俺はグレッグとフランツ、グレッグに掴まれたラシードを連れ、動きを止めて見える戦闘機体群を突破。

 その向こうに控える艦隊へと一直線に向かった。

 「確認した。あれがきっとノーザンライツ」

 ひときわ大きな空母を見つけ、俺はそちらへ針路を向ける。

 対空砲は……上がってこなかった。

 とりあえずは受け入れるって事だろうか。

 空母ノーザンライツの艦橋を取り囲む狭い通路に降り立つと、向こうからドアが開いた。

 人は、出てこない。

 「入って来いってことか」

 「罠かもしれないのぜ?」

 「なら突破するだけ」

 と思ってドアの前に立ったけど、銃撃は飛んでこなかった。

 代わりに中にいたのはがっしりとした体を城の軍服に包んだ大柄な人影。

 他、同様の制服に身を包んだ士官や乗組員が多数。

 「来たか」

 「ゲイツ中将とお見受けする」

 「いかにも。私がアルフレッド=ゲイツだ」

 ぴりぴりとした敵意が肌を刺す。

 これは部屋にいる人間たちすべてから向けられているね。

 恐れもあるけど、流石軍人。敵意がそれを上回っている。

 俺もおふざけは無し。意識三分の一魔王モードで、相対した。

 「お目にかかれて光栄だ、ゲイツ中将。まずはこちらの提案を受け入れていただいたことに感謝を」

 「貴公がアーリヤヴナ殿か。まさか魔王に礼を言われるとはな」

 「私とて礼くらいは言う。……そのとおり。私が統括者アーリヤヴナである」

 「……アーリヤヴナ殿。私は国連対人型災厄担当一級武官、トーラス=カービンだ」

 ゲイツ中将の後ろから五十代くらいの男が姿を見せた。

 一人だけスーツ姿で、オールバックに撫でつけた髪にモノクル。

 武官って言うよりフランスあたりの怪盗みたいな見た目だなぁ。

 「あなたがトーラス武官か。お目にかかれて光栄だ」

 「挨拶はいい。こちらの言い分を覆すと息巻いているそうだが、そんなことが本当に可能なのか」

 「肯定だ、トーラス武官。……手短に話そう」

 グレッグに合図すると、偽ハル○は引っ掴んだ男を俺達の真ん中にぽいと放り投げた。

 「……この男は?」

 「名前はラシード=アヴドゥーラ。武装組織“ヤハブの息子”の指導者だ」

 ゲイツ中将の顎が落ちた。

 「“ヤハブの息子”、ラシードだと!?国際テロリストとして手配中の男ではないか!」

 ほー。そうだったんだ。

 「今回、我々はそちらから人間をさらったと言いがかりを付けられ、結果このような事態に発展しているわけであるが……その前提が覆るとしたら、どうする?」

 トーラス武官の目が細まる。

 「……どういうことだ」

 「つまり、人さらいを行ったのは我々ではなく、この男の組織だ」

 ゲイツ中将が唸り、ラシードを睨みつける。

 ラシードは目の前で基地を吹っ飛ばされたショックからか、未だ呆けたままだ。

 ちと衝撃的すぎたかしら……。

 「ラシード=アヴドゥーラ。今の話は本当か」

 「……」

 「ラシード=アヴドゥーラ!!聞いているのか!」

 「あぁ……。本当だ。やったのはウチだよ」

 「なん……だと」

 おやおや?妙に素直だな。

 「俺が部下に命じて世界中の旅行者から見繕って拉致したのさ。ウチの構成員と身代金のためにな」

 「き、貴様……」

 む、ラシードが笑った。

 「……くくっ。なーんてな。なわけあるか。ヤハブのなんたらだのテロリストだの何を言ってやがる。俺はただのラシードだ。何が何やらわからんままこの……魔王とかいう連中に連れてこられただけだ。なんなんだよちくしょう!さっさと家に帰せよ!俺に何をしろってんだよ!」

 ラシードが喚きだした。

 あー、そういうことか。放心してたんじゃなくて、そう見せかけてこの後の保身を図ってたのか。なかなか食えない男だねぇ。

 「……アーリヤヴナ殿。どういうことか?」

 ま、このくらいじゃ俺の心は揺らがない。

 俺は肩すくめて見せた。

 「どうもこうも。この男がラシード=アヴドゥーラであることはそちらのデータベースでも称号できるでしょうし。であるなら『ただの』ラシードではないこともすぐ分かるでしょう」

