報告67 飛田が隠し持つ切り札について
【1】
「済まなかった。気がつくのが遅過ぎた。君は、私と出会った時点で気づいていたのだろう?」
私は、大崎にそう言った。正確には、大崎だと思っていた彼に言った。
「はい。気が付いていました。先生、名前そのままでしたからね。」
彼は、今までとは打って変わって、丁寧な口調で私に言った。私の知っている大崎とは全く別の人間のように感じる。そして、とても懐かしい。私は、今まで言えなかった気持ちを彼にぶつけた。
「今は、君の先生なんかじゃないさ。私は、君を救えなかった。君が、悩んでいた本当の元凶に気づけなかった。君の墓石の前で何度も頭を下げた。だが、そんな事をしても君が戻って来るわけも無いのに…。私は、ただ頭を下げる事で、私自身の傷を癒していただけだ。君に先生と呼ばれる資格なんて、これっぽっちも持ち合わせていないよ…。」
ああ、もっと言うべきことが、伝えるべきことが、沢山あるはずなのに、言葉が出てこない。私の目線は、次第に彼の顔から地面へと、無意識のうちに下降していった。それは、まるで風の無い場所で放ったシャボン玉のようにゆっくり、ゆっくりと。そして、私の目線が最下点に到達した時に、彼は私に語りかけるように言った。
「僕が不登校になったのは、誰からも声をかけてもらえなくなった事が始まりです。今まで話しかけてくれた人たちがみんなで、無視し始めました。担任の先生にも相談しました。でも、ちゃんと相談に乗ってもらえなかった。それどころか、あんな奴と話すな!そう指示していたのが、その担任だったんです。もう、何をやっても無駄だ。そう思ったとき、北沢先生。先生が担任になって声をかけてくれました。その時は、助かったって思いました。
でも、もう遅かったんです。母さんの様子も、どんどんおかしくなって、首を絞められた事もありました。ある日、家を飛び出して、家から逃げ出しました。そして、偶然見つけた神社で一心不乱に願ったんです。
助けてくれって!!!
そのときでした。背後から、パトロール中だった警官に捕まって、僕は家に連れ戻されました。そして、その次の日、目が覚めたら…。
赤ん坊の姿になっていました。そして、見知らぬ女の人に抱かれていました。よくある転生ってやつなのかな、そう思いました。やっと救われた。今度こそやり直すんだ。そう思って、生きてきたのに…。
担任になった先生は、高幡先生にそっくりな先生でした。あの時は、本当に怖くて震えが止まらなかった。もう、学校になんて行けない。僕は再び、あの神社に行って何度も何度も助けてと願った。そして、何度も恨んだ。
どうして、僕だけをこんな目に遭わせるんだ!!
でも、そんな時、再び先生が現れた。僕の願いは、叶ったかもしれない、でも…。
どうして…どうして!あんたは、いつも遅いんだ!!あの時も、そして今回も!!もっと早く来てくれれば!!こんな事には、ならなかったのに!どうしてだよ!!!」
私は、何も言えず、目線を合わせることも出来なかった。だが、彼がどんな表情なのかは、彼はさらに、続けて言った。
「…でも、来てくれたのが、先生で本当に良かった…。」
その言葉を聞いた私の目線は、再び宙に浮かび上がった。彼は、真っ直ぐ私のことを見ていた。その姿は、先ほどまで、視線を逸らしていた私などとは、正反対のものだった。ああ…私は、この子を守りたいはずなのに、なんて情けない姿を見せてしまったのだろうか。それでも、私には、ある一つの勇気が芽生えていた。いや、ずっと前から芽生えていたのだ。ただその事に、気付かないふりをしていただけだ。しかし、彼の姿を見て、それは完全なものへと変わっていた。私は、彼に自身の決意を伝えた。
「清くん。私は、君の失った時間を取り戻すことは出来ない。でも、必ず君の止まった時間を、再び動かしてみせる。だから、もう少し時間をくれないだろうか。」
彼の話を聞く限り、おそらく、自身が母親に命を奪われてしまったこと、その母親がもうこの世に居ないこと、そしてその全ての元凶が、今の担任である事には気がついていない。だが、今、それを伝えてしまったら、彼は不幸な選択を選んでしまうかもしれない。これから、起こるであろう戦いが終わったら、彼に本当のことを告げよう。たとえ、彼にどんなに恨まれようとも。私は、そう決心した。
【2】
次の日の放課後、私は、飛田に「話がしたい」とだけ伝え、面談室で話をする事にした。
「失礼します。」
私が、面談室に入ると、飛田は既に椅子に腰掛けていた。飛田は、私が扉を開け終わると同時に立ち上がり、私に声をかけた。
「あなたとこうして、お話しするのも、ずいぶんと久しぶりですね、北沢さん。」
私は、夏休みに北野の正体を飛田から聞いた。その日以降、教師として飛田と話したことは、一度も無かったのだ。私は、自身の決心を飛田に伝えた。
「飛田先生。私は、決めました。もう逃げることをやめる事にしました。」
飛田は、黙って私を見つめた。そうしてしばらく見つめると、彼は静かに言った。
「…本当にいいんですね。」
「はい。私は、散々高幡に…北野に苦しめられてきました。そして、彼女から私は逃げた。それは、社会人としてなら当たり前の行動だとは、思っています。今の私は、立場こそ中学生ですが、いくらでも逃げようと思えば、逃げれます。…ですが、生徒たちは、彼女から逃げれません。現に苦しめられている生徒もいることは、紛れもない事実です。だから、私は…。」
「あの女を止めたい!!飛田先生。あなたに協力させて下さい。」
飛田は、少し驚いた様子で私に言った。
「協力ですか…。もしかして、私がやろうとしてることに、もう気付いているのですか?」
私は、飛田の質問に即答した。
「指導力不足等教員への認定ではないですか。」
「やっぱり気付いていたのですね。」
指導力不足等教員とは、学習指導、生活指導、クラスの運営などが、不適切である教員の事だ。一度認定されてしまうと、現場に復帰することは難しくなってしまう。確かに、北野が指導力不足等教員に認定されれば、これ以上の被害は出ないだろう。だが、そのためには、いくつもの問題が存在する。私は、飛田に話を続けた。
「実際に不適切な指導…例えば体罰や恫喝などで停職になる先生は多いです。しかし、すぐに現場に復帰してしまうケースが多いです。中には、退職する者もいるのでしょうが、北野はそういうタイプでは無さそうですしね。であれば、指導力不足等教員に認定してしまった方がいいのかもしれません。
ですが、指導力不足等教員に認定されることは、本当に稀なケースです。まず、認定を申請するのは、教育委員会の教育長です。ですから、校長先生と綿密な打ち合わせと、緻密な準備が必要です。もう既にかなりの準備を進めているんじゃないですか?」
「本当によく知っていますね。私立の先生だったとは思えませんね。北沢さんのおっしゃる通りです。準備にはかなり時間がかかりましたし、まだ、彼女に関する行動の記録を集めている最中です。」
「やはりそうでしたか。今後は、私の方からも、先生に情報を提供しましょう。それから…。もう一つ、荒っぽい方法を取らせてもらいます。」
「……何をするつもりですか?」
「指導力不足等教員の認定は、あまりにも時間がかかります。それでは、今のクラスの子たちは、卒業まであの女と一緒です。クラスの子たちを守るために私が出来ること…。私は…。」
「あのクラスを乗っ取ります!!!」
この一言が、私と北野との戦いの始まりだった。
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