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6話目

 クレールの見合い相手と予期せず出会ってしまい、アンリエッタはどうするべきか判断に悩んだ。


(なんでひとりでこんな所に……出迎える準備をするってさっきクレールさんが出ていったばっかりなのに、もう来てたの? 私はどうしたら……)


 頭をフル回転させるが動転している為か空回りに終わり、とりあえず挨拶をしてみる事にした。教えられた通り、ドレスを摘んでお辞儀をする。


「初めまして、アンリエッタといいます」


「は、初めまして……」


「……」


「……」


 微妙な空気が流れた。こんな時に限って誰も通り掛からない。

 アンリエッタは喋る事が得意ではないが、さすがに何か一言二言会話を成り立たせないと、この場を去りにくい。一生懸命話題を探す。


「え、えーと……く、クレールさんとお見合いされるんですよね」


「え? え、ええ。そうです」


 セイラも緊張しているのか、目が右に左にとせわしなく動いている。


「セイラさんは、その、クレールさんとはお会いした事があるんですか?」


「前に、夜会で……」


「あ、もしかしてその時に……」


 好きになったんですか?

 尋ねようと喉まで出かかった言葉は途中で止まり、飲み込んでしまった。どうして尋ねられなかったのか、アンリエッタ自身が一番驚き疑問に目を見開く。


「あ、あー……セイラさんて、今回のお見合い……嫌ではなかったんですか?」


「え……っ、私は……」


 心臓が止まりそうだと思った。そんな事を聞いてどうしたいのか。どんな答えを期待しているのか。

 セイラは俯き手を胸の前で握ると、弱々しく語り出した。


「嫌では、ないです。私がクレールさんを支えられるなら、その道を選びたいです。私は……私の力は小さく弱いものかもしれませんが、それでもクレールさんのお役に立てるなら……」


 心臓の音が消えた気がした。


「あ、そう、そうなんですか。セイラさんは……」


 精一杯の笑顔を作る。作ったつもりだった。上手く笑えているかどうか不安だったが、確かめる術もない。


「クレールさんの事、好きなんですね」


 絞り出した声は思いがけず冷たくて、アンリエッタはいたたまれず体を反転させて走り出した。後ろから驚いたセイラが呼び止めるような声が聞こえたが、振り向けるわけがない。

 部屋への道を戻りながら、アンリエッタの頭の中はセイラの言葉でいっぱいになっていた。


(いい子だった。凄くいい子だった。クレールさんの事が好きで、そばにいて、支えてあげたいって)


 息を乱し部屋の扉を乱暴に開けると、先程出ていったクレールが戻っていた。


「どこに行っていたのだ。ここで待つように……」


「すみません!!」


 大きな声で叫び、アンリエッタは頭を下げる。クレールはびくりと肩を上げ、怪訝そうにアンリエッタを見つめた。


「いや、そんなに謝る事では」


「すみません、私やっぱり恋人役は出来ません」


 頭を下げたまま、そう続けた。クレールが息を呑む気配がする。


「な、何を今更……どうしたんだ、何があった?」


「さっき、セイラさんとお会いしました。セイラさんはクレールさんの事大切に想ってます。凄く優しい人です。彼女と結婚するべきです」


 唇を噛み、アンリエッタは顔を上げる。みっともない表情など見せられない。笑えなくとも、せめて泣き顔だけは晒さないように。


「あれで不細工だなんてクレールさんの目は節穴です! 曇ってます! どこに目をつけていますか!」


「な……! わ、私が不細工だと思えば不細工なのだ! とにかく私は彼女と結婚などしたくない!」


 怒鳴らなければ泣いてしまいそうで。喧嘩をしたくはなかったけれど、どうしても面と向かって冷静に話せる自信がなかった。


「大体! 人を見た目で選ぶなんて最低なんです! 本当に大切なのは容姿ですか!? 私はそうは思いません!」


 目に見えるもの、身に纏うものがすべてではない。貴族という肩書きを持つクレールを、アンリエッタが好きになったように。


「セイラさんと一緒になって、常識とか色々、勉強してください。わ、私はこれで失礼します」


「待っ……」


「お金は……っ、ちゃんと払います。一生かかっても、返します」


 これ以上はクレールのそばにいるのも辛くて、部屋から出て玄関へと向かった。廊下を歩いている内に涙が溢れ、頬を濡らす。手の甲で拭っても拭っても流れ続けた。


(……ドレス返さなきゃ)


