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脳内ヒーロー洋二  作者: 井田雷左
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第一章 転落と吸収と突進 1


    1


桜が、狂ったように桜が咲いていた。

開花期は遅れ、始業式・入学式には咲かず、本日満開となった。

その木々の間を一人の女の子が歩いている。

麻井藍(あさいらん)、あとふた月で十八歳になる、高校三年に進学したばかりの女の子だ。

彼女は誰よりも早く登校するのが好きだった。

小学生の頃、両親が早く出かける日があり、一人で家にいてもつまらないから自分も、早く出た。

勿論寄り道する場所もないから教室に早く着いたのだが、やることもない手持ち無沙汰だ、と思って机につっぷしていたら、いつの間にか眠っていたようで、皆が教室に入ってくる喧騒で起きた。

その日、一日、藍はいつものようなダルさ・眠気もなく、快適に授業を聴き・皆と遊んだ。

少しの仮眠が実は体調に効果あると学び、いつも着いて直ぐに眠るワケでもないが、眠くない時は文庫本を開き読書することもあり、早起きは三文の徳とはこういうことか、と皆よりは早くて60分、遅くとも30分は登校するのが普通になっていた。

身長150、ショートボブの両端は先端を鋭角に整えている。

藍なりの個性なのだろうが、同時に表情を隠したいというアンヴィヴァレンツな感情でこの髪型にしている。

大きな瞳と柔らかそうな頬は魅力的だが、そういった〈女〉として評価される俎上自体に未だ上がりたくないのだ。

藍が歩く200m先にいるのが洋二だ。

川が流れている。

渓谷のような谷の高さは5m以上、その地に川が流れているのだが、その水はここが上流だからかきれいなものだ。

つまり神田川なのだが、その川にかかる橋の欄干に洋二はたたずんでいる。

「麻井さん、人気高いから早く言っちゃいなよ」と云ったのは、洋二の幼馴染である信夫だ。

―あいつは自分では何もしないくせにひとにはよけいなことばかり言うんだ。

洋二は信夫のことをいつもそう思うが、今回は違う。見事にその言霊は彼を掴んだ。

そうでないと、麻井藍の登校に合わせて、この時間にここで突っ立っている現状が理解できない。

洋二はいきなり告白なんて考えてもいなかった。

ただ、大勢いるクラスの男子の一人から、会えば必ず挨拶する男子の知り合いに学年が上がってからスライドできたので、休み時間に少し笑い合える友人に昇格したかったのだ。

藍と洋二は家の方向が逆なので、駅からは別の方向の電車に乗る。

それならば、駅へ歩く間だけ一緒にいる関係にはなりたい。

そして共通の話題が見つけられれば、いい。

この時に洋二が藍に思っていたのはそれくらいだった。

だが既に固定のクラスメイトが藍と下校を共にしている。

そこにはどうにも入り辛い。

すると実は誰よりも早く登校していることに気づいた。

洋二はその藍の行動に、まじめさや清潔さを見た。

早めに登校して、教室内の清掃やチョークや黒板消しの準備をしているようなビジョンが浮かんだのだが、違う、前述の通り藍はむしろ怠惰の為にやっているだけだ。

―偶然だね? 久しぶり? いや、いきなり桜がきれいだね、か?

洋二は今になって、橋の欄干で待ちかまえている不自然に気づいた。

なによりただ立っていることはおかしいのだ。

身長175はある洋二が歩幅からして、藍に遅れて合流することはあり得ない。

そこで、シューズの紐を結ぶフリをする、とか、スマホに見とれている、とか思いついたが、その不自然さに拍車をかける。

―さて、どうする?

今日は止めておこうと思い、飲食店で時間を潰すことを考えたが、その店でその待っている時間に後悔で押しつぶされるであろうということがた易く想像できた。

―ともかく動こう。

洋二は脇道に入った。

で、このように電柱の脇から川の通りを見るのはどうにもストーカーっぽくバツが悪い。

脳内で様々な思惑がぐるぐる回る状態を一時停止したのは橋の向かいにいる自分と同じように電柱の柱に隠れているヒトの姿だった。

早朝とはいえ、23区のはずれとはいえ、都内だ。マラソンで走る若い男性、朝早い散歩する年配女性等通りかかった人はそこそこいた。

だが橋の向かいの人は紺のブルゾンで頭をすっぽりと覆っている。

洋二は自分以上の不自然をこの人物に感じた。

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