報告69 盗聴の違法性
【1】
その日の帰りの会で、北野はいつものように連絡事項を告げていたが、彼女自身、何かの違和感を感じていたようだった。それは、生徒たちが話を聞いているが、聞いている様子が普段と違うからだ。だが、その原因に彼女は気づいていなかった。そのまま放課後になり、上野が私に話しかけた。
「いやー。今日も一日終わったな。それにしても、今日の北野なんか変じゃなかった?」
私は、上野の質問に答えた。
「それは、帰りの会の連絡事項を俺たちが知ってたからだろ?」
「だって、教室横の連絡黒板に全部書いてあったんだもん。自分で連絡事項書いておいて、訳がわからないな。」
「ああ、それ書いたの俺だ。」
「は!!!?何やってるんだよ。」
「いや、学級委員だからさ。」
私は、とぼけながらそう言った。上野は、さらに私に質問を飛ばした。
「北沢、今度は一体何を企んでるんだよ。ちょっと楽しみじゃないか。」
「そのうち、見ていればわかるさ。」
私は、悪い顔をしながら上野にそう宣言した。
【2】
次の日の朝、私は再び朝早くに登校し、教室に仕込みを入れていた。誰にも見つからないように…。その仕込みが終わった後に私は、別の部屋に隠れ、ギリギリに登校したように見せかけた。別にそうする必要もあまりなかったのだが、今はそうしておいた方が、無難だと思ったからだ。
しばらく待機をした後、私はしれっと教室に戻った。生徒たちは、私の仕込みに気づいていないか、気にしていないかのどちらかであったが、北野には効果覿面のようだった。朝の会で北野は不機嫌そうに全員に尋ねた。
「誰!?教室の掲示物を貼り替えたのは!!?」
私が行った事は、教室の掲示物を貼り替えて整理した事だった。実は、掲示物を見やすく掲示することは、クラスの運営に大きく関わる。黒板や掲示物、ゴミ箱などが煩雑になると、学級というものは簡単に荒れてしまう。そのため、掲示物の見せ方にこだわりを持っている者も多い。
北野は、声を荒げてこそいなかったが、明らかに憤りを隠せていなかった。周囲の生徒は、なぜ彼女が怒っているのか、理解できていないようだったが、私には手にとるように分かる。自分の領域に土足で踏み入れられたようなものだ、怒らないはずがない。とは言っても、別に掲示物に落書きがあるわけでもなく、レイアウトをより見やすく改良しただけなので、これで怒るのは彼女限定なのだろうが。
北野が教室から飛び出した後、上野が私に話しかけてきた。
「なあ、何で北野はあんなに怒ってたんだ?というか、掲示物を張り替えたのって…。」
「さあな。さっぱりだよ。」
私は、とぼけながらそう言った。
その日の帰りの会、ついに北野は、連絡用の黒板に今日の連絡事項が書かれている事に気がついた。その書かれている内容に北野は驚き、声を漏らした。
「どういうことなの?これって、生徒が知らない内容じゃない…。」
そこに書かれていた内容は、職員室での打ち合わせで担任に連絡された内容だった。生徒が知っているはずがない、そう思っているだろう。ここに来て、北野は流石に恐怖を感じているようだった。本来であれば、誰が黒板に連絡事項を書いたのかを聞き出そうとしそうなものだが、北野はそれをしなかった。その放課後、私は飛田に呼び出され、帰りの会での出来事について質問された。
「北沢さん。北野の様子が、明らかにおかしいんだけど、一体何したの?」
「先生方が昼に打ち合わせた、連絡事項を連絡用黒板に書いただけですよ。」
「どうやって打ち合わせの内容を知ったのです?まさかとは思いますが…盗聴とかしてないですよね!?」
「私も詳しくはありませんが、盗聴した内容を第三者に伝えてしまうと電波法に抵触するそうです。ですが、もともと生徒全員に伝える予定の情報です。完全にアウトかと言うと、どうなのでしょうか?そもそも、これは電波法ですから、発信器(盗聴器)を用いた場合に当てはまります。では、もっとアナログな方法だとどうでしょう?例えば、録音機がどこかに仕掛け、それを後で回収した場合は?これなら電波法には、引っかかりませんよね。」
「それはそうですが…普通、そこまでする必要がありますか?」
「おそらく彼女は、監視されていると感じているでしょうね。彼女が最も嫌う事の一つでしょう。今、私が行っている事が、非人道的なのも分かっています。それでも私は、止まる気はありません。」
「分かりました。今日のことは、あなたのやろうとしている事が終わってからじっくりとお話ししましょう。ただし、次から何を仕掛けるのかは、事前に報告して下さい。」
「そうですね。流石に今回はやり過ぎました。今後はきちんと報告させてもらいます。それで、次に打つ手なのですが…。」
私は、飛田に一枚の書類を見せた。
【3】
次の日の朝も私は、早くに登校して教室を確認した。思った通りである。昨日私が張り替えた、教室の掲示物やら何やらが全て元に戻っている。おそらく、北野が放課後に戻したのだと思われる。さて、今日もしつこく教室のレイアウトを変えさせてもらおう。私が作業に取り掛かり始めたその時だった。
ガラガラ…。
教室の扉が開く音がした。私が振り向くと、そこには、上野、水上、大塚の3人の姿があった。私が驚いた顔で3人を見ていると、上野が私に声をかけた。
「お前が何でこんな事してるのかは、知らないけど、みんなの為に何か企んでるんだろ?たまには協力させろよ!」
次に口を開いたのは、大塚だった。
「何となく、北沢くんがしようとしている事、分かるよ。北野先生のことでしょ…?あの、体育祭のことがあってから、クラスの雰囲気最悪だったもんね。」
最後に水上が、いつもの仏頂面で私に言った。
「っていうか、相談くらいしてくれてもいいじゃん。」
この時の私は、素直に嬉しい気持ちと、彼らを巻き込みたくないと言う気持ちが混在していた。私が返答に迷っている間に、上野が私に言わせないかのように言ってきた。
「ああ、それから、迷惑かけたくないから断る。とかは、なしだからな!俺たちは、もう大事な友人なんだから。」
そう、上野がそう思ってくれている事は、私も知っている。だが…だからこそ、なおさら申し訳ないのだ。本当の私は中学生などでは、断じてないのだから。だが、ここまで言われてしまうと断りにくい。私は、さらに返答に迷ってしまった。すると、上野がさらに私に言った。
「北沢。前に、英語を教えてくれた事あったよな?その時、水上に部活出ろって怒られてるのにさ。その時、お前、俺になんて言ったか覚えてるか?「俺が好きでやってるからいい。」って言ったんだぜ。俺も今回は好きで北沢のことを手伝う!だから文句言うなよ!!」
私は、返す言葉がなくなってしまった。まさか、大の大人が中学生に口で負けてしまうなんて…。
「分かったよ…。」
私は、それだけ言って、作業に戻った。
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