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魔法使いじゃ無い男はあなたがどうしてと首を傾げる

 第三騎士団ご用達の高級食堂、リアバイナルの特別個室に取り残されたアルバートであるが、彼を置き去りにしたレイナは薄情では無かったようである。

 半刻しないで彼を迎えに来る者がいたのだ。


「え、なんで?」


 自分を迎えに来た男を見て、アルバートが子供みたいな声を上げてしまったのも仕方が無いだろう。

 灰色の髪にアイスグレーの瞳をしている彼は、光の加減で銀色に輝く。

 そんな彼についたあだ名は、月の妖精だったとアルバートは思い出す。

 彼の目の前に現れたのは、親交など皆無である、宰相の息子のジュード・ファルファ様なのだ。


「酷いですね。副会長の顔など忘れてしまいましたか?」


 学園時代のジュード・ファルファは、生徒会の副会長であった。

 ならば生徒会役員であったアルバートは普通にジュードと面識があることになるが、実は面識があるそれだけなのである。戦役後レイナが学園から消えると、アルバートこそ役員を降り、その後は戦役の褒美のようにしてもらった研究室に卒業するまで閉じこもるだけだったのだ。

 その程度の関係でしかないのに、ジュード・ファルファはアルバートを迎えに来たのだ。


「私が君を第三騎士団の宿舎にまで送るよ」


「そそそそんな。どうしてそこまで」


「私は人事採用庁でそれなりな位置にいる。今回の異動はそんな私の目をかいくぐった不当なものである。ならば、私こそが君が立ち行く様に助力するべきだ。だがしかし、君の元職場で君を取り巻いていた環境を考えれば、この異動は君にとっては最適なものだったとも思えるな」


「ハハハ。最適ですか。俺は持ち物全部失いましたがね」


「世界に裏切られた感じだね。それなのに君はレイナ様の誘いを断った。そこは評価しよう。君はレイナ様の忠犬だと思っていた。彼女が駆け落ちを望めば君は行ってしまうと私は思っていたからね。君は偉いよ」


「たった一歳違いで子ども扱いですか? 俺は社会を見て来ました。逃げてどうなります? 俺は彼女に金のある暮らしなど差し出せません」


「社会をもうちょっと見ようか。レイナ様は母方の財産をお持ちだ。駆け落ちした所で王家は彼女の個人財産は奪えまい。なぜならば賢い彼女は財産を中立国に預けているからだ。その国は産業が無いからこそ周辺国の王侯貴族達から金を預かることで稼いでいる。だからこそそれらの行為は、金のある貴族ならば誰もがやっている世界的に認められた財産隠しなんだ」


「金持ちが金持ちじゃ無くなることは無いんですね」


「そうだ。だから君はレイナ様と駆け落ちしても何ら問題は無かった。ただし私としては、最初から愛する相手の財布頼みの人間でなかった君にこそ好意を感じる」


「ありがとうございます」


「では行こうか」


 ジュード・ファルファは学園時代と同じく表情は乏しい。

 喜怒哀楽など読めないのだ。

 だが、自分を迎えに来た相手がアイレット・カーマインでなくて良かったと、アルバートは考えた。


 ジュードは食堂からアルバートを連れ出すまで色々と話しかけきたが、外に出た後は無言で歩くばかりなのである。ジュードの足も速い。アルバートは飼い主を追いかける犬みたいだと自分を笑いながら、無駄な話しかけが無いこの状況に感謝してもいた。


 死にそうに辛くとも誰かがそばにいるが、大丈夫だと作り笑いする必要もない。


 アルバートは自分の前を歩く人物の背中を見つめ、大きく溜息を吐いた。


 本気で足が速いです、先輩。


 すると、ジュードの足がピタッと止まった。

 ジュードはアルバートに振り返り、左の眉をくいっと上げて見せた。

 自分の心の声が聞こえたかとアルバートは少々びくりとしたが、次にジュードが発した台詞にアルバートは首を傾げそうになった。


「もう少し嬉しそうな顔をしてはどうかな? 君と私は四年ぶりか? 学園では私は君の良き先輩だと思っていたが、私だけの思い込みかな?」


 思い込みどころか、親交なかったですよね?


 アルバートは学生時代を何度も思い返してみるが、ジュードが自分に対してここまで時間を割いてくれるほどの付き合いが記憶の中から見つからない。


「どうしたの? 君はレイナ様がいないと会話ができない人なのかな?」


「いえ。そういう訳では無いですが。あの、ええと。先輩は良き先輩でした」


「そこは、今もって良き先輩です、ぐらい言いましょう。本当に君は社交が下手だね。あの頃から心配していたそのままです。レイナ様の牽制なぞ無視して君を指導してあげれば良かったよ」


「え、あの。お、俺にそんな目をかけて下さったことは光栄ですが、あの、実はお間違いでは? 俺は平民ですし、学園の人気者だった先輩が俺なんかに」


 アルバートはしどろもどろだ。

 学園生徒から一目も二目も置かれて尊敬されていたジュード先輩が、生徒会役員でも役員メンバーから仲間認識されていなかった自分に興味を持っていたのかと、まるで異世界に来てしまったような感覚なのだ。

 アルバートは二の句を継げないそのままジュードを見つめていると、ジュードは溜息を吐きながら自分の額に右手を当てた。


「先輩?」


 ジュードは顔から手を下ろすと、アルバートを真っ直ぐに見返した。

 長身のジュードであるので、彼から十五センチは確実に低いアルバートを見下ろす格好だ。そのせいでジュードのアルバートに向ける視線には威圧感が出ている。ジュードの顔が貴族的で完璧な美貌であるから尚更だ。

 アルバートは、もう会話はいいから走って逃げたい、そんな気持ちである。


「先輩、あの」


「君は自己評価が低すぎる。特待生である君は賢く、学園最強の魔法使いだった」


「ええ? 」


「何度生徒間の諍いの仲裁をした? 君が暴発魔法まできれいさっぱり消去してくれるからね、君が役員となって活躍した年は怪我人も退学者もゼロだ」


 アルバートは自分の右手を見つめる。

 彼は魔法が使えないからこそ、魔法が使いたかった。

 だからこそ魔法が発生すれば見逃すものかと飛び込んでいた。


「俺は魔法使いじゃないですよ。魔法が使えない」


「アルバート君。君の魔法キャンセル術は立派な魔法だ。魔法が効きにくい体質もあるかもしれないが、君は人の魔法を書き換えて消しているんだ。それは立派な魔法だよ。誰にもできない力であり、君はこの国の最強の魔法使いだ」


「だけど」


「そのために君は封印されたんだ。その上、君の考え無しの庇護者のせいで、君は受ける必要のない攻撃を受け続けている。私は君がそろそろ本気で怒るべきだと思いますよ」

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