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アーリャと猫とロボットと-2-

 イベントを間近に控えた翌週、俺はとても久しぶりに故郷日本は、“特区”に向かって転移魔法を発動した。

 行先は“特区”内の専用ポート。

 地下深くに隠された魔王専用の出入り口だ。

 「……転送完了、と」

 青白い光の柱が室内に屹立し、その中から俺は歩み出る。

 光あふれる南の島から一転、地の底に降り立った俺は目が慣れるまでオッドアイを()()()()瞬かせた。

 西洋風の島のゲートポートと違い、ここのポートは和風で作られている。

 詳しく言うと、地下に巨大な空間を作って神社を立て、本来ご神体が置かれる場所に大きな丸鏡を設置。

 これがポートの出入り口になってる。

 「あー、なんか懐かしいね、この雰囲気」

 俺の後ろからポートを出たノイが、胸いっぱいに古びた建造物のにおいを吸い込む。

 「魔王になってもやっぱり、心のどこかは日本人なんだなぁ、って思うよ」

 「そんなもんかねぇ?」

 こちらはグレッグ。

 「俺はどうにもこの古くせえ感じは好きじゃねぇな。それも木造の、よ。石造りとかならいいけど、今にも崩れそうじゃねぇか」

 「いえ、主任。見かけほど劣化してないんですよ、こういう建物は」

 さらにその後ろからエスターが現れる。

 「そうなのぜ。仮に劣化しても別の木が支えあって全体の形を維持している。見るのぜグレッグ、あの梁をよ。このとんでもない重さの屋根を支えているのに、割れも傷みも見当たらないのぜ。人間の技術だけで作られたそうだけど、大したもんなのぜ、昔の技術ってのは」

 最後尾はフランツだ。

 ちなみにここの転送ポートはあらかじめ統括者によって許可された魔王でないと通ることができない仕組み。

 元々統括者と“特区”を管轄する二人の魔王しか使えないものだからね。

 「最も、この神社はむしろ新しいけどね」

 「築数年だからねー」

 「まあそんなことはいいぜ。それより暗いなおい」

 「おまけにせまいのぜ」

 巨体のグレッグやフランツにこの神社の天井はちょっと低く、窮屈そうに身をかがめてる。

 室内は暗く、誰もいないのにろうそくや行灯が灯ってる。

 火事にならないようにこれも全部『火』じゃなくて『光』の魔法。

 「こっち、外でよう」

 「うん、アーリャ」

 イグサの香り漂う畳の上を歩き障子戸を開けると、目の前に広がる白い玉砂利が敷き詰められた境内。

 門番代わりの狛犬も鳥居もないから、広く殺風景な空間だ。

 周囲は薄暗くて所々に立っているかがり火だけが光源。

 天井の方は真っ暗で、人間の目だと全く見えないんじゃないかな。

 縁側から玉砂利の上に降りるとカロカロと独特な音がする。

 「はて、だれもいない?」

 イベント立案者にして“特区”の管理者こと、ショウ=フレイアミットと待ち合わせしてるんだけど。

 「あいつはまだかよ」

 「早すぎたのぜ?」

 「いや、そんなことないよフランツ。今ちょうどだもん」

 

 たったったったった……!

 

 「お」

 目の前、だーっと向こうに伸びている千本鳥居の向こうから、足音が聞こえてきた。

 「す、すみません統括者様~!皆さん~!遅くなりましたー!」

 「きたきた」

 フレイアが全力疾走で現れた。

 「朝の業務がちょっと長引きまして!すみません!」

 「いーよいーよ。お仕事ごくろーさま」

 「すみませぇん……」

 息を整え、フレイアは先に立って今走って来たばかりの千本鳥居へと俺たちを導く。

 「こちらです、どうぞ!」

 「ども」

 “特区”を作った時の区画や建造する建物の案は俺とこのフレイアで行ったけど、実際に建造したのは彼女自身。

 俺は統括者だからか何度かここを訪れているけど、他の魔王は、親友のノイも含めてまず来たことのない場所だ。

 そもそも“特区”へは俺とフレイア以外の魔王は入れない協定になってるしね。

 なのになんで今日、こんな大所帯できたのかっていうと――。

 「下準備はどう、フレイア」

 「はい!ばっちり進んでますよ。政府への計画書提出、当日の警備計画書やイベント計画書の準備。必要雑貨や食料品の調達。幼稚園バスの駐車スペースや専用警備の発注。それから周辺やネット上への告知。ありがたいことに私の知名度が想定より高くて、情報の拡散は予定より三十パーセントほど速いスピードで行われてますね」

 「ん」

 一つ頷く。

 つまり、イベントを行う“特区”の準備がどの程度終わっているかの最終確認に来たわけで、当日参加するノイ達にも一度現地を見てもらうために連れてきた、ってわけ。

 で、ここまでは対外的――つまり人間相手の準備。

 「それと、例のイベント用に作った異世界の安定運営もばっちりです。魔法球がすっかり定着したので今は自己存続が可能なレベルになってます」

 ストーリーに合わせた地形や建造物の想像も順調ですよ、とフレイアが笑顔を見せる。

 んで、こっちが、俺たち魔王が参加する特別イベントの――つまり『魔法的』な準備。

 街のど真ん中でマジもののロボット戦をやるわけにはいかないからね。

 ちゃんと日本政府に計画書と許可申請書を出したうえで異世界を作り、イベントの最後はそこで行うことにしたんだ。

 まったく、あの書類出せとかこの書類やり直せとか、ほんっとお役所仕事って無駄が多い。

 それ意味ある!?ってのばっかり。

 危うく爆発してお役所吹き飛ばすところだった。

 俺ならあの三分の一の書類で許可出すね。

 二度とかかわりたくないよ……。

 ちなみに異世界作ってやるってことには別の意味もある。

 異世界ってことはつまり『日本以外の場所』ということで、他の魔王が居ても問題ないってことで。

 ノイやグレッグヤフランツ、エスターといった面々が参加するのに必要な、まぁ裏技。

 「すげーな。同じ景色が延々と続いてやがる。頭が変になりそうだぜ」

 きょろきょろとあたりを見回した後、グレッグが気味悪そうに肩をすくめた。

 「千本鳥居はそういう使い方もされるね。陰陽道って知ってるかな、グレッグ」

 「馬鹿にすんなよノイ。俺だって魔王だ、そのくらい知ってるぜ」

 ――陰陽道。

 古代中国で生まれた自然哲学や陰陽五行説を起源とし、日本で独自に発展した呪術の技術体系だ。

 魔王の中でも中国や日本出身者の中には、『魔法』じゃなく『陰陽道』寄りの力の使い方をする者は多いね。

 呼び方も『(タオ)』とかになってるし。

 魔法陣を組み込んだ呪符でいろんな魔法を発動させる『道』の術は見ていて面白い。

 特に幻術や自然――つまり五行の操作がとても上手。流れるような動きと相まって、その術の行使はとても美しい、舞みたいだった。

 あと占いとかやってる魔王に多いかな、こっち系。

 俺もちょっとだけかじったけど、最終的には今の魔法体系で落ち着いた。

 「その幻術で、無限回廊とかにして閉じ込めるとかなんとか、だろ?」

 「大体そんな感じ。意外だなぁ、グレッグが東洋の体系知ってるなんて」

 「魔王なら大体知ってるだろ、その辺の心くすぐる話はよ」

 「なのぜ」

 「そうですね、ボクも好きですよ。その手の話は」

 「だよねー」

 わいわい、きゃっきゃ。

 後ろから楽しそうな声がするなぁ。

 俺はと言えば、ひたすらフレイアと事務的なお話ばかりだ。つまんなーい。

 

 千本鳥居を抜けて石段を上がると、そこは立派な洋風の部屋の中。

 ただしこっちは地上に立ってる洋館の一室で、フレイアの住居でもある。

 「みんな、お疲れさま!」

 メイド服(コスプレ)の少女が冷たい飲み物を持ってきてくれた。

 「ありがと、(ゆかり)

 実はこの少女、魔王じゃない。正真正銘、人間だ。

 「ショウ、あんたちゃんと間に合ったの?めっちゃギリギリだったじゃない」

 「ま、間に合ったよなんとか!それと私はフレイア!何度言えばわかるのさー」

 「はーいはいそうだったわね」

 「それから紫、くだけ過ぎだよ。アーリャさんもいるんだし、他の魔王たちだって……」

 「だって、別にあたし部下でも奴隷でもないしー」

 「そりゃそうだけどさ」

 「(……アーリャさん、アーリャさん)」

 「むぃ?」

 エスターがこっそり耳打ちしてきた。

 「(あの女の子、どなたです?)」

 「(すっごいフランクなんだけど……。フレイアだって魔王なのに……)」

 あまりにフランクに話す少女には、エスターもノイも、グレッグもフランツも唖然とするばかり。

 「あぁ、彼女はね」

 と、そこで少女が俺を振り向く。

 「あ、いいわよアーリャ。自己紹介、ちゃんとするから」

 「ん、そう?」

 「「「「アーリャ(アーリャさん)にもタメかよ(ですか)!?」」」

 さらに驚くエスター他。

 「だって、魔王なんて呼びかたされてるけど、実際あたしたちとそんなに変わらないじゃん?」

 「「「……」」」

 「いや、だいぶ違う」

 「そう?変わらないわよ、あたしから見たら。アーリャはいや?呼び捨て」

 「全然かまわない。ばっちこーい」

 「ほらね?」

 あっけらかんと言ってのけた俺と少女には皆、言葉もないみたい。

 ちなみに俺も最初は統括者様、とかアーリャ様って呼ばれたけど、背中がむずがゆいからやめてっていったら即座に呼び捨てになった。

 なんというかずっと前からの友達、みたいな感じだからか、全然いやじゃない。というか話しやすくていい。

 「要はあたしたちと同じ二次元を愛する同志でしょうが。あなた達はその愛が天と次元の壁を突破したってだけで」

 「「「……」」」

 俺たちを誰だと思ってやがる的な感じか。

 しかしなるほど、言いえて妙だ。

 「大多数の人間はそう思わないんだけどね。紫、それより自己紹介」

 「あ、ごめん」

 固まったエスター他の前で姿勢を正し、メイド服の少女が営業スマイルを浮かべた。

 「ごほん。えー、初めまして皆さん!私は“特区”管理者ショウ=フレイアミット様付きの秘書で、薬袋(みない)(ゆかり)と申します!よろしくお願いしますね!」

 「「「……よろしく」」」

 エスター他が異口同音。

 そろそろ慣れようよ……。

 自己紹介したものの反応がいまいちで、今度は紫が戸惑ってる。

 「なーんか固いわねぇ。ねえアーリャ、もしかしてあたし怖がられてる?」

 「それはないと思う」

 さすがに人間を怖がる魔王はいない。

 なんだこいと思うことはあるけど、それはお互いさま。

 「あ、そぉ?まあいいわ。それと、一応このショウとは――」

 「フレイアだってば」

 「――フレイアとは幼馴染なので。そこのとこもよろしく頼むわね!」

 「そ、そうなんだ……」

 「そうなのよ!あ、あなたはえーと――」

 「ノインゼルさんだよ、紫」

 「あー、あなたがそうなんだ!銀髪ゴスロリの美幼女って聞いてたけど。わ~!かわいいじゃなーい!」

 「あ、ありがむぎゅ」

 あ、ノイが人形みたいに抱きしめられた。

 「むぐもが!?」

 「思った通り、抱きやすい大きさ!それにいい匂い~!あなた本当に男の子だったの?」

 「……」

 助けて、とノイの目が語ってる。

 どうしようかな……。

 うん、面白そうだからもうちょっと見てよう。

 「あ、あの紫さん?そ、その辺で……」

 無情にも知らんぷりを決め込んだ俺の代わりに、エスターがノイを助けに動く。

 「ん?あー、君がエストル君だね?最近吸血鬼みたいな美少年魔王が仲間になった、ってフレイアが言ってたよ!」

 「え、そうなのですか?……て、び、美少年!?!?」

 「うん!ほんと、美少年じゃん!よろしくねー!」

 左腕でノイをホールドしたまま、紫が右手をエスターに。

 「は、はぁ。よろしくお願いします?」

 「うんうん!……で、そっちのでっかいのが……うわ、ハ○クだ」

 「違う」

 俺とフレイア以外の魔王を見たことのない紫の興味の矛先は、今度はグレッグに向かった。

 「どっからどーみても○ルクじゃない」

 「だから違う。俺はグレッグってんだ。いいかげんにしねぇと喰っちまうぞ小娘」

 「ねえアーリャ、この人も元女性ってホント?」

 「ほんと。魔王はみんなTSしてるから。全く想像できないけど」

 「だよねー!」

 「聞けよお前ら!」

 「まーまー、その顔であんまり凄むと女の子ビビらせちゃうからやめるのぜグレッグ」

 ずい、と身長だけならグレッグ以上のフランツが現れた。

 「お嬢さん、不気味な偽ハル○はほっといて俺とランチでもいかがなのぜ?」

 右手を胸に、礼を取って見せるフランツ。

 「おいてめぇフランツ。誰が不気味だ誰が。しばくぞ」

 「ま、まあまあ。落ち着いてください主任。ボクはそんなこと思ってませんから」

 「ぬぬぬぅ……」

 エスターにぺちぺちと腰を叩かれ、グレッグが唸り声をあげながら引き下がる。

 馬みたい。どうどう。

 「で、どうなのぜ?」

 黙ってればイケメンのフランツが超さわやか系のスマイルを浮かべた。

 相変わらずノイを撫でくり回しながら、紫は銀髪の長身を一瞥し、一言。

 「あ、ごめんなさい。あたし身持ち固いので有名だから。そういうお誘い受けないことにしてるの」

 「……」

 自称雪山の貴公子ことフランツ=ビッグフット、あえなく玉砕。

 「ぶははははは!!」

 笑顔のまま固まったフランツの後ろで、グレッグが遠慮なく大笑い。

 「不気味でもねーのに全力でお断りされてちゃ世話ねーな!」

 「お、俺のスマイルが効かなかったのは初めてなのぜ……」

 「あなた達って本当に元女性なの?はなっから男だったみたい」

 「紫、間違いなく魔王はTSしてて、彼らは元女性だよ」

 俺も笑いをこらえるのが大変。

 「どーせランチするならノイたんのほうがいいわ!ねえ、何か食べに行きましょノイたん!」

 おおう、ノイ()()ときたか。

 「おいしいお店知ってるの!よかったらアーリャもどう?」

 「ふむ」

 しばし考え、俺はうなずいた。

 「いいけど、その前に二つ」

 「うん?なーに?」

 「先にお仕事。“特区”の見回りとかイベントの準備の進捗状況とか見とかないと」

 「あー、そっか。そういえばアーリャって偉い人だもんね。そっちが先かー」

 うんうん、と紫がうなずく。

 「で、もうひとつは?」

 俺は紫の腕の中を指さした。

 「ノイ、放してあげて」

 さすがにそろそろ助けよう。

 「え?……おっ……」

 「きゅう……」

 紫の腕の中で、なかなかに豊かな胸のふくらみに顔の半分を埋められたまま、ノイが真っ赤になって目を回していた。

 

 

 「ひ、ひどいよ紫ぃ……」

 “特区”内を動くための特別許可証を首から下げたノイが、傍らを歩くメイド服姿の少女に抗議してる。

 「ごめんごめん!でもイイ思いが出来たでしょ?男の子だったらまずできないわよ、あんな体験」

 普通は自分の胸に幼女とはいえ元男の子を押し付けていた(女の子)のほうが悲鳴を上げて真っ赤になりそうなものだけど、なぜか赤くなってるのはノイのほう。

 「そりゃそうだけど……」

 「まだフレイア(こいつ)にも触らせたことないんだから」

 ほう。()()

 「そんな予定があるの?」

 「ないわよ!言わせんな!」

 まぜっかえしたら怒られた。

 ちなみに紫がフレイアが人間だったころ――つまり男の子だったころ彼に恋心を抱いていたのは、俺もフレイア自身も知ってる。

 「なーんであたしは魔王になれなかったのかしらねー。二次元を愛する心ならあなた達にも負けないと思うんだけど」

 「……」

 その言葉に、俺たち魔王組は少々複雑な思いで顔を見合わせた。

 なにしろ――魔王にとって二次元を愛しているというのは大前提でしかない。

 大方の魔王がその他に、人間やその社会に対して闇よりもなお暗い絶望と嫌気を持っている。

 エスターみたいに、人間社会の歪みを知らないうちに魔王になった存在はかなりめずらしい。

 この明るい少女にはまったく似合わない感情が、俺たちの中には渦を巻いてるんだ。

 それは――普段底抜けの明るさを見せるフレイアだって例外じゃない。

 「……魔王にいつ、誰がなってしまうかなんて誰にも分らないよ」

 その言葉はフレイアなりの慰めだったのか、それとも魔王なんて君には似合わないと諭したものか。

 「――そうね。チャンスは常にあるものね!」

 紫もそれを悟ったはずだけど、顔にも口調にもそんな気配は微塵も出さなかった。

 「んーっ!」

 紫が大きく体を伸ばし、改造メイド服の脇部分から白い肌がちらりと見える。

 今俺たちはフレイアの私室で今回のイベントの細かい打ち合わせをした後、イベント準備の視察という名目で“特区”に繰り出し、適当にぶらついている最中だ。

 時間は昼時に近づいてきたとあって、“特区”を東西に貫くメインストリートには人がも多く、レストランからのいい匂いが漂ってる。

 ……おなかすいた。

 「そ・れ・よ・り・も・よ!」

 紫の顔がぐりっとこっちを向いた。

 「アーリャやノイたんはともかく、あなた達二人がそんな感じになるとはね!」

 「あん?」

 「うん?」

 グレッグとフランツがそろって自分と、お互いの恰好を見回した。

 「何かおかしいのぜ?」

 きょろきょろと、周囲の人間と自分の恰好を見比べるフランツ。

 幻術によって外見を誤魔化した二人は、どこからどう見ても人間の男性にしか見えない。

 グレッグはメキシコ系の顔立ちで、ワイルドに逆立てた短髪とピアス。

 はだけた黒いシャツの胸元から、盛り上がった筋肉と金色のネックレスが見える。

 下は短パン。

 ちなみに肌の色はちゃんと人間カラー。

 一方フランツは北欧のさわやか系イケメンで、身長を二メートル代まで低くごまかした。

 銀色の長髪は腰あたりで縛り、白いシャツにジーンズとラフな格好。

 こちらは銀のドッグ・タグを首からぶら下げてる。

 二人ともノイと同じく俺が発行した“特区”内を歩くための特別許可証を、アクセサリとは別に首から下げているけど、たぶんこれを下げているのが魔王だとはだれにもわからないと思う。

