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ロスト・ピルグリム  作者: 片栗粉
12/12

放浪の騎士

アルガという男は何かを知っている。

彼が敵であろうとなかろうと、ゼノは知らねばならぬ。

【巡礼者】とは何者なのか。

――今日は遊べないの。ごめんなさい。


――じゃあ、明日は?


――明日も。いいえ、もうずっと。


――どうして?


――外国へ行って、そこで結婚するの。


――そうなんだ。でも、嬉しそうじゃないね。


――当り前よ。誰が会ったこともない殿方と結婚するのが嬉しいものですか。……でも、お父様が決めたことだもの。仕方ないわ。


――……じゃあ、これあげる。ラクリモサの結晶。覚えてる?拾ってから、ずっと毎日磨いてたんだ。


――綺麗……。蒼く光って、まるで貴方の瞳みたい。ありがとう。大切にするわ。


少女の手に渡されたのは、蒼く澄んだ泉の底を切り取ったかような、美しい石。

その石の周りに、ぽたりぽたりと透明の宝石が少女の瞳から零れ落ちていた。


「うぅ……くそっ……」


何度目かの覚醒は、言うまでもなく最悪な目覚めだ。全身がずきずきと痛み、悲鳴を上げていた。


恐る恐る左足を触った。何もない。左腕も、無傷である。


違うのは、洞窟内に漂っていた腐臭が消え、代わりに脂を含んだ獣の肉を燃やし尽くしたような焦げ臭いにおいが辺り一面に充満していることだけだ。


「……奴は……?」


重い体を起こして、周りを見る。ぶすぶすと煙を吹いている炭化した何かが、そこら中に転がっていた。それは人の一部のようであり、枯れ枝のようでもある。


常人なら半時と居られないだろう匂いと煙に難儀しながら、洞窟内を恐る恐る歩く。

動いているものの気配は感じられなかった。


すると突然、眩い光が体を覆い尽くし、眩しさに眼を細めながら腰のランタンを見る。前よりも明るく、不気味な蒼い光を放っていた。


【死ぬ前】の事を思い返す。


腰の革袋から零れ落ちたサラマンドラの胆石に、松明の炎が触れた瞬間、辺りを覆い尽くすような炎と衝撃が洞窟内を襲ったのだった。


(あの男、何が「良く燃える」だ。燃えるだけじゃすまなかったぞ!)


あの飄々とした物言いにまんまと騙されたようだ。あんなに小さい石があれ程の威力を持っているとは想像すらできなかった。


そこで、はた、とアルガが牢に繋がれていることを思い出した。約束は約束だ。違えるわけにはいかない。


洞穴の主が牢の鍵を持っているのだろうか。吐き気を堪えながら地面に転がるものをかき分ける。


暫くして、何かが蠢いた気配がした。


すかさず柄に手をかけ、じりじりとそこへ近づいていく。


蒼い光が、焼けただれた女の胴体を照らした。腕、脚は炭化し、既に原型すらない。頭は見当たらなかった。

それ以上に気味が悪かったのは、その腹がぼこり、ぼこりと膨らんではへこむを繰り返していることだ。


何かが、そこにいる。


ゼノは息を荒げながら、震える手で剣の切っ先をその腹に当てた。


「ふっ!」


意を決して剣を突き出した。刃が柔らかい肉を裂き、その先に剣が到達する。


――ぴいぃぎきぃいあああ!


腹の中から甲高い絶叫があがり、貫いた切っ先を抜こうと中のモノが暴れ狂う。


「くそ!くそ!くたばれ!」


何度も何度も狂ったように剣を突き刺しては抜きを繰り返すと、悲鳴は徐々に小さくなり、止まった。


ズタズタに切り裂かれた胴体に近づいてみる。


すると、赤く光るものが傷口から見えているのに気づき、ゼノは躊躇することなくそこに手を入れた。


ずるりと其処から現れたのは、中に炎を宿したかのような紅い玉だった。その中にはアルガの牢で見た紋章が揺らめいている。


これが鍵なのだろうか。だが、それ以外にそれらしいものは見つからない。


ゼノはそれを腰の革袋にしまうと、アルガの牢まで引き返した。


「おお……!ゼノ殿。無事であったか。」


相変わらず骨の山の上に座っていたアルガは、ゼノの姿を見て喜びの声を上げた。


「アルガ殿。これだろうか。巨大な蜘蛛の化け物が持っていたものだが……」


「多分そうだな。それを其処の岩のくぼみに入れてみてくれ。」


アルガの言葉通り、紅い玉を岩のくぼみに入れてみると、鈍い音を立てて鉄格子が左右に開いた。


「すまぬが、手を貸してくれ。」


アルガの手を掴み、引き上げる。鎧の重さも相まって、かなりの重労働だったが、何とか引き上げることが出来た。


「ふぅ。やっと出られた。骨の山に埋もれて死なずにすんだのは貴殿のお陰だ。感謝してもしきれんよ。」


ハハハ!とアルガの笑い声が洞窟内に響いた。アルガは近くで見れば、ゼノよりも一回り大きな堂々たる偉丈夫だった。


背には武骨な幅広の大剣を差しており、アルガのような体躯でなければ扱うことすら難しそうだ。


金と銀の装飾が美しいとゼノは思ったが、その鎧の胸に七つの眼らしき彫り物が異様な存在感を放っていた。


「おお、これか?よく不気味だといわれるが、これは戦いの女神カリストの意匠でな。7つの瞳は戦士に加護を授け、悪しき者を誅するのだ。」


アルガは意匠を撫でながら、誇らしげに言った。


「いや、美しい意匠だ。アルガ殿は名のある騎士なのだろうな。」


「はっはっは!俺は唯の放浪者さ。国などない。その日暮らしだ。」


貴殿こそ、相当腕の立つ騎士だろう?とアルガが笑った。


「いや、私は……記憶が無いのだ。気づいたらあの灰色の河原にいたのだ。そして訳もわからぬうちに、【巡礼者】とやらに……そうだ、アルガ殿はこのランタンを知っていただろう?教えてくれ!【巡礼者】とは、この世界は一体どうなっているのか!」


最後は悲鳴のようになったゼノの言葉に、アルガは少し考えるような仕草をした後、優しくゼノの肩に手を置いた。


「ゼノ殿。気持ちはわかる。だが、今は此処から出ようではないか。そうしたら、俺の知っていることを話す。それでどうだ?」


言い含められたようで、素直に納得はしなかったが、ゼノは頷いた。アルガが何を知っているのかわからないが、今の自分にはこの世界について何の知識もないのだ。


だが、あまり信用しすぎても危険かもしれぬ。ゼノは前を行くアルガの背中を見ながら、そう思った。



出口までの道のりは、決して安全なものではなかった。


蜘蛛こそ出なかったが、今度はこの場所で無念の死を遂げた亡骸に死霊が乗り移り、二人に襲い掛かってきた。


素早さこそ無かったが、数が多く、囲まれてしまうと危険な敵であった。


だが、アルガは雪崩のように襲いかかる亡者共を物ともせず、逆に草を刈るかの如く蹴散らし、ゼノもその力強い剣技に驚いた。


アルガの剣は一言で言うと、荒々しい獣のようだ。


亡者の一撃をその大剣で力任せに薙ぎ払い、鎧ごと断ち割る。切り伏せるというより、斬り潰すという方が正しいのかもしれない。


驚異的な膂力があってこその剣技だと、ゼノは思った。


(だが、これではまるで……)


――死にたがっているようではないか。




「おぉ……ようやっと出られそうだ。ゼノ殿、見られよ。光が差して居る。あと少しだ。」






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