黒梟襲来
一行は森人の里へ馬車を走らせる。
馬車は、草原の向こうまで続く轍の跡を頼りに進んでいた。
草地に刻まれた傷跡は旅人が通る標であり、人々の往来を示す。
森人と交流があると言う長の言葉は本当のようだ。
しばらく進むと前方に人影が見えた。
カイルが目を凝らすと、外套を着た人間、男のようだ。
こんなところに人が?
「人影が見える」
皆に知らせる。
老婆は目を凝らし、それが追手だと気づくと、すぐに馬車の速度を上げるように指示する。
「急げ、あれは追手の本隊じゃ、今までより手ごわいぞ」
ナージャは、以前接触してきた男が所属している部隊を思い出す。
黒梟、特に疾爪と呼ばれる特別班の任務達成率は99%と言われていた。
評議会の中でも戦闘力は1,2を争うほどで、個別の能力においても群を抜いている。
気安く手を振るその男は、猛スピードで通り過ぎる馬車を見送る。
馬車は男から遠ざかり、なお速度を上げた。
カイルが男との距離を離したと安心したその時。
「ひっどいなぁ。挨拶してんだから、止めてくれてもいいじゃんか」
友人のように語りかける男の姿が御者台にあった。
「なっ!」
その男は驚いたカイルを突き落とし、馬車を止める。
すぐに走り出せないように、動物の頭を模した風防を蹴り飛ばし、魔法の火を消す。
一行は馬車から飛び降りて、男との距離を置く。
お互いに対峙し緊張が走る。
突き落とされたカイルが心配だ。
リタは相棒の安否を気にして辺りを探すが見つからない。
「よそ見してんなよ、ねえちゃん」
耳のすぐそばで男のささやきを聞き、戦慄してナイフを振るう。
その切っ先は男の姿を捉えられず空を切る。
いつの間にか元の位置にいる男に不気味さを感じるリタ。
「あんた、何者なの」
皆を背にして男に問いかける。
「魔術師評議会、黒梟部隊、疾爪」
「っ!」
その名は冒険者仲間に聞いた事がある。
魔術師評議会お抱えの殺し専門班。
「噂に聞く皆殺し部隊かい」
ザジはおどけて訂正しようとする。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。そんな物騒な噂がたってるのか?」
「ああ、女子供も容赦無く殺すって有名だよ。違うのかい?」
リタは時間稼ぎで会話を続ける。
「こっちはただ任務を真面目にこなしてるだけなんだがなぁ。ただ目撃者を出さないためにやりすぎるってことはあるがな」
巷の噂の多くは悪名である。
それはこの集団が戦闘に卓越し容赦がないことを意味する。
「そろそろ準備はいいか?」
「お見通しかよ」
リタはナージャに声をかける。
「ばあちゃん、手伝ってくれるかい」
「この程度お主らだけで追い払ってみろ。それができなきゃ、これから先辛いぞ」
「舐められたもんだぜ」
とは言うが、ザジの内心は婆さんが参戦するかハラハラしていた。
手を出すつもりがないと聞いて、顔には出さずに歓喜した。
リタは老婆をあてに出来ない事に舌打ちして、
「アイン、練習通りやれるかい?」
「うん!」
「じゃあ、いくよ!」
リタの陰に隠れて、翆脚鞭の準備は完了していた。
翆緑色の鉄槌がザジに向けて突き刺さる。。。はずだった。
「おせぇよ」
アインが跳躍したその瞬間を狙って、ザジが蹴る。
少年の体が吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
「アイン!」
ミリーが駆け寄る。
リタは油断せずにザジの動きを追う。
彼女は内心焦っていた。
作戦では、背後に死角をつくり、翆脚鞭の弱点である初動の溜めの時間を稼ぎ、死角から叩き込むはずだった。
相手が動いても前衛のリタが牽制して邪魔させないのが、この連携のポイントだ。
動けなかった。
リタはザジの動きを止めることが出来なかった。