 「そんなことないわよ。よく似合ってると思う」

 「ありがとよ」

 「……にしてもワイルド系とさわやか系の外人二人に、ゴスロリ美幼女とケモ耳美少女か……。ものすごく目立つわねあたしたち。今更だけど」

 「紫自身はメイド服だしね」

 そういうフレイアは魔王っぽいマント姿。

 この格好は“特区”内での彼女の正装、制服みたいなもの。

 名と顔の売れてる彼女と歩くと、ただでさえ目立つ集団がさらに際立っているのはもうどーしよーもない。

 最も周囲にはコスプレ集団が闊歩していて、違和感ってのはないけど。

 まるでアニメの多元世界だ。

 って、ああ、言ってなかった。

 “特区”内では服装自由で、普段着姿で歩くのもよし、自作レンタル問わずコスプレして歩くのもよし。

 『他人に迷惑をかけるような行為をしないこと』

 『迷惑をかけてしまったら速やかに謝罪し、状況を改めること』

 『助けてもらったらちゃんとお礼を言うこと』

 それがこの“特区”内での最低限のルール。

 まあ、当たり前のことなんだけどね。意外と人間社会――特に都市部や人込みでは守られない。

 「アーリャは、それ、普段着?」

 「一応外出用」

 今日の俺はお気に入りのサマードレスに麦わら帽子。

 銀色のネックレス。

 足元はサンダル。

 髪はさらっと背中に流してきた。

 ちなみにケモ耳と尻尾は隠さず、いつも通り。

 ケモナーのコスプレさんは意外に多いから、俺の恰好も当然違和感がない。

 さすがにグレッグやフランツの素の外見は無理だけど。

 「すっごい似合ってる!腕も足も細くて白いし、すべすべだし!スタイルもいいし!本当に元男の子なわけ?あたし完全に負けてる!」

 「ども」

 俺の腕を取り、紫がまじまじと見つめる。

 「日焼け止め、何使ってるの?化粧水は!?」

 ぎん、と紫の目が光った気がする。

 こと女の子の美容に関する執念は凄まじい。

 魔王の俺には分らん世界だ。

 「化粧水は島で作られてるものだけ。日焼け止めは別段してない。魔王だから紫外線カット位できるし」

 若干気おされながら教えてあげた。

 「な、なにそれ!紫外線カットって!そんなことまでできるの!?」

 「なんでもできる」

 日焼けした小麦色の肌にも、真っ白な肌にも、いつだって変えられるし。

 「ずっこいー!」

 「えー」

 ワイワイ。

 「アーリャのヤツすっかり女子トークに慣れてやがる……」

 「逆に俺たちはすっかりあのペースを忘れたのぜ……」

 「あぁ……だな……」

 ヤロー化した二人がなんか物悲しそうに俺を見てるんですが。

 「あ、あの……!」

 「うん?」

 「も、もしかして……本物の、魔王さん……ですか?」

 高校生ぐらいの男女混成五人組が話しかけてきた。

 でもその顔は俺じゃなくフレイアに向けられてる。

 ここでは彼女の方が知名度高いからね。さもありなん。

 「はい、そうですよ!ショウ=フレイアミットと申します。初めまして!」

 にっこりと笑顔で手を差し出すフレイア。

 「ほ、本物だって!」

 「え、まじ?まじ!?」

 「きゃー、うそ!本物に会えた!?」

 「だから言ったじゃねーか。あれ本人だって」

 「俺たちが何度ここに来たと思ってんだ」

 かわるがわるフレイアと握手し、そのたびにキャイキャイと騒がしい五人組。

 「あの!写真撮ってもいいですか!?」

 「あ、ずるーい!私も!」

 「あ、私もいいですか!?」

 ここ、往来のど真ん中なんだけどなぁ。

 全く周りが見えてない。

 すると、笑顔のまま全く動じないフレイアが、そっと口元に指をあてた。

 「あぁ、みなさんもうちょっとお静かに。写真は構いませんが、もうちょっとロケーションのいい場所にしましょう。ここ、通行のお邪魔になってしまいますから」

 「あ、すんませんっす」

 「ほらお前ら、静かにな」

 ルールを熟知しているっぽい男子二人が女子三人をたしなめてる。

 「え、ここでいいですよぅ~!」

 「なーにぃ?あんたたちこの人の前でいい格好しようとしてるの?」

 「似合わないってー」

 「違げーよ。ここのルール。『他人に迷惑かけない』って、あるんだよ」

 「周り見ろよ。思いっきり邪魔になってるだろ」

 男子二人が憤慨する。

 「えぇ、彼の言う通りです。あまり大声でしゃべり続けては、周りの皆さんのご迷惑なってしまうこともありますからね。面倒でしょうけど、協力してください」

 いたずらっぽく片眼をつむりながら、フレイアが女子たちを諭した。

 押しつけがましくなく、協力してくださいとお願いする形をとられれば、女子たちも嫌とは言わないし、言えないだろうね。

 やるなあ、フレイア。

 「あ……」

 女子の一人が、やっと自分たちがどこにいるかに気づいた。

 歩行者天国とはいえ、通りのど真ん中。

 ちらちらと視線も向けられてる。

 「ご、ごめんなさい!」

 「あ、あの……。私たちここ初めてで……」

 「すみません!」

 「いえいえ。ところでどうです?写真を撮った後、一緒にお茶でもいかがですか」

 通りの端に集団を導きながら、フォローも完璧にこなす。

 「あ、いいんですか!?」

 「アーリャさん、どうです?」

 って、なんですと!?

 ……いきなり話振られた。

 全員の視線が俺に集まる。

 「――私は構わない」

 背後を振り返ると、みんな首を縦に振った。

 「あ、あの……そちらの方々は……?」

 グレッグとフランツの見た目に委縮した女子三人が体を寄せ合って縮こまった。

 「あぁ、こちらの皆さんは……」

 「そーらみろグレッグ。お前さんの外見はやっぱ怖えーのぜ」

 「てめえが言うな。その身長でよ」

 「俺はさわやか系だからいいのぜ」

 「けっ!」

 「しゅ、主任!」

 「二人ともやめなってー」

 いつも通りの言い争いを始めちゃった。

 ノイとエスターがなだめてるけど、あーあ。人間たちが本当に怖がってるじゃないかー。

 仕方ない、ここは俺が出なきゃなるまいか……。

 「失礼しました。――初めまして皆さん。本年度の魔王統括者、アーリヤヴナ・ケモノミミスキーです」

 社交用の口調でご挨拶。

 「と、統括者……?」

 「端的に言うと、魔王の中で一番偉い人、ですね」

 わずかに口元を上げて微笑んで見せる。

 「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」

 最近はまずないけど、統括者である俺の姿は、ニュースや新聞でお茶の間に配信されることもある。

 ここでようやく少年少女たちは、俺の顔を思い出したらしい。

 「ととととと統括者ぁ!?」

 素頓狂な声が上がった。

 「はい。気軽にアーリャと呼んでくれて構いませんよ」

 「いいいいいいいえ、そんな無理ですぅ!?」

 「ごごごごごめんなさい!?」

 「ななななななんかあたしたちとんでもなく失礼なことしてたんじゃ……」

 「やややややややべぇ殺られる!?」

 ガクガクブルブル。

 「……えーと。そんなバイブレーションしなくても取って食べたりしないよ?」

 社交用仮面があっさりはずれ、素の口調に戻る俺。

 「でででででもニュースだと……」

 「すすすすすっごく怖くて」

 ……あぁ。

 「あー、あれ。怖くないとなめられるから、役作ってただけ」

 「や、役ぅ……?」

 「そそそ、そうなんだ……ですか?」

 「あー、そういえば前にニュース用映像取ったとき、アーリャ魔王モードだったもんねー」

 「失神したカメラマンやリポーター介抱すんのがめんどくさかったなぁ」

 灌漑深げにノイとグレッグが頷いてる。

 そのとき現場にいなかったフランツだけ、きょとんとしてる。

 「ぶぅ」

 俺の口が不満げにとがる。

 魔王モードつったって儀式のときの十分の一も出してないのに。

 「あー、あのですね皆さん。アーリャさん、普段は全然怖くないですから。ボクもよくお世話になっていて」

 ううう、フォローしてくれるのはエスターだけだよ……。

 「空も飛べるし戦いも強いし、そうそう!この間なんて二十メートルもあるでっかいドラゴンをおひとりで倒したんですよ!」

 「ひいぃ!?」

 「エスター、それあまりフォローになってない……」

 余計怖がらせちゃったじゃないかー。

 「え、あの!……すみません」

 「えー、ごほん。というわけで、こちらは我々の統括者アーリヤヴナ様とそのお付きのご一行様です。今度やるイベントの視察のために、許可をもらっていらしてくれたんですよ」

 「い、イベント?」

 「ええ。内容はあちこちのポスターに書いてますから、見ておいてくださいね」

 「みんなラッキーよ?かな~りレアな体験なんだからねこれ。なんたってニュースでしか見られない統括者にナマで会ってお話しできるんだから!誰にも言わないでよ?」

 声を潜めた紫の表情はいかにも、『あなた達と私たちだけの秘密です』と言わんばかり。

 「ね、アーリャ!」

 「うん。一応、お忍びに近いからね」

 「ほら、いかがです皆さん」

 「な、なら……」

 五人組が顔を見合わせ、恐る恐る俺を見た。

 「ご、ご一緒しても?」

 好奇心が勝ったらしい。

 「もちろんおっけー。一緒にご飯食べよう」

 ぐっ。

 「は、はい!」

 「うす!」

 「よろしくお願いしまっす!」

 微妙に強張っていたものの、五人組はようやく笑顔に戻った。

 

 

 適当なレストランに席を取り、俺たちはテーブルを囲む。

 「な、なんかここ、すごく高そうなんですけど……?」

 女子三人のひとりが落ち着かなさげにもぞもぞしてる。

 またしてもノイの容姿が雰囲気緩和に役立って一旦は会話が弾んだものの、フレイアが選んだレストランに入った瞬間、五人組の表情が硬くなった。

 「その、言いにくいんですが……。私たち食事用のお金はあまり用意してなくて……」

 「あぁ、グッズ用だね?あるある。普通だよそれは」

 ちょこんと椅子に座ったノイは訳知り顔。

 「ぶっちゃけ食事なんかより限定グッズの方が貴重だからね。コンビニでおにぎり買うくらいじゃないかな」

 「うん、私もそうだった」

 「だな」

 「なのぜ」

 「ぼ、ボクはその……」

 ひとり、病院から出たことないエスターが困った顔。

 「ごほん。だからここは私が奢りますよ」

 フレイアが安心させるように笑う。

 「え”」

 濁音付きで驚かれたけど、フレイアは笑ってウインク。

 「私が使うお金はこの“特区”内で皆さんが商品を購入してくれることで稼いだお金です。ですが、私の目的はお金を儲けることではなく、この“特区”で楽しんでもらうこと。手元に残しておくのは皆さんに楽しんでもらうためのお金で、そうでないお金は“特区”で使うことで社会に還元し、経済を回す――」

 フレイアが話しながらウエイターさんを呼んだ。

 「いらっしゃいませ!……あ、管理者様じゃないですか。お疲れ様です」

 「はい、お疲れさまです。注文ですが、これとこれとこれ。あとこれも。ドリンクは飲み放題で。支払いはこのカードでお願いしますね」

 メニューを指さしながら適当に、大人数向けの料理(オードブル)を注文。

 「はい、かしこまりました!少々お待ちくださいませ!」

 ぺこっ。

 お辞儀をしてウエイターさんが去っていく。

 笑顔もスピードも申し分ない。

 あのウエイターさん、十分に訓練されているんだろうな。

 「――それが、私の“特区”におけるスタンスです」

 にこり。

 魔王らしからぬ優しい笑みは俺たち全員に波及した。

 「さすがっす!フレイア様!」

 「惚れました!」

 「ちょっと、あたしは?」

 「一度も惚れたなんつった覚えはねぇぞ」

 「ひっど!ちょっと聞いた!?」

 きゃいきゃい。

 「安心したよフレイア。ちゃんとやってくれてるみたいだね」

 「ありがとうございます、アーリャさん」

 「でも、あまり『みんなのため』なんて言ってると、偽善とかなんとか言われんじゃない?」

 そういうひねくれた人って必ずいるからね……。

 ここに来る人がそうだとは言わないけど、明確にされた彼女のスタンスは“特区”内外に発信されているから、絶対言うやつ、いると思う。

 「あ、そうそう、そうっすよ。SNSとかでもたまに見かけるんすよ、そういうやつ!」

 「世界にとって害悪でしかない魔王がお金稼いで人間のためになんて言うとか片腹痛い、とかさ!」

 「腹立つわよねぇ、ああいう物言いの人って!」

 「ほんとほんと!」

 五人組も騒ぎ出す。

 「あ、それならご心配なく」

 五人組の憤りや俺の一抹の心配をよそに、フレイアがマントの内ポケットから何か紙切れを出してテーブルに置いた。

 なんじゃこりゃ。

 「言ったじゃないですか、“特区”内でお金を使って経済を回すって」

 「うん?」

 「ですから、ほら。自分の趣味にだって使いますよ」

 みんなで紙切れをのぞき込むと。

 「「「……………………」」」

 「私だって、魔王(二次元を愛するもの)、ですから」

 思えばこれが、フレイアの人の好さそうな笑みが、初めて邪悪に見えた瞬間だった。

 有名なアニメ漫画グッズ販売店のレシートには、領収代金として、『()()()()()』と印字されていた。

 

 

 五人組とにぎやかな食事をし、記念写真を撮って別れた後、俺たち魔王組と紫はフレイアの家――洋館に戻ってきた。

 「ふぃー、つっっかれたぁ~!」

 「久々に人込みを歩くと結構疲れますからね」

 ノイとエスターが額の汗をぬぐう。

 「フレイアのやつが行く先々で写真だの握手だの求められてたからな。俺たちだけならもうちょっとスムーズだったろうよ」

 「同感なのぜ」

 どっかと椅子に座ったグレッグの背後で、フランツが帰り際に買った扇子をぱたぱたさせている。

 描いてる文字は……『俺参上』?

 どっかで聞いたな。

 「すみません。管理者という肩書がある以上皆さんを邪険にはできませんから」

 苦笑しながら、フレイアは自ら冷たいジュースを用意してくれた。

 紫がおやつを作ると言って厨房に引っ込んじゃったからね。

 「どうぞ、皆さん」

 「ありがとー!」

 ノイが真っ先に飛びつき、その後ろからエスター。

 グレッグは立ち上がる気がないみたいで、自分の前に回ってきたフレイアの手からグラスを取った。

 「俺の分も取ってくれなのぜグレッグ……」

 「ごっ……ごっ……ごっ……」

 聞いちゃいない。

 「どうぞ、フランツさん」

 「おぉ……うん?」

 フランツは直接フレイアからグラスをもらったけど、実はそのグラスの中身がグレッグのものより多いのを俺は知ってるんだー。

 「(ありがとなのぜ)」

 「(どういたしまして)」

 ぷはーっ!

 そんなことはつゆ知らず、ジュースを一気飲みしてからグレッグが俺を見た。

 「で?このあとはどーすんだ?もう大体終わったろ、仕事関係はよ」

 「うーん」

 フレイアにもらったジュースをちびちび飲みながら、しばらく考える。

 「みんなセリフは覚えた?」

 今回のイベントはある意味で劇をやるようなものだから、当然役に会ったセリフがある。

 台本は結構前に渡しておいたけど……。

 「あぁ、覚えたぞ。全部な」

 「俺も完璧なのぜ」

 「私も」

 「ボクもです」

 全員が当然とばかりに首を振る。

 こう見えてここにいる全員、記憶力が素晴らしいからね。……俺も含めて。むふ。

 「ノイ、こっち側の機体の調子は?」

 「もう動かせるよ。細かい調整は必要だけど」

 そう、俺とノイで作ってた味方側のロボットは、すでに三機とも完全な形で彼女の工房にある。

 「必要なら持ってくるけど?」

 「ふむ。フレイア。そっちの機体は?」

 「こちらのも、いつでも行けますね」

 「ふむ」

 それなら。

 「本来のリハーサルはまだ先の予定だけど、習熟も兼ねてちょっと動かしてみよう」

 「よしきた」

 「了解です」

 いくら魔王って言っても、あんな巨大な物体を手足のように動かすには慣れが必要だからね。

 「では私が専用の異世界を作っておきます。時間は……ゼロマイナス五十くらいですか?」

 「そうだね」

 「じゃ異世界できたらジャンプ用の座標教えて。こっちからアクセスするから」

 「分かりました、ノイさん」

 この後、フレイアの作った時間の流れを極端に遅くした異世界で、都合半月もの時間を費やして、俺たちはロボの操縦を叩きこむことになったわけだけど――。

 それはまた、別のお話し。

 

 

 ついに。

 ついにこの日が来た。

 島の宿でショウ=フレイアミットから要望書を受け取ってひと月。

 ノイのお城でロボを作ったりなぜかお風呂回があったり、紆余曲折があったけど。

 無事にこの日を迎えられた。

 今日は“極限定特区”への幼稚園児たちの学習訪問の日。

 俺は儀式や正式な会談の場で着用する、統括者用の正装を身に着け、“特区”内の洋館――フレイアの私宅で待機中。

 金糸と銀糸で彩られた漆黒の上着を羽織り、胸元には台座にはまった深紅のルビー。

 下は学生服のデザインに近い膝上丈のスカート。

 色はもちろん漆黒で、縁にはやはり金糸の刺繍。

 ベルトも黒で、四行詩の彫られたバックルは金。

 これに杖を持つけど、今回は仮面はつけない。

 あれつけると怖いからいけませんって、オーナーにダメ出しされちゃった。

 「……ふう」

 午前七時半。

 早めに起きて諸々の準備をこなし、正装姿でここについたのが三十分ほど前。

 幼稚園児たちの訪問は九時の予定だから、十分余裕はある。けどほら、事前準備って時間かかるじゃない?