 「おい、すぐ本国に照合しろ!」

 「い、イエッサー!」

 乗組員が慌てて通信を始める。

 その間にトーラス武官が口を開く。

 「だが仮にこの男が本物のラシードだとして、この男の組織が拉致したという証左はあるのか、魔王よ」

 「むろんある」

 俺達が『いやそれは……』なんて言うと思ったか。

 ……思ってたんだろうな。

 ゲイツ中将の眉が顰められてるし、トーラス武官の頬はぴくぴくしてる。周りの連中からはそんなバカな、なんて声が聞こえてくる。

 「これを……」

 といって胸ポケットに手を入れると、途端にガシャガシャと銃が向けられた。

 「……見ていただきたい」

 気にせずポケットからさっきノイに投げ渡されたもの——USBメモリーを取り出した。

 「それは」

 「あの座礁船のデータベースから引き出した情報だ。面白いことがいろいろ書いてあるぞ。あぁ、ウイルスなどは入っていない」

 それでも用心してスタンドアロンのノートPCを持ってこさせると、ゲイツ中将は中のファイルを確認していく。

 背後からはトーラス武官も覗き込んだ。

 その顔がだんだんと青くなっていくのは、さてどんな心境の変化だろうねぇ。

 「アーリヤヴナ殿。このデータの信ぴょう性だが」

 「まだあの座礁船の電源は生きている。上陸部隊にでも調査させればよろしい。そうすれば裏付けも取れよう」

 「……一等武官。このデータが確かなら、我々はとんでもない間違いを犯していることになる」

 「だがまだそうと決まったわけではない。艦長、座礁船を調べていただきたい。今すぐに」

 「了解した。副長、すぐに部隊を編成しろ」

 「イエッサー!」

 ふむ。もう一つ、カードを切っておくかな。

 「ゲイツ中将。座礁船には五人の男が残っている。せっかくだ、保護してはいかがかな?」

 「いいだろう。副長」

 「は。合わせて目標に設定します」

 軍服の男が慌ただしくどこかへ連絡を取っている。

 「その男たちは我ら魔王の助けを拒んだ者どもだ。人類側に連絡を入れたのもその男たちだろう」

 「勇敢な男たちだ。その勇気は称えられるべきものだな」

 トーラス武官が皮肉をくれる。

 俺は口の端で笑ってやった。

 「さて、どうかな……」

 軍の動きは素早かった。

 ものの五分で調査隊が編成され、発艦。

 俺が外の空気を吸っている間に座礁船にたどり着き、調査を開始。

 「エコーワン。何か分かったか」

 『は、その……。データベースにアクセスした所、魔王から提供されたデータと同じデータを発見しました」

 「外部から書き加えられた形跡は」

 『データの最終更新日は今日からおよそ1か月前です』

 つまり、俺達が弄ったわけじゃないことが証明されたわけだ。

 『他にもさまざまな可能性を考慮しましたが、こちらとしては、データは本物である、といわざるを得ません』

 「そう、か」

 ゲイツ中将がため息をついた。

 えー、信用されてなかったのか。まあそうだろーけどさ。

 『さらに魔王の言うとおり、五名の人質(パッケージ)を確認。保護し、連れて帰ります』

 「了解した。こちらへ連れてこい」

 『イエッサー』

 ヘリが戻るまでさらに十五分がかかった。

 艦橋の壁に寄りかかって目を閉じ、じっと時間をつぶす。

 あーあ。俺達ならひとっ飛びなんだけどなぁ。

 あ、来たみたい。

 艦橋の扉が開けられた。

 「調査隊、戻りました」

 「ご苦労」

 隊長らしき男の後ろに、薄汚れた五人の男。

 挨拶ぐらいしといてやるか。嫌がらせに。

 「また会ったな、人間達」

 「ひっ!ま、魔王!」

 あからさまにおびえてるし。

 まぁ前にあれだけ脅したし、俺ちょっとだけ魔王モードだし。

 「どうかな、自分たちのちょっとした嫌がらせが戦争に発展した様子を見ている気分は。さぞかし良い気分だろう?」

 「お、俺達は、別に、そんな……!」

 男たちがあたふたと周囲を見回す。

 「アーリヤヴナ殿。慎んでいただきたい。……さて諸君。大変な目にあったようだな。救助されたばかりで心苦しいのだが、君たちが通信してきた内容をもう一度、教えていただけるか?」

 ゲイツ中将の声は慇懃だけど、どこか相手を測っているところが見える。

 俺が提供したデータのせいだろう。

 さて、男たちはどう答えるかな……?