 ぼんやりそう思った直後、怒声がアンリエッタの背中にぶつけられた。


「馬鹿か君は!!」


 驚いて背筋を伸ばし、後ろを振り返る。たった今歩いてきた廊下の向こうに、顔を真っ赤にしたクレールが見えた。ずかずかと大股でアンリエッタの方へ近付いてくる。


(ちょ……待って……)


「ここで君と喧嘩別れになったら何の為に嘘をついたのかわからないではないか!」


 逃げ腰になっていたアンリエッタの手首を掴み、クレールは引き寄せようとする。けれどアンリエッタは踏ん張ってそれを拒んだ。



「何の為にって、お見合いを断る為にでしょう?」


「違う! まったく君ときたらなんて鈍いんだ!」


「わ、悪かったですね、鈍くて!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人の間に、別の声が割り込んできた。


「つまりね、アンリエッタさん」


 いつの間にか背後にセイラが立っていた。可笑しくて堪らないというように口元を押さえ、肩を震わせながら。


「お見合いの話自体が嘘。ぜーんぶ嘘。クレールが考えたお芝居」


「……は?」


「私はクレールの従姉妹。頼まれてやって来たはいいけど、まさかお見合いが始まる前に会っちゃうなんて思わなかったからびっくりしたわー」


 先程までの大人しい雰囲気とは打って変わって快活にケラケラと笑うセイラを見て、アンリエッタは急に足の力が抜けた。立っていられなくなり、床に膝をつく。


「アン嬢!」


「は? 嘘? お芝居……?」


 どこからが嘘でどこからが真実だったのか。アンリエッタにはもう何が何だかわからない。


「じゃあクレール。ちゃんと説明してあげなさいね」


 ひらひらと手を振って去っていくセイラを見送った後、アンリエッタはゆっくりとクレールへ視線を向けた。気まずそうなその表情に、セイラの言葉は本当なのだと知る。


「な……なんなんですか……嘘って。どうして嘘なんて……」


「……」


「クレールさん!」


 全部が演技で、騙されていたのだとしたら、まんまと引っ掛かってクレールを好きにまでなってしまったアンリエッタは惨め過ぎる。


「からかっていたんですか。ただの町娘を、あんな風に丁寧に扱うなんて変ですもんね。……気付かなかった私は、馬鹿みたいですね……」


「違う! わ、私は……前から、前から君の事、が……」


「からかい甲斐がありそうだと狙ってましたか?」


「だから君は鈍いんだ!! ああもう、好きだったんだ! 君の事が!」


 半分キレ気味の告白に、アンリエッタの涙も止まった。ぽかんと口を開けてクレールを見つめる。


「君が好きで、君に近付きたくて、君と一緒に居たくて、……嘘をついた」


 耳まで真っ赤になってクレールはそう白状した。手首を掴む彼の手から感じる脈拍は、アンリエッタと同じくらい速くなっている。


「な、何でこんな回りくどい嘘を」


「君が貴族嫌いだと聞いたからだ。普通に言っても、一緒には居てくれなかっただろう?」


「それは……。あ! あの皿の時もわざとですか!?」


「あれは偶然だ! ……チャンスだと思ったのは認めるが」


「あなたって人は……」


 嫌味のひとつでも言ってやろうとして、また涙が溢れた。ドレスの袖でゴシゴシと擦る。その手をやんわりとクレールが壊れ物を扱うように拘束した。


「呆れたかい?」


「当たり前です」


「すまない」


 拭えない涙は頬を伝ってドレスへと落ちた。


「でも、私も相当ですね」


「ん?」


 真っ赤に充血した目に、涙でふやけた頬。みっともない顔になっているだろうなと思いながら、アンリエッタは笑った。


「嬉しかったり、します」


 その瞬間、アンリエッタの体はクレールの腕に抱き寄せられた。あたたかい体温が胸の奥まで浸透する。

 これも嘘なのかもしれない。まだ騙されているのかもしれない。それでもアンリエッタは自分が見た事感じた事を、信じてみようと思った。クレールが向けてくれた優しさは、嘘ではなかったと。


「アン嬢。……君は、私の事……す、好き、か?」


 耳元で囁かれるつっかえつっかえの台詞に、アンリエッタは瞼を閉じて答える。


「好きじゃありません」


 笑い声が聞こえた。


「君もなかなか嘘つきだ」

ここまで目を通していただき、ありがとうございます。このあとの二人は結構環境的には上手くいくのではないかな、と思います。クレールは三男坊だしアンリエッタはしっかり者なので周りも「後継ぎでもないし、性格矯正にも良いみたいだからいいよいいよ。結婚しちゃいなよ」みたいな感じになるかも。

本人達はああだこうだと喧嘩もしながら仲を深めていくんでしょう、きっと。

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