 正装にしわが寄るから椅子には腰かけず、俺は立ったままで異世界にいるノイ達に通信をつないだ。テレパシーみたいなものだね。

 「ノイ、聞こえる?」

 『あ、アーリャ。うん、聞こえるよ』

 タイムラグなく、ノイの声が頭に聞こえる。

 「準備は?」

 『最終調整はほぼ終わり。三機ともばっちりだよ』

 「おーけい。……グレッグ、そっちはどう?」

 『おう、こっちも問題ねぇ。いつでもいけるぜ』

 「りょーかい。一段落したら異世界にロック掛けて戻っていいよ」

 『おうさ』

 『あーい』

 接続を切り、今度はフレイアへ。

 「フレイア、準備は?」

 『各部との最終調整中です。準備完了まで0040(四十分)です』

 「了解。ノイ達もそろそろ戻ってくるだろうから、みんなで一度合流しよう。スタッフも一緒にね」

 『分かりました』

 フレイアは今回のイベントでは司会と裏方に徹するわけだけど、それにはわけがある。

 幼稚園児達が来るにあたって行うイベントには特例として魔王が複数参加するわけだけど、その条件として日本政府をはじめ世界から特殊部隊員を“特区”に入れさせ警備を行う、という条項がある。

 目的は安全確保と魔王の監視。

 そりゃそーだ。世界中の軍隊とサシで渡り合って圧勝するようなのが、フレイアを含めて六人も。世界中がピリピリしてもなんらおかしくない。

 おまけに初の試みということで日本からは要人も来る。

 それらの受け入れはフレイアが一手に担って行ってるせいで、彼女は今てんてこ舞いなんだ。

 統括者である俺は彼らとの会談があるけど、それはイベントが終わった後に三十分くらい。

 あーあ、めんどいなぁ。

 「……もふ」

 人が集まるまで暇になった俺は、尻尾の毛並みを整えることにした。

 

 一方その頃。

 「フランツー!ほら、そろそろいくよー!」

 イベントの華、本物の合体変形ロボットを使ったバトル会場である異世界の一角で、私は声を張り上げた。

 「ここの時間は0ポイントと同期してるの、忘れてないよねー?」

 我ながらキンキンと甲高い声が、格納庫に響き渡る。

 「大丈夫なのぜ!よ……っと!」

 フランツが3号機のコクピットから這い出し、身軽に着地した。

 コクピットハッチから地面までは五メートルほどの高さがあるから、本来は乗降用のはしごを使う。

 けど、魔王である私たちにその程度の高さなんて全く関係ないから、みんな飛び上がってハッチまで行ったり、今みたいに飛び降りたりしてる。

 異世界に作られたロボの保管格納庫には、私とアーリャで作り上げた三体の味方役ロボットと、フレイア達で作り上げた敵役ロボット二体が鎮座している。

 それぞれ最終調整を無事に終え、新品の装甲を照明の下でキラキラと輝かせている。

 「うん……うん……!」

 三体の雄姿を見上げ、一人頷く。

 会心の出来だ。

 これほど複雑なメカを作ったのは初めてだったけど、なかなかどうして、うまくまとまった。

 もちろんここまでの道は平たんじゃなかった。

 素材、構造、動力、その他すべて、これまでにないものを作ろうというのだから当然だ。

 正直魔王でなかったらあと五十年、いや百年はかかるだろう。

 アーリャの脳内CADの力は、やっぱり素晴らしかった。データ上では問題なく見えても、彼女の頭の中では可動部を動かしたときのクリアランス、細かい形状が全て視えていて、それはデータよりも信頼できる。

 「どーしたのぜノイ。そんなところで目をつぶって」

 「どこか具合でも悪いのですか?」

 のすのすとフランツがやってきて、その後ろからひょいとエスターが現れた。

 「うんにゃ、大丈夫。ここまでいろいろあったなぁ、って思ってただけだから」

 「おいおい、まだこれからだぞ」

 敵役ロボから降りた緑色の巨人、グレッグがにやりと笑う。

 「台本は読んだけどよ。物足りねぇと思ったらガンガン行かせてもらうからな。覚悟しとけよノイ」

 「だ、ダメですよ主任!ちゃんとストーリー通りにやらないと!」

 慌ててエスターがたしなめている。

 「わーってるよ。けどこれだけのロボ同士のぶつかり合いだ。今から結構ワクワクしててよ、たまんねぇぜ……!」

 「も、漏れてます!主任、魔力漏れてますって!落ち着いてください!」

 「……やれやれ」

 赤い魔力光がグレッグを覆ってる。

 「グレッグ、やる気いっぱいなのは良いけど、あまり突っ走らないでよ?」

 仕方なく私も釘をさす。

 「私たちだけならともかく、人間の、それも幼稚園児たちが見るんだからね?」

 「分かってるってばよ」

 「本当なのぜ……?」

 フランツも半信半疑。

 とはいえ。

 「かっこいいアドリブなら大歓迎だけどね」

 「だろ?俺に任せとけよ」

 豪快な笑い声が響く。

 ぶっちゃけグレッグのアドリブが楽しみだと思うあたり、私もかなり気分が高揚しているらしい。

 「じゃあ一段落したところで一度戻ろう。みんな、機体のロックは?」

 問題なーし、の斉唱。

 まずないと思うけど、誰かに勝手に動かされたら困るからね。

 「この世界のロックは私がやるから、みんな先に出ていいよ」

 「おう」

 「わかったのぜ」

 「お願いします」

 私を残し、みんなが次々と格納庫内の転送ポートからフレイアのお城へと戻っていく。

 最後に残った私はポートの上でもう一度ロボたちを見る。

 たぶん最後には、全機ボロボロになってしまうだろう。

 それでも。

 「みんな、今日は頼むよ。最高の一日にしよう」

 光の加減のせいか、光の入っていないロボたちの目がきらりと光ったように見えた。

 私はそれに満足し、この世界に誰も入ってこれないよう厳重なロックをかけ、ポートを起動してみんなの後を追った。

 

 『ここが舞台だね?』

 『あそこが戦場だね?』

 『じゃあ僕たちも準備をしようか』

 『そうだね。私たちも用意をしようか』

 『戦いの――』

 『パーティーの――』

 『『準備を!』』

 『――ふふ、うふふふふふふ』

 『――あは、あはははははは』

 誰もいなくなったはずの格納に響いた笑い声には、誰も気づかなかった――。

 

 

 午前九時。

 “特区”の駐車場に一台の大型バスが滑り込んできた。

 俺とフレイア他、“特区”のスタッフが勢ぞろいでそれを迎える。

 マスコミは駐車場外に追いやった。

 遠慮のないフラッシュとカメラとインタビューをされちゃ敵わないからね。

 それに、俺たち二人以外誰も気づかないだろうけど、この駐車場は各国の特殊部隊員によって完全に包囲されている。

 彼らの監視が向かう先は当然、俺とフレイア。

 銃弾程度でどーにかなるなんて誰も思ってないだろうけど、それでも自分に向けられる銃口の気配は感じられる。

 事前に、発砲はしないでくれと念押ししてあるけど、守ってくれるかどうか……。

 「アーリャさん」

 「うん?」

 傍らのフレイアが話しかけてきた。

 珍しくその顔には緊張の色が見える。

 「園児の皆さんは私たちを見て……どういう反応をするでしょうか」

 「……」

 「私たちは魔王です。世界中からケンカを売られ、買って、遊び半分で勝ちました。私たちは邪悪の化身、人を滅ぼす悪魔だと、そう報道されています」

 「……そうだね」

 ――それ自体には何も思わない。

 「大人たちからそう思われるのは構いません。私は彼らが嫌いですから。ですが――」

 ――けど。

 「――無垢な子供たちは彼らの影響をもろに受けてしまう。無垢であるがゆえに。きっと大人たちは私たちのことを、自分たちの考えそのままに子供たちに伝えたでしょう」

 ――けど。

 「私は、子供たちにこそ、物事の本質を見てほしい。大人のやり方に対して『そうじゃない』と言えるだけの純粋さを、失わないでほしい」

 「……うん」

 「そう、思います」

 ――そう、願いたい。

 

 キィッ。

 

 ブレーキのきしむ音を立てて、バスは俺たちの前に止まった。

 ドアが開く。

 「……」

 まず降りてきたのは二十代くらいの若い女性。引率の教師かな。

 心を見なくても、その顔に魔王(俺たち)への怯えが張り付いているのが分かった。

 それでもなお、子供たちの前で虚勢を張ろうとしてる。

 「時津(ときつ)幼稚園の引率、三嘴(みはし)カナですっ!」

 精一杯の威厳を込めて、大きな声で女性が名乗った。

 「ほ、本日は“特区”へのご招待をいただきまして、ありがとうございますっ!」

 俺とフレイアが軽く目配せしあい、まずはフレイアが進み出る。

 「ひっ……」

 三嘴と名乗った女性が一歩下がる。

 バスの中では運転手が怯え――てないな。

 あー、ありゃ運転手の恰好してるけどたぶん自衛隊員か何かだ。銃も持ってるし。

 どうりで、ね。

 「……初めまして、三嘴カナさん」

 涙目になるほど怖がっている女性教師に、フレイアは優しく微笑んだ。

 「この“特区”を預かる、ショウ=フレイアミットと申します。本日はよくいらっしゃいました。我々一同、心より歓迎いたします」

 「……」

 「私たちを怖がるな、とは申しません。ですが、私たちはみなさんが来てくださるのをずっと心待ちにしていました。私だけでなく、スタッフもです」

 三嘴女史の視線がフレイアの背後へ向かう。

 そこには笑顔のスタッフたちが勢ぞろいしてる。

 彼らの笑顔は、決して無理に作ったものじゃなく、本当に心からの笑顔。

 「あ、あの……。よ……よろしく、お願いします」

 フレイアの微笑みとスタッフたちの笑顔はゆっくりと三嘴女史の怯えを収め、差し出した手を握らせることに成功した。

 さっすがフレイア!

 「はい、よろしくお願いします。ようこそ、“特区”へ」

 二人の握手が一段落したところで、俺の番。

 三嘴女史の身長は俺より高い。若干見上げるような感じになった。

 「初めまして。本年度の魔王統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキーです。ようこそおいでくださいました」

 「は、初めまして。三嘴カナです。えーと……」

 「アーリャと呼んでください。名前、長いですから」

 にこり。

 外見は美少女の俺が微笑み、三嘴女史の緊張はほとんどとれたみたいだ。

 接触状態の手から伝わる怯えや焦り、不信が次第に消えていく。

 「よ、よろしくお願いします。アーリャ……サマ?」

 うわぁ、すごい棒読みだー。

 「()()でも結構ですよ。公の場でないのですから、堅苦しいのはよしましょう」

 「わかりました、アーリャさん」

 手をほどき、三嘴女史がバスを振り返る。

 窓に張り付く幼い、顔、顔、顔。

 「さあみんな、降りていらっしゃい」

 先生の声に導かれ、怯えもあらわに園児たちが――。

 「「「わぁー!!!」」」

 「……」

 訂正。

 怯えなんて欠片もない。

 赤白帽子をかぶったちっこいのが、ホースから噴出する水みたいに飛び出してきた!

 「こんにちはぁー!」

 「わー!!」

 「ついたー!」

 「まおーだぁー!!」

 「しっぽだー!」

 「もふもふだー!」

 ひえぇ、みんな俺狙ってる!?

 っていうか俺の尻尾を狙ってる!?

 下がるわけにもいかず、俺はあっという間に園児たちにもみくちゃにされた。

 正確には俺の尻尾が。

 「ふわふわだー!」

 「きもちいいー!」

 「いいにおいーー!」

 「……」

 せっかく毛並み整えてきたのに……。

 「ねーねー!」

 「うん?」

 ちっこい女の子が正装の裾を引っ張った。

 「これほんものなの?」

 「ほんものだよ」

 わさわさ。

 尻尾を振って見せると、またしても歓声があがる。

 「みみ、そのお耳は!?」

 「こっちもほんもの」

 ぴこぴこ。

 「かわいいぃ~!」

 「こ、こらみんな!ちゃんと並びなさーい!」

 三嘴女史が叫び、五分以上かかって園児たちは整列()()()()()

 「す、すみません!」

 「いやなに……」

 撫でくり回された尻尾は枝毛がピョンピョン飛び出していて、俺はちょっと悲しい。

 口調も戻っちゃった。

 「あ、あの……」

 「はい?」

 なんでもじもじして……ってまさか。

 「あとで私もその耳、触ってみても……」

 「……」

 やっぱり。

 「そ、それではみんな、出発しようかー!」

 「「「おぉー!!」」」

 後ろに引っ込んで耳を触られている俺の代わりに、フレイアが園児達を案内して歩き出す。

 最後尾が俺と三嘴女史。

 「わぁ、あったかい……。本当に、本物なんですね……」

 「うん、まぁ……」

 もにもにと獣耳に触れられる。

 くすぐったい。

 というかそろそろ放してくれー。

 入場規制がかけられて一般人のいない通りを、園児達がわいわいはしゃぎ、物珍しそうに首を巡らしながら進んでいく。

 目指すは特設のイベントハウス。

 そこにはすでに、日本政府の要人もいるはずだ。

 園児達より先に“特区”に来てたからね。

 『ご覧ください。たった今、園児たちが“特区”へ入場し、魔王らと共にメインストリートを歩いています!』

 上空には報道ヘリ、集団の周りには許可を受けたプレス達がカメラを回しながら付き従い、ちょっとしたパレードみたいな状態。

 『“特区”内には自衛隊だけでなく特殊部隊も配備されているとの情報もあります!魔王は危険な存在という概念を覆すように、一行は非常に楽しげですが、いつ彼らの態度が豹変するとも知れない中、厳戒態勢が敷かれております!あ、あちらに自衛隊車両が見えました!おわかりいただけますでしょうか!』

 俺のすぐそばで喋ってるから、全部聞こえてるんだよなぁ、それ。

 ちなみに自衛隊車両だけで三十七台が“特区”内の主要部分にいるね。

 特殊部隊員だと……ざっと四百人くらいかな。

 詳しい数は教えてもらってないけど、そのくらいわかるからね、魔王なら。

 『我々としては彼らがせめて、幼い子供たちに危害を加えないことを祈るしかなく……え?』

 ちょんちょんとレポーターをつっつく。

 『ひぃっ!?』

 あからさまに怯えられた。

 「別に何もしませんよ。私はただ、園児達を含めた皆さんにここで楽しんでいただきたいだけですから。“特区”はそのための場所ですよ」

 『……』

 言葉を失うレポーターはほっといて、俺は集団の後を追いかけた。

 

 “極限定特区”は魔王との触れ合いを行える地区、という意味の他、ヲタクの皆さんの聖地、という意味もある。

 つまり、“特区”内にはアニメやゲーム関連の店が所狭しと軒を連ねていて、当然その中には幼稚園児にふさわしくない内容のものも多い。

 だから“特区”内をそのまま観光させてしまうと、そういうよろしくないモノを見せてしまうことになるので、今回のイベントは一棟の建物の中でのみ行うことになってる。

 それがここ、イベント用ハウス。

 この中には“特区”内のお店の展示コーナーや簡単な売店、レストラン、魔法体験室や大人数シアターが設置されていて、普段から人気がある。

 ちなみにVIPルームもあって、要人たちはそこにいるはず。

 たぶんモニターで様子を見ていて、部屋から出てこないと思うけど。

 治安がどうとか警備がどうとか言ってたけど、要は俺たちが怖いだけだと思うね、うん。

 で、今回はそれらの施設プラス、例の異世界への転送用魔法陣を描いた特設ルームが、地下に設置されている。

 でもここに行くのは最後だ。

 まずはあちこち見てもらわないと。

 といっても、俺が何かと説明することはない。

 え、統括者なのになんでかって?