 「い、言ったろ。魔王が俺達さらって、あの船に閉じ込めて、人質にして、そんで……」

 「その内容に間違い、虚偽はないな?」

 「ね、ねぇよ」

 とは言ってるけど、めっちゃ目が泳いでる。

 言いだした手前ウソでしたごめんなさいなんて、もう言える状況じゃないんだろうなー。

 「なるほど。……実は君たちが捉えられていた船から面白いデータが取れた。それによれば……君たちをさらったのは魔王ではなくこの男の組織だそうだ。知っていたか?」

 「し、知らねぇよ。誰だよそいつ!」

 ここで俺も口をはさんだ。

 「名をラシード=アヴドゥーラと言うテロリストだ」

 「テロ、リストぉ?」

 一瞬、一人の男の目に困惑以外の色が宿った。

 それは、恐れだ。

 何に対するかって?

 それはね……。

 「そうだ。貴様のボス(・・・・・)だ」

 「!!」

 自分にとってまずいことがばらされる、そのことへの恐れだ。

 男の顔が目に見えて青ざめた。

 「どうした、顔色が悪いな」

 「俺、俺は……!」

 「待て待て!!てめぇ、どういうこった!」

 一人がその男-一番威勢がよく、おそらくは実際に通信を送ったのだろう男に詰め寄る。

 「座礁船のコンピュータからサルベージしたデータには、ご丁寧にメールや人員名簿もあってな。その中にはラシードからのメールも残っていたわけだが……。その内容を顔写真付きの人員名簿と照合した結果、君だと判明した」

 「んだとこのやろう!てめぇ敵側だったってか!?」

 「ち、ちがう、俺は……」

 ラシードが男を睨みつけている。

 「てめぇ……事前にあれだけ言ったのに処分してなかったのか、データを!」

 「俺、俺はただ失敗したくなくて……。ボスの指令を間違いなく遂行しようと。でも、ちゃんと言ったんスよ!残しといちゃまずいって!でも船の連中、大丈夫だって聞かなくて……!」

 「その結果がこれだ!この大馬鹿野郎が!!」

 「……おいおい」

 思わず素で突っ込んじゃった。

 俺が何も言わなくても自分で『俺はテロリストの親分だ』『お前はその部下だ』って暴露しちゃってるじゃないかこれ。

 ゲイツ中将やトーラス武官、のみならず艦橋にいる全員が『あーあ、言っちゃったよ』って顔してら。

 「……どういうこっちゃ」

 グレッグが首をかしげているので、答えてやる。

 「つまり、あの男はラシードが潜り込ませたスパイだったというわけだ。拉致した人間たちに混じって情報を聞き出したり、逃走を防止するための安全装置役かなにかだろう」

 「そいつが俺達に人さらいの罪着せたってのか?」

 「そうだ。仲間割れが起きて漂流が始まった時点で、何時か救助が来ることは分かったはず。だがまさか魔王に助けられるとは思わなかったんだろうな」

 救助されたのが誰だったのしても、どこかで自分が人さらいの一味とバレると困るから、嫌がらせついでに俺達魔王に罪をなすりつけたんだろう。

 結果ものすごい大事になって、盛大にバレたわけだけど。

 「今の会話からするに、アーリヤヴナ殿。貴公の主張に分があると判断できる。だがほかにも証左はあるか」

 これ以上まだ証拠欲しいって?

 やれやれ。

 でもゲイツ中将はほとんど俺達の無実を確信してるみたいだな。

 どっちかっていうとトーラス武官に対する最後のダメ押し、ってとこか。

 なら乗ってやるとするか。

 「疑り深いことだ。いいでしょう。では浜にいる人間に証言させよう。それでいかがか?」

 「結構だ」

 俺は島のあたりで警戒しているはずのカルラに連絡を取り状況を伝えた。

 『なるほど。ではフィズさんでいかがでしょう?」

 「それでいい。彼女に伝えて。今からこっちに転移させるって」

 『わかりました』

 と、いうことで、俺はこの場にフィズを召喚。

 初めての経験で目を白黒させているフィズを宥めすかす。

 「今の、何。アーリヤヴナ。私浜辺にいたはずだけど」

 「転移魔法って言うの。それは後で説明するから、ともかく証言してくれる?」

 「何を?」

 「私たちが人さらいじゃないってこと」

 「このおっさん達に?」

 「ん」

 「分かった」

 フィズはつたない英語で懸命に、俺達魔王が人さらいでないこと。二週間に及ぶ漂流で弱った自分たちを助けてくれたこと。ついでに船の五人組が何をしたのかまで話してくれた。