いつの間にか死角に回り込まれ、アインの技を止めていた。
倒れたアインにミリーが回復魔法を掛けている。
ザジはリタに目もくれず少年を捉えようと近づく。
ミリーがアインに覆いかぶさって、ザジが伸ばす手から守ろうとしている。
リタがザジの背中めがけてナイフで突く。
ザジの体はそこにはなく、ナイフが体に吸い込まれたと錯覚する。
ザジは軽業師のような身のこなしで跳躍し、リタの攻撃を避けた。
そのままリタの背中を踏んで地上に降り立つ。
バランスを崩したリタはミリーのすぐ横に倒れこむ。
ザジが余裕をもって着地しようとした瞬間、草陰に隠れていたカイルが強襲する。
剣筋鋭く切り付けるカイル。
空中姿勢のままでは避けられない必殺の剣。
ザシュッ
ザジの胴が真っ二つに両断される。
手ごたえのなさに、驚くカイル。
ザジの体が草の束に代わり、辺りに草が舞う。
「変わり身って言うんだ。おもしれーだろ」
瞬間的な攪乱と陰影による姿隠しで一瞬の判断が狂う。
カイルは草の束を、切り付ける瞬間までザジと誤認した。
カイルが介入したことで、人数的に有利になったかと思われたが実力の差がありすぎた。
カイルはふとしたことに気づき、それを口にした。
「ちょっと待て、その草束ここに来る前にその辺に隠してたのか?」
「は、はぁぁぁぁぁぁ?!ち、ちげーし、隠してねーし」
ザジが、あわてて否定する。
本当はここに来る前に準備して馬車が止まることを計算していた。
まだ数本隠してある。
それを想像した一行は皆でそれぞれ突っ込みを入れる。
「え?わざわざそのために」
「それ東方の隠密術だよな。その中でも派手過ぎて使えないって。前準備もいる見世物用だって聞いたことあるぞ」
意外に愉快な性格らしい。
「うるっせぇーーーーー!てめぇら弱ぇくせに、がちゃがちゃ、うるせーんだよ!」
さっさとガキを捕まえてずらかるかと思った所で、少年の姿を見失う。
ザジが話し込んでいた隙に、回復したアインはゴンザに教えられた死角の支配を行っていた。
ザジの顎下に滑り込み、フェイントで視点をずらし視覚を混乱させる。
「っ!?」
背の低いザジが、慣れていない自分より背の低い相手に翻弄される。
左後ろの死角に回り込み、踏み込むと同時にザジの右ひざ裏を蹴る。
「くっ。こいつ!」
ザジもその反射神経は並みの戦士ではなく、膝を刈られる前に右足を上げて避ける。
アインの攻撃はそこで止まらず、さらに回転し重心を支える左足を刈ろうとする。
そこでもザジは驚異的な反応で左足のみで後方回転跳び(バク転)で回避した。
しかし、その卓越した身のこなしがザジの敗因になる。
アインは、そこで天を突くように地から伸びた一本の楔となる。
七星連結により鋼の強度をもってザジの背骨を砕く。はずだった。
その瞬間、ザジは自分がスローモーションのように動いているように感じた。
アインが狙った背骨を通過し、その鉄杭が貫いたのは、男なら絶対避けたい急所。
「が☆〇☆彡ぐぁ▽ぁT!」
声にならない苦悶の絶叫を上げ、泡を吹いて倒れた。
「うわぁ、えぐ」
カイルはその様子を見て、さすがに敵に同情する。
女性陣は
「キャー、アインばっちぃから早く手を洗いなさい」
ひどい。。。
一行の危機はこうして何だかわからないうちに過ぎた。
。。。
先ほどの闘いの推移を3人の追手が観察していた。
一行が走り去った後、姿を現し倒れたザジを回収しに向かう。
「おぉーい、生きてるかぁ」
つーんつんと指先でつつくサーニャ。
ジンライは結果に満足した顔をしている。
「なんともお粗末な結果になってしまったが、彼の実力は測れた。それと老師が敵対を是としないことも」
アル「。。。」
無言の戦士はその視線を遠く離れた馬車に向けた。
その口元は薄く笑ったように見えた。