 だってフレイアが、俺がしゃべる暇もないほど話まくってるんだもん。

 園児達はてんでばらばらにしゃべったりしながらもちゃんとフレイアの話を聞いていて、時々質問が飛び出してきたりする。

 「ねーねー()()()()、まおーってつよいの?」

 「はい、とっても強いですよ。空だって飛べちゃいます」

 「えー、うそだー!」

 「本当ですよ。後で一緒に飛んでみますか?」

 「やるー!」

 だとか、

 「なんでにんげんやっつけたのー?」

 「それはですね。私たちにとっても嫌なことを何度もしてきて、怒ったからです。みんなもやめてって言ってることを何度もされたらいやでしょう?」

 「やだー!」

 「それは私たちも同じです。ですからみなさん、自分がされて嫌なことは、お友達にもしてはいけませんよ?」

 「はーい!」

 「しないー!」

 といった具合。

 質問は“特区”の中のことより、魔王へのものが多いね。

 みんないろいろ聞きたいんだと思うよ。

 大人たちがどう言おうと、幼い彼らの中で俺たちはある意味ヒーロー。

 まるでテレビから抜け出してきたかのような、空を飛び超常の力を操る俺たちに、みんな興味津々なんだ。

 あと驚いたのはフレイアの対応。

 園児相手にも茶化したり誤魔化したりしないで、きちんと説明したり諭したりしてる。

 子供に何を言っても無駄だ、っていう人間もいるけど、そう見えて、子供たちはちゃんと覚えているからね。

 フレイアの言葉は彼ら彼女らの心のどこかに残ると思う。

 「……少し、驚きました」

 「ん?」

 園児達への説明をフレイアに任せ、三嘴女史が俺のそばに寄ってきた。

 「魔王なんて大層な呼ばれ方をしているし、ニュースでも悪逆非道でどうしようもない存在だと、何度も目にしてきました」

 「……」

 「でもこうしていると、その……」

 「その?」

 ……彼女が何を言いたいかはわかる。

 「あまり私たちと変わらないな、って」

 果たして、その答えは俺の予想通り。

 「――いろいろと違うけどね」

 感情が冷めてくのを感じる。

 「私たちは何でもできる。この星を今すぐ破壊することだって」

 「え……」

 「あなた達をチリ一つ残さず消滅させることもできる。実際、過去にやってきた」

 「あ……」

 「そう怯えた顔しなくていいよ。やらないから」

 冷笑を浮かべる。

 「私たちは――私は、人間やその社会が嫌いだけど、無駄な争いはもっと嫌いだから」

 「あなたは……」

 「ねえ、一つ質問」

 俺も答えられない答えをもつ、質問をぶつける。

 「人間はこの星で生まれ、生きるために集まって社会というシステムを作った。()()()()()()集まって仕事をして、糧を得る。でも今生きるためのシステムが人間を――その心を()()()()()人間(世界)を歪めていく。私にはそう見える」

 「――人間が今の世界というシステム(歪み)を作ったの?それとも、それとも世界が――社会というシステムが、今の人間(歪み)を作ったの?」

 便利になりすぎた世界。システムを維持しているのではなく、維持させられているかのような世界。

 「ねぇ――」

 その中で人間は――。

 「なんのために、人間は生きるの?」

 三嘴女史は沈黙した。

 園児たちの笑い声が響くホールで、長く、長く、沈黙して、それから口を開いた。

 「……わかりません」

 「……」

 「私自身、何のために生きているかなんて、分かりません。私は子供たちの世話が好きだったから、この道に入りました。でも、この道が私の生きる道だなんて、今でもわからない。それでも」

 三嘴女史が俺を見降ろし、俺は彼女を見上げた。

 「それでも私は――人は生きていかなきゃならないんです」

 「……」

 黙って視線を外す。

 やっぱり誰も答えなんて持ってないんだろうな。

 ただ、質問をまじめに考えてくれるその姿勢は、好印象。

 いい人なんだろうな。

 「あの、あなたは」

 「……だから人間、って嫌いなんだよ、()

 何かを言いかけた三嘴女史を遮り、俺は次の部屋へ移動を始めたフレイア達の後を追って、歩き出した。

 

 

 お昼ご飯を挟んで魔法の体験コーナーが終わった後は、いよいよクライマックス。

 本物のスーパーロボットによる、ダイナミックアトラクションが待っている。

 実は園児達には、あらかじめこのロボが出てくるお話しをアニメにしたDVDを見せている。

 といってもこのイベントハウスで見せたわけじゃなくて、幼稚園にDVDを送り、全三十八話、クライマックス直前までを見てきてもらった。

 つまり彼らが知っているのは、『これが最後の戦いだ!』の直前まで。

 ここから先は、『彼ら自身をアニメの世界に招いて見てもらう』。

 それがこの企画(イベント)の最終目的だ。

 アニメ評判は上々で、みんな続きが知りたくて仕方ないようです、とフレイアがこっそり教えてくれた。

 「がんばらないと」

 俺は準備のため、園児たちがお昼ご飯を食べている頃に集団を離れ、別室で待機していたノイ達と合流。異世界へと赴く。

 三嘴女史との話のせいでちょっとだけシリアスな気分もあったけど、これから始まるイベントの前に、そんなものは跡形もなくなった。

 格納庫の中でパイロットスーツに着替え、最後の打ち合わせを行う。

 「いよいよだよ皆。準備は良いね」

 赤いアーマーを装着したパイロットスーツ。味方チームのリーダーは俺、アーリヤヴナ。1番機。

 「うん、アーリャ!」

 青いアーマーのパイロットスーツはノインゼル。2番機。

 「いつでもなのぜ!」

 黄色いアーマーのパイロットスーツのフランツ。3番機。

 「はい、アーリャさん!」

 対する敵役、2番機に乗るはエスター。禍々しい形状で漆黒に塗られたプロテクターをつけている。

 「おう」

 敵役のリーダーにして、敵対勢力の長役でもあるグレッグは1番機。

 プロテクターはエスターと同じ形状だけど、所々筋肉質の地肌が見えていて、より力強い。

 背中には長いマントもなびいている。

 パイロットスーツ姿で、四人の魔王が次々と俺の呼び声に応じる。

 「ひと月かけて作ったロボットと、半月かけて習熟させた腕、存分にみせてやろう!」

 「「「「おー!!!」」」」

 「そして園児たちに、最高の思い出をあげよう!」

 「「「「おぉーっ!!!!」」」」

 みんなのやる気は十分!

 「全員、搭乗!」

 俺の合図で、魔王たちが自分の担当するロボへと走り出した。

 

 

 ――この世界には、一つの伝説がある。

 世界はかつて、偉大なる創造神がお作りになった。

 混沌から天と大地を作り、天には雲を、台地には木と水を与えた。

 創造神はまた、台地に暮らす二つの種族をお作りになった。

 それらは創造神と同じく二つの足で歩くものだったが、創造神と違いある動物の特徴を持っていた。

 片方は猫。

 片方は犬。

 二つの種族は互いを愛し共存し、偉大なる創造神を崇めながら暮らしていた。

 創造神は彼らを愛し育んだが、やがて眠りにつく時が来た。

 長い長い時を眠っていても、二つの種族を愛し続けるために、創造神はある時贈り物を与えた。

 創造神の力を模倣する、それは『紅玉』と呼ばれる力だった。

 猫族の長と犬族の長を集め、創造神はこうおっしゃった。

 『この紅玉には特別な力が集まっている。紅玉はこの世界をいつまでも繁栄させるための力を持つ』

 『猫族よ、犬族よ。手を取り合って紅玉を受け取るがいい。お前たちが互いを愛し合う限り、この紅玉はお前たちを育み守り、世界を平和にし続けるだろう』

 猫族と犬族の長は手を取り合って紅玉を受け取り、創造神は眠りについた。

 長たちは世界の奥のそのまた奥。誰も立ち入れない場所に紅玉を置き、世界は平和を約束された。

 

 それから長い年月が経った。

 片手の指では足りず、両手の指でもまだ足りない。

 長い長い、年月が経った。

 創造神と紅玉は伝説となったが、世の中は変わらず穏やかで、『紅玉の力』が存在していた。

 

 あるとき。

 数えて千年後の犬族のシャーマンが、古い書物で紅玉の存在を知る。

 彼は力に魅せられた。

 紅玉の力に、魅せられた。

 世界を維持し、民草に崇められる、圧倒的な力を欲しがった。

 

 『この力があれば、我は世界を支配できる』

 『世界は我がものになる』

 

 と考えた。

 犬族のシャーマンは長年紅玉を探し求め、ついにそのありかを突き止めた。

 『紅玉』は猫族の領地の奥にあった。

 犬族の長は暴走するシャーマンを必死に止めた。

 しかし、長が目障りになったシャーマンは、長の裏切りをでっちあげ塔に閉じ込めた。

 民にはデタラメを教え、自ら支配者にとって代わった。

 猫族の長が止めても耳を貸さず、犬族のシャーマンは何が何でも紅玉を手に入れようとする。

 それを止めようとする猫族との間に、ついに戦いが起こる。

 はるか昔より取り合ってきた手は、離されてしまった。

 元々戦いを知らない優しい種族だった猫族は次々と倒れ、犬族は猫族の領土を荒らしまわる。

 創造神の言葉を忘れ、二つの種族は戦い続けた。

 美しかった大地を荒れさせ湖を干上がらせ、それでもなお戦い続けた。

 猫族の奮闘むなしく、犬族の軍勢が城に迫ったその時、戦いを悲しんだ猫族の長は、三人の若い戦士たちを城に呼んだ。

 若者たちは偉大なる創造神の加護を受けた、勇者たちの末裔だった。

 

 『あなた達に力を授けます。戦いを終わらせ平和を取り戻す力を』

 

 『どうかこの力で、世界を救い、力に溺れた愚かなものを倒してください』

 

 勇者たちは頷いた。

 

 

 「がっはっは!なんと他愛もない!これが猫族共の力か!我ら犬族と長年連れ添ってきた片割れが、これほどまでに脆弱とは!」

 犬族の軍勢、その先頭。

 冗談のように巨大な影が、足元の何かを踏みつけた。

 踏みつけられたものが大爆発するが、影は気にも留めない。

 姿は――犬のようだった。

 強靭な四肢、勇ましく屹立する尾と耳。鋭い牙が並ぶ口。

 何物をも畏怖させ平伏せしめんとする獰猛な顔つき。

 だがそれは生物ではなかった。

 全高二十メートル(・・・・・・)に及ぶ犬型生物など、この世界にいようはずもない。

 「我が出るまでもないではないか!この程度の雑兵ごとき、我配下だけでいかようにも食いちぎれたものを!」

 巨大な犬は歩みを止め、その雄々しい頭部を彼方へ向ける。

 鋭い視線の向こうには、未だ抵抗を続ける猫族の軍勢が居た。

 ふん、無駄なことを。

 あのような脆弱な輩共、この我が世を握った暁にはすべて消し去ってくれるわ!

 巨大な犬型の影――否、犬を模した巨大ロボットの額に立ち、ひとりごちる者が居た。

 「伝令ーッ!!」

 はるか下の方から、伝令役の犬族が走り寄り、片膝をつく。

 「猫族の軍勢、後退を始めました!」

 「ふん……」

 予想通り、いや、予想より早く引き始めたか。

 まったくもって情けない。

 ここはすでに貴様らの領土が中心、城下であろうに。それをこうもあっさりあきらめて退くことを選ぶとは!

 「ご命令を、長殿!」

 長、そう、我は長なり。

 シャーマン(祈祷師)という地位であったことなど、もはや過去!

 我こそは、この犬族を率い世界を手に入れる者。その資格と力を持つ者なり!

 巨大ロボット操縦のために着込んだプロテクター。

 その隙間から覗く猛々しい筋肉が興奮で膨らむ。

 「ならば全兵力を持って、彼奴等を叩き潰せ!一人も逃すな!……蹂躙せよォ!!」

 「「応!応!応ーッッ!!!!」」

 雄たけびをあげ、配下の犬族軍勢――やはり犬型の巨大ロボットに乗った兵どもが走り出し――。

 「ぬぅっ!?」

 突如飛来した光弾がさく裂し、吹き飛んだ。

 「何奴っ!?」

 「あ、あそこです長殿!あの丘の上です!!」

 「ぬっ!」

 睨みつける先に、我は三体の巨大な影を認めた……!

 

 

 「命中っと!」

 「これで奴らの足は止まったのぜ!」

 「よし!」

 ()は仲間の砲撃技術に感心と安心を抱いた。

 やはりこの仲間たちは頼りになる!

 同じ勇者の血を引く兄弟たち。

 我らがあれば世界を救える!

 『何奴か!!』

 丘の上に陣取った俺たちの遥か下で、犬族のシャーマンが叫んでいる。

 俺たちは互いの顔を見合わせ、頷く!

 「聞きたいか、ならば応えよう!」

 深紅の巨大ロボット――猫を模した巨体が一歩、歩み出る。

 「我こそは猫族勇者(ケートシス)が一人!キャスパリーグ!」

 その左横から、青い機体が前へ出る。

 「同じく猫族勇者(ケートシス)が一人!シャルトリュー!」

 深紅の機体の右側からは、黄色の大型機が現れる。

 「同じく猫族勇者(ケートシス)が一人!マンクスなのぜ!」

 三機の背後から強力なスポットライトが浴びせられ、それぞれの装甲が闇に輝き浮かび上がる。

 「力に溺れた哀れな者よ!」

 「我ら三人が成敗し!」

 「この世界に平和を取り戻すのぜ!」

 「「「往くぞ!【超猫神(ちょうびょうしん)】ッ!!」」」

 宣言と同時に三体が跳躍。

 全身の伸縮機構をフルに使ってしなやかに丘を駆け下り、犬族(クーシス)のロボット軍団に突っ込んだ。

 「ひ、ひるむな!敵はたった三体だ!包囲して殲滅しろっ!!」

 指揮官が声を張り上げるが、そのたった三機に、軍勢は総崩れとなる。

 な、なんだあの性能は!?」

 「照準が……うわあああああ!」

 「こ、この猫風情がぎゃあああああああ!!」

 悲痛な悲鳴が聞こえてくるが、犬族(クーシス)のシャーマン――マスティフは微動だにしない。

 それどころか部下の悲鳴を聞いて不快気に顔を歪めた。

 「フン!なんたる無様か!貴様らそれでも強靭な肉体と精神を誇る犬族(クーシス)かあああッ!!」

 苛立ちまぎれに足元を蹴りつける。

 その目線の先では突如現れた猫族(ケートシス)のロボットたちが、大立ち回りを演じている。

 

 深紅の猫型ロボット――サイベリアン・フォレストをモチーフとした機体のコクピットで、“キャスパリーグ”こと、俺――アーリャは獰猛な笑みを浮かべて機体を操る。

 ノイが設計し、俺と一緒に作り上げた機体はどれも素晴らしい。

 反応速度や戦闘スタイルはパイロットごとに調整され、思った通りに動かせる。

 「っ!!」

 右からの接近警報!

 反射的にペダルを踏み込み、右手の操縦桿(スティック)を倒す。

 1号機は素晴らしい反応速度で上半身を沈めて攻撃をかわし、左前足のクロ――でアッパー気味の反撃!

 犬族(クーシス)のロボットは真っ二つになって転がった。

 本物の巨大ロボット同士の戦闘に、発揮される圧倒的なパワーに、俺の体が火照りを訴える。

 これら敵味方の量産型ロボは、それぞれの陣営のエース機――つまり俺やグレッグの1号機をダウングレードして作ったラジオコントロールの機体だ。

 ちゃんとしたロボットに見えるけど、実は動くだけの簡単な構造。

 フレームは鉄骨みたいなものだし、装甲もほとんど紙同然。

 元が壊されるためだけのものだし、立派なもの作ってもしゃーないからね。

 操作電波は格納庫内にある司令塔から、あらかじめ用意されたプログラムをオートで出されている。

 搭乗者の声は全て合成音声で、誰も乗ってない。

 ただ悲鳴を全部流すと園児たちにトラウマ植え付けそうだから、すべてカットしてる。

 聞こえるのは俺たちだけ。

 「……これで、十六!」

 十六機目を機体口腔内の機刃(キバ)で噛みちぎって破壊する。

 この機体の特徴は、一言でいうならバランス型。

 パワー、スピードが高い次元で纏められていて、装甲も軽量ながら強度に優れたものを採用している。

 モチーフになったサイベリアン・フォレストは、気質が賢く豊かな才能を備えている。

 厳しい環境で生き残る生命力を持っている、あらゆる点が研ぎ澄まされた猫だ。

 「十七!」

 背部のブレードを展開し、全身を回転させながら突っ込み、まとめて敵機を切り刻む。

 「二十……六!」

 敵のロボットは数が多いが、それ故に同士討ちを恐れて何もできない。

 スピードでかく乱してやれば、少数精鋭のこちらが圧倒的に有利だ。

 ――どのタイミングでアレ(・・)をやるかな……――

 タイミングを計りながら、俺は僚機の様子に意識を向けた。

 

 「ほーらほら!鬼さんこっちらー!!」

 青い2号機を駆るシャルトリューこと、ノイが、軽快に機体を跳ねさせながら敵機の間を飛び回る。

 青い閃光が走った後には、剣で切り裂いたような断面を見せて、犬族(クーシス)のロボットたちが地に伏せている。

 ――我ながらよくこんなロボットを作り上げたよ――

 正面からの攻撃を前方回転でかわし、着地と同時に強靭な尻尾型ブレードを突き刺す。

 背後の爆発を追い風に跳躍し、空中からマイクロミサイルの雨を降らせた。

 小さくとも破壊力の大きなそれはあっという間に眼下を爆炎で染め上げる。

 2号機のモチーフはシャムだ。

 ほっそりしたボディ、細長い脚。

 目じりの上がった眼、細い口先で長い頭。

 スピードだけならアーリャの一号機以上を誇る、最速の機体。

 自分にぴったりの機体だと思う。

 「ん?」

 アーリャの機体が一瞬頭部をこちらに向けた。

 きっとアレ(・・)のタイミングを計ってるんだろう。

 「……いつでもいいよ」

 ぺろり、と小さな舌で唇を湿らせ、ノイはさらに速度を上げた。

 

 黄色の3号機はマンクスこと、フランツが搭乗する。

 三機の中ではもっとも大型で重量もある、攻撃力と防御力に重点を置いた機体だ。

 モチーフはソマリ。

 根っからのハンタータイプで、ふさふさの尾とアーチ形の背。毛の一本一本に色の帯があり、顔に印象的なマーキングを持っている。

 さすがに毛はないが、そのほかの特徴を3号機は余さず備えていた。

 「はっはっは!もっと来るのぜーッ!」

 犬族(クーシス)のロボットが四体、3号機に群がり動きを封じようとする。

 「無駄無駄ァッ!!」

 その程度でこの3号機のパワーが負けるわけないのぜ!