 ゲイツ中将もト−ラス武官も黙ってフィズの話を聞いていたけど、やがて顔を上げた。

 「分かった。ありがとうお嬢さん。……どうやら我々はこの五人の愚か者に一杯食わされたようだ。そうだな、一級武官殿」

 「非常に腹立たしいことに、肯定せざるを得ない。得ないが、ぬう……」

 ……この人ほんっとに頭固いな。いや、引っ込みつかないのか?

 ここまで証言と証拠が出そろってるんだから素直にごめんなさいしようよ。

 「……このままでは私の立場というものが……」

 そんなもの気にしてんのかい。

 役人はつらいね、ふん。

 「トーラス武官。すでに十分な証拠と証言はお渡ししたと思うが?これでもまだ戦いを望みたいというのであれば、こちらも手加減はしない」

 カルラに連絡を取る。

 「カルラ。少し脅してやれ。派手な魔法でな」

 『かしこまりました、アーリャさん』

 「一ついいものをお見せしよう。皆、窓の外を見ていただきたい」

 「?」

 全員の目が艦橋の外、島の方に向けられる。

 『始めますね、アーリャさん』

 「頼む」

 『我が名は魔王カルラ。その名を持ってここに命ずる。約定に従い、偉大なる炎神よ。疾く疾く、来たりま征!!』

 島の上空に光の点が現れた。

 それはまるで太陽の如く輝き、やがて真っ赤に燃える翼を開いていく。

 「こ、これは……!」

 光球を中心に広がった炎の翼。

 それは島よりはるかに大きく、太陽より尚灼熱に燃え上がっている。

 これだけ離れていても熱気が伝わってきそうなほどの、炎の翼。

 これぞ魔王カルラ、その名の由来でもある迦楼羅天の威容だ。

 インド神話のガルダを前身とする仏教の守護神で、口から金の火を噴き、赤い翼を広げると三百三十六万里に達するといわれる。

 炎系の符術を得意とするカルラの術、その最大クラスのものだ。

 「あ、あれがこちらに向けられたら……艦長」

 「トーラス武官。矢張りここらで手打ちにするべきだ。この際立場やメンツは捨ててしまえ」

 「……分かりました。確かにあれと正面からぶつかるのは得策ではない」

 忌々しそうな顔をしたトーラス武官が進み出た。

 カルラの炎翼を呆然と見詰めるラシードの眼前で歩を止める。

 「貴様を“ヤハブの息子”指導者ラシード=アヴドゥーラと断定する。ラシード=アヴドゥーラ、拉致、人身売買、武器密輸その他の罪で貴様を確保する」

 「くそがっ!掴まってたまる、か……」

 「おい。動くんじゃねぇのぜ」

 「潰すぞコラ」

 グレッグとフランツ、巨体二人がラシードの前に立ちはだかって指をぽきぽきさせる。

 うわー、怖いなー。

 「ひぃっ!!」

 ラシードが腰を抜かした。

 ゲイツ中将がバン、と机をぶっ叩いた。

 「警備兵!こいつらをブチ込んでおけ!」

 「イエッサー!」

 ライフルを持った警備兵が走り寄ってきて、ラシードと男を引き立てる。

 「待って!」

 フィズがそれを呼び止めた。

 ゲイツ中将を見て、

 「あんたこの船で一番偉い人?」

 「そうだが」

 「じゃお願い。この男一発殴らせて。こいつのおかげで私、ひどい目にあわされた」

 「……」

 ゲイツ中将はしばらく考えていたが、

 「いいだろう。思い切りやってやれ」

 「ありがと!」

 フィズは両腕を掴まえられたラシードの前に歩いて行き、

 「小娘、貴様……」

 「ふんっ!」

 拳を握って思い切り振り抜いた。

 「おごっ!」

 ラシードが鼻血を吹いてのけぞった。

 「アンタにもくれてやる、わ!」

 「ぐはっ!」

 部下の男にも一発かます。野性味あふれる外見は伊達じゃないみたい。

 「ナイスパンチ」

 「ありがと、アーリヤヴナ!」

