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脳内ヒーロー洋二  作者: 井田雷左
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第七章 春、藍、十七歳 4



    4



小学二年生で、しかも女の子で、水泳の授業で一級を取ったのは藍が最初ではないかと先生たちですら云っていた。

一級は100メートルだから、学校のプールを二往復である。

まず、藍が10級から始まった級取りを、一年生の二か月と二年生の一か月のわずか三か月で二級まで昇進したのが異例のスピードだった。

だから、この日のプールの授業は、先生も児童も固唾を飲んで見守った。

朝、職員室でもその話題が出る程で、その折に先生たちは「最後の15分ならば、アリでは?」と集まることに決めた。

どこに集まるのか?

四時間目、最後の15分、プールに、である。

一級の試験を受けるのは、二年生で藍だけである。

だから今までの試験と違い、併泳するものはいない。

ところが、この観客の数である。

だが、藍は現在でも仕返しを恐れずに、イジメっ子を注意する女の子。

外野は一切気にならないタイプであった。

こういう女王様・ヒロイン・スターのオーラをまとう藍を苦手あるいは嫌う児童もいたのは確かだが、よーいドンで始まった子どもには遠泳、小さい女の子が必死で泳ぐ姿は、そのように藍を良く思わない児童ですら、トリコにした、つまりラストスパートではみんなが声援を送っていた。

クロールの息継ぎの時にのぞかせる表情は、凛々しく、この挑戦を成し遂げる覚悟に満ち溢れていた。

そして藍がプールから上がると大声援。

胴上げこそされなかったが、次は給食の時間である、昼休み、放送部に呼ばれ、ヒーローインタビューを受けたのはさすがに藍でも恥ずかしかった。

昭は幼稚園だったから、この時に未だ小学生ではなかったが、母親はプールを取り囲む金網フェンスの外から、藍を応援していた。

「本当にスゴかった! うちの娘がオリンピックの水泳選手になったようだった! 正直、泣いた!行ってよかったよ」

ここは銀座の、ちょっと高級な中華料理店。

いつもは夫におとなしく着いていくタイプの母・倫はめつらしく熱弁をふるっていた。

延彦は妻のその報告を温めた紹興酒を飲みながら、聴いていた。

その一級試験が週末の今日だと聴いていたのだが、普段は働く夫に気を使って、一切職場に電話してこない妻・倫がその報告をしてきた。

すわ、娘の敢闘を祝うために出てこいよ、と家族四人でここにいる。

昭も目を輝かせて母親の話を聴いている。

一方、藍はと云うと、回転するテーブルの上に並べられた、普段では食べられない中華料理に舌鼓を打つのであった。

中が肉汁で溢れる小籠包を藍はここで初めて食べた。

アヒルの玉子と知っても藍は臆せずにピータンを食べた。

割合、この店は様々な地域の中華料理を取り揃えていて、香辛料の強いラム肉の串がきたかと思えば、上海蟹の煮込み料理もきた。

四川料理の辛さは苦手だったが、北京ダックはお父さんに包んでもらって、その手から食べた。

―今度は特級一だ! あっ! 特級は二も三もあるから、あと三回はここに来られる!

未知のものを口に入れることが大好きな藍は今度来た時はなにを食べようかとメニュー見て画作することも欠かさなかった。

母親は娘を誇らしく思い、弟はよく理解していないようだが家族みんなが幸せそうで嬉しかったし、父親はそのために今回の宴を催して正解だったと感じ入った。

そういう良い気分だったのが理由の一つだったのだ、家族に父・延彦がタクシーで帰宅しようと持ちかけたのは。

もう一つの理由は明らかに、藍は食べ過ぎで歩くのも難儀していたことが延彦には目に見えて判っていたのだ。

延彦はタクシー乗り込むが、ここで失敗と正解を一つづつしている。

首都高速にのれば、麻井家までは15分程だ。

口数は少なくなったが、未だ普通に歩ける藍を見て父・延彦はこう云った。

「運転手さん、首都高使って下さい」

これが正解ではなく、実は失敗なのだ。

正解は助手席に妻・倫を乗せ、自分は子どもたちと後部座席に座ったことだ。

昭は熟睡している。

藍の顔色が悪い。

それを運転手が意識しているように延彦は感じた。

首都高である、止まれない。

だから延彦は娘の耳元で云った。

「お父さんの手に吐いちゃいなよ」

藍はその通りにした。

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