 体格に合わせたバカでかいスティックとペダルをガチャガチャ言わせる。

 3号機はけた違いのパワーにものを言わせ、身を震わすだけで四体のロボットを振り払った。

 両手両足のビーム・クローを展開。

 転倒した機体を次々貫いた。

 「くー!快感なのぜ!」

 史上初のスーパーロボットの戦いは、フランツをすっかり虜にしていた。

 「けっどよ。これで終わりじゃねーよなぁ!えぇ?おい!」

 フランツの視線の先には、屹立する敵の大将――グレッグが映っていた。

 

 

 瞬く間に軍勢を壊滅に追い込まれ、グレッグは演技ではない苛立ちを感じていた。

 配下のロボットは全て量産型の無人機。

 伝令役の兵士すら、『ヘイロウ』で作った虚像にすぎない。

 つまりどうやってもあの三体には勝てないのが分かっている。

 そもそも自分の役は、最後の最後で討たれる役だ。

 いかに奮闘しようとそこは絶対に変わらない。

 ――けどよ……――

 やっぱそれじゃ面白くねえよな。

 予定より早いが、グレッグはある決断をした。

 

 

 「これでラストっ!」

 一号機が最後の犬族(クーシス)ロボットを破壊し、無傷でマスティフのもとへたどり着いた。

 その背後に、やはり無傷の青と黄色の猫型ロボットが着地する。

 「さあ!お前の軍勢は全て倒したぞ!おとなしく降参するんだ!」

 1号機の外部スピーカーがキャスパリーグ(アーリャ)の声で叫ぶ。

 その声には一切疲れはない。

 「お前の野望もここまでなのぜ!」

 「あきらめなよ!」

 猫族勇者(ケートシス)三人がかわるがわる声をあげる。

 確かに、周囲にはもう無傷の味方はおらず、犬族(クーシス)勢はマスティフの乗る機体と腹心の部下ポーリッシュの機体のみ。

 対して猫族(ケートシス)には勢いに乗った三体のスーパーロボット。

 だがしかし、この絶体絶命の状況に会って、マスティフにはあきらめも絶望もなかった。

 『フ……』

 『マスティフ様……このままでは……』

 『フハァーハッハッハッ!!!』

 部下ポーリッシュこと、エスターが悔し気な声を漏らすが、全く気にせずマスティフ(グレッグ)は笑った。

 「なにがおかしいのぜ!?」

 『ハーッハッハッハッハ!!なぜ、だと?これが笑わずにいられるものか!愚か者め!』

 「なんだよ!お前の配下はもういないんだよ!」

 『バァーカめが!!そのような有象無象など、ハナから使い捨ての駒にすぎんわ!この戦い、我とこのポーリッシュがいれば勝てるのだからな!』

 「なんだって!?」

 「そんなロボットじゃ、俺たちには勝てないのぜ!マスティフ!」

 『フン!この機体をそこらに転がっているものと同じだと思うな!』

 「なんだと?どういうことだ!」

 『貴様らの機体は【超猫神(ちょうびょうしん)】だと言ったな……?』

 「そうだ!この機体こそ、我ら猫族(ケートシス)の守り神!【超猫神】だ!」

 『ならば見るがいい、脆弱な猫族(ケートシス)共!これが、我ら犬族(クーシス)の力!否、この我が従えた力!』

 『(主任!予定より早いですよそれは!)』

 アドリブに入ってしまったグレッグを止めるべくエスターが止めに入るが、すっかり役にハマっているグレッグの耳には届かない。

 『(だめだ……!アーリャさん、すみません!主任が!)』

 ロボット同士だけの通信でエスターが叫ぶ。

 『(問題ない。展開的にもこのまま行ける。みんな!)』

 『(わかったよ!)』

 『(しゃーない。オッケーなのぜ!)』

 本来俺たちが先に行うはずの合体(・・)を、グレッグが先に行おうとしていた。

 でも、ここまで来たらもう合わせるしかない!

 『我が声に応え、目覚めよ!犬族(クーシス)の守り神よ!!!』

 マスティフの雄たけびと共に戦場の空気が変わった。

 

 どこからともなくBMGが流れ、マスティフの1号機とポーリッシュの2号機が跳躍!

 おどろおどろしい曲をバックに、1号機が犬型から人型へ、空中でその身を変じてゆく。

 犬族(クーシス)側1号機のモチーフはブル・マスティフだ。

 非常に攻撃的な大型犬で体も大きい。

 実際、機体の大きさは猫族(ケートシス)の三機の二倍はある。

 また、犬族(クーシス)側の機体は二機で合体するため、1号機だけでほぼ人型へ変形することが可能だ。

 頭部、首から下が九十度曲がり、腹部へ移動。

 四肢は関節が伸び、人型の位置へ。

 足りない長さは太ももやふくらはぎのフレームを変形させて補う。

 頭部があった場所からは人の頭部を模したユニットがせり出した。

 『ポーリッシュッ!』

 『は、はい!』

 2号機はポーリッシュ・ハウンドがモチーフで、1号機より細身だ。

 元々が狐狩り用の狩猟犬ということもあり、非常に俊敏である。

 犬族(クーシス)の機体の中でも最も素早い機体。それが2号機だ。

 だがこの2機の真価は別にあった。

 変形した2号機が胴体と背部推進器、頭部ヘルメットを構成し、1号機と合体。力強く拳を振り上げた!

 

 『超犬神(ちょうけんしん)、【グレエェィト!マスティィィィフ】ッ!!!』

 

 BGMが終わる。

 同時に、紫色の光が戦場を覆い、犬族(クーシス)の二機が合体を完了した。

 曲線を主体とした太い四肢。

 荒々しい胸部の顔。

 (ギャグ)をはめたかのような人型の頭部。

 手足の関節に埋め込まれた光球がギラギラと光る。

 全高三十メートルにもなった人型ロボットが、台地を砕いて着地した!

 

 

 ――異世界に設置した特設シアターで、幼稚園児たちの悲鳴が上がった。

 「わああああ、でたああああ!」

 「ぐれーとますてぃふだぁー!」

 「まけるなー!けーとしすー!」

 「おれもたたかうぞぉー!」

 園児たちはすっかり物語に入り込んでいた。

 男女関係なく興奮し、ド迫力の映像に見入っている。

 彼らが見ている映像は、戦場のあちこちに仕掛けた特殊カメラからの映像だ。

 ドローンも飛ばし、空中からの映像も送られてくる。

 すべてリアルタイムで補正され、揺れやブレを抑えられ、BGMや効果音、特殊効果を組み込まれた上で上映されている。

 その後ろから園児たちの様子を見ながら、フレイアはぎゅっと手を握りしめた。

 ――成功です!みんな楽しんでくれてます!そうだ、私は、僕は、これを見たかった!――

 ロボット同士の戦いという暴力的な描写を含むストーリーであるが故に当初は人間側から猛反発を食らった。

 が、では土日の朝七時からやっているいくつかのシリーズはどうなのかと聞き返すと、誰もが黙ってしまった。

 悪の怪人を剣や銃で攻撃し、蹴り飛ばし、殴りつける。

 巨大ロボには巨大ロボで対抗し、破壊する。

 中学生くらいの少女たちが変身し、傷だらけになって戦う。

 それはどうなのか、と。

 会議に居並ぶ連中はその矛盾を誰も説明できなかった。

 友情と愛がメインだからいいのだなどと言い出す輩には、それならこちらにもあるといって黙らせた。

 アニメが悪い?ゲームが悪い?ナンセンスだ。

 ではドラマはどうだ?

 子供だって見られる時間に、当たり前のように殺人が行われるではないか!

 時間が違う?録画というものがあるだろう。

 何かといえばアニメやゲームがやり玉に挙げられるが、なにをバカなことを言っている?

 アニメやゲームにはまだ、友情や愛、勧善懲悪という免罪符がある。

 だがドラマにはそれすらない。

 あるのはどろどろの愛情と嘘、金と恨みにまみれた大人の汚さだけだ。

 つまるところ彼らは、単に気に食わないからというだけで文句をつけているに過ぎないのだ。

 園児たちの反応を見てみるといい。

 暴力的描写に興奮しているのではなく、『負けるな』と言っている。

 『もっとやれ!ぶっ壊せ!』と言ってるわけでは、決してないのだ。

 味方のロボを応援し、『悪いやつに負けるな』と言っているのだ。

 『世界を平和にしてくれ』と頼んでいるのだ!

 断じて、大人たちが言うような歪んだ興奮に身をゆだねているのではない。

 それを確信したフレイアは、園児たちの背後から呼びかける。

 「さあ皆さん!ついに敵の親玉が出てきてしまいました!このままでは世界は彼らの思い通りになってしまいます!猫族(ケートシス)の勇者たちを応援しましょう!」

 「「「がんばれー!!」」」

 シアターに再び、園児たちの応援が響いた!

 

 

 「ち……【超犬神(ちょうけんしん)】……だって!?」

 「馬鹿な……あれははるか昔に封印されたはず……なのぜ!」

 「それに【超神】は長でなければ封印を解けないはず!あいつは、シャーマンだよね!?」

 猫族(ケートシス)の勇者たちの間に驚きが走る。

 二つの種族は互いに【超神】と呼ばれる守り神を、魔法とは別に創造神によって授けられている。

 圧倒的な力を持つそれらは紅玉と共に世界を支え安定させるための力だった。

 世界の外から災厄が襲来した時に備え、互いが手を取り合って災厄を退けるための、力だったのだ。

 今回猫族(ケートシス)の長が【超猫神】を解放したのは苦渋の決断の末であり、速やかに戦いを終わらせ世に平穏を取り戻すためだ。

 手を取り合うべき同胞の暴虐を止めるため、代償として創造神に命を捧げる覚悟で封印を解いたのだ。

 だが犬族(クーシス)の守り神【超犬神】がここにるとなれば全く話が変わってしまう。

 両者が激突すればこの世界が崩壊してしまいかねない。

 二体の【超神】はそれだけの力を持っているのだ。

 『愚か者どもめ!我はすでにシャーマンなどではない!この犬族(クーシス)の長である!』

 「な、なん……だと!?」

 「お、長はどうしたのさ!」

 『ふん!与えられた平和をむさぼるだけの怠惰な者など、どこぞの塔に閉じ込めてやったわァ!」

 「な……なんてことを!」

 『長となった我が【超神】の封印を解くことに何の不思議があろうか!さあ、見せてやろう、我が力を!』

 【グレートマスティフ】が動き出す。

 

 合体した【超犬神・グレートマスティフ】の力は圧倒的だった。

 猫族(ケートシス)の三機はその攻撃力の前に散り散りにされてしまう。

 こちらの攻撃は、そもそも近づくことができないため2号機や3号機の砲撃がメインとなるが、跳ね上がった防御フィールドの力の前には無力だった。

 『フハハハ!!どうした!その程度か!?我が軍勢を蹂躙した猫族(ケートシス)の勇者の力とは!?』

 「くっ……。キャスパリーグ、このままだとやばいのぜ!」

 重装甲であるがゆえに鈍重な3号機から、マンクスが叫ぶ。

 「あの弾幕、いくら2号機でも躱しきれないよ!一発でも当たったら装甲が……っとと!!」

 スピードをフルに生かして【グレートマスティフ】の攻撃を回避する2号機も、もう限界だ。

 かく言う俺――1号機にも遠慮のない攻撃が絶え間なく襲い掛かる。

 『(っていうかグレッグちょっとやりすぎじゃない!?)』

 『(あのバカ、完全に悪乗りしてやがるのぜ!)』

 表に出ない僚機間通信でノイとフランツが喚いてる。

 『(アーリャぁ!そろそろやり返そうよ!)』

 『(……おーけぃ。始めよう)』

 このままだと本当にまずい。

 正直本気の【グレートマスティフ】があれだけ強いと思わなかった。

 演習だと戦わなかったから分からなかったよ。

 ……でも、それは俺たちの機体についてもそうだろう。

 

 『やろう、キャスパリーグ!』

 『あの野郎に一泡吹かせてやるのぜ!』

 『よし!』

 私も含めた皆の気合が一気に高まった。

 コクピット中央の【(トライ)】マークが光り輝く。

 それは、三人の心が一つになった証だ。

 「今だ、やるよ!全機、トリニティ・フォーメーション!!」

 「了解!スイッチ……」

 「オン!」

 三人が同時に変形スイッチを押し、機体が白銀の光を放つ!

 『ふん!何をするつもりか知らんが、今更どうあがいたところで、貴様らは我には勝てん!!』

 「……それは、どうかなっ!」

 

 赤、青、黄色の機体が宙をかけ、それぞれが変形を始める。

 【超猫神】は三体が合体変形するマシンだ。

 変形は【超犬神】より複雑で、変形するだけでは人型にならない。

 何物の干渉も通さないバリア・フィールドの中で、三体はそれぞれのユニットへ変貌を遂げてゆく。

 

 3号機は機体の両足と腰を形成する。

 胴体が縦に分かれ、太ももから下の形状を作り出す。頭部は腰部分となった。

 

 2号機は主に胴体と武器を形成する。

 四肢を折りたたんで四角いシルエットとなり、上下を百八十度反転させる。

 腹部分が開き、1号機を受け入れる体勢を取った。

 

 1号機は上半身と両腕だ。

 四肢は一度切り離され、四角くなった胴体に両側に後ろ足が接続され、関節位置を調整。

 後ろ足の爪裏が展開し、ヒトと同じ形状のマニピュレータが現れる。

 前足は折りたたまれて背中に接続され、ブースターとなった。

 変形を終えた機体は開かれた2号機の腹部分へ収まる。

 猫の頭部は人型の胸部へ移動し、その跡からやはり人間型の頭部が出現、2号機のパーツをかぶって鋭い形状を作り出す。

 

 この間三秒。

 三機の接続が完了した!

 全高二十五メートル、雄々しい翼を背負ったロボが拳を握り、突き出すッ!

 そしてここぞとばかりの決め台詞!

 

 『三描合体!!超猫神!【トライニャアアアン!ゼェェェッッット】!!!』

 

 全身からあふれるまばゆい光、背後に浮かぶ『Z』の文字!

 可動部が細かく動き、ライトが点滅して動作を確認。

 

 『――ついに、我らが最強の【超神】は復活した。世界に平和を取り戻すため、偉大なる創造神の加護を受けた勇者たちによって、大いなる力が空を舞う!その名は、【超猫神・トライニャンZ】!!』

 

 ふしゅーっっ!!

 

 ナレーションと共に、【トライニャンZ】のフェイスガードから余剰熱が放出される。

 猫が威嚇するときのように鋭い呼気が、空気を震わせた。

 『合体成功!やったねキャスパリーグ!』

 『うん!』

 初お披露目に成功し、ノイは感無量って感じだ。

 

 『(三秒で合体する三匹の猫だから三猫合体なのぜ?確か)』

 『(そそ)』

 

 【トライニャンZ】が鋭く光るカメラ・アイで【グレートマスティフ】を睨みつける。

 『さあ、マスティフ!勝負だ!』

 『……それが貴様の真の姿か!ならばその力、見せてもらおうか!』

 両手を掲げ、【グレートマスティフ】が迫る!

 【トライニャンZ】は真っ向からそれを受け止める。

 【トライニャンZ】と【グレートマスティフ】の手が、ガッシリと掴み合った。

 パワーは……互角!

 否。

 「せやああああああっ!」

 『ぬぅっ!?』

 パワーだけでなくしなやかさを併せ持った【トライニャンZ】が身をひねり、【グレートマスティフ】を投げ飛ばす!

 『どうだ!』

 『あまぁぁぁい!』

 【グレートマスティフ】もまた、持ち前のバランサーを駆使して両足から着地。

 木々がなぎ倒され、台地が長々と削られる。

 両者の距離が開いた。

 『キャスパリーグ!』

 『了解!』

 【トライニャンZ】が両腕を掲げる。

 

 『食らえ、【ブーステッド・クロー!】』

 

 【トライニャンZ】の両腕部、ひじから先がロケットブースターで射出された。

 いわゆるロケットパンチだ。

 先端部のマニピュレータを上下から覆うように鋭い(クロー)が展開されている。

 

 『フン!ならばこちらも!【ハウンド・ナックル】!往けえいッッ!!』

 

 【グレートマスティフ】も負けじと両腕を射出。

 元来同じ【超神】から生まれた二機は、その武装も似通っている。

 【ブーステッド・クロー】と【ハウンド・ナックル】が両者の中央で激突、まとわせたフィールドが互いを排除しようと火花を散らす。

 どちらの拳も一歩も譲らず、有効攻撃時間が終了する。

 互いに弾かれあい、持ち主のもとへ帰った。

 

 「これならどうだ!【オリエンタル・ビーム】ッッ!」

 

 『ぬるい!【シェパード・カノン】!!』

 

 【トライニャンZ】の両目が光り、高威力のビームが発射される!

 一方の【グレートマスティフ】は額の宝玉を光らせ、ビームを発射。

 互いに同系列の攻撃で相殺される。

 「くっ……」

 『【超神】は元々互いを止めるための鍵でもある!攻撃は封殺できるんだ!』

 『その通りだ。貴様らも勇者を名乗るのならば、これで戦うがいい!操者の腕で決めようぞ!』

 【グレートマスティフ】が胸部から剣の柄を引き抜くと、峰に牙がずらりと並ぶ凶悪な片刃が光と共に出現した。

 

 【ロットワイラー・ブレイド】オォッッ!』

 

 「キャスパリーグ!」

 シャルトリューの意思をくみ取り、私は別の武装を選択する。

 

 「【アビシニアン・ソード】ッ!」

 

 【トライニャンZ】は背後から柄を引き抜いた。

 速度を重視させた両刃のグレートソードだ。

 「おおおおおっっ!」

 『ぬああああっっ!』

 互いに剣を振りかざし、切りかかる!

 身の丈ほどもある剣同士がぶつかり、生まれた衝撃波が大地をえぐる。

 火花が装甲を焼き、倒れた木々が燃え上がる。

 鋼の巨人達は互いに一歩も引かず、灼熱の円形闘技場(コロッセオ)で剣をぶつけ合う!

 【トライニャンZ】のツインアイが相手を見据え、【グレートマスティフ】の単眼が妖しく光る。

 『ぬぅん!』

 【グレートマスティフ】が横なぎに振った【ロットワイラー・ブレイド】を後方へジャンプして躱し、

 

 「【ブーステッド・クロー】!!」

 

 【トライニャンZ】が左腕を飛ばす。

 「シャルトリュー!」

 「任せて!」

 『くだらん!』

 【グレートマスティフ】が剣で【ブーステッド・クロー】を弾き、スラスターを吹かして距離を詰める。

 『くらえぇい!』

 「っ!」

 本気で振るわれた【ロットワイラー・ブレード】を半身になってギリギリ躱す。

 「コンビネーションアタック!」

 『ま、マスティフ様!後ろから!』

 『うぬっ!?』

 弾き飛ばしたはずの【ブーステッド・クロー】がシャルトリューの操作で反転し、【グレートマスティフ】を殴りつけて姿勢を崩す。

 同時に【トライニャンZ】の腹部が展開。

 ミサイルランチャーがのぞく。

 背部の大型ランチャーも展開させ、

 「マンクス!」

 

 「任せろなのぜ!【キムリック・ミサイル】!【キムリック・ランチャー】!全砲門開放!!