 「よし、連れていけ」

 心なしかニヤついている顔のゲイツ中将が命令し、二人は連れて行かれた。

 「あー、すっきりした。ありがと、偉い人!」

 「うむ」

 きっとゲイツ中将も殴りたかったんだろーな、あれ。

 残りの四人の男は唖然とそれを見送る。

 「さて、君たちの処遇だが」

 が、矛先が自分たちに向いた瞬間、震え上がって膝をついた。

 「わ、悪かった!俺達が悪かった!」

 「こんなことになるなんて思わなかったんだ!」

 「あいつの事なんて知らねぇ!俺はただ、魔王に目にモノ見せたくて……」

 次々に懺悔の言葉を喚きだした。

 ちっ。いい歳こいた大人がみっともない。

 「では人さらいは魔王の仕業ではないと?君たちは虚偽の報告をしたと認めるのか?」

 「そ、そうです。本当は魔王以外の誰かが、俺達をさらったんです!」

 「……」

 ゲイツ中将とトーラス武官が苦々しい顔を見合わせる。

 「……艦隊を引いて頂けますかな、ゲイツ中将」

 「アーリヤヴナ殿。我々は……」

 「今回の事はこちらも不問に付そうと思う。いささか腹にすえる部分はあるが」

 グレッグとフランツもうなずいた。

 「言いがかりつけてきたつっても、あんたらはどっちかといや被害者だしな」

 「悪いのはあのラシードとその部下。それとこいつらなのぜ」

 フランツが顎で四人の男を指す。

 トーラス武官が意外そうな顔でこっちを見た。

 「私は……てっきり制裁を受けるものとばかり……」

 ん、されたいの?俺はどっちでもいいぞ。

 なんてね。

 「我々の眼は敵を間違えるほど曇ってはいない。この二人が言ったことが、私の——いや、我々の総意だ。何より大多数の魔王は事の詳細を知らぬ。故に、私がよく言い含めよう。今艦隊を引いて頂ければ、我々の関係はこれまでとなんら変わらないということを申し上げておく」

 トーラス武官が盛大にため息を吐いた。

 「感謝する、アーリヤヴナ殿。此度の一件、私の早合点だったようだ。改めて謝罪する。今後は万一同様の申し出があった際、より精査してご連絡する事にしよう」

 「そうしていただけるとありがたい」

 俺が差し出した手を、トーラス武官は恐る恐るだが握り返してくれた。

 「副長。発進中の全機に通達。ただちに帰還せよ。艦隊はこれより撤収する!」

 「イエッサー!」

 「ノイ、カルラ。魔法を解除してくれ」

 『あ、もういいの?分かったよアーリャ!』

 『分かりました』

 漆黒と炎の翼が消えた。

 やがて空母ノーザンクロスの下に、ノイの重力魔法から解放された攻撃隊が帰ってきた。

 爆音を響かせ、次々と戦闘機が着艦する。

 みんなミサイルや爆弾抱えたまま。

 うんうん、これでいいんだ。

 「では、我々もこれで失礼しよう」

 「アーリヤヴナ殿。浜に残っている者たちの処遇だが……」

 「何か、ゲイツ中将?」

 「艦隊に合流させ、連れ帰っても良いだろうか。これ以上そちらに迷惑をかけたくない」

 ふむ。

 「我々はかの者たちが望むよう手助けするのみだ。彼らがそれを望むのなら、口を出すつもりはない」

 「感謝する」

 後程非武装の大型ヘリを向かわせたい、というのでオーケーし、俺達はノーザンクロスを出た。

 「……あー!やれやれだ!やっと終わったか」

 「疲れたのぜー!」

 「ん。疲れた」

 魔王モードも解除しとかないと。

 ……ふう。

 空に上がると、途端にグレッグとフランツが大声を出した。

 「ずっとアーリャの魔王モードに付き合ってたからな。体がかちこちだぜ」

 「俺もなのぜグレッグ。肩こったのぜー……」

 「……」

 え?

 あれ?

 疲れたってそっち?

 俺のせい!?

 「なんでやねん」

 「なんでやねん、ってお前。俺達は魔王モードのお前がいつ空母爆破するかと冷や冷やしてたんだぞ!」

 どうやって原子力爆発おさえこもうか考えてたんだ、とグレッグ。

 「アーリャならやりかねないのぜー」

 むっ。

 俺だってそこまで喧嘩っ早くないよーだ!

 「失敬な」

 「座礁船穴だらけにしておいて何言ってやがる」

 「あれは交渉の一環」

 「ラシードの基地もクレーターにしただろうが」

 「後顧の憂いを断つため」

 「アーリヤヴナ……、あなたそんなことしたの?」

 俺におぶわれているフィズまでもが呆れ声を出した。

 「そうだぞ嬢ちゃん。こいつ、こう見えて俺達よりよっぽど怖い魔王なんだ」

 「もふもふの耳としっぽに惑わされちゃいけないのぜ」

 フィズは振り返って、ひゃ!?

 シッポ掴まれた!

 「ふわふわ。気持ちいい」

 「ちょ、フィズ!シッポ放して!」

 こそばゆくて力抜けそう。

 「あ、感覚あるんだ。偽物じゃないのね。……でも減るもんじゃないし、いいでしょ」

 むぎむぎ。

 「だめー!」

 フィズは遠慮なくシッポを揉んでくる。

 結局浜に着くまで、俺は半泣きで腰のむずがゆさを耐える羽目になった。

 

 

 

 浜辺に着陸した大型ヘリの中に、十人の人間が乗り込んでいく。

 ゲイツ中将が派遣した救難ヘリだ。

 「これで一件落着ということですね」

 その様子を見ながら、カルラが呟いた。

 「ん」

 隣に立ち、人間たちの様子を眺める。

 俺に気付くと、皆頭を下げてくれた。

 「……」

 ばいばい、と手を振ってやる。

 「これでやっと静かになるぜ……」

 グレッグは大きく体を延ばした。

 「おじちゃん、おじちゃん」

 「ん……んん?」

 グレッグの足元にちょこちょこと走り寄る小さな影。

 例の女の子だ。

 「これ、あげる」

 女の子の手に握られていたのは、小さな貝殻。

 浜で拾ったんだろう。

 桜色に輝いていて、まるで宝石みたいだ。

 「俺にか?」

 「うん!」

 グレッグはしゃがんで貝殻を受け取り、女の子の頭を撫でた。

 「ありがとよ。大切にするぜ」

 「ん!」

 女の子ははにかむように笑うと、母親の下に駆けて行った。

 「よかったね、グレッグ」

 「ん?ああ、まぁな」

 立ち上がったグレッグが、貝殻をそっと握った。

 「あんなに懐かれるとは思わなかったぜ」

 「ふふ」

 『おじちゃーん!ばいばーい!』

 ヘリの傍から女の子が手を振ってる。

 「おう!もうさらわれるんじゃねぇぞ!」

 グレッグも手を振り返した。

 やがて人間たちを乗せたヘリは爆音を上げて離陸し、一度俺達の前をフライパスしてから、沖に待つ艦隊へと去って行った。

 「行っちまったな」

 「ん」

 ようやく肩の力抜けるよ。

 あー、疲れた。

 「アーリャ、アーリャ」

 「どしたの、ノイ」

 「あのロッジどうする?せっかく作ったから壊すのもったいない気がするんだけど」

 「残しておこう。ここでキャンプしたりするのも楽しそうだし」

 「賛成!」

 せっかく二棟作ったんだし。まだ新築だし。壊すなんてもったいないよ。

 「管理はどうします?」

 「後で考えるよ」

 「この位置、ちょうど上の位相でも砂浜だよな。そっちに移すか?」

 「そうだね、そうしよう」

 そうすれば一々ゲートポートからこっちに来なくて済むな。

 「わかった。後でやっとくぜ」

 「手伝うのぜ、グレッグ」

 「ありがとよ」

 さて、じゃああと残る問題、というかイベントは……。

 「お祭り、楽しみ」

 「だねー!」

 ノイが目をキラキラさせてる。切替はやっ!

 「ねぇねぇカルラ。完成まであとどのくらい?」

 「そうですね。一週間以内には」

 「きゃっほーい!」

 波打ち際でくるくる踊るノイを、ポチコマが追いかけて言って一緒に回ってる。楽しそう。

 「ねぇアーリヤヴナ」

 「ん、何?」

 「なんでノイはあんなにはしゃいでるの?」

 「もうすぐお祭りなんだよ」

 「お祭り?」

 「そ。今回は私の故郷日本風の……って」

 「?」

 え、あれ?