 

 至近距離でビームと砲弾の直撃をくらい、さすがの【グレートマスティフ】もたたらを踏んだ。

 「まだ終わらんのぜ!」

 『しゃらくさいわアッ!!』

 【グレートマスティフ】が頭突きをかます。

 たまらずのけぞった【トライニャンZ】の頭部に【グレートマスティフ】の鉄拳が迫り、

 「っ!」

 ギリギリで避けたが、側頭部をかすめただけでパーツがちぎれとんだ。

 『ぬぅん!』

 「しまっ……!」

 姿勢が崩れたところに【ロットワイラー・ブレイド】が振るわれた!

 「うわあああ!」

 「きゃあああ!」

 「うおおおお!」

 胸部を横一文字に切り裂かれ、【トライニャンZ】が吹き飛び倒れ伏す。

 『弱い!』

 肩部装甲が吹き飛ぶ。

 『弱い!!』

 胸部の顔にある牙が片方折れた。

 『弱すぎるッ!』

 頭部の角がへし折れる。

 倒れた【トライニャンZ】に執拗な攻撃が浴びせられ、機体がボロボロになっていく。

 装甲がへこみ、割れ、欠ける。

 「ぐ、うっ!」

 「きゃ、キャスパリーグ……!このままじゃ!」

 「強すぎるのぜ……っ」

 頭部が掴まれ、振り回される。

 「「「うわああああああああ!!!」」」

 ブン投げられた【トライニャンZ】が炎の壁を突き破る。

 超重量の機体を力任せに投げ飛ばした【グレートマスティフ】がゆっくりと近づいてくる。

 右手に握った【ロットワイラー・ブレイド】は死神の鎌のごとく。

 【トライニャンZ】のコクピットの中でスパークが散る。

 「つ……強い……!」

 「これが、力を求め続けたものの、強さなのぜ……?」

 シャルトリューとマンクスの顔に絶望が浮かぶ。

 ほぼ無傷の【グレートマスティフ】に対し、こちらはすでに満身創痍だ。

 

 ――勝てない――

 

 猫族勇者(ケートシス)の三人に、その言葉が浮かぶ……!

 

 

 「と、【トライニャンZ】がやられちゃうよー!」

 「なにやってんだよー!」

 特設ホールに幼稚園児たちの悲痛な声が溢れかえる。

 よほど好きなのか、何人かの園児は先行発売されたソフビ製の【トライニャンZ】を振り回していた。

 ――これはまずいですね――

 ある意味では予定通りであるとはいえ、グレッグは完全に悪の親玉になり切っている。

 【トライニャンZ】の損傷はかなり激しく、これでは勝てるかどうかさえ怪しくなってきた。

 もし【トライニャンZ】が負ければ世界は闇に包まれ滅びる――というストーリー上の設定があるが、それ以上に園児たちの心に後味の悪いものだけを残してしまう。

 それはすなわち、イベントの失敗を意味する。

 ――まずいです。それだけはダメですよ……!――

 回線の都合上、こちらからは現場に連絡は取れない。だが……!――

 フレイアは備え付けの端末の電源を入れ、画面をタップし始めた。

 

 

 満身創痍の【トライニャンZ】に【グレートマスティフ】が迫る。

 ギシギシと音を立てて【トライニャンZ】が身を起こすも、蓄積したダメージが大きく思うように動かない。

 「動いて、動いてくれ【トライニャンZ】!このままじゃ世界が!」

 「私たちは、みんなの笑顔を取り戻さないといけないんだ!」

 「ここであいつに負けてしまったら……!」

 俺たちの必死の呼びかけに応えて、【トライニャンZ】が片膝立ちになる。

 だが、そこから立ち上がることができない。

 「く、キャスパリーグ!このままじゃ、紅玉が……!」

 戦いの中で二機の【超神】は、世界を支える紅玉を収めた聖なる大地の、すぐ近くまで来てしまっている。

 ここで【トライニャンZ】が倒れれば、【グレートマスティフ】はいともたやすくその力を手に入れてしまう。

 「わかってる……!」

 『……興ざめだな』

 【グレートマスティフ】からマスティフの冷めきった声が届く。

 『その程度の力で世界を守ろうなどと笑わせてくれる。所詮貴様らでは我に勝つなど夢のまた夢よ!』

 【グレートマスティフ】が【ロットワイラー・ブレイド】を振り上げる。

 『今こそ貴様らを倒し、我こそが世界の王となる。その背後の紅玉は、この我のものだ!もはや何者の邪魔もさせぬ!』

 「くっ……」

 『(ね、ねぇ?まさかグレッグ、ほんとにアレ振り下ろすなんてことは……)』

 『(な、ないと思う……いや、思いたいのぜ……。けど、今のあいつは完全に“マスティフ”になりきってる。望みは……)』

 

 【トライニャンZ】は演技ではなく、本当に満身創痍だ。

 容赦ないグレッグの攻撃は、台本を遥かに超えて俺たちを窮地に陥れている。

 このままだと、本当に負ける。

 (どうする……)

 アドリブでやるにしても、そのあとのつじつまを合わせなくちゃならない。

 いくら俺でも、そう簡単には思いつかない。

 

 『散って果てよ!【トライニャンZ】!』

 「っ!!」

 【グレートマスティフ】が巨大な剣を振り下ろそうとした――その時!!

 

 『――がんばれー!【トライニャンZ】ー!』

 『――まけないでー!』

 

 【トライニャンZ】のコクピットに子供の声が入った。

 これは……!

 

 『――がんばれえええ!きゃすぱりーぐーぅ!』

 『――しゃるとりゅー!』

 『――まんくすー!!』

 

 観戦している幼稚園児たちの……声?

 

 『――聞こえますか、キャスパリーグ。シャルトリュー、マンクス』

 「「「――長!?」」」

 このストーリーにおいて、猫族(ケートシス)の長という設定になっている、フレイアからの通信だ。

 『――子供たちとの間に、一時的にですが通信をつなげました。彼らの声が、思いが、心が、聞こえますか』

 

 ……聞こえる。

 あぁ、聞こえるとも!

 守るべき幼子の声が、想いが、心が!

 

 『――みな、あなた達を応援しています。勝利を願っています。どうか、勝ってください。そして世界に平和を』

 『――今のあなた方なら、きっとアレを使えるはずです。真に三人の心が一つになったときに発動できる、【トライニャンZ】真の力を!』

 『――はい!長!』

 視線を戻せば、今にも【トライニャンZ】を真っ二つにしようと大剣が迫ってくる。

 だが、俺たちにもう恐怖はなかった。絶望もなかった。

 

 『【トリニティ・フィールド】』

 

 『なんだとぉ!?』

 突如【トライニャンZ】を覆った光の膜が、【ロットワイラー・ブレイド】を受け止め、弾き返した!

 

 ――力があふれる。

 ――想いがあふれる。

 ――勇気が、あふれる!

 「シャルトリュー、マンクス」

 私は、友の名を呼ぶ。

 「うん、キャスパリーグ」

 「おう」

 負けない。

 私たちは、負けるわけにはいかないのだ。

 【トライニャンZ】が立ち上がる。

 フェイスガードも割れ、角は欠け、カメラ・アイも片方が損壊している。

 それでも、その精悍な顔にあふれる闘気は一切の衰えを見せない。

 コンソールの【Y】マークが一段と強い光を放った。

 

 『【トライニャンZ】、出力全開(フル・アクティブ)!』

 『『『イグニション!!!』』』

 

 真の勇者だけが引き出せる、【トライニャンZ】の底力が、発現した!

 『なんだ、なんだその力は!我は知らぬ、知らぬぞぉ!?』

 光りをまとい金色の姿に変貌した【トライニャンZ】を見て、初めて焦りを覚えたマスティフが叫んでいる。

 「これが、【トライニャンZ】の真の力、真の姿だ。マスティフ、私たちはお前に勝つ!」

 『えぇい、こざかしい!』

 【ロットワイラー・ブレイド】を構えた【グレートマスティフ】が突っ込んでくる。

 『そのようなこけおどしなど!そんなボロボロになって何ができるというのだ……なにィッ!?』

 手も足も出なかった【ロットワイラー・ブレイド】の一撃を、金色の【トライニャンZ】は右手の【アビシニアン・ソード】だけで受け止めた。

 『馬鹿な……』

 返す刀で【ロットワイラー・ブレイド】が真っ二つに折れる。

 『馬鹿な……ッ』

 【トライニャンZ】が拳を作る。

 『馬鹿なあああッ!』

 全力で振るわれた豪腕は、体重差などものともせずに【グレートマスティフ】を吹き飛ばす。

 先ほどとは真逆に、台地を転がってゆく【グレートマスティフ】。

 『そんなボロボロの機体が……なぜここまでのパワーを……!』

 『ま、マスティフ様……しっかり!』

 「分からないか、マスティフ。これが、俺たちの力だ」

 『なんだと……?』

 「この三人の力だけでもない、みんなの力だ!」

 「俺たちが守るべき人々からの願いが、俺たち自身の力となるのぜ!」

 『訳の分からんことを……!』

 折れた【ロットワイラー・ブレイド】を握り、【グレートマスティフ】が切りかかる。

 「無駄だ!」

 瞬時に背後へ回り込んだ【トライニャンZ】が右手を一閃。

 【グレートマスティフ】の右腕が肩から切断されて落ちる。

 『おのれ……!』

 振り返った【グレートマスティフ】が背部のスラスターを作動させ、空に飛び上がった。

 その全身が紫色のオーラをまとう。

 背部の翼が変形し、まるで蝙蝠の翼のごとく禍々しい形状へ変化する。

 猫族(ケートシス)の伝承では、【超犬神】はあのように恐ろしい形状ではなかったはずだ。

 【超猫神】は優をつかさどり、【超犬神】は武をつかさどる。

 本来凛々しく雄々しいはずの機体を、マスティフはここまで歪めてしまったのか。

 『――ならば貴様らのいう力と我が力、どちらが強いか勝負といこうではないか!』

 「望むところだ!マスティフ!」

 【トライニャンZ】もまた豪炎を大地に叩きつけ、空に上がる。

 逆三角形の翼は、後光のような円形に変形する。

 両こぶしを握り、腰だめに。

 両者は空中で、真っ向から対峙した。

 

 『【シーケンス・終焉!』

 『【シーケンス・創世!』

 

 似て非なる互いの必殺技が発動する。

 【グレートマスティフ】と【トライニャンZ】の胸部。

 犬と猫をかたどった頭部パーツの口腔部が開き、光球が生まれた。

 【グレートマスティフ】のそれは、邪悪な漆黒の光。

 【トライニャンZ】のそれは鮮烈な白い光。

 

 相反するエネルギーは機体の周囲を荒れ狂い、ぶつかり合い、食らいあう。

 稲妻が奔り、台地が割れる。

 光球はどんどん大きくなり、あたりを照らす。

 こうなってはもう、誰にもその戦いを止められない。

 

 『堕ちろ、【トライニャンZ】!我が野望の前に!!』

 「私たちは負けない!この世界に希望の光ある限り!』

 

 光球(エネルギー)が限界に達した。

 

 『【超犬神】!【ラスト・ワールド・ブレーカー】!!』

 『【超猫神】!【ファイナル・トライ・リジェレネーション】!!!』

 

 極大のエネルギー同士がぶつかり、筆舌に尽くしがたい爆発が世界を覆い尽くした。

 

 

 「……」

 「……」

 幼稚園児たちが固唾をのんで見守るスクリーンが、真っ白に染まる(ホワイトアウト)

 さっきまで大声で応援していたのがウソのように口を閉じ、ただ光が収まるのを待っていた。

 ――アーリャさん……!――

 知らず知らずのうちに、フレイアも両手を握りしめ、スクリーンを注視していた。

 今のこの瞬間だけは、魔王であることもイベント主催者であることも忘れ、物語に出演する“長”として、猫族勇者(ケートシス)達の無事を、祈った。

 やがて、スクリーンの光が収束を見せる。

 次第に明らかになる、異世界の空。

 そこには、一体の巨大な人型が浮かんでいた。

 果たしてそれは――。

 「【トライニャンZ】だ……】」

 誰かがぽつりと漏らした。

 その名は次々と叫ばれる。

 「あれは、【トライニャンZ】だ!」

 「とらいにゃんだあああ!!」

 「やったー!」

 「かったぁぁぁぁぁ!!」

 「わあああああああ!!」

 ボロボロになってなお雄々しい機体が、暁の空に浮かんでいた。

 

 

 「っぷはあああ!」

 いつの間にか止めていた息を、俺は思い切り吐き出した。

 光に飲み込まれた後は、ひたすら目をつぶっていた。

 これほど追い詰められたのは魔王になって初めてだった。

 むしろ生身で戦った方が強かったかもしれない。

 いや、間違いなく強い。

 俺だけじゃなく、魔王なら誰しもがだ。

 けど巨大ロボット物でそれはできない。

 あくまで【トライニャンZ】で戦い、勝たなくちゃいけないのだ。

 どうなることかと思ったけど、俺たちは【トライニャンZ】で勝ったのだ!

 「や、やれやれ……。ボロボロだよ、もう……」

 「でも勝ったのぜ、俺たち!」

 ヘルメットを脱ぎ、ノイとフランツが大きく体を伸ばした。

 ってこらこら、まだお話は続いてるんだぞ。

 

 「シャルトリュー、【グレートマスティフ】はどうなった?!」

 「あ、えーっと。……いた、あれだ!」

 シャルトリューが指さす先、台地にできたクレーターの底に、【グレートマスティフ】が大の字で仰臥している。

 私は慎重に【トライニャンZ】を操り、その眼前へ着地した。

 『……我の負けだ』

 マスティフの疲れ切った声が通信機から聞こえる。

 『どうやら、我が野望はここまでのようだ……』

 「マスティフ……」

 悪逆非道の限りを尽くし、多くの同胞の命を奪った敵だが、私たちはなぜかこの男を憎めなかった。

 「マスティフ。お前はなぜああも力を欲しがったのぜ?」

 『マンクスか……』

 「昔、俺と力比べをしていたころのお前は、もっと純粋だったのぜ。純粋に、正しく力を欲しがっていた。それがなぜ……』

 『それは……っ!?』

 マスティフが――グレッグがその理由を話そうとした瞬間だった。

 背中に怖気が奔り、鳥肌が立つ。

 突如、俺たちの背後――紅玉を収めた聖なる地の上空に、これまでになく邪悪な気配が現出した。

 

 『お、おい……なんだあれは……』

 その声がマスティフからグレッグにもどっている。

 それほどの驚きだったのだ。

 「きゃ、キャスパリーグ……。あれは……まさか……!」

 「ここで、か……!」

 

 『うふ、うふふふふふ』

 『あは、あははははは』

 

 幾何学模様が表面にはい回る、球体。

 それが卵の殻のようにぱっくりと割れ、内部から細身の人型が出現した。

 半球状になった殻はそれぞれ、右腕と左腕に分かれている。

 本体は異様に細く、代わりに両腕の半球パーツにボリュームがあるせいで凄まじくアンバランスな機体だ。

 ……あれが何で、誰なのかなど、詮索するまでもなかった。

 「……『トリック・オア・トリート』……ッ!!」

 

 

 「ま、まさかこのタイミングで乱入してくるなんて!」

 観客席で、フレイアは対応に追われていた。

 観客席自体は今しがた激闘が行われていたこの世界にあるものの、カムフラージュは完璧だ。

 そもそも直線距離にして三百キロは離れているから、危険はないと断言できる。

 いざとなればフレイア自身が強固なバリアを張って、その身をもって園児たちを守るつもりだ。

 「なーに、あれ」

 「お話にないよ?」

 「ねーねー、ふれいあ!あれなにー!」

 「ちょ、ちょっと待ってくださいね?あれは……」

 咄嗟に説明しようとするが、さすがのフレイアもあれをストーリーに絡める言い訳が思いつかない。

 『――あれは、本当の敵です』

 「え?」

 繋ぎっぱなしになっていた通信機から、アーリャの声がした。

 いや、その声色はキャスパリーグ。

 まだ、ストーリーは続いている!