 言葉を切って目を白黒させる俺の前で、褐色の肌の少女がことりと首をかしげた。

 「どうしたの?」

 どうしたの?じゃなーい!

 いるはずのない人物が俺の前にいる!

 「なんでフィズがここにいるの!?」

 「なんで、って。残りたかったからだけど」

 いや、なんでそんな当たり前の事、みたいな顔されても!

 「いや、あのね?この島魔王だけが暮らしてる島でね?人間は入っちゃいけなくてね!?」

 「そうみたいね。でもさっきの軍艦の偉い人に言ったら、『とくべつたいざいきょかしょー』とかいうのがあれば『りゅーがく』っていうことにできて滞在できるって」

 「……」

 いや、そうか。忘れてた。

 確かにこの島は人間世界と切り離された不干渉地域。

 通常国連の部隊でさえ、事前に果てしなくめんどくさい準備とやり取りと申請を経て初めて、島の沖二キロまで近づくことが出来る程度。

 ……なんだけど。

 人間と交わした約定の中に、小さくこう書いてある。

 『ただし、人型災厄存在の長と人間側の然るべき部署との間で同意があった場合に限り、特別許可証を持った人間を定められた期間島に滞在させ、研修させることが出来る』

 要はフィズの言うとおり留学生、って扱いだ。

 でもこれ、『ただし例外として』って書いてあるし、普通ありえないことなんだけど。

 “人型災厄存在”しかいない島に、誰が留学したいと思うかね。

 「まさか、あの例外規定使ったの……?」

 「よく分からないけど、そう」

 は〜……。

 「——なんで残ったの」

 ジト目で聞いてみると、フィズは髪を潮風になびかせながら遠い目をした。

 「私、もっと自由に暮らしたいの。いろんなことを知りたいの。いろんな世界を見て見たいの。あの偉い人に話聞いたら、私を都会の学校へ留学させることも可能なんだって。でもよくよく聞いたら確かに勉強は出来そうだけど、その中で暮らすには制約も必要みたいで。私そういうの嫌だったから。私はあなた達みたいに生きたかったの」

 「は、はぁ」

 フィズの眼は本気だ。本気でこの島に俺達と一緒に住みたがってる。

 でもなぁ、うーん。

 トーラス武官もオーケーしちゃったんだろうか。しちゃったんだろうな。だからここにいるんだろうし。

 どうしたものか。

 むーむむむぅ……。

 「お願いアーリヤヴナ。私をここに住まわせて。なんでもするから。手伝うから」

 「むー」

 「いいんじゃねぇか」

 意外にもそう言ってきたのはグレッグだ。

 「そのお嬢ちゃんなら俺達怖がらねぇし。人間の嫌な部分ってのを持ってねぇし。魔王になる素質はなさそうだがな」

 「私もさんせーい。フィズなら一緒に暮らしてもいいと思うよ」

 「私もそう思います」

 あーあー。

 ノイにカルラまで。

 っていうかノイが人間受け入れるとか、そっちの方が意外だよ。

 「お願い、アーリヤヴナ」

 真剣この上ない瞳で見つめられる。

 ……はあ。

 「……アーリャ」

 「え?」

 「名前。ここで暮らすなら他人行儀はなし。私の事はみんな、アーリャって呼ぶの」

 フィズの顔が輝いた。

 「そ、それじゃあ!」

 「許可します。でも何もしないで暮らさせるわけにはいかないから、どこかで働いてもらう。それでもいい?」

 「いい!いい!なんでもするから!」

 俺に抱き付かんばかりに寄ってくる。

 「ありがとう、アーリャ!!」

 がばっ。

 「むぎゅ」

 ついに抱き付かれた。

 やれやれ。

 一難去ってまた一難、にならなきゃいいけどなぁ。

 でも。

 「……ふふ」

 「何よ、変な声出して」

 「なんでもない。これからよろしく、フィズ」

 フィズは俺から離れると、不思議な礼をしてみせた。

 「よろしくお願いします、アーリャ!」

 魔王の島にただ一人の人間の少女、フィズ。

 彼女は俺達と違う存在だけど、でも俺達の——私たちの仲間になったんだ。


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