 「キャ、キャスパリーグ?」

 『――長、あれこそが、私たちを争わせていた本当の敵、【ラ・ウンド】です!』

 『――あ、あれが……』

 『――【ラ・ウンド】なのぜ……?』

 これはもう、完全なアドリブだ。

 にもかかわらず、役者たちは呼吸を合わせる。

 『――……そうだ。我が力を欲したのは、あれを倒すためだ。すべての悪の根源たる【ラ・ウンド】から、世界を守るためだァッ!!』

 『――マスティフ、お前は……!』

 ――そ、そうか。そういうことか……――

 アーリャたちのアドリブが生むストーリーが、フレイアの脳内で道をつなげる。

 「そ、そうです。いいですか皆さん。あれこそ、これまでの戦いを裏で操っていた、本当の悪!猫族(ケートシス)犬族(クーシス)を戦わせ、その隙に紅玉を奪おうとしているのです!」

 モニターの中でキャスパリーグが頷いた。

 「伝承通りの姿。間違いありません、キャスパリーグ!」

 『――あれを倒さねば、本当の勝利ではない』

 『――……うん、そうだね』

 『――ならやってやるのぜ。マスティフ、お前はそこで見ていろなのぜ』

 『――ふん!せいぜいあがいて見せるるがいい。勇者どもよ!』

 『――わ、我らを破ったその力、どこまで通じるか見ものです!』

 『――口の減らない……』

 【トライニャンZ】が再び、剣を構えた。

 

 

 とは言ったものの、あれがラストのはずだったから俺たちは【トライニャンZ】の真の力を引き出して【グレートマスティフ】を倒した。

 エネルギーもほとんど残っていないし、機体は輪をかけてボロボロ。

 金色だった機体も元に戻っている。

 正直どうやって倒すか全く思いつかない。

 けど、あきらめるわけにはいかないのだ。

 

 『なんか僕たち、悪者にされちゃったよ?』

 『なんか私たち、倒されなきゃならないらしいよ?』

 『そんなのヤだよね?』

 『うん。ヤだよね?』

 【ラ・ウンド】から無邪気な声が聞こえてくる。

 私はそれを無視し、作戦を考える。

 「どうやって戦う?」

 「長期戦は不利だよ。短時間で決めよう」

 「シャルトリューの言う通りなのぜ。俺に任せろキャスパリーグ!」

 「……わかった」

 機体の操作をマンクスに託す。

 これで【トライニャンZ】は彼の得意とする近接格闘戦をメインに戦うことになる。

 「いくのぜッ!」

 【トライニャンZ】のブースターが火を噴き、土煙を上げて空に躍り出る。

 「おおおっ!」

 マンクスが雄たけびをあげ、空中の【ラ・ウンド】に殴りかかった。

 これほどのダメージがあるにもかかわらず、マンクスの操縦はうまくそれをカバーしている。

 だが。

 「っく、当たらないのぜ……っ!」

 トリック・オア・トリートが乗っている機体は恐ろしく素早い。

 満身創痍ということを差し引いても、【トライニャンZ】の攻撃が当たる気がしない。

 「こ・・のっ!やろっ!」

 『どこを狙っているの?』

 『ボクはここだよ?』

 「うるせーのぜ!」

 大振りの一撃を躱され、【トライニャンZ】の機体が流れる。

 『つまんない攻撃!』

 ひじ打ちが背中に撃ち込まれ、【トライニャンZ】は一気に地上へ落下、地面に叩きつけられた。

 「ぐはっ……」

 「きゃあああっ」

 「ぐぅうっ……」

 一瞬俺たちの息が止まる。

 『そんなに派手なのに弱いんだね』

 「っち……!」

 『あんなに大口叩いたのに弱いんだね』

 【ラ・ウンド】が、いつの間にか右手に持っていたライフルを【トライニャンZ】に叩き込む。

 ダメージが危険域に突入する。

 「射撃対決なら私が!」

 シャルトリューが操作をもらい、両手にライフルを構築。

 さらに、

 

 「【キムリック・ミサイル!】【キムリック・ランチャー!】フル・バーストッ!」

 

 『無駄無駄』

 『無意味無意味』

 【ラ・ウンド】の周囲に強固なバリアフィールドが展開され、ビームも弾丸もすべてを弾く。

 「うそ……!この出力の攻撃を……!?」

 「なら、これだ!」

 操作が私に戻る。

 

 「【オリエンタル・ビーム】ッ!!」

 

 「……だめ、通らない……!」

 「キャスパリーグ、剣を!」

 「……わかった!」

 一度格納していた剣の柄に手を伸ばす。

 

 「【アビシニアン・ソード】!!」

 

 「「「おおおっ!!」」」

 三人の心を合わせて切りかかる!

 「これでもダメ!?」

 「まだだ、シャルトリュー!」

 「キャスパリーグ……!」

 フィールドを剣で殴り続ける。

 

 『……無駄だって言ってるのに』

 『……無意味だって言ってるのに』

 「やああああっ!!」

 呆れた声が私たちに投げられる。

 ……だけどね!

 『え?』

 『あれ?』

 嘲笑されてもあきらめずに剣をふるい続け、ついに【アビシニアン・ソード】は【ラ・ウンド】の防御フィールドを切り裂いた。

 装甲も強固とみえ、その損傷は小さい。

 それでも確かに、剣先は【ラ・ウンド】に届いた。

 「……どうだ!」

 「う、うん!これなら……」

 「いけるかもしれないのぜ!」

 『……ふうん、やるね』

 『……ふぅん、意外だね』

 双子の声が不機嫌に染まる。

 『気に入らないな』

 『気に入らないね』

 傷跡をちらりと眺め、【ラ・ウンド】がツインアイを光らせる。

 『潰れちゃえ』

 【ラ・ウンド】の左腕が【トライニャンZ】を掴み、右腕で連続パンチ!

 なんて馬鹿力だ!

 『堕ちちゃえ』

 左足が縮み、

 「うわあっ!」

 「にゃああ!」

 「ぐおおッ!」

 蹴り飛ばされて大地に叩きつけられた。

 規格外の衝撃を受けた【トライニャンZ】の動力が一時的に落ちてしまう。

 「しまった……!シャルトリュー、復元を!」

 「もうやってる!……だめ、戻らない……!」

 「やばいのぜこれは、やばいのぜ……!」

 操縦桿(スティック)やペダル、スイッチをめちゃくちゃに押しても、【トライニャンZ】は沈黙したままだ。

 唯一作動しているモニターの向こうでは、【ラ・ウンド】が広げた両手の間に、膨大なエネルギーをチャージしていた……!

 

 

 「いけない、それをまともに食らったら……いくら【トライニャンZ】でも!」

 さしものフレイアも声を上げた。

 いくらノイさんとアーリャさんの作った【トライニャンZ】が素晴らしい機体でも、満身創痍の状態であれだけのエネルギーを食らえば、間違いなく落とされる!

 園児たちは言葉もなく、戦いを見守っている。

 もはや応援でどうにかなる状況でないのが分かっているのだろうか。

 震える唇が、決して言ってはいけない言葉を紡ごうとする。

 「キャスパリーグ、にげ……」

 「その先はダメですよ、フレイアさん」

 だが、その言葉は直前で押しとどめられた。

 「え?」

 聞き覚えのない声が背後からかけられ、フレイアは驚いて振り向いた。

 そこにいたのは。

 「あ、あなた方は……!」

 数日前、食事を共にしたあの五人組が笑顔で立っていた。

 関係者以外立ち入り禁止のはずなのに。

 「ど、どうしてここに!?」

 「いえ、実はその……」

 全員が一人の女子生徒を見る。

 その少女は照れ臭そうに笑った後、こう言った。

 「実は私の父さん、政府の要職についていて。今日、ここに招待されてたんです。そのツテというかコネで、みんなで来ちゃいました……」

 「……」

 あんぐりと口を開けたまま固まるフレイア。

 「最初はみんなVIPルームにいたんですけど、さすがに退屈しちゃって」

 「で、こっそりあちこちを見せてもらってたんですが……。たまたまここのドアの前を通りがかったらすごく面白そうなことやってるじゃないですか」

 「ついつい見入っちまいまして……」

 五人組は困ったように顔を見合わせ、頭をや頬をかいてから、フレイアに笑顔を向けた。

 「どんな状況なのかは大体わかってますけど。きっと……いえ、絶対大丈夫ですよ。あの人たちなら」

 「……え」

 「だって、強いんでしょう?とっても」

 茫然としたままのフレイアを優しくどけ、少年たちが歩み出た。

 「みんな!よーくきけ!」

 「【トライニャンZ】は大丈夫だ、絶対に勝つ!」

 「みんなで応援しようぜ!」

 「信じようぜ、勝利を!!」

 「「「……」」」

 園児たちは互いを伺いあい、

 「「「うん!」」」

 大きく頷いた。

 

 

 煌々と光る【ラ・ウンド】のエネルギーを前に、いまだ【トライニャンZ】は動けなかった。

 シャルトリューの必死の調整でなんとかエンジンは再起動したものの、まともに動けるようにするには時間が足りない。

 『(アーリャ!やばい、さすがにこれはやばいよ……!)』

 通信機からは切羽詰まったノイの声。

 『(こんなの予定になかったからエネルギーはほとんどゼロだし、ダメージも度外視してた……!)』

 『(一度合体を解けないかなのぜ?そうすれば回避くらい……)』

 『(まともに動くことさえできないのに、どうやって合体を解除するのさ)!』

 『(そ、そうだったのぜ……)』

 『(く……)』

 トリック・オア・トリート……。

 最悪のタイミングで現れてくれたよまったく……っ!

 機体を捨てることも考えたけど、まだ映像がシアターに流れている以上、それはできない。

 それに……猫族(ケートシス)の勇者は絶対にあきらめない。

 あきらめてはならないのだ。

 世界の平和のために……!

 『せっかく盛り上げようと思ったのに、残念だよ』

 『せっかく楽しもうと思ったのに、がっかりだよ』

 トリック・オア・トリートの、全く罪悪感を感じさせない無邪気な声。

 『だから全部終わりにしてあげる』

 『だから全部壊してあげる』

 凄まじいエネルギー光球が一層膨れ上がり、

 『『さようなら』』

 発射された!!

 「っ!!」

 「ひっ……!」

 「くっそぉ……!」

 思わず俺たちは目を閉じる……。

 『……?』

 が、いつまでたっても衝撃が来ない。

 不思議に思って目を開けると。

 「グ、グレ……いや、マスティフ!?」

 「な、何してんのさ!?」

 『……ふ』

 なんと、瀕死の【グレートマスティフ】が最後の力を振り絞り、【トライニャンZ】の前でバリアを張っていた……!

 俺たちを、守っていた!

 「お、おい!答えるのぜマスティフ!お前、一体何を!いや、早くそこをどくのぜ!でないと機体が……!」

 【グレートマスティフ】は【トライニャンZ】以上に限界だ。

 こうしている今も装甲が失われ内部フレームからスパークが奔っている。

 遠からず機体は限界を迎え、爆散してしまう!

 『よいのだ』

 だが、聞こえてきたマスティフの声は妙に穏やかだった。

 『これでよいのだ』

 「な、なにが……!」

 『我は自分勝手な感情で世界を滅ぼしてしまうところだった。【ラ・ウンド】から世界を救うために動いていたはずが、道を誤った。その果てがこのざまだ。だがお前たちのおかげで目が覚めた。我は、この世界を、犬族と猫族が平和に暮らしていたこの世界を、滅ぼさせはしない』

 「マスティフ……」

 『お、お前たちは強い!この【超犬神】と我らを破ったその力があれば、【ラ・ウンド】にも勝てるだろう!』

 「ポーリッシュ……!」

 【トライニャンZ】がかろうじて動いた右腕を、【グレートマスティフ】に伸ばす……!

 『我らはここまでだ。この先は貴様らに任せよう。世界を救え、猫族(ケートシス)の勇者どもよ!』

 ノイズとスパークの嵐の向こうで、マスティフとポーリッシュの顔が笑みを浮かべた。

 『『――さらばだ!!!』』

 「マスティーフッッ!!」

 「ポーリッシューッッ!!」

 【ラ・ウンド】の攻撃を受け切った【グレートマスティフ】が、俺たちの目の前で爆散した。

 「お前ら……お前らよう……!」

 マンクスの嗚咽が耳に痛い。

 『……あれ?順番が違っちゃったよ?』

 『……あれ?先に壊れちゃったよ?』

 たった今奪った命など歯牙にもかけない、トリック・オア・トリートの声。

 『まあいいや。もう一度撃っちゃおうか』

 『まあいいよ。もう一度撃っちゃおうよ』

 【ラ・ウンド】が再びエネルギーのチャージを始める。

 『今度は逃げられないよ』

 『今度は逃がさないよ』

 【トライニャンZ】は動けない。

 「「「くっ……!!!」」」

 『ばいばい』

 『ばいばい』

 光球のエネルギーが――!

 その時だ。

 

 ――勇者たちよー

 声が、聞こえた。

 「なんだ!?」

 「誰?!」

 「あれ、あそこなのぜ!」

 マンクスが指さす先、【ラ・ウンド】の破壊の光の中にあってなお鮮烈に輝く光の玉。

 あれは……。

 「「「紅玉……?」」」

 ――その通り。我は“紅玉”。偉大なる創造神によって作られしもの。勇者たちよ、我が言葉を聞け――

 気が付けば周囲はまるで、時間が止まったかのように動きを止めている。

 【ラ・ウンド】も、その両手から放たれたエネルギーも、動かない。

 「……これは……」

 「時間操作魔法・・?」

 「み、見たことないのぜ……」

 俺たちは思わず素に戻ってしまう。

 ――いかにも。これは魔法。そなた達が“紅玉”と呼ぶ我と最初に触れ合ったもの、そう、そなたのうちより拝借した、魔法だ――

 「え、私?」

 「アーリャの、魔法……?」

 「時間操作系なんて見たことないのぜ……。まじかよ……」

 俺も知らない。

 俺の中から借りたってことは、俺がこの魔法を使えるってことなんだろうけど……。

 

 実はこの“紅玉”の正体は、例のキグルス龍の体内から発見された、あの紅玉なんだ。

 魔力も蓄積してたし、今回のお話に使えそうだったからこの異世界に設置しておいたんだけど……。

 

 ――あの夜、我と触れ合ったそなた、アーリヤヴナの内より、知識と魔法を転写させてもらったのだ――

 あの夜ってのは、オーナーが紅玉持ってきた日か。

 「確かにあの時、私の魔力とあなたの魔力が触れ合った」

 ――おかげでこうして、そなたらと話もできるようになった――

 「そ、そんなことがあったなんて……」

 ノイとフランツは目を丸くして俺を見ている。

 「――で、その“紅玉”が今、何の用?」

 ぶっちゃけかなり忙しいんだけど。

 ――なに、少々手伝いをな。見たところかなり苦戦しておるようではないか――

 “紅玉”の言葉に楽しげな雰囲気が混ざる。

 「こ、これから逆転するところだったんだい!」

 ――この状態でか?シャルトリューとやら――

 「ふ、ふん!」

 役は把握してるらしい。

 ――まあ実のところな。こんなに面白そうなことをやっておるのに、我だけ寝たままというのはつまらん――

 それが本音か。

 なんか面白いやつだな。

 ――我が力を使え。そうすればあの奇怪な輩も倒せよう――

 「使え、ったってどうすれば……」

 ――これより我はその鉄巨人の内に入る。さすればその全身に力を巡らせることができよう――

 「……アーリャ。いや、キャスパリーグ」

 「なに、シャルトリュー」

 「やろう。このままじゃトリック・オア・トリートの思うつぼだよ。私、そんなのヤダ」

 シャルトリューの目が爛々と輝いている。

 「俺も同じ気持ちなのぜ。あの野郎、全力でぶっ飛ばしてやんよ」

 マンクスがが牙を見せ、獰猛に笑う。

 俺も心を決めた。

 「……わかった。きて、“紅玉”。力を貸して」

 ――心得た――

 時間の止まった世界の中、“紅玉”が【トライニャンZ】に近づき、その胸部装甲内へするりと潜り込む。

 途端に、

 「動いた……。キャスパリーグ、【トライニャンZ】が動くよ!損傷した個所も修復されていく!?」

 「出力……計測不能……なのぜ!?」

 「すごい……!」

 再び金色となり、それを超え、深紅のオーラをまとった【トライニャンZ】が立ち上がり、そして時は動き出す!

 

 

 【ラ・ウンド】の砲撃が着弾し、きのこ雲が巻き起こる。

 『やっつけたね!』

 『倒したね!』

 『これで世界は僕らのものだよ!』

 『これで全ては私たちのものだね!』

 【ラ・ウンド】のコクピットでトリック・オア・トリート達が小躍りする。

 誰の目から見ても、【トライニャンZ】の敗北は必至だった。

 砲撃の命中直前まで、いや、命中した時も【トライニャンZ】は動いていなかったのだから。

 だが同時に、誰もが【トライニャンZ】を信じていた。

 シアターで見守る園児が、五人組が、フレイアが、【グレートマスティフ】からこっそり脱出していたグレッグとエスターが見守る中、爆炎が晴れる。

 その中から――。

 深紅に輝く【トライニャンZ】が現れた。

 『あれ?落ちてない?なんで?』

 『あれ?動いてる?なんで?』

 トリック・オア・トリートが踊るのをやめ、不思議そうな声上げる。

 『おかしなエネルギー反応があるね』

 『すごいエネルギー反応があるね』

 フレイアは端末を叩き、その正体を探り当てる。

 『――これは……【トライニャンZ】の内部から“紅玉”の反応!?』

 そんな反応は直前までなかったし、そもそも“紅玉”は封印されているはず。

 回収する暇などなかったし、そもそも【トライニャンZ】は“紅玉”を搭載する能力などない。

 ――訳が分かりません……!――

 だが観客たちはそんな理屈などどうでもよかった。

 『――世界を守る“紅玉”が、勇者たちに力を貸したんだ!』

 『これで勝てるぞ!みんな、応援しようぜーッ!』

 彼らにとって重要なのは、【トライニャンZ】が復活した、ただその事実のみ。

 シアターから怒涛の歓声が押し寄せる!

 

 

 全てを背負い、【トライニャンZ】が顔を上げる。

 鋭い眼光に気おされたかのように、【ラ・ウンド】が身構えた。

 「【ラ・ウンド】。お前たちの命運はここまでだ」

 「世界は――」

 「俺たちが守るのぜ」

 【トライニャンZ】の姿が掻き消える!

 『!?』

 『!?』

 次の瞬間、【ラ・ウンド】の右腕にあった半球が真っ二つに切断されて落ちる。

 『な、なにこれ!?』

 『見えない!?』

 トリック・オア・トリートの困惑が伝わってくる。

 続いて左腕の半球。

 間をあけず両腕が落ちた。

 何が起きているか分からない【ラ・ウンド】の眼前に突きつけられる、金色の剣。

 「……これが、“紅玉”と――世界を守る力と一体化した【トライニャンZ】の力だ」

 “紅玉”が与える圧倒的なパワーを得た【トライニャンZ】は、スペック以上の力を発揮していた。

 不可視の速度で【ラ・ウンド】の背後へ回り込んでその武装と腕部を切り落とし、今剣を突き付けている。

 さっきまで全身を覆っていた金色の輝きを一身に集めた【アビシニアン・ソード】の切れ味は素晴らしかった。

 【ラ・ウンド】の防御フィールド、装甲強度を歯牙にもかけない。

 『なんだよそれ……。なんだよそれ!』

 『聞いてない……。聞いてないよ私たちは!』

 トリック・オア・トリートは圧倒的優位を崩され、ただの駄々っ子に戻っている。

 私たちは――【トライニャンZ】は、剣を構えなおす。

 「終わりにするぞ、【ラ・ウンド】!」

 「これ以上、世界を好きにはさせない!」

 「“紅玉”の加護を受けし俺たちの一撃、しかと受けるのぜ!!」

 【アビシニアン・ソード】の刀身が光を増し、ぐんと長くなった。

 それは【トライニャンZ】の身の丈の二倍はある。

 『だ、ダメだよ!これを見て!』

 『い、いけないよ!これを見て!』

 と、いきなり【ラ・ウンド】の全面にホログラフが浮かび上がる。

 この場に明らかに不釣り合いな、キャミソールとロングスカートの……若い女性。

 あれは……!

 「「「三嘴カナ(・・・・・)!!?」」」

 なんと、【ラ・ウンド】の内部と思わしき場所に、幼稚園児たちの引率教師三嘴カナがいるではないか!

 「な、なんでそんなとこに!?」

 『あ、あの!これって本当にお芝居なんですよね!?』

 ホログラフの三嘴女史がわたわたと手を振っている。

 『お芝居を盛り上げるために来てくれって言われて来ちゃいましたけど!なんかとんでもないことになってる気がしますけど!?!?』

 『――そ、そういえばずっと姿が見えませんでした……!』

 フレイアの焦りに満ちた叫び。

 ……そういうことか。

 たぶんトリック・オア・トリートの二人が乱入する前、三嘴女史をそそのかして【ラ・ウンド】に乗せたんだ。

 『(……やりすぎだ)』

 『(だね)』

 『(やっちまったなあいつら)』

 このイベントの条件は“人間に危害を加えないこと”。

 俺たちはそのために全力で準備してきたけど、いきなり乱入したトリック・オア・トリートはそんなこと知らないんだろう。

 『――キャスパリーグ、彼女を!!』

 「任せて、長。必ず助ける!」

 園児達にも見えているだろうモニターに、笑顔を向ける。

 『こ、攻撃しちゃダメなんだからね!?』

 『い、痛いことしちゃ、ヤダからね!?』

 ――知ったことか。

 いたずらのすぎる子供にはきついお仕置きしてやらないと。

 パースのきいた腰だめで、【トライニャンZ】が巨大化した【アビシニアン・ソード】を構える。

 『え、えええ!?あの、ちょっと!?』

 三嘴女史が悲鳴をあげている。

 【トライニャンZ】が全力で叩っ切るつもりなのが分かったんだろう。

 『まずい、逃げよう!』

 『あぶない、下がろう!』

 【ラ・ウンド】が慌てふためき、背中を向けて逃げ出した。

 逃がすものか!

 「【トライニャンZ】、出力最大!」

 「ターゲット、ロック・オン!」

 【トライニャンZ】のブースターに火が入り、轟音とともに噴き出す。

 金色の刀身を構え、一条の紅い閃光と化した【トライニャンZ】が【ラ・ウンド】に迫る!

 これで終わりだ、トリック・オア・トリート!!

 

 「「「ひぃっさつ!!!」」」

 

 『ひっ……』

 『やっ……』

 

 「「「【真!超・猫・斬!!】」」」

 

 大上段に構えた金色の刀身が、目にも止まらない速さで振り下ろされる。

 【トライニャンZ】は刀身を振り抜いた姿勢で地に降り立ち、片膝をつく。

 背後の空にスパークが舞う。

 『……ぃたい……』

 両断されて動きを止めた、断末魔の【ラ・ウンド】からトリック・オア・トリートの最後の通信。

 『大体何で猫なんだよ!』

 『どうして胸に猫なんだよ!』

 ふ、何かと思えば、そんなこと。

 「簡単だ」

 「簡単だね」

 「簡単なのぜ」

 す、と息を吸い、三人同時に口を開く。

 

 「「「かわいいからだ(・・・・・・・)」」」

 

 『そ、そんなー!』

 『ば、ばかなー!』

 トリック・オア・トリートの悲鳴を最後に、【ラ・ウンド】は大爆発した。

 逆光の中、片目になった【トライニャンZ】のカメラアイがギラリと光る。

 爆発が収まったとき、そこには何もなかった。

 やがて、凄まじい爆発で吹き飛ばされた雲の隙間から、光が差し込んでくる。

 「……勝った」

 「うん!」

 「おう!」

 【トライニャンZ】が立ち上がり、剣を一振り。

 頭上から差し込む太陽に、傷ついた深紅のボディが照らされる。

 ――わああああああああ!!!――

 通信機からは幼稚園児たちの大歓声が聞こえてくる。

 フレイアの嗚咽も聞こえてくる。

 俺たちは、勝ったんだ。

 世界は平和になったんだ……!

 「キャスパリーグ、人質は?」

 「……問題ない」

 コクピットの中には、気を失った三嘴女史の姿があった。

 最後の一瞬で転移魔法を発動し、彼女を回収しておいたのだ。

 「さすがキャスパリーグなのぜ!」

 「ふ……」

 胸元のアーマーを外し、ジッパーを下ろして首元に風を入れる。

 さすがに暑いや。

 モニターの隅で、煤だらけになったトリック・オア・トリートが地面に転がっているのを見つけた。

 グレッグとエスターが駆け寄ってふんじばった。

 あ、二人から小突き回されてる。

 やーい!

 え、同情?するわけないじゃん。

 危うくイベントが台無しになるところだったんだよ?

 ま、あんなのでも魔王だし、怪我はないでしょ。

 目はぐるぐるだし、頭の上でひよこがダンスしてるけど。

 「ん……」

 「お、気が付いた」

 「ここは……」

 三嘴女史が俺の腕の中で目を覚ました。

 置かれている状況が分からず、きょときょとしてる。

 「【トライニャンZ】の中だよ。もうだいじょぶ」

 「【トライニャンZ】……?あ、あ!私!?」

 「だいじょぶ。もう終わったから」

 あまり暴れると変なスイッチ触っちゃうよー。

 なだめすかしてなんとか落ち着かせる。

 「そ、そうでしたか。助けていただいてありがとうございます、アーリャさん」

 「こちらこそ、巻き込んでしまってごめん」

 「い、いえ!なんかこう、貴重な体験ができました」

 うーん。

 この人肝が据わってるのか違うのか。

 「キャスパリーグ、あれ」

 襟元をパタパタさせていると、不意にシャルトリューが空を指さした。

 「ん、どうしたの……って」

 「あれは……」

 鳥、じゃない。

 黒い粒だったそれはあっという間に大きくなった。

 「みんな、来たんだ」

 「の、ようなのぜ」

 【トライニャンZ】の眼前に飛行艇が着陸した。

 これは園児たちを収容していた、移動シアターだ。

 側面のハッチが開くと同時に、

 「わ」

 「ひゃ」

 「おう……」

 「「「わああああああああい!!!」」」

 まるでアニメの最終回のように、傷ついた【トライニャンZ】の元へ、幼稚園児たちが走り寄ってきた。

 「みんなー!」

 「「「せんせー!」」」

 目を覚ました三嘴女史を地面に降ろしてあげると、泣きながら園児たちと抱き合った。

 「よかったのぜ」

 「うん」

 シャルトリュー(ノイ)マンクス(フランツ)の目にも涙が浮かんでいる。

 

 

 こうして、【トライニャンZ】の戦いは終わり――俺たちのイベントは、大盛況のうちに幕を下ろしたのだった。

 

 

 世界中が注目した『幼稚園児の“極限定特区”訪問は無事終了した。

 幼稚園児たちは大満足して“特区”をあとにし、俺たちはみんなで彼らを見送った。

 園児たちは最後にキャスパリーグ・シャルトリュー・マンクス達猫族(ケートシス)の勇者と、マスティフ・ポーリッシュ達犬族(クーシス)に会えて大喜びしてた。

 意外と悪役二人の人気が高くて、グレッグもエスターもうれしそうだったね。

 異世界の青空、風になびく草地の上で、【トライニャンZ】を背後に皆も写真を撮った。

 世界初、本物の巨大ロボットと撮った写真だ。

 超プレミアもの!

 しっかりとおみやげも渡した。

 ソフビ製の【トライニャンZ】と【グレートマスティフ】をはじめ、お菓子の類や女子にはぬいぐるみとか。

 え、ぬいぐるみって何かって?

 合体前の【トライニャンZ】と【グレートマスティフ】をデフォルメしたやつだよ。

 意外に可愛かった。

 好評だったから今後は“特区”内で売ります!と、フレイアはさっそく企画書を作るらしい。

 政府要人たちとはイベント後に会談した。

 みんな全く表情を変えなかったけど、一人だけ、思いっきり俺の手を握ってったおじさんがいた。

 あとでフレイアが教えてくれたけど、どうもその人があの五人組のメンバーの一人、その父親だったらしい。

 実はかなりのスパロボ好きらしくて、もろに娘が影響を受けてしまったとか。

 ……娘さん経由で一応、お土産セット渡しておいたよ。うん。

 喜んでもらえるんじゃないかなー。

 怖い目に合わせてしまった三嘴女史には俺が謝っておいた。

 けど、本人は結構楽しんでいたみたいで、【トライニャンZ】と【グレートマスティフ】が戦っている間、【ラ・ウンド】の中で大はしゃぎしたって恥ずかしそうに言ってた。

 楽しかったならいいや。

 

 

 「それではー!イベントの無事終了を祝って、かんぱーい!」

 「「「かんぱーい!!」」」

 で――今何してるかというと、オーナーの宿、酒場部分を借り切って打ち上げ。

 俺の音頭でフレイアも含めた参加者全員がグラスを突き合わせた。

 目の前のテーブルにはたくさんの料理が並んでいる。

 唐揚げをつまみながらチューハイをごくごく飲み干す。

 「ぅげっふ」

 「アーリャ、お行儀悪いわよ!」

 「ふぇい」

 オーナーに睨まれちゃった。

 「とにもかくにも、今回は大活躍だったそうね。お疲れさま」

 「ありがと、オーナー」

 今回のバトルの映像はちゃんと編集してブルーレイに納めてある。

 あとでオーナーにも渡しておこう。

 史上初のスーパーロボット同士の戦い!絶対喜んでもらえるはずだ。

 いっそ上映会でもやろうかな……。

 「おう、アーリャ!お疲れさん!」

 「グレッグ」

 「どうなることかと思ったけど、うまくいってよかったぜ!」

 がっはっは、と笑いながら上機嫌の偽ハ○クが現れた。

 「何が『うまくいってよかったぜ』なのぜ!お前が悪乗りしたせいでどれだけ俺たちが苦労したと思ってるのぜ!」

 専用の巨大グラスを握ったフランツがグレッグを小突く。

 「あぁ?いいじゃねーかよ。結果面白くなったんだからよ。大体俺は悪の親玉役だろうが。やりすぎくらいでちょうどいいだろ!」

 「それでストーリーに支障出たらどうするんですか主任!【トライニャンZ】、あんなにボロボロにしちゃって……」

 ジュースのグラス片手に現れたエスターが疲れ切った顔を見せた。

 「ボク、あの時本当に肝が冷えましたよ。このまま【トライニャンZ】が動けなくなっちゃったらどうしようって!」

 「こいつ(ノイ)が造った機体だぞ?そう簡単にぶっ壊れるかよ」

 な、といつものゴスロリ服に着替えたノイをのぞき込む。

 ノイはというと、すまし顔で

 「その通り。あの程度で私の【トライニャンZ】はやられないよ」

 と言った。

 「だろ?ほらみろ!」

 「あのままボコ殴りされたままだったらやばかったのは本当だけどね」

 「……」

 あ、グレッグが固まった。

 「グレッグって、調子に乗ると周りが見えなくなるからねぇ……」

 オーナーにもため息をつかれ、ついにグレッグがキレた。

 「う、うるせーなお前ら!寄ってたかって俺を悪者にしやがって!いいだろ!?アドリブだってこなしたし、最後かっこよく締めたんだだからよ!?」

 【グレートマスティフ】が【ラ・ウンド】の攻撃を受けた時のことか。

 「……うん、あれはナイスだった」

 「だろ!?」

 「それについては同感なのぜ。おいしいところ持ってきやがってこのこの!」

 ぐいぐい。

 「ぐむぅ」

 フランツに頭を押し付けられ、グレッグが呻いてる。

 「そういえばノイ、イベントの後スーツ姿の人間と話してなかった?」

 ひたすら肉とポテチだけかじってるな、ノイ……。

 ……ごっくん。

 「あぁあれ?うん、そのことでみんなに報告があるんだ。ちょっと聞いてくれる?」

 「うん?」

 なんだろ。

 「まず一つ目。実はあの後アニメ会社の人間が来てね、【三猫合体トライニャンZ】のお話を正式にアニメ化とOVA化することが決まりました!」

 「「「おおー!」」」

 その場の全員から驚きの声があがる。

 「作画班にはかの大御所も参加するから、かなり見ごたえあるものに仕上がると思うよー」

 「大御所?」

 「バリる方」

 「あー、なるほど」

 そりゃ確かに大御所だ。

 もう全力でスーパーロボットになるな。

 「声は?まさか私たちで吹き替えるの?」

 「あ、それはない。さすがに魔王に中の人やらせるのはいろいろまずいから、って。近い声の声優さん選んでアフレコだって」

 「そか」

 まあ、そうだろうなー。

 ってちょっと待った。

 「待ってノイ。OVAって、まさかあの格好で作画されるの?」

 ノイのスケッチブックに描いてあった、妙にエロいあの衣装。

 確かOVA化したら使うって言ってなかったっけ?

 「基本的にはあのままだけど、露出は減らすことになった」

 「ならいいけど」

 あれじゃ十八禁のギャルゲー系だものな……。

 って、残念そうな顔するなしー!

 「ごほん。次に、あの二機を含めた出演ロボットは、プラキット化が決まりましたー。【トライニャンZ】と【グレートマスティフ】については超合金とかいろいろな商品展開もなされまーす。版権はもちろん私……とフレイア。やったぜ!」

 「出たら教えてくれなのぜノイ。まとめて買うのぜ」

 「ほいありがとう」

 「私も欲しい」

 「アーリャもね。おっけー」

 告知ポスターとノート置くから欲しい人は書いてね、とノイ。

 ってことはこれからノイの懐は凄まじく潤うのか。

 よしタカろう。

 「それから最後にもうひとつ。【トライニャンZ】と【グレートマスティフ】は修理して、世界中でやる各種イベントへ参加することができるようになります!」

 「……え”」

 「大丈夫なんですかそれ?」

 得意げなノイとは対照的に、心配そうなエスター。

 俺もだ。

 だって、

 「【トライニャンZ】も【グレートマスティフ】もとんでもない力を持った兵器じゃないですか。そんなもの世界中に派遣なんて……」

 『両者が戦えば世界が滅ぶ』というのはストーリー上だけの設定じゃない。

 あの二体にはガチでそれだけの力がある。

 なにしろ本物のスーパーロボットだからね。

 けどノイは首を振った。

 「確かにその通り。だから先にアニメを放送するの。全世界で」

 「ど、どういうことです?」

 「分かった。つまりアニメのイメージ――つまり『正義の味方』ってイメージを与えて、それが大きければ大きいほど、間違いは起こせないってことだね?」

 「アーリャ、正解~」

 【トライニャンZ】は正義のスーパーロボットで、争いを起こすための存在じゃない。

 そう世界中が認識していれば、少なくとも民間レベルで招待されて移動する分には問題ないってことだ。

 仮に【トライニャンZ】を危険視する軍や国家が攻撃して来たら、それは『悪』のイメージになる。

 「でも人間って小狡いから、初期の私たち魔王みたいに、やってない悪事を押し付けられたり罠にはめられたリすることも想定しないと」

 「それはもちろん。まあ、ある意味そのために【グレートマスティフ】がいるんだけど」

 「……納得」

 「おい。それは俺がずっと悪役ってことじゃねぇか。絶対に嫌だぞそんなん!」

 ピーナッツを放り込む手を止めて、グレッグがノイを睨んだ。

 「え?え?」

 「あー、つまりだな少年」

 困惑しっぱなしのエスターに、フランツがそっと話しかけた。

 「どっかのバカな人間や国が【トライニャンZ】を悪者にしようとしてよくないことをやらかしたとしよう。だけど俺たちには最初から悪役という設定の【グレートマスティフ】がいる。だからそういう『よくないこと』は全部【グレートマスティフ】のせいにしちまえるのぜ」

 「で――【トライニャンZ】が『よくないこと』をやらかした【グレートマスティフ】をその都度(・・・・)成敗し、めでたしめでたし。そういう筋書きが作れる」

 「あ……」

 エスター、ようやく理解したみたい。

 「結果、本当に『よくないこと』をやらかした馬鹿どもの苦労は、奴らにしてみりゃアホなアニメっぽい戦いのネタにされて水の泡、ってな具合になる寸法だな」

 「で、でもそれじゃほんとに主任がずっと悪者じゃないですか。かわいそうですよ」

 すると全員がエスターを見た。

 「え?」

 「何他人事みたいなこと言ってるんだお前は」

 「へ?」

 俺、笑いをこらえるので大変。

 「【グレートマスティフ】は二人乗り。マスティフと、もう一人は……」

 「……あ”」

 そういうこと。

 「ぼ、ボクも悪者ですか!?」

 「そうなる」

 「うん」

 「なのぜ」

 「だな」

 みんなが、当然だ、とばかりに頷く。

 「いーやーでーすーっ!」

 涙目になったエスターの声が酒場に響いた。

 

 

 「……ところでアーリャ」

 「むぃ?」

 夜、またしてもノイのお城に泊まることになった俺に、ノイが聞いてきた。

 「トリック・オア・トリートはどうしたの?あれから姿が見えないけど」

 「無論、罰を与えた」

 にや~り。

 あれだけのことをしでかしてくれたんだ。

 当然じゃないかぁ~。

 「う、うわぁ~……。悪い顔……」

 

 

 後日。

 “特区”で行われた、ひと月に及ぶ視聴者参加型限定イベントのステージで、毎日のように正義のヒーロー五人に滅多打ちにされる着ぐるみ怪人が居た。

 「世界の平和は、我々が守って見せる!食らえーぃっ!」

 

 どてぽきぐしゃごんどかーん!

 

 『うわーん!』

 『いやーん!』

 

 ど派手な爆発を浴びて吹っ飛ぶ二体の怪人(・・・・・)

 息ぴったりのやられっぷりに、観客は大盛り上がりだったとか――